第四使徒戦から一夜が明けて、ネルフは使徒戦とは別の緊張感に支配されていた。
「練習の時には、あんな煙は出てませんでしたよ!」
シンジがリツコに猛烈な勢いで苦情を言う。
「シンジ君。まあ、あの使徒が想定外に頑丈だったのが原因なのだから、リツコを許してあげて」
ミサトが間に入るがミサトもシンジから苦情を言われる事になる。
「何を他人事みたいに言っているんですか!」
シンジの矛先がリツコからミサトに移行する。
「ミサトさんの命令通りにしたのに、『馬鹿、爆煙で見えない』って、どういう事なんですか!」
シンジの苦情が正論過ぎるのでリツコもミサトも反論の余地が無い。
「シンジ君。落ち着いて。シンジ君の怒る気持ちは当然だが、葛城さん達も五里霧中だったんだ」
日向が間に入りミサト達を擁護するがシンジの怒りは治まらない。
「それだけじゃありません。なんで、一般人が地上に居るんですか!」
話がケンスケ達に及ぶと日向も擁護をする術がなくなるのである。
「劣化ウラン弾とか、放射能を撒き散らす武器を使っているのに、一般人が居たら武器も使えないじゃないですか!」
これは、ネルフの威信に関わる重大問題である。職員の過失とは言え、秘密機関が重大情報を漏洩したのである。
ミサトやリツコだけの問題ではないのである。
「碇。家族とはいえ、重大情報が簡単に漏れるのは、敵に疑念を抱かせる事になるぞ」
「問題ない。ダミーを混ぜて玉石混交にすれば良いだけだ」
「今、問題なのは外ではなく、内に対してだ!」
「内に関しては一考しよう」
長い付き合いの冬月が興味深くゲンドウの顔を観察する。
よく言えば、常に冷静沈着のゲンドウが困惑する姿は稀有の事であった。
「碇。お前でも困惑する事があるんだな」
「冬月。私を何だと思って居るんだ?」
ゲンドウの声には非難の成分が混入していた。
「小心者の冷血漢」
冬月は冷静な事実の指摘にゲンドウは絶句する。
「……」
正副の司令が漫才をしていた頃に、騒ぎを起こした張本人達は保安部と校長と父親の説教のフルコースを味あわせられていた。
(こんな事になるなんて!)
(もう、ケンスケの口車には乗らん!)
特にケンスケは父親からの説教が深夜にまで及んだのである。
翌朝、ケンスケはシンジからも詰め寄られる事になる。
「転校生。待ってくれよ!」
「一応は言い訳を聞こうか!」
シンジは、ケンスケを許す気は一切なかった。
ケンスケがエヴァのパイロットに憧れる気持ちを知っているだけに、この際にケンスケのミリタリー志向を徹底的に矯正するつもりである。
以前の世界では懲りずにヤシマ作戦の時も父親から情報を盗んで発進場所に先回りした事もあった。
(エヴァのパイロットなんか、成るもんじゃないのに)
ホームルーム前の学校でケンスケは教室に入って来たシンジの表情を見て青くなる事になる。
シンジの表情は鬼気迫る迫力があったのだ。
シンジとしてはケンスケのミリタリー趣味を粉砕する決心をしているのだから、当然である。
「本当に悪かったと反省しているから、今回は許してくれ!」
シンジに頭を下げたケンスケだが、ケンスケはビンタをされて、吹き飛ばされる事になる。
シンジもクラスメート達も驚いたのは中学生男子を吹き飛ばす程の強烈なビンタをしたのはレイであったからだ。
「エヴァでの戦闘では飛び道具も使う。何処に流れ弾が飛ぶかは分からない。ライフルの弾も劣化ウラン弾を使っていて生身の人間には危険な物。一般人を守りながらの戦闘はパイロットの過度の負担になる。結果、パイロットの命取りになる。謝れば済む話ではないわ」
レイの口調は冷静な事実を指摘する口調だがケンスケを見る目には激しい怒りがあるのを確認出来た。
レイに先を越された格好になったシンジは逆にレイを宥める役に回らざるを得なかった。
「そ、その、相田君も反省しているから、綾波も許してやってよ」
宥めるシンジの腰が幾分か引けてるのは仕方がない。
「綾波さん。碇君も許しているし、相田も反省しているみたいだからね」
委員長のヒカリも責任感から怯えながらもシンジに協力してレイを宥める。
「碇君が許すなら構わないわ」
レイが怒りを鎮めた事にシンジを含めたクラス全員が安堵したのである。
この一件で「怒らせると怖い」とクラスメート達に認識されたレイであった。
それと同時にレイとシンジの仲の誤解が拍車を掛けた。
「やっぱり、綾波さんも碇君の事が好きなんでしょう」
「そりゃ、そうでしょう。好きな人を危険に曝したから綾波さんも相田に対して怒ったんでしょう」
クラスメート達の噂話が当人達の耳に入るとお互いに必要以上に相手を意識してしまう。
(私は何故、あれ程、怒ったの?)
クラスメートの噂を否定したいレイだったが、否定する材料を見つけられないでいた。
逆にクラスメート達の噂には信憑性があるのである。
(あんなに怒った綾波は初めて見たけど……)
シンジもレイにビンタされた事があったが、ケンスケよりは遥かに手加減されていた。
その事も考えるとレイを見ると赤面してしまうシンジであった。
「何か、俺がキューピッド役になったのか?」
レイを筆頭にクラス全員から怒られたケンスケとしては理不尽な感じがするが、文句も言えないのである。
「碇には感謝せなアカンで!」
悪友のトウジは逆にレイを宥めたシンジに感謝をしろと主張する。
「確かに碇には感謝するべきなんだけど……」
世の不公平さを実感するケンスケであった。
第四使徒戦から一週間後、レイの包帯も取れた。
シンジはレイと一緒の送迎車で登下校して相変わらずレイの為に弁当を作り昼休みは一緒に食べている状態である。
そんなシンジも日曜日はレイと離れるのである。
「原型を留めた使徒でシンジ君には感謝するわ!」
リツコがシャムシエルの解体現場でシンジに感謝の念を表す。
(まるで新しい玩具を貰った子供だな)
シンジの内心の感想はネルフ職員全員の感想であったかもしれない。リツコは研究者魂を発揮していた。
「それで、何か分かったの?」
上機嫌なリツコに呆れ気味にミサトが調査結果を尋ねる。
リツコもミサトの質問に表情を変えるとモニターをミサトとシンジに見せる。
モニターには解析不能の表示がされている。
「動力源くらいは解ったんでしょう?」
「らしき物はね。でも、作動原理はさっぱりなのよ」
リツコとミサトが中学生のシンジを置き去りにして専門用語を飛び交わせている。
シンジは視察に来ていたゲンドウに目を向ける。
ゲンドウの手の平の火傷が目に入る。
(父さんには、綾波は母さんに会う為の大事な道具なんだろうなあ)
父のゲンドウが妻と再会する為にレイやリツコだけではなくネルフやゼーレも道具として利用する姿勢は息子としては複雑である。
(息子より奥さんを大事にする男って……)
子供以前に結婚もして無いシンジにしたら男としてのゲンドウの行動の是非は分からない。
シンジに分かる事は父やゼーレの思惑に人類を犠牲にさせない事である。
(父さんも男らしく責任を取ってリツコさんと再婚すれば良いのに)
しかし、目の前のリツコに視線を戻すとリツコを母と呼べるかは自身の事だが疑問になるシンジであった。
その日の夜に使徒解体作業も終わり、ささやかながら慰労会が葛城宅で行われる事になった。参加者は葛城家の人間とリツコとレイだけである。
「ミサトの部屋が綺麗に整理整頓されるのは有史以来の事じゃないの」
「お呼ばれして憎まれ口を叩かない」
ミサトとリツコが漫才をしている最中にシンジとレイがカレーを盛り付けている。
「私もレイもシンジ君の手料理が食べられるから来たのよ」
「失礼ね。今日は私の手料理よ!」
ミサトの言葉を聞いてリツコの表情が一瞬にして凍りつく。
「大丈夫ですよ。僕も手伝いましたから」
シンジの助け船がなければリツコは、葛城宅から逃亡していたかもしれない。
「シンジ君には、本当に苦労を掛けるわね。シンジ君には悪いけど、ミサトを見放さないでね」
「はい。ミサトさんが結婚しても大丈夫な様に頑張ります」
二人の会話をミサトはコメカミに青筋を浮かべながらも大人しく聞き、レイは珍しく好奇心を刺激されたのか、興味深く聞いていた。
「そんな事より、忘れていたわ。レイ、新しいカード」
カードを受け取っているレイを見てシンジが思い出した様に声を掛けた。
「ミサトさん。この家に綾波も一緒に住んだら駄目ですか?」
「えっ!」
ミサトはシンジの突然の質問に面食らう。
「綾波の住んでる場所をネルフからの帰りに見ましたが、あのマンション、綾波以外は誰も住んでないじゃないですか!」
「そうね。レイの住んでる場所も問題があるわね」
リツコが援護するが、ミサトは簡単には返事しない。
「レイの希望も尊重するべきだし、司令にも相談するべき事だわ」
シンジと同様にレイも身近に居てくれたらミサトも上司として安心が出来る。
使徒が存在する以上はテロの心配がなく危険分散の為にパイロットを離すより、パイロットが一緒に居てくれたら警護の都合も良い。
「私は碇君の近くに居たいです」
レイ本人もシンジと一緒に居たいと真っ赤になりながら主張している。
「別の意味で不安がある気もするけど、仕方ない。明日にも司令に提案するわ」
(本当にレイも変わったわね)
知らぬ間にレイとシンジの間にも絆と呼べる物が出来たらしい。
ミサトは若い二人を上司としてではなく、大人として祝福するのであった。