――むかしむかし、あるところに勇者がいました。
この物語は、そんな一文から幕を開ける。
❀❀❀
パラリ、と。
少年は、絵本をめくる。
開かれた大きなページには、魔王に立ち向かう勇者の絵が描かれていた。
そのページを読み、次のページをめくる。
やがて全部のページをめくり、絵本を読み終えると、少年は最初のページをめくり、絵本をはじめから読み始めた。
絵本のタイトルは、『ぼくはゆうしゃ』
神様に選ばれ、勇者となった一人の少年が、魔王に苦しめられる人々とさらわれた姫君を救うため、冒険の旅に出るというお話。
少年は、このお話が大好きだった。
絵はきれいだし、勇者はかっこいいし、なにより読むだけで勇気が湧いてくるからだ。
微塵もあきることなく、少年はこの絵本を何度も何度も繰り返し読んだ。
他の何もかもを忘れて、この絵本の中の世界に入り込む時間が、少年にとっての数少ない楽しみだった。
本をめくり続け、最後のページにたどりついたため、再び最初のページを開こうとしたときだった。
「なによんでんだよ!」
突然前から伸びた手が、絵本を奪い取った。びっくりして顔を上げる。
目の前に立っていたのは、いつも少年に嫌がらせをしてくるいじめっこだった。少年は心の中で『ジャイアン』と呼んでいる。とりまきである男子たちの姿もあった。
「あ、か、かえして……!」
慌てて絵本を取り返そうとする。
必死に手を伸ばすが、体の大きさも力も『ジャイアン』のほうが上だった。
高く掲げられた絵本に、少年の手は届かない。
『ジャイアン』の片手に、ドンと身体を一押しされる。少年はいともたやすく後ろに転がされてしまった。
にやにやと嘲笑ってくるいじめっこたち。悔しくて悔しくて、涙が出そうになる。
そのときだった。
「よわいものいじめはだめだよ!」
そう言って現れたのは、一人の女の子だった。
外見からすると歳は多分、少年と同じ。
鮮やかな赤い色の短い髪をなびかせ、小さな両手を左右にひろげて、少年を守るようにいじめっこたちの前に立っていた。
女の子は、「ひとからものをとるのはいけないんだよ!」とか「じぶんがされていやなことをひとにしちゃだめだよ!」とか言って、『ジャイアン』を説得しているらしかった。
しかし言葉は届かず、『ジャイアン』は女の子に襲いかかる。
すると、女の子は右拳を構え、『ジャイアン』に向けてまっすぐ突き出した。
「ゆうしゃ、パーンチ!」
女の子のパンチが、『ジャイアン』の大きな体を吹き飛ばし、後ろに転倒させた。
自分より弱そうな相手に負けるとは思っていなかった『ジャイアン』は、立ち上がると「おぼえてろー!」と叫びながら逃げ出す。とりまきたちも追いかけるように去って行った。
ぽかん、と呆ける少年。
女の子は「もういじめちゃだめだからねー!」と叫んだ後、『ジャイアン』が落としていった絵本を拾い、少年に差し出した。
「はい! きみのえほん!」
その女の子は、人なつっこい笑みで言った。
「わたし、■■■■! よろしくね!」
絵本を開く。
悪い魔王と聖なる剣を振るう勇者の絵が描かれたページの文を、少年は読んだ。
「ながいながいたびのすえ、勇者はついに魔王のしろにたどりついたのです。
『やい、魔王! よわいものいじめは止めるんだ!』」
「勇者、かっこいいね!」
少年の隣には、いじめっこから助けてくれた女の子がいた。
彼女の言葉に、少年は顔を赤らめながら頷く。
女の子が言うとおり、勇者はかっこよかった。
火を噴く恐ろしいドラゴンを倒してしまうくらい強くて、弱い誰かに迷いなく手を差しのべるくらい優しくて、自分より強い相手だろうと立ち向かえるくらい勇ましい。
そんな勇者に、少年はどうしようもなく憧れていて。
「ぼくも……勇者になりたい」
気がつけば、自分の口がそう言っていた。
それが、少年のたった一つの夢だった。
だけど、勇者になるのは途方もないくらい難しく。
クラスのみんなからはゲラゲラと笑われて、「なれるわけないだろ!」とばかにされた。
嫌な思い出に唇を噛む少年に。
少年の言葉を聞いていた女の子は。
「すてきなゆめだね!」
花がほころぶような笑顔でそう言った。
少年は思わずきょとんとして、女の子に聞く。
「……わらわないの?」
「わらわないよ?」
「……ぼくになれるわけない、ってばかにしないの?」
「ばかにしないよ!」
嘘偽りのない、透き通るような目をこちらに向けて、女の子は言った。
「なれるよ! あきらめなければ、きっとなれる!」
❀❀❀
かつて人類は、神の怒りを買った。
土地を奪われ、築き上げたものを壊され、すべてを焼き尽くされた。
絶望の危機に追いやられた人類は、小さな極東の国の小さな島国に逃げ延びた。
そして、壁に囲われたその最後の土地で、永い年月を生きた。
これより語られるのは――。
神に選ばれ、運命を背負った、無垢なる少女たちと。
強くて優しくてかっこいい、そんな勇者になりたいと夢見る、一人の少年の。
勇気と友情の物語。
奪われ、傷つき、それでもなお戦い続けた、勇者の物語。
はじまりはじまり。
※絵本のタイトルを変更しました
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