柊真太郎は勇者になる   作:シンコウイチロウ

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長い間更新せず申し訳ありませんでした。
ぼちぼち更新を再開しようと思います。
亀更新になるかもしれませんが、よろしくお願いします。


白菊の章
ひいらぎしんたろう


 ――近頃、よく考えることがある。

 自分は将来なにになるのだろうか、と。

 

 

   ❀❀❀

 

 

「えー明日の道徳の授業だが、皆には将来の夢について作文を書いてもらう」

 

 団栗坂小学校6年1組の教室。

 教壇に立つ中年男性の担任の先生がそう言うと、生徒たちが「ええ~!」とブーイングを上げた。そりゃそうだろう、と思う。自分――柊真太郎も、作文を書くのはあまり得意じゃない。

 顔をしかめる生徒たちに対して、先生は苦笑いを浮かべながら言葉を続けた。

 

「君たちは、将来のことなんてまだずっと先だと思っているだろう。だが、時間の流れは遅いようで早いものだ。油断していたら、―年、十年なんてあっという間に過ぎていく。現に、君たちはもう小学6年生だ。そして来年は中学生になる。早いうちに自分が何をしたいか、何になりたいかを確認してほしいと思ってな。

 明日までに書く内容を考えてくること。わかったかね?」

 

先生の言葉に、「はーい」と答える生徒たち。

キーンコーンカーンコーン、と学校のチャイムが鳴り響いた。

 

「それじゃあ、今日はここまで。日直の対馬くん」

「起立」

 

 日直の号令がかかり、生徒たちが席を立つ。

 

「礼」

 

 頭を下げる。

 

「神樹様に、拝」

 

 廊下の方を向いて、手を合わせる。

 

「はい、さようなら。帰りは気を付けるように」

『さようならー』

 

 そして、先生に挨拶をして、下校となる。

 こうして今日もまた、学校が終わりを告げた。

 

 

 

「ただいまー」

 

真太郎の自宅である一軒家は、団栗坂小学校から歩いて十五分ほどの場所に建っている。

 玄関に入りながらそう言うと、すぐに「おかえりー」と返事が聞こえてきた。

 廊下からリビングを覗くと、母親――柊真由美が座椅子に座りながら、テレビでドラマを見ていた。

 父親――柊大輔の姿はない。父は市役所勤めの公務員だ。今頃は仕事中だろう。

 

「お母さん、今日の晩ご飯なに?」

「今日はあんたの好きなハンバーグ。ほら、さっさと手洗いうがいしてきなさい」

 

「うん」と頷いた真太郎は言われた通りに洗面所に向かうと、鏡の前で手洗いとうがいを済ませる。

それから二階に上がって自室に入ると、ランドセルを床に置き、ベッドの上に大の字になりながら仰向けに倒れた。ぼふっ、と布団が弾む。

 

「はあ……」

 

 自ずと口から小さなため息が漏れる。原因はもちろん、作文に書く内容だ。

 

「将来の夢、か……」

 

 外はすでに日が沈んでおり、部屋の中は薄暗い。

 チッ、チッ、と目覚まし時計が黙々と秒針を刻んでいる。

 何十秒かぼーっとしていた真太郎はふと起き上がると、部屋の隅に配置された本棚へと足を向けた。

 コミックや雑誌、ゲームソフトなどが収納されているその中から、一冊の薄い絵本を取り出す。

 可愛らしくも幻想的なタッチで拍子に描かれているのは、装備した剣を高々に掲げる勇者の男の子。

 タイトルは、『ぼくはゆうしゃ』。

 

 

 ――なれるよ! あきらめなければ、きっとなれる!

 

 

 この絵本を見るたびに、そう言ってくれた少女の姿が朧げに脳裏に浮かんでくる。

 桜を彷彿とさせる、華やかな笑顔の女の子。

 彼女の言葉はとても暖かくて、思い返すだけで心の底から勇気が湧いてくるのを感じることができた。

 でも――

 

「はぁ……」

 

 再びため息をつき、ベッドの上に寝転がる。

 

 ――柊真太郎は、『勇者』になりたい。

 

 人々を助け、魔王を倒し、世界を救った勇者。

 その姿があまりにもかっこよくて、気が付けばどうしようもなく憧れていた。

 今だって、真太郎はなりたいと思っている。幼い頃から憧れていた『勇者』に。

 

 ――だけど、憧れたその存在はあまりにも非現実的で、夢を叶えるには真太郎はあまりにも無力だった。

 憧れを抱くなかで、胸の奥底に潜むもう一人の自分が言うのだ。――お前には無理だ、と。

 なれないという理解と、なりたいという願望。この二つに挟まれ、心が重たくなる。

 

「僕は、どうしたら……」

 

 ぽつり、と小さな言葉が口から転がる。

 真太郎の疑問に、答えてくれるものはいなかった。

 


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