天人様の言うとおり   作:青二蒼

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久しぶりに気分転換に書いてたら乗ってしまった。
前回のあとがきに2、3回で魔法世界を終わらせるなんて書いてましたが、進めていたらあっさりと雑に終わってしまった。

うむ、5年ぶりくらいですが……待ってた人いるんでしょうかね?
『ネギま』なんてにじファンの時代が最盛期じゃなかろうか?
もうそんな時代でもないでしょうけど……まあ、物語に貴賎なし。

どうぞ、お楽しみください。


天人二人、無常を生きる

 

 人の命は(はかな)い。

 一睡の夢のように覚め、泡沫の(ごと)く消え、春の桜みたいに散りゆく。

 蒼天に限らず人ならざる存在――神仏や化生にとっては人の命などそれぐらいのもの。

 そして、今まさにここでは人の命が刹那に散っていた。

 グレート=ブリッジと呼ばれる橋でありながら巨大な壁のような建物。

 それを奪取するためにメガロメセンブリーナ連合は躍起になり、ヘラス帝国は重要な前線を守らんと凌ぎを削る。

 まさに激戦。

 光と炎の矢が嵐のごとく飛んできている中を縫うように飛ぶ二つの影。

「悲惨なものね、まさに生き地獄」

「人間界自体、地獄と天国の狭間みたいなのものですから……どちらもあってもおかしくはないですよ」

 少女は呟き、青年はそれに対して答える。

 地上に降り立ち、更には異世界まで渡った天人二人は戦争へと身を投じている。

「しかし、地上の争いを見下ろした事はあるけれど……同じ目線に立てば雰囲気が違うもの、ねッ!」

 天子が緋想の剣で横に一閃して、魔法の矢を斬り消す。

「見慣れない格好をした連中……! さては、連合の呪術教会か! 全員取り囲め!」

 声に気付けば、いつの間にやら甲冑を来た魔法騎士達に素早く取り囲まれる。

 大剣のようなものに(またが)りながら、魔法を放とうとしている。

「ふむ……」

 蒼天が一つ呟き手を静かに下ろすと、

「う、うおおおおおおおォォォォッ!?」「下に引っ張られる?!」「重力魔法かぁぁぁぁ!?」

 絶叫と共に魔法騎士達はそのまま遥か下の水底へと落ちていき、水柱を巻き上げる。

「この光景、何度目よ……」

「さあ? 何度目でしょうね」

 天子の言う通り、この光景はこの戦場で既に数え切れないほど見ている。

「蒼天はん、ご無事で」

 突然に掛けられた声。

 声の聞こえた方向へと蒼天達が振り向けば天ヶ崎が彼らと合流を果たす。

 余裕そうなほんわかな表情を彼は浮かべてはいるものの。その実、余裕はなさそうだ。

 疲弊しているのが目に見えている。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫か、か……どうやろうな。帰ったところでウチとしては、大事なもん失ってる気がするわ」

 蒼天は軽く心配の言葉を掛けるが精神的に限界、と言ったところだろう。

 この戦争の顛末(てんまつ)を聞くに大義名分なんて彼らにはない。

「帰る場所はあるんでしょう?」

「ああ……みんな帰る場所がある。それだけが、唯一ここで戦う理由やからな」

「では、生きて行きなさい。私達は私達で約束を果たすとしましょう」

「恩に着るで蒼天はん」

 蒼天の言葉に天ヶ崎の目に力強い意志が灯り、蒼天達から離れ他の関西呪術協会の面々と合流し前線へと戻る。

 この戦場で息抜きは出来ない。

 ただ自分の心を奮い立たせて生き抜く事だけを考えるしかない。

「これって閻魔様の言う善行になるかしらね」

「いいえ、余計なお世話と言うやつでしょう」

 いつものように蒼天と天子は軽口を言いながら戦場を飛ぶ。

 幾人もの呪術協会の面々を救助しながら戦場を飛ぶ様子は彼らにとっては正しく天の助けと言ったところだろう。

 目立たない程度に敵を無力化しながら救助をしていると、

「いよーいつぞやの、地味パンツの嬢ちゃんじゃ――もぺっ!」

 天子は反射的に話し掛けてきた筋肉達磨に要石を問答無用でぶつけた。

 空中を錐揉みしながら筋肉は落ちていく。

「おいおい、ラカンのヤツが落ちてったぞ……」

「ラカンが女性にやられるのはいつもの事ですよ、ナギ」

 などと以前にも聞いた声に蒼天達は振り向く。

「あら、この間の赤毛の子供と胡散臭い男じゃない」

「誰が子供だ。お前も同じじゃねえか」

「残念ながら見た目だけよ。あなたの隣にいるのと一緒で見た目通りの年齢じゃないし」

「マジで? じゃあ、ババアか?」

「蒼天、この子供にデリカシーって言葉を教えてあげてもいい? 生意気な子供はケツを叩かないと分からないみたいだし」

 赤毛の少年――ナギに対して天子の額に少し青筋が浮かぶ。

「そこは年長者の余裕を見せなさい」

「悪いわね。天人の中では若いのよ」

 蒼天の言葉に対して天子はいつもの軽口を叩きながら(てのひら)に要石を出現させてクルクル回す。

 そして、その要石が彼女の手を離れ天子達の周囲を高速で飛び回り、

「ぐほっ」「タコスっ?!」「メタすッ!」

 何人もの魔法騎士達を薙ぎ倒しながら再び彼女の周囲へと戻ってくる。

「ふむ、地属性の魔法……と言う訳ではない。魔力を使わない純粋な物理攻撃ですか……」

 興味深そうな言葉と共に柔和な笑みを浮かべた優男――アルビレオは呑気に観察をしている。

「悪いけどネタバラシはしないわよ」

「いえ、大丈夫ですよ。もっと別の機会に詮索させていただきます」

 それから彼は天子に向けていた視線を再び蒼天に向ける。

「しかし、貴方達はこう言った事には関与しないものかと」

「事情がありましてね。それに戦場にいますが殺生は出来ないですし、するつもりもないんですよ。そちらからすれば甘い話ですが」

「それはまた、複雑な立場みたいですね」

「何を呑気に話してるんだ?! ここは戦場だぞ! さっきから流れ弾じゃないが魔法が飛んできてるだろう?!」

 メガネを掛けた縦セーターの青年――詠春が太刀を振るいながら飛んでくる魔法の矢や雷を断ち切り、二人にツッコんでる。

 対してツッコまれた二人は何を焦ってるんだとばかりの表情をする。

 それを見た詠春はさらにツッコむ。

「少しは危機感を持て!」

「そう目くじら立てても意味ないわよ。蒼天が焦ってるの見たことないし」

「これでも結構全力ですけどね。一体、何人守ってると――」

 天子に言われて蒼天はそう呟く。

 致命傷になりそうな攻撃、致命傷を負った者。

 それを防ぎ、あるいは救済している。

 千里眼――という訳ではないが、それなりに幅広い目を持っている。

 でないと地上の様子など見えない。

「何だ、兄ちゃん本調子じゃねえのかよ」

 と、ラカンがいつの間にか何食わぬ顔で戻ってきた。

 蒼天は説明するように言葉を紡ぐ。

「目的が違うんですよ。ただ敵を倒すだけが戦いではないという事です」

「なるほどね。それはそうとナギ! どっちが多く(ふね)を落とせるか勝負だ!」

「おう、さっさとこの戦いを終わらせねえとな!」

 ラカンが気勢を上げると赤毛の少年・ナギもすぐに戦火の嵐へと飛び、突っ込んでいく。

「やれやれ相変わらず威勢の良いことです。それでは蒼天殿、またお会いしましょう」

 と、アルビレオも彼らのあとを追っていく。

 同時に小さな少年のような子も続いて行った。

「行かなくてよいのですか?」

 ただ1人残った詠春に蒼天は質問する

「いえ、こんな事を申し上げるのもおかしな話かもしれませんが……皆さんをよろしくお願いします」

「1つ忠言しましょう。大局を見据えることです。それと、一を以て(これ)を貫く。帰って来た時に自らの行いを後悔せずに主張できなければそれこそ誰も納得しないでしょう」

「……心に留めておきます。ご武運を」

 思うところがあるのか、詠春は少しだけ目を伏せてすぐに一言だけ残して向かった。

「さて、我々も天の助けをしばらくしますか」

「ホント、緩いわね~」

「この状況を楽しんでる貴方に言われたくはありませんね」

「退屈はしてないわ」

 などと言いながら天子は再び要石を展開する。

 天人二人は再び戦場を駆け回る。

 人知れず不殺を貫き、こっそり敵味方関係なく多くの人を救うその姿が戦場での伝説になるのはまた幾年か後の話。

 ――閑話休題。

 色々と端折(はしょ)るが、結果としてグレート=ブリッジ奪還作戦と銘打たれたこの世界での歴史的な戦争は連合側の勝利で幕を閉じた。

 そして『紅き翼(アラルブラ)』が名声を上げた戦いでもあった。

 しかし……それは歴史的な話。

 そこに如何なる犠牲と地獄が繰り広げられたかは、当事者以外に語ることは出来ないだろう。

 この戦争以降に生まれた者は、文字の羅列でしか知ることは出来ないのだから。

 そして『関西呪術協会』として犠牲は――当然ながら出た。

 都市・トリスタンの郊外にある野営地では葬儀が執り行われていた。

『…………』

 全員が黙祷を捧げ、喪服を着ている。

 葬儀が終わり、一条のところへ蒼天は向かった。

 彼は将棋盤を一人で見詰め、指している。

 思い詰めたように。

 見た目は童顔で若く見えるが、中年だと普通に思えないだろう。

 だがそんな彼も哀愁が出ている。

「一つ、ご一緒しても?」

「ああ……蒼天はんか。相手がいなくて、ちょっと退屈してたわ」

「では失礼します」

 と、対局する。

 しかし、すぐに蒼天は別の事で頭を使っている感じだと見抜いていた。

 しばらくして、駒を進めているが……その進みは遅い。

 無用な犠牲を避けようとしているのか、後手に回っている。

 盤面でもそんな様子なのだ。

 蒼天は口を開いた。

「犠牲もなしに王手は掛けられませんよ」

「せやな……けど、おいそれと出す訳にもいかん」

「人の世は無常です。昔も今もそれは変わりません……そうですね、気晴らしですが私の昔話に興味はあります?」

 蒼天の言葉に一条は目をパチクリとさせた。

「そら、興味はあるけど……急に自ら素性を語るなんてどないしたん?」

「いえ、貴方が私をどこか信用しきれてないのは分かっています。今でもね……それと気分転換ですよ」

「ホンマに見抜いてきますな~。これでも結構、駆け引きは出来る自負はあるんやけどな」

「相手が悪いと思って下さい。人を見抜けないようじゃあ天人の名折れですよ」

「そうか……なら、茶でも飲みながら聞かせてもらおうやないか。人の話が楽しみになるのは久しぶりや」

 などと言う一条だが、言葉の裏を読み取るに彼の役割からして面白みのある話があまりないということなのだろう。

 そうして縁側に出て庭を眺めながら座っていると一条が刀花を見つけ、無理矢理に横に座らせて巻き込んだ。

 それを見た天ヶ崎が不思議がって自然と隣に座り、天子は通りかかり茶と菓子が出ると聞いて釣られた。

 蒼天は少しばかり賑やかになったことに笑う。

「随分とまあ、増えたものです」

「ええやないの。天人の昔話……貴重な体験やし、もしかしたら刀花はんもいい感じの女になる切欠(きっかけ)が生まれるかもしれん」

「いい加減にキレて斬りますよ? これでも既婚なんですから」

 そのやり取りに相変わらずだとばかりに天ヶ崎は笑う。

 天子は茶と菓子にご満悦のようだ。

 蒼天は気にせずに続ける。

「さて、どこから話したものやら……取りあえず私が人間だった時の話の話をしましょう。まだ神と人が別たれてはいなかった遥か昔……私は今でいうところの宮司、その息子でした」

「人間だった時……って人間から天人になれるんかいな?」

「ええ……修行や功績によって神に認められればなれます。と言っても簡単な話ではなく、そのためには欲をある程度捨てないといけません。もっと言えば天人になりたいという欲を持ってる時点で天人にはなれず、大概の者は仙人止まりという訳ですよ」

 天ヶ崎の疑問に答えると、周りが興味深そうに耳を傾けている。

 それに対して天子は少しだけ目を逸らしてる。

 実際、彼女は修行をして天人になった訳ではないので少しばかり耳が痛い話だろう。

「そしてそのある神に仕え続け、私が宮司として後を継ぎ……その後も精力的に(たてまつ)り続けた結果、功績が認められてこうして天人となったという訳です。この能力も言ってしまえばその神の恩恵(おんけい)なのですよ」

「ほお……その能力が神の恩恵(おんけい)なら神様由来の能力ってことかいな?」

「察しが良いですね一条さん」

 言いながら蒼天は金属の、青銅のような塊を一つ取り出してすぐに変形させた。

 刀花はそれを見て、思い当たる物の名前を呟く。

「銅鏡、ですか?」

「そう、私が仕えた神が鏡を作り……これを使って天照様(あまてらすさま)天岩戸(あまのいわと)から引き出し、再び日ノ本を照らし始めた。今でも信仰が途切れていなくてよかったですよ、姿を覚えてる者はいないでしょうけど」

 などと蒼天は言うが、天照などと日本の太陽神の名前を出されて周りは少しばかり驚く。

 一条は子供のように少しだけ目をキラつかせた。

「なんやろ、年甲斐もなく少しワクワクするな。蒼天はん、仕えてた神って言うのは――石凝姥命(いしこりめどのみこと)で合ってるか?」

「え、ウソでしょ?! 貴方が仕えてたのって、その神様なの!?」

「天子はん、知らんかったんかい……」

「だって蒼天、自分のことなんて全然語らないし」

 などと天子は本当に驚いてる様子だった。

 対して蒼天は、

「別に聞かれれば答える程度で……自ら答える気がなかっただけですからね」

 などと別段自慢することもなく、遠回しに肯定していた。

「イシコリメドノミコト……どういう神様なんですか?」

「刀花はん、神鳴流剣士なのにウソやろ?」

 一条はキョトンとした顔でいる刀花に呆れ顔をする。

 それを見た刀花は詰まりながらも言葉を続けた。

「な、何ですか。別に勉強してない訳ではないですからね」

「簡単に言えば……八咫鏡(やたのかがみ)を作った神様や。金属加工の祖とも言うべき、古い神様やね」

 天ヶ崎が少しばかり補足するように説明してくれた。

「そう、なので私はこの『金属を操る程度の能力』という訳です。その気になれば偽物ですが八咫鏡(やたのかがみ)を顕現させることも出来ますよ」

「神器を顕現させるって軽く言ってるけど、偽物でもとんでもないわよね……それ」

 天子は天子で蒼天の言葉に軽く呆れている。

「おいそれと出す訳にはいきませんからね。手順と言うか、色々と必要な事もあるので。どうです? 軽くですが、いい気分転換になりましたか?」

 と、蒼天が言ったところで一条はふ、と笑った。

「ああ、そうやな。……帰ったら今度はもっとゆっくり聞かせて欲しいな。こないな気分転換やなくて」

 などと一条は決意を新たにしたようだった。

 

 

 しかし、人の世は無常であり無情な時がある。

 それが現実であり、どうにもならない壁がある。

 この世に完璧など存在しない、そして完璧などと(のたま)った瞬間に可能性は(つい)える。

 だからこそ蒼天は全てを救えるなどと約束しなかった。

「……みんなは、もう?」

「ええ、逃げ切りましたよ」

 天ヶ崎に寄り添い、語り掛ける蒼天。

 遅かったと言えばそれまで……先日のグレート=ブリッジ奪還作戦から一転して攻勢に出た連合側は当然ながら関西呪術協会に出撃を命じた。

 進撃してる最中に誘い込まれ、待ち伏せを食らい……天ヶ崎達の部隊が殿(しんがり)を務めた。

 蒼天達が救援に向かったが結果としては手遅れだった、それだけの話。

 字面にしてしまえば戦争などでよくある話だ。

「そうか……ならよかったわ」

 何かを悟ったようで、安心したように言葉を続ける天ヶ崎。

 治癒できる者はいない。

 向かってきてはいるが、それでも間に合わないだろう。

 天ヶ崎の体の下に血だまりを作っていることから、そう長くはもたない。

「残す言葉をお聞きします。子が真っ直ぐに育つ言葉を私が伝えましょう」

「そうやな……愛しとる。ただ、それだけや……あと頼みとしたら、蒼天はん……少しだけウチの子を導いてくれへんか?」

「誰でも導きますよ、私は」

「ふ……なら頼まれるまでもなかったかいな。なら、良かった……」

 それだけ言ってまたしても1人の命が消えた。

 しかし、蒼天に悲しみなどない。

 これが人の世の当たり前なのだから。

「安らかにお眠り下さい」

 看取り、そうして亡くなった者達を連れて蒼天は戻った。

 野営地に戻り、葬儀が行われ――

 今回ばかりは悲しむ者も多かった。

 誰の隣でもよく話をして、部下に対しても隔たりなく天ヶ崎は接していた。

 そして、殿を務める事も多く……救われた者も多い。

「――天ヶ崎さん」

 と、刀花も天ヶ崎の死を悼んでるなかで、天子が隣にいき呟く。

「そう悲しんでも誰も戻りはしないわよ。閻魔がいるかは知らないけど……いい輪廻に行くことを祈るしかないわね」

「もうちょっと言い方ぐらい考えなさい」

 その言葉に蒼天はツッコむ。

「取り繕っても仕方のないことよ」

「天人と言えども無情ではないんですから。すみませんね、刀花さん」

「いえ、いいんです。誰も戻りはしない……天子さんの言うとおりですから」

 と、言い残して刀花はどこかへと向かっていく。

 天子はその刀花の背を見て、呟く。

「私達は無情じゃなくても、地上は無情ね」

「争いなど今も昔もそんなものです。そして終わりが来れば穏やかな時が過ごせましょう。割り切れるかどうかは……その人次第ですが」

 無常に時は過ぎていく。

 

 

 そうして幾星霜の別れが何度かあり魔法戦争は終結した。

 戦争が終わり、多くの者が疲弊している。

 関西呪術協会はすぐに戦後処理でゴタゴタしている内に撤収をした。

 変な難癖などをつけられてとばっちりを食らうのはこれ以上御免だったのだ。

 そんな訳で天人二人の魔法世界の珍道中もこれで終わりを告げた。

 が、別で彼らには難癖がついていた。

 関西呪術協会の一室では八雲 紫が蒼天と二人、歓談している。

 紫は嫌味を少し含ませて切り出した。

「少し遠回りが過ぎませんこと?」

「進展はしているでしょう?」

「確かにそうだけど、もう少し仕事してほしいわ」

「そっちはどうなんですか? いつも寝てばかりなのでは?」

「仕事はしようと思ってるわ」

「思ってるだけでは、仕事をしたとは言えませんね」

「ここにいるのが仕事をしてる証拠よ」

「それ以外は?」

「いつも部屋よ、デスクワークって奴ね」

「布団はデスクに入りますか?」

「入るわよ……私の中では」

「貴方が布団に入ってるだけじゃないですか?」

「もうちょっと柔軟に生きましょう。それでも仕事は出来るわ」

「線引きは大事だと思いますがね。境界の妖怪の割には線を引くのは下手ですか……」

「そういう貴方はどうなのかしら? 人間との線引きは出来てるの?」

 自分を棚に上げて紫は扇子で口元を隠して蒼天に問い掛けた。

 回りくどい軽口を叩いたが、聞きたい本題はそこなのだろう。

「入れ込んではいませんよ。少し彼らと接する時間が多いだけです……それに一時ではありますが、人間に戻ろうかとも考えてますし……それなら文句はないでしょう?」

「それを入れ込んでると言うんじゃないのかしら?」

「違いますよ。天地交わりて万物通ずるなり。上下交わりてその志同じきなり。これは必要な交わりということです。天子の教育の一環にもなるでしょう」

「あらそう。それは愉快な旅路になりそうね」

「……意外ですね、もう少し偏屈な問答でもしてくるかと思ったのですが」

 それを聞いた紫は少しだけ、不機嫌そうにぷいと顔を逸らした。

「私はそこまで偏屈じゃないわよ。それと、酒の席には呼びなさい」

「仕事をしなさい」

 蒼天は呆れ顔でツッコむが、紫はにっこりと笑う。

「それも仕事よ」

 とだけ言ってスキマと呼ばれる異空間に帰った。

 自分の都合の良いように解釈するのは妖怪ならでは、と言ったところだろう。

 蒼天は内心でそう呟きながらも部屋を出る。

「あ、蒼天お兄ちゃん」

 部屋を出た瞬間に声と同時に横からぶつかる。

「こら刀子、離れなさい」

 と、眼鏡がトレードマークの刀花が同じく刀子と呼ばれた少女と同じ方向の縁側から歩いてくる。

「いえ、良いのですよ。子と触れ合うのは久方ぶりですから」

 蒼天は気にするなとばかりに制し、穏やかな顔を向ける。

 好青年とも言うべき表情だ。

 この少女は刀花の娘である刀子。

 子供ながらも切れ長の目が刀花に似ている。

 美人に育つだろうとは思うが……気質も母親に似ているため男性との関係が難儀になりそうではあるが、それは今忠言するべき事ではない。

「これでもお兄ちゃんなんて年齢ではないんですがね」

「子供には関係のない話ですよ。見たモノが全てですから」

 蒼天の言葉に刀花は少し苦笑する。

 その表情は穏やかであり、母性に溢れていた。

 蒼天は同意して刀子に目線を合わせる。

「それもそうですね。それで、刀子はさっきまで何をされてましたか?」

「天子お姉ちゃんと神鳴流のけいこしてた」

「そうですか……意地悪されてませんか?」

「ううん、全然」

 と、刀子に聞いたところで天子本人が登場した。

 その表情は少し不満気だ。

「私はそこまで意地悪くないわよ」

「子供相手に大人げなく振舞うほど小心ではないようで何より」

「貴方の方がよっぽど意地悪に見えるわよ」

 言いながら天子は竹刀を軽く肩に担ぐ。

 どうやら稽古をしていたのは本当のようだ。

「それで? 退屈になってきたんですか?」

「そうでもないわ。これから釣りに行くつもりだし」

「釣り!」

 天子の言葉に刀子が反応する。

 釣りに興味津々のようだ。

 そのまま天子がどこかへ行くと、刀子もその後ろを追っていた。

 蒼天は感心する。

「意外に(なつ)かれるものですね」

「平和な事です。先日までのことがウソのようで――」

 何かを憂うように刀花はそこで言葉を止めた。

 蒼天は少しだけ刀花を見る。

 まだ友の死を引きずっているような表情だ。

 蒼天は1つ忠言する。

「友の死を忘れてはなりません。ですが、いつまでも思っていては今を生きることは出来ない。人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが(ごと)し。生きている以上は前に進むしかありませんよ。それに子を立派に育てる役目があるでしょうに……天ヶ崎さんが浮かばれませんよ」

「そうですね。ただ割り切るには多く失い過ぎました」

「それは時が解決するでしょう。自然の、天の流れるままにいるのもまた傷を癒す方法です。しばらくは子との時間を多く作ると良いでしょう」

「フフ……本当に不思議な人ですね」

「天人ですからね」

 蒼天のその言葉で会話は終わり、少しの静寂。

 それから刀花は少しだけ吹っ切れたように、一つ息を吐く。

「それでは、娘の様子を見てきます。釣りなんて初めてでしょうから、なかなか帰ってこないかもしれませんし」

「ええ。それと、今夜はご馳走ですかね……厨房の人に話を通しておきませんと」

「それはまた、どうしてですか?」

「天子が強運の持ち主でしてね。釣りをすれば大物が間違いなく出ますから」

 話してる内にまたしても子供が今度は蒼天の背後に飛び込んできた。

「やれやれ、今日は小さい客人が多いですね」

 と、蒼天が視線を腰の後ろの方に向けるとまたしても小さな少女。

「"千草"、突然に飛び込むのは私でも驚きますよ」

「…………」

 少女は天ヶ崎の娘である千草。

 親を亡くして間もない、悲しき子供だ。

 蒼天の腰にしがみついて離さず、話もせず。

 帰ってきてからはこんな感じである。

 それほど蒼天に千草と面識がある訳ではない筈なのだが……

 刀花はその様子に苦笑と悲壮が入り混じった表情をする。

「蒼天さんも子供によく懐かれますね。居心地が良いのでしょう。しばらくは、その方が良さそうですけど」

「――そうですね」

 蒼天はあくまで人であり、人ならざる者なのであんまり人間の方から入れ込んでは欲しくないのだが……

 それを伝えるのはこの少女にはあまりに幼すぎて、残酷が過ぎる。

 なので蒼天は伝えるべき言葉をあえて伝えなかった。

 沈黙は金。

 それを体現したような状況である。

 蒼天は天を仰ぎ見て、一言。

「無常ですね」

 天人二人の珍道中はまだまだ続く。

 




天子と蒼天の故事成語・用語 解説

『一を以て之を貫く』孔子=論語

天子「似た言葉としては初志貫徹ね。1つの事を貫き通す。1つの道に理念を持って最後までやり遂げる。そんな意味の言葉よ」
蒼天「彼には迷いがありましたので、この忠言をしました。理念がなければそれは自分で周りを納得させる言葉を持ちえないと思いましたので」
天子「蒼天は全うしすぎよ」
蒼天「ええ、だからこそ天子の教育役も任されてますので。竜宮の使い? 彼女は教育係ではなくお目付け役ですから」

『天地交わりて万物通ずるなり。上下交わりてその志同じきなり。』伏犠=易経

蒼天「天地が交わり、上下が交わる事で、陰陽が交わる。その交わりによって全てが生まれる。つまりは陰陽同一の考えですね。天地を別で考えていれば何も生まれない、そんな意味を込めて話したつもりです。経営の理念等で使える言葉ではありますが……この言葉の前後に色々とまだ文が続きますので、あしからず」

『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが(ごと)し』
徳川家康遺訓

天子「随分、新しめの故事ね」
蒼天「まあ、我々からすれば新しい方ですね。言葉のままですね。人の一生は長いので遠い道を重荷を背負って歩むようなものだ。努力と忍耐をもって少しずつ歩む、そんな意味ですね。ちなみにこの言葉、家康本人のお言葉ではないらしいとの話です」
天子「なにそれ……本人じゃないのに遺訓にしてるなんておかしな話ね」
蒼天「まあ、死人に口なしです。死んでから付け足しをされるのはよくある話ですから」

『沈黙は金』衣装哲学=トーマス・カーライル

蒼天「元は西洋の言葉から輸入された言葉ですね。正確には『雄弁は銀、沈黙は金なり』。"なり"をつけるのが正しいとされてるらしいです」
天子「西洋の言葉も借りるのね……天人らしく中国の故事成語で統一しないの?」
蒼天「弘法筆を選ばず。人間の言葉で忠言できるなら何でも良いのですよ。本質を間違えなければそれで問題はありません」

石凝姥命(いしこりめどのみこと)(名前については他の表記もあり)

蒼天「八咫鏡を作ったお方で、私がお仕えしている神です。あの時は大騒ぎでしたね……天照様も困ったお方でした。今風に言えばメンタルが豆腐に近かったので」
天子「罰が当たるわよ?」
蒼天「大丈夫です。心が狭いお方ではありませんから。ちなみに私の名前は天人に上がった際に石凝姥命守(いしこりめどのみことのかみ)と名付けられたので縮めて石守(いしのかみ)となりました。天子が仕えている『名居(ない)』様が『名居守(ないのかみ)』となったのと同じですね。金工の神の祖で、同じような神である金山彦命(かなやまひこのみこと)様より古い神です」
天子「金属を操る能力はそこ由来な訳ね。まあ、私も仕えてた人由来だから似たようなものかしら」
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