猗窩座殿が柱。拳のみで戦う異例の柱。篭手が日輪刀だ!
――道場を継がないか?
ある日のことだった。
――恋雪もお前のことが好きだと言っているし
目を丸くさせる狛治を余所に恋雪の想いを代弁すれば慶蔵の傍で座る娘、恋雪の顔がみるみる赤く染まっているのが見える。狛治もまた顔が熱くなった。同じように赤くなっているのは間違いなかった。道場を継ぐとは、そういうことだと理解すれば、居たたまれず視線を逸らした。真下を向けば腕に刻まれた罪人の入れ墨が視界に入ってしまった。死んだ親父の為にしてきた罪の証。親父の薬を買うお金の為に増えた入れ墨。まざまざと見せつけられて、狛治の表情を硬くさせる。罪人の自分が幸せになれるなんて、想像も出来なかった。ましてや誰かがそんな自分を好いてくれる未来なんて。……信じられなかった。
――今までが、荒れた日々だった、
親父が死んでこの世を恨んだ。八つ当たりのようにどの人間にも噛み付いた。この腕は人を殴ったし、金も盗んでいった。そんなことが許されるのか、拳を握れば今までのことが蘇る。慶蔵の出会いから恋雪の看病、隣接した剣術道場からのやっかみ。何から何まで全てが走馬灯のように蘇る。
――罪人のお前は先刻ボコボコにしてやっつけたから大丈夫だ!
慶蔵の力強い断言を思い出す。恋雪の看病を頼まれて罪人の自分を置いてもいいのか、そう問いかけて返された言葉だった。……ああ、そうだ。師はそういう人だ、恋雪だって俺をそういう風に見てはいない。俺だけがそれを気にしている。真っ当に生きろという親父の遺言を思い出す。迷惑になるまいと死んだ親父、俺のせいで死んでしまった優しい彼の遺言。
――もしかしたら親父の遺言の通りまっとうな生き方が出来るかもしれない
……淡い、期待だった。だけど親父の遺言の通り、それが出来るのかもしれない。狛治は道場を引き継ぐことを決意して話を受け入れた。命に代えても守りたい、そう考えて狛治は江戸へと足を運んだ。祝言を上げるのだと死んだ父に報告したい一心で道場を後にした。墓石にいつかのように跪き報告を終えてすぐに帰路につく。日が暮れる前には道場に帰った。
……なのに、いつも出迎える恋雪が門の前に現れない。遅く出てくる師匠も、道場の前に一向に現れない。人だかりが増えているのが見えていた。狛治を見つけた人が何かを話そうとやって来る。
――嫌な、予感がした。
横隔膜が痙攣して吐きそうな思いに襲われた。鳥肌が立っていた。
――誰かが井戸に毒を入れた……ッ!!
別の誰かの話でもしているような他人事にも近い感覚だった。
――慶蔵さんやお前に直接やり合っても勝てないからあいつら汚い真似を……ッ!!
やめろ、やめてくれ……。ドクンドクン、心臓が耳まで出てきそうな、気分の悪さに陥った。
――惨たらしい……、あんまりだ!!恋雪ちゃんまで殺された!!
気付けば道場に転がり込んでいた。いつもの家の中、二人の死体だけが丁寧に安置されていた。白い布を被せられていた。いつかの自殺した父も同じように寝かされていたことを思い出す。……俺は大事な人間が危機に見舞われている時に、いつも傍にいない。恋雪と花火を見ながら言った言葉が脳内に蘇る。暗い闇を照らす花火の光に照らされて恋雪と話した。俺でいいのかと、花火の音を聞きながら問いかければ彼女は昔の思い出を話し出す。狛治が覚えていない些細なことが彼女には大切だった嬉しかったと語る。
――私は狛治さんがいいんです。私と夫婦になってくださいますか?
彼女から言われた言葉。不安げに揺れる彼女の小さな手を掴んで、約束した。心の底から誓った言葉を紡いだ。
――はい、俺は誰よりも強くなって一生あなたを守ります
……現実はどうだ、目の前を見れば二人の亡骸は眠り、線香の匂いが香っている。恋雪の亡骸を抱き上げて、ボロボロとみっともなく泣いた。彼女の温もりはもう何処にもない、冷たくて寒い寒い。……結局、口先ばかりで何一つ成し遂げられなかった。パキリ、何かが壊れる音がした。
――――――――――――――――――
その日の晩、狛治は剣術道場の門の前に立っていた。あいつらだけは殺さねば気が済まない。師に鍛えられた拳を血に染めんと決めて道場内に入れば、既に血に染まっていた。剣術道場の中は血だまりで、あちこちに門下生であろう原形が飛び散り、壁や天井は臓物が張り付いていた。
――……何だ、これは
道場の中心には男が一人、門下生の頭部を喰らっているのが見えた。狛治に気付くなり目を細めて喜色の感情を浮かばせた。
――今日は喰いきれんぞ
嬉しそうに語る男は狛治に襲い掛かった。狛治はそれに拳を振るった。素手で頭部を吹き飛ばし、内臓を破壊したが男の身体は再生する。鬼だからな、自慢げに語る男の顎を更に吹き飛ばした。
そんなこと、どうでもよかった。狛治は鬼の身体を再生するたびに何度も何度も吹き飛ばした。淡々と、延々と、まるで作業のように鬼の身体を殴りつける。臓物が飛び出し、頭部からは脳味噌が吹き飛んでいく。もうやめてくれと痛みにのたうち回る鬼の懇願を無視して何度も何度も殴り続けていた。時間が経てば朝はやって来る。剣術道場の門下生を喰らった鬼は燃え尽きて消え去って、狛治だけが残った。生きているのは狛治だけだった。朝日を浴びて、荒い息を整える。
――憎しみを、激情をぶつける相手を見失えば、もう虚しさしか残っていなかった
呆然と、血まみれの道場に座り込んだ。
――――――――――――――――――
剣術道場の凄惨な光景は、周囲に激震を走らせた。殺人として罪を問われたのは素流道場の跡継ぎの狛治だった。鬼も消えてしまった今、それを証明する術はない。生存していた女中も正気を失っている。証明も出来ないその現場の真ん中で呆然と座りこむ狛治が疑われるのは当然のことだった。素流道場で起きたことの逆恨みと動悸付けられた狛治に言い渡された沙汰は死罪であった。元々のスリを繰り返した素行の悪さ、今回の事件も合わさって釈明の余地はないと告げられた言葉に狛治はそれに反応することは無かった。
――もう、全てがどうでもよかった
首を刎ねられる寸前で救ったのは産屋敷家の人間であった。あれよこれよとしている内にその身の自由が保障された狛治の目の前にはお館様なる人物と対面することとなった。不運だったね、と優しく声を掛けられる。狛治は鬼についての話も聞かされる、その上で生き残った狛治を評価して鬼殺隊として引き抜きたい。狛治はそれを聞いてただ頷いた。ああ、そうかと思うばかりだった。流れのままに身を任せて、鬼殺隊に入ることになった。
――名前はなんて言うんだい?
狛治は自身の名を名乗るつもりはなかった。……名を捨てよう、そう決めて名乗った。
――
玉無し狛犬は住処にて動かず、役立たずの狛犬。そんな意味を込めて名を変えた。
――お前はやっぱり俺と同じだな、何か守るものが無いと駄目なんだよ
お社を守っている狛犬みたいなもんだ、いつかの師の言葉が蘇ってかき消えた。
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猗窩座が鬼殺隊として修業に向かうも決して刀を握ることは無かった。
気付けば頂点の柱に昇格していた。【
猗窩座に残ったものは強くなること、ただそれだけだ。守りたかったものはもう何一つ残っていない、家族を失った世界で生きていたかった訳でもない。無意味な鬼の殺戮を繰り返し虚ろな心は満たされることはない。……心はいつしか凍り付いた。
――きっと治す、助ける、守る
猗窩座の人生は妄言を吐き散らすだけのくだらないものだった。
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柱として何年か過ぎた頃、鬼になったという妹を連れた隊士が柱合会議に連れ出された。額に痣のある少年は妹が人を喰ったことはないと話し出す。周りの柱の反応は各人それぞれだが、猗窩座がそれに対し特に思うことはなかった。
――妹は俺と一緒に戦えます、鬼殺隊として人を守るために戦えるんです!!
好き勝手に言う柱の中で、少年の声高らかに告げる言葉は周囲に響いた。ピクリ、普段動かぬ猗窩座の眉が、初めて動いた。遅れてやって来た風柱が少年の妹の入る箱を突き刺した。滴り落ちる血を見るなり、少年は走り出す。
――俺の妹を傷つける奴は柱だろうが何だろうが許さない!!
……何故だろうか、目の前で繰り広げられるそれと少年の言動、何もかもが猗窩座には気に入らなかった。決着は呆気ないものだった。冨岡の言葉で止まったといえあの不死川に一撃加えて終わった。少年が吠える、猗窩座の眉間に大きな皺が寄った。お館様のお成りです、少女の言葉に猗窩座を除き柱の誰もが跪く。少年も風柱に頭を押さえつけられた。その光景を見ながら猗窩座は何処までも真っ直ぐな少年が腹立たしくて仕方がない、睨むなど、久々にしたことになど猗窩座は気付くことはなかった。
煉獄杏寿郎さんと、隣り合っているという事実に驚く。
ああ、猗窩座の実際の時代設定とかはガン無視なので悪しからず。原作軸に居る設定ですね。