四月を迎え、入学式とか始業式が滞りなく終わったある日のこと。
前触れもなく彼女は奉仕部の部室へとやってきた。
「やっはろーでーす!」
真新しい総武高校の制服を身に纏い、ピョコンと揺れるアホ毛と、チラリ覗く八重歯を煌めかせた一人の少女。
比企谷小町。奉仕部に所属する比企谷八幡の妹であり、今年入学したてのピッカピカの一年生。
元気よく右手を頭上に掲げて挨拶をする姿はまさにナチス式敬礼そのもの。きっとヨーロッパ辺りからクレームが届くに違いない。
「小町ちゃん、やっはろー!」
真っ先に応えたのは今日も元気だお菓子が美味い。
色んな意味で総武高校の最終兵器の名を欲しいままにする由比ヶ浜結衣。
「入学おめでとう、小町さん」
そう言って、華麗に優美にいそいそと、手早く素早く紙コップに紅茶を注ぐのは奉仕部部長たる雪ノ下雪乃。
なんかちょっとそわそわしてるのは、きっとこういう形で彼女に紅茶を飲んでもらう機会があまり無かったからだろう。
「お前、何しに来たの?」
無愛想全力全開で気怠く疑問を呈するのは主人公の比企谷八幡。
でも内心、妹の制服姿が感慨深くて油断すると涙がちょちょぎれちゃう今日この頃。
「今日は、色々とお世話になる予定の皆さんへ小町の入学祝いを渡しにきました!」
「……は?」
「え?」
「うん?」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに、腰に両手を当てて質問に答えた比企谷小町。
雨後の筍の如く、頭上でクエスチョンマークをニョッキニョキ生やして首を傾げる奉仕部の三人。
「小町さんや、入学祝いは入学する奴が貰うもんであって、引っ越しソバみたいに御裾分けするもんじゃないのよ」
「何言ってるの、お兄ちゃん。そんなの知ってるよ。当然じゃん」
「……なあ、雪ノ下。俺の妹は受験ノイローゼで認知症にでもなってしまったんだろうか」
「素人判断は禁物よ、比企谷くん。まずは一度家に帰ってもらってご家族で話し合ってもらいましょう。それが一番だわ」
「真っ当なアドバイスと見せかけた面倒事の押し付けをどうもありがとう」
とりあえず、隙さえあればイチャイチャ軽口を叩くスタンスの二人。
「あー……、小町ちゃん。あたしたちは気持ちだけもらっておくよ。だから、あたしたちの分は小町ちゃんの学校生活に役立ててもらえたら嬉しいかな」
「由比ヶ浜が……」
「至極真っ当な返答をしているですって……」
「どういう意味だっ!?」
愕然とした表情を浮かべる二人に対し、激おこ分福茶釜並みのプンスカで抗議する由比ヶ浜結衣。きっとお臍でお茶とか沸かせるに違いない。
「そーですか、わかりました。結衣さんがそこまで言うなら、小町も無理にとは言いません」
残念そうに溜息をひとつ。比企谷小町が踵を返し、奉仕部を去ろうとして──
「せんぱーい。お仕事いかがですかー?」
「間に合ってまーす」
比企谷小町は新たに登場してきた人物を獲物へと定めた。
「これはこれは生徒会長様。こちら小町からの入学祝いです。お近づきのしるしにどうぞどうぞ」
「え? あ、はい。これはご丁寧に……」
ペコペコ頭を下げ合いながら、比企谷小町が制服の内ポケットから取り出した封筒を受け取る一色いろは。
彼女の頭の中で『仕事を頼みにきたら入学祝いをもらった件』というタイトルのスレッドが立ったとか立たないとか。
「おいなんだ、それ?」
「まさか、現金の類ではないでしょうね……?」
「お米券とか……?」
果たして、入学祝いにお米券をもらって喜ぶ女子高生はいるのだろうか。いや、いない……はず。
「なんですか、これ」
「どうぞ、遠慮なく使ってくださいね!」
「……使う?」
そう言われると気になっちゃうお年頃の一色いろはが、封筒を開いて中に入っていた数枚の券を取り出した。
出てきたのは、こちら。
【お兄ちゃんが膝枕してくれる券(一枚一時間)】
奉仕部の部室が静まりかえった。
「なん…だと……?」
寝耳に水な様子の当事者代表お兄ちゃん。
「ヒッキーの…膝枕……?」
「なん…ですって……?」
まさかの中身に唖然とするお二人。
「ちなみに、ここに余ってる入学祝いがまだ二つありまして……」
【お兄ちゃんが腕枕してくれる券(一枚一時間)】
【お兄ちゃんを膝枕させられる券(一枚一時間)】
「……ほう?」
「「 っ!? 」」
ニヤリと意地悪そうに笑う比企谷小町と一色いろは。
反対に、愕然とした表情でそれを見つめる雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣。
「本当は雪乃さんと結衣さんに渡そうとしたんですが、お気持ちだけで……と断られてしまいまして」
「な、なんだってー!? もったいないお化けが守護霊なわたしとしては放っておけない問題ダナー。よーし、ここは生徒会長であるわたしが全部貰ってあげm」
「「 一色さん(いろはちゃん)? 」」
即興の茶番劇は強制終了となった。
「……」
「……」
「……」
無言でプレッシャーを放つ奉仕部二人と、引き攣った笑顔で応える生徒会長。
比企谷小町はそんな三人を眺めながら満足そうに一つ頷き、兄である比企谷八幡へと向き直る。
「じゃ、小町は用事終わったから先に帰るであります。お兄ちゃんは?」
「……今すぐ帰りたいけど、それやったら後が怖いから最後まで見届ける」
「了~解! 生きて帰ってきてねー!」
その後、ガンジーが裸足で逃げ出すレベルの超平和的な話し合いによって、比企谷小町の入学祝いは彼女たち三人による厳重管理のもと、三等分されることと相成った。
──あ、お久しぶりです! これ、小町からの入学祝いなのでどうぞ!!
──え? あ、うん。ありがと?
彼女たちはまだ知らない。
後日、比企谷小町が行く先々で散蒔いた入学祝いが、奉仕部へ風雲急を告げることになると……。