比企谷小町の入学祝い!   作:スポポポーイ

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城廻めぐりの入学祝い!

 新入生も新しい学校生活に馴染んできたであろう今日この頃。

 絶賛開店休業中ないつもの奉仕部へ、一人の依頼者がやってきた。

 

「こんにちはー」

 

 ふわっとほわっとほんわかと、にこやかに挨拶しながら入ってきたのは前生徒会長でもある城廻めぐり。

 卒業生なので、その出で立ちは制服姿ではなく私服姿である。淡い色のシャツワンピとレギンスに白のロングカーディガンという春コーデが実にラブリーでチャーミング。別にポケットなモンスターで悪事は働かない。

 

「あれ、城廻先輩?」

「……お久しぶりです」

「久しぶりだねー」

 

 お菓子をポリポリしながらぽややんと問いかける由比ヶ浜結衣と、どこか怪訝そうな表情で挨拶を交わす雪ノ下雪乃。

 

「比企谷くんもお久しぶりだー」

「……うす」

 

 のんびり依頼者用の椅子に座りながら、城廻めぐりは小首を傾げるように比企谷八幡へと声を掛ける。彼女の特徴でもある二つのお下げがユラリヒラリと左右に揺れて、ふわりとリズミカルに踊るそれはマジめぐリズム。

 

「それで、卒業した城廻先輩がなぜここに? なにか依頼でしょうか?」

 

 紙コップに注いだ紅茶を差し出しながら、部長の務めとばかりに雪ノ下雪乃が確認の声を上げた。

 渡された紅茶をフーフーしながら一啜り、美味しいねとふにゃりと笑った彼女は、何やら持っていたトートバッグの中をガサゴソと。

 

「実は、今日はOGとして様子を見に来てね。さっきまで一色さん達の生徒会室にいたんだ」

「なるほど。それで……?」

「そしたらね、比企谷くんの妹さんを名乗る子が遊びに来てて、ちょっとお話したんだよ」

「……なにやってるの小町ちゃん」

 

 城廻めぐりの口から飛び出た実妹の存在に顔を顰める比企谷八幡。お兄ちゃんは気苦労が絶えません。

 

「あ、その反応は本当に兄妹なんだね?」

「うちの妹が迷惑をかけたみたいでスミマセン」

「ううん、全然! 私もいろいろお話が聞けて楽しかったから」

「……そっすか」

 

 ふんわり朗らかに微笑む城廻めぐり。

 どうにも気恥ずかしくなって顔を背けてしまう比企谷八幡。

 

「そ、それで! 城廻先輩はどうして奉仕部に!?」

 

 なんかいい雰囲気を感じ取ったらしい恋する乙女が割って入った。

 そのツッコミにそうだったそうだったと頷きながら、城廻めぐりはトートバッグから取り出した一枚の紙を奉仕部三人の前に掲げる。

 

「そのときに、比企谷くんの妹さんからこの入学祝いをもらったんだー」

 

 

 【お兄ちゃんがあすなろ抱きしてくれる券(一枚一時間)】

 

 

 その瞬間、奉仕部の空気が凍りついた。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 『あすなろ抱き』

 まあ、簡単に言えば男性が後ろから女性を抱きしめる構図である。詳しくはネット見ろ。

 

「それでね、貰ったのに使わないのもどうかと思って。それにほら、私はもう卒業しちゃったから、なかなか比企谷くんを捕まえられないから余計にね?」

 

 なんか部室の気温がガクッと下がったのも気にせず、城廻めぐりは話を続ける。

 

「だからといって……」

「そ、そーですよ、先輩。その券はこちらで回収しますから、先輩は気にしなくて大丈夫ですよ!!」

 

 難色を示す二人の部員。

 それもそのはず、実は以前配られた入学祝いはまだ誰も使っていないのだ。

 気恥ずかしかったり、なかなか勇気が出なかったり、平然と使おうとして他の二人から睨まれたりした所為で……。

 

「ね、どうかな? 比企谷くん」

「どう、と言われましても……」

 

 お客さん第一号と、まさか本当に使う奴なんていないだろと高を括っていた担当者。

 

「ぜ、絶対にダメよ、比企谷くん! そんなことをしたら、事案として通報するわよ!!」

「そーだよ、ヒッキー! まじキモいから!!」

「……態々言われんでも分かってるよ」

 

 軽く溜息を吐きつつ、いまもニコニコと和やかに微笑む城廻めぐりへ彼が向き直る。

 

「まあ、という訳なんで入学祝いは無かったことに……」

「ヤダよ」

「……してほしいんですけどぉぉぉお?」

 

 入学祝いの利用を断る比企谷八幡と、それをお断りする城廻めぐり。

 おや? 雲行きが怪しいぞ……?

 

「……城廻先輩。奉仕部部長としてその依頼はお断りさせていただきます」

「これは私が比企谷くんの妹さんから貰ったもので、そのサービスの担当者は比企谷くんだよね? なら、奉仕部は関係ないよ」

「ひ、ヒッキーも嫌がってますから!」

「なら、その言葉は入学祝いを配り歩いてる妹さんに言うべきじゃないかな? 自分たちが貰って使うのは良いけど、他の人はダメなんて通らないと思うけど?」

「……キョウモイイテンキダナー」

 

 頑なに抵抗する女子高生二名と、頑として譲らない女子大生が一名。

 唯一の男子は現実逃避するように遠い目をしている。

 

「どうしてもダメ?」

「ええ、認められません!」

「そ、そうだし!」

「そっか……」

 

 やがて、何かを諦めたように首を左右に振る城廻めぐり。

 彼女はトートバッグからスマートフォンを取り出すと、二人の前で意味ありげにフリフリする。フリフリ!

 

「本当はこんな手は使いたくなかったんだけど……」

「こ、こんな手……?」

 

 フリフリしながら残念そうに俯く城廻めぐりと、フリフリが気になって警戒する雪ノ下雪乃。フリフリ!

 

「この券を使わせてくれないなら……」

「なら……?」

「ここに、はるさんを呼ぶよ?」

「…………た、大変不本意ですが、その券の使用を認めます」

 

 ──めぐりん は 魔王を 召喚しようとした。

 ──ゆきのん は 逃げ出した。

 

「ゆきのん!?」

「良く考えてちょうだい、由比ヶ浜さん。もしこの券の存在を姉さんに知られたら、絶対に今以上に面倒臭いことになるわ」

「……うっ、否定できない」

 

 ペロリと舌を出して、小悪魔めいた笑みをみせる城廻めぐり。

 彼女は茫然とする比企谷八幡へとすすすっと近づき、先ほどの券を彼へ手渡しながら告げた。

 

「という訳で、お願いね? 比企谷くん!」

「……マジか」

 

 こうして、記念すべき一人目のお客様は、城廻めぐりと決まった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

「これは……あすなろ抱きと呼べるんでしょうか?」

「後ろから抱き締めてくれてるから、まあ同じじゃないかな?」

 

 彼女が言ったのだ。

 お互い、さすがに一時間も立ったままなのは辛いから椅子に座ってやろうよ、と。

 

「比企谷くん、重くない?」

「……いえ、全然平気です」

「いまの間はどう解釈すればいいのかな?」

「めぐりんマジ羽のように軽すぎて羽毛布団の如し」

 

 彼女の提案に、少しでも楽ができるならと比企谷八幡は頷いた。

 そして、彼女に促されるまま椅子に座った彼の膝の上へ、城廻めぐりは腰を下ろしたのだ。あまりの事態に彼は珍しく思考を放棄したけど。

 

 ちなみに、見られるのは恥ずかしいからと他の部員二名は部室から退出させられている。

 梃子でも動こうとしない乙女二名だったが、城廻めぐりが無言でスマホをフリフリしたらスゴスゴと出て行った。フリフリってすごい!

 

「ねえ、比企谷くん。このまま寄りかかっても良い?」

「え? あ、はい。……はい?」

 

 状況についてゆけず、さっきから困惑しっぱなしの比企谷八幡。

 上の空な返事を肯定と受け取り、城廻めぐりがヨイショと深く座り直し、背中を彼の胸へと預ける。

 

「……よし、良い感じだ!」

「……うっす」

 

 あすなろ抱きをしている関係上、彼の両腕は城廻めぐりの肩から前へと渡され、彼女の胸の前で交差している。

 そのため、どうしても前屈みな姿勢となっている比企谷八幡。今、彼の眼前には彼女のうなじがダイレクトアタックで比企谷八幡の精神が刻々とゴリゴリ音を立てて掘削中。ゴリゴリ!

 目のやり場に困った彼が、思わず天を仰ぐ。

 

「……」

「……」

 

 預けられた彼女の背中から、ほんのりと感じることができる城廻めぐりの温もり。

 制服越しであるはずなのに、ポカポカと伝わるその温かさがどうにも落ち着かない。

 

「城廻先輩は……」

「うん……?」

 

 ゆっくりと流れる二人きりの時間。彼は考える。自分の膝の上で鼻歌を歌いながら、機嫌良さそうに足をプラプラさせている彼女のことを……。

 

「どうして、この券を使おうなんて思ったんです?」

「どうしてかー。どうしてだろうねー?」

 

 彼が知っているのは、昨年まで見ていた彼女の背中だけ。

 全校生徒の代表として、最上級生として、前を歩く彼女の後ろ姿は、小柄な彼女に似合わず、とても大きな背中だったと比企谷八幡は思い出す。

 

「……そうだね。もう、卒業したからかな?」

「卒業したから……ですか」

 

 いま彼の目の前にいる彼女の後ろ姿。

 小柄で、華奢で、とても生徒会長なんて重責を全うしたとは思えないほどの小さな背中。

 

「あ、念のために言っておくけど、私は誰にでもこんなことをお願いするような子じゃないよ?」

「っ……。そうっすか」

 

 器用に首と肩だけを捻らせて、城廻めぐりは振返る。

 抗議するように少しだけ頬を膨らませて、彼女は比企谷八幡を仰ぎ見た。

 

「比企谷くんはさ、成長したよね」

「……そうですか?」

 

 再び正面へと向き直って、彼女は懐かしむように言葉を紡ぐ。

 

「文化祭で知って、体育祭で気がついて、生徒会選挙で思い知った」

「……」

 

 黙り込む彼を慮るように、城廻めぐりは自身の眼前で所在なげに揺れる比企谷八幡の両腕をそっと抱き締める。

 

「きっとそれ以外にも、君は奉仕部で……雪ノ下さんと、由比ヶ浜さんの三人で、私の知らない色々な経験をしてきたんだよね」

「そう……ですね」

 

 まるで成長した小さな子どもを褒めるように、慈しむように、彼女は優しくふわりと笑う。

 

「真面目な子かと思ってた、危なっかしい子だなって思った、盲目的な子なんだなって思えた」

 

 一般生徒と生徒会長。部員と依頼者。それがこれまでの彼と彼女の関係だった。

 

「確かに私は君のことを全部知っているわけじゃないよ。むしろ知らないことの方がいっぱい。でもね、それでも推測することはできるんだ。近くに居なくても、傍に居られなくても、遠くから見守ることはできたから」

「それは……」

「雪ノ下さんと由比ヶ浜さんはもちろんだし、一色さんにはるさんや平塚先生だってそう。比企谷くん、君は依頼を通して色々な人から影響を受けたはずだよ」

「……はい」

「そして、それは君だけじゃない。雪ノ下さんと由比ヶ浜さんの二人や、依頼に関わった様々な人たちが比企谷くんから沢山の影響を受けている」

「……」

 

 もちろん、私もその一人、そう言って彼女は比企谷八幡の腕に抱かれたまま体を横に向け、横座りのような態勢で座り直す。

 先ほどまでと違い、二人の顔が至近距離で向かい合った。

 

「女の子はね、そうやって自分に良い影響を与えてくれる男の子は、大なり小なり気になるし、どうしたって意識しちゃう」

 

 動揺と羞恥と疑心が支配する彼のパーソナルスペースに、彼女がするりと入り込む。

 目と目が合えば、お互いが相手の瞳の中に自分の顔を視認できる距離。

 城廻めぐりが、はにかむように頬をほんのりと赤らめて、それを誤魔化すように彼女は悪戯気に微笑んで、潤んだ瞳でぽそりと囁く。

 

「君は、そういう男の子なんだよ」

 

 彼女の濡れそぼった唇が、そっと彼の唇と重な──

 

 

「「 だ、ダメェェぇえええええええええええええええええええええええ 」」

 

 

 ──る直前で、二人の乙女が待ったをかけた。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 ジト目を向ける城廻めぐりに、顔を真っ赤に染めてプシュープシュー頭から蒸気を出してる由比ヶ浜結衣が声を荒げる。

 その横には、同じく顔を赤くした雪ノ下雪乃が何か言いたいけど言葉が出て来なくて口をパクパクさせていた。ポンコツのん!

 

「じ、時間! もう一時間経ちましたから! だから、そこまでだし!!」

「……なら、仕方ないか」

 

 溜息一つ、名残惜しそうに彼女は比企谷八幡の膝の上からすっくと立ち上がった。

 そして、彼はと言えば、こちらはホッと安堵の溜息を吐きながら彼女と同じく立ち上がる。

 

「比企谷くん、今日はありがとうね」

「……う、うっす」

 

 覗きこむようにして顔を近づけ、柔らかく微笑みながら城廻めぐりがお礼の言葉を述べる。

 対する比企谷八幡は、もうなんか居た堪れないぐらい語彙力皆無な反応しか返せなかったけれど……。

 

「あ、そうだ。ねえ、比企谷くん?」

 

 帰り支度を整えた彼女が、ふと何かを思い出したように比企谷八幡へと声を掛けた。

 

「……なんすか?」

「実はこれなんだけど……」

 

 警戒心バリバリな彼の返答に苦笑しながら、城廻めぐりが両手で彼の目の前へと差し出したモノ。

 

 

 【お兄ちゃんが遊園地デートしてくれる券(一枚半日 ※お泊りNG!)】

 

 

「私が貰ったのはさっきの一枚だけじゃないよ? はいこれ、次の予約だから!」

 

 そう言うと、彼女は比企谷八幡の手を取って、自身の連絡先が書かれたポストイットとともにその券を手渡した。硬直する彼と唖然とする他の部員二名をさくっと無視して、城廻めぐりはスタスタ歩いて部室の扉をガラリと開ける。

 彼女が部室を出る間際、未だに固まっている彼へと視線を向けると、少し不貞腐れたように頬を膨らませた。

 

「むぅ……。比企谷くん、何も言ってくれないの?」

「マ、マタノゴリヨウヲ オマチシテオリマス」

「うん。それじゃあ、またね」

 

 そうして、城廻めぐりは登場時と同じくふわっとほわっとほんわかと、にこやかに挨拶しながら帰っていったのだった。

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