比企谷小町の入学祝い!   作:スポポポーイ

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川崎沙希の入学祝い!

 

 ある日、彼女はふらりと奉仕部へやってきた。

 

「これ」

 

 簡潔にもほどがある物言いで、彼女──川崎沙希が指に挟んでピッと見せつけたモノ。

 

 

 【お兄ちゃんが手を繋いでくれる券(一枚一時間)】

 

 

 何とも可愛らしいお願いだった。

 

「お前もかよ……」

 

 呻くようにこぼす比企谷八幡。

 

「……いったい、小町さんは何人に渡しているのかしら」

 

 頭痛を堪えるようにこめかみの辺りへ手を当てる雪ノ下雪乃。

 

「ちょっと小町ちゃん問い詰めるね……」

 

 ハイライトが消えた瞳で重く低く呟く由比ヶ浜結衣。

 

「……だから、早く使いましょうって言ったんですよぉ」

 

 半眼で先輩二人へ非難の眼差しを向ける一色いろは。

 

「あとこれも」

 

 だが、今日の川崎沙希はそれで終わらない。彼女の追撃の一手。

 

 

 【お兄ちゃんが帰宅デートしてくれる券(一枚四時間 ※お泊りNG!)】

 

 

 まさかの二枚同時使用。確かに注意書きには併用できないとは書いていない。

 

「でもってこれね」

 

 

 【お兄ちゃんが手料理を食べてくれる券(一枚一食分 ※おかわりは無限大!)】

 

 

 サキサキによる三位一体の攻撃はトドメの一手で決定打。

 こうして、栄えある二人目のお客様は川崎沙希と相成った。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 奉仕部を後にした川崎沙希と比企谷八幡。

 他の部員+αは、なぜか川崎沙希がスマホをフリフリしたら黙ったらしい。先日、偶々出会ったとある前生徒会長が教えてくれたんだって。フリフリってすごい!

 

「……」

「……」

 

 今、彼と彼女は隣り合って歩いている。

 お互い自転車通学なお二人だけど、今日は徒歩で帰宅中。だって自転車だと手を繋げないしね!

 

「……意外だった?」

「なにが?」

「あたしがこの券を使ったこと」

「……まあ、な」

 

 口数少なめに歩く二人の男女。

 お手て繋いでるのに、全然雰囲気がルンルンしてないよ、この二人!?

 

「……あんたさ、変わったよね」

「は?」

「別にあんたのこと詳しいわけじゃないけど、変わった。そう思う」

「……」

 

 最近どこかで似たような台詞を言われた比企谷八幡。

 彼はその言葉の意味を思案するように、眉間に皺を寄せた。

 

「もしかしたら、それは単にあたしの見方が変わっただけかもしれないし、知らなかっただけなのかもしれない」

「そう、かもな」

「でも、あたしから見た比企谷は、変わったんだよ。もちろん、変わってない部分もあるけどさ」

「……」

 

 二人とも、前も向いたまま歩いていた。

 お互いに視線を交わすこともなく、ただ手を繋いで、比企谷八幡と川崎沙希は並んで歩く。

 

「少なくとも、以前のアンタならあたしと手を繋ぐなんてこと、絶対に無かったんじゃない?」

「……お前もな」

 

 苦笑する彼女と、苦笑する彼。

 似たような二人は、同じような笑みを浮かべて、夕日に照らされた帰り道をゆっくり歩いていった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 舞台は移ろいで川崎家の食卓へ。

 テーブルを囲むのは二人だけ。え? 他の家族どこいった? ……大志君が上手いことやってくれました。

 

「……その、せっかく来てくれたのに…地味で悪いね」

「あ? なにが……ああ、料理のことか」

 

 彼の前に並ぶ料理の数々。

 白米にお味噌汁、生姜焼きにほうれん草の御浸しと里芋の煮っ転がし等々というラインナップ。なんというか、あれである。全体的に茶色い。

 

「別にここでフランス料理のフルコースとか出されても困るけどな。俺、テーブルマナーとか知らんし」

「それでも、我ながらこれは何というか……」

 

 ──所帯染みている。

 

「あたしも最初はもっと見栄えのするものを作ろうって思ったんだけど……」

 

 川崎沙希は考えた。

 でも待てよ……普段作り慣れてないものを作って失敗したら目も当てられない。よし、とりあえず得意料理を一品入れよう。あ、でも栄養バランスも考えて……。

 

「……で、諸々考えながら作ってたら、いつもの食卓になったと」

「……うん」

 

 ズーンと気落ちしたような彼女を尻目に、比企谷八幡は『いただきます』と感謝を示して箸を取る。

 彼が真っ先に箸をつけたのは、白米が入った茶碗……の横にそっと置かれた小鉢。

 川崎沙希から手渡された醤油を適量垂らして、グルグル箸でかき混ぜてゆく。……選ばれたのは、納豆でした。

 

「川崎の家は小粒派か」

「なに? ダメだった?」

「いんや、家は小町がひきわり派だからな。久しぶりに食べるなと思って」

 

 気になる男の子へ振舞う手料理で、食卓に納豆を出しちゃう彼女のセンス……素敵だと思います。

 

「なあ、ゴマとかあったりするか」

「あるけど……鰹節とかもいる?」

「おう、あるなら使うわ」

 

 ご馳走になる他人様の食卓で堂々と納豆のカスタマイズを始めちゃうあたり、だいぶ残念さが漂う比企谷八幡。

 そんな彼をさして気にもせず、席を立ってあれやこれやの調味料を持ってくる川崎沙希もやっぱりどこかズレている。

 

「はいこれ。一応、すりおろし生姜や梅肉とか色々持ってきたけど」

「お、マジか……迷うな」

「……男って変なところでこだわるよね。大志もよくやってるし」

「そういうお年頃なんだよ。どうせ、お茶漬けとかも無駄にゴマ油とかほんだし入れたりしてるんだろ?」

「ん、正解。……あ、青じそにしたんだ?」

「主菜が生姜焼きだからな。ちょっとサッパリ風にしてみた。わさびふりかけがあればそれでも良かったんだが……」

「……のりたまで良ければあるけど?」

「ああ、けーちゃんが好きそうだもんな」

「……ゴメン。それ、あたし用」

「ねえ、不意打ちで可愛さアピールしてくるの止めてくんない。それは俺に効く」

 

 そんな会話を挿みつつ、二人は食べ進めていく。

 お世辞にも賑やかとは言えない、けれどどこか穏やかな雰囲気。

 

「……どう?」

「ん、普通に美味い。まあ、小町が作ってくれたメシの方が美味いが」

「……そ」

 

「……」

「……」

 

「あれだ、川崎だって専門店の本格的なオニギリと、けーちゃんが作ってくれたオニギリならけーちゃんの方を選ぶだろ? そう言うことだ」

「……別に、気を使ってくれなくてもいいけど」

 

「……」

「……」

 

「少なくとも俺が作るより断然美味い」

「……ばか」

 

 比企谷八幡の記憶に残る、かつて食べたことがある手料理の味。

 川崎沙希の手料理は、まるでプロの料理人が作ったかと見紛う彼女の料理とも、一口食べたら忘れられない衝撃的な彼女の料理とも違う。

 例えるなら、母親が作ってくれたいつもの料理を食べている。そんな感覚だった。

 

「……ごちそうさん」

「お粗末さまでした」

 

 特別美味しいわけではなかった。けれど、彼がおかわりを三杯もしたということは、つまりはそういうことなのだろう。

 照れ臭そうに茶碗を差し出してくる比企谷八幡の姿を思い出して、川崎沙希は柔らかく微笑んだ。

 

「……」

「……」

 

 食後のお茶を啜りながら、二人はこの団欒のような時間があと少しで終わることを肌で感じ取っていた。

 意を決したように口を開くのは、川崎沙希。

 

「……知ったふうな口を利くのは好きじゃないけどさ」

「なんだよ、藪から棒に?」

「あんたにとって奉仕部は……あの二人は、やっぱり特別なんだよね?」

「……」

 

 窺うような彼女の言葉。少しだけ悲しそうな顔をして、川崎沙希は彼にとっての『特別な二人』について言及する。

 

「あたしが奉仕部の依頼に関わったのは数える程度だけど、そのどれでも比企谷は依頼を達成しようと尽力してたと思う。やり方はどうあれ、だけど」

「別に……。あれは依頼だったから……」

「でもそれは、依頼に対してだけじゃないんじゃない? あんたは、依頼を通した先に別なものを見てた」

「違う。俺は……」

「違うって言うなら、ならそれは比企谷が無意識的に雪ノ下と由比ヶ浜を依頼に重ねてたんだと思う。だからあんなに必死だった」

「っ……」

「……もし本当に依頼だからって理由だけで仕方なくやってたんだとしたら、あんなに必死にはならないし、真面目に向き合ったりもしない。少なくとも、あたしだったら絶対にやらない」

 

 川崎沙希は指摘する。所詮、高校の部活なのだから逃げ道はいくらでもあったはずだと。

 雪ノ下雪乃や平塚静という抑止力があったとはいえ、本当に嫌なら他にやりようはあったと。

 

「……勘違いしないでほしいんだけどさ、別にあたしは比企谷のことを責めてるわけじゃないし、糾弾するつもりもないよ」

「なら、なんだっていうんだよ?」

「きちんと自覚して欲しいだけ。あの二人があんたにとって、どういう存在なのかを」

「……」

「その『特別』が”恋愛”なのか、”友愛”や”信頼”なのか、それとも、もっと別な”ナニか”なのか、それはなんでもいいの」

 

 不器用な彼女は、だからこそ正面から真っ向勝負を挑む。

 

「あたしは、あの二人が比企谷にとって『特別』な存在でもいいし、あたしが『特別』じゃなくてもいい」

「……」

「でも、それでもあたしは……比企谷の傍にいたい」

「川崎……」

 

 不器用な彼へ、嘘偽りない気持ちを伝えてゆく。

 

「もし比企谷が、きちんと雪ノ下や由比ヶ浜を異性として、恋愛の対象として選ぶなら、あたしも諦めはつく」

「……」

「でも、そうじゃないなら、あたしはこの気持ちを諦めたくないし、諦められないよ」

「……そう、か」

「別に、今すぐ答えを出してほしい訳じゃないの。けど、この先、比企谷が誰を選ぶか考えるときがあったら、あんたのことを好きな女がここに居たってことだけは、忘れないでくれると嬉しい」

「……忘れねえよ」

 

 そう、ぽそりと呟いて腰を上げる比企谷八幡。

 彼の頬が薄っすらと赤みがさしていることに気が付いて、それがなんだか気恥ずかしくて、川崎沙希も誤魔化すように席を立つ。

 

「……それじゃ」

「うん。今日は、その……ありがと」

「……ん」

 

 なんだかロマンチックの欠片もなかった二人の放課後は、最後に少しだけラブコメって、ようやく終わりを告げた。

 玄関先で少し草臥れたローファーを履いていた比企谷八幡が彼女へと向き直る。

 

「その、料理……美味しかった」

「……そ」

「あー、気持ちも……なんだ、嬉しかった」

「……うん」

 

 ぎこちない二人のやり取り。

 だが、それは決して嫌な雰囲気によるものではない。だから、そんな空気に耐えられなくなった比企谷八幡が、慌てて玄関の扉に手を掛ける。

 

「じゃ、また明日な」

「……ねえ」

 

 そんな彼に取り縋るように、川崎沙希がちょこんと袖クイ。クイクイ!

 驚くように振返って目を丸くする比企谷八幡へ、おずおずとした様子で彼女が差し出したもの。

 

「今度はさ、これ……使っても良い?」

 

 

 【お兄ちゃんがピクニックデートしてくれる券(一枚半日 ※お泊りNG!)】

 

 

 不器用な彼女と、不器用な彼。

 二人のラブコメは、まだ始まったばかり。


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