【タバネ、新人を面接する】
私こと織斑千冬は街のファーストフード店に来ていた。
窓際のボックス席。私とタバネが並び、向かいには箒と緊張した面持ちのちびっこい少女がいる。
「じゃー自己紹介してもらおーかなー」
タバネが少女に告げる。私は半ば聞き流しながら、しあわせ~セットについてきたおもちゃを箒にあげた。
「やまだまや。十二歳。★★★女子学院中等部の一年……です」
「その学校知ってるー。山の手のお嬢様学校だよねー」
「は、はい……」
大きな縁なし眼鏡がずりおちそうだ。しきりにタバネと私をチラチラと見てきて挙動不審だった。
タバネはポテトをわしづかみにして口に放り込む。
「まやちゃんの特技はなにかなー」
「と、特技ですか!?」
「なーんでもいいんだよ」
「そ、その……特にないんです。私、ちびでどんくさくて子供っぽくて……」
私はやりとりを聞きながら、箒にアップルパイを差し出す。「はふはふ」と小さな唇でかぶりついた。ふと箒が隣の少女を見やる。
「ちー姉ちゃん。ちー姉ちゃん」
「どうした。舌をやけどしたのか?」
「違うの。このお姉ちゃんね。……ろりきょにゅー」
誰だ! 箒にそんな言葉を教えたのは!
私は激しく憤慨して隣を見やる。タバネは頭をコツンとたたいて、舌を出しながら照れ笑いを浮かべる。その瞬間、こいつが犯人だと確信する。
「採用! 早速今日から来てね!」
タバネは机に身を乗り出して告げた。
【タバネ、ボン太くん弐号機を披露する】
私こと織斑千冬は人生で初めて黒塗りのベンツに乗った。
「まやちゃん。まやちゃん」
タバネが車から降りると、先に降りた真耶に脳天気な口をきいた。
「まやちゃんのお家はどんなお仕事してるのー?」
「金融業です。詳しいことはよくわかりません」
私は相づちを打って、高そうなスーツをびしっと決めた運転手さんの背中を見つめた。
箒と別れ、真耶を篠ノ之家の離れに通す。
私は壁にもたれかかった灰色のボン太くんを目にした。
ふもふもランドから入手した純正ボン太くん。裏山で拾ったボン太くんと区別を付けるため、色を塗り替えてから改造した。灰色になったおかげでネズミっぽくなった。
「じゃじゃーん。これがまやちゃんに着てもらう、ボン太くん弐号機だよ! 今度お台場のゆるキャラフェスタに参加するんだよ! どう? かっこいいよね!」
タバネがリモコンのボタンを押した。
「ふもっふー!」
【タバネ、挟まれる】
夏休みのある日。
私こと織斑千冬と山田真耶は篠ノ之家の離れに遊びに来ていた。
箒が懐いたおかげで真耶も顔パスで入れるようになった。
真耶が来るようになってから、
箒も真耶に懐いており、抱きつく光景によく出会した。
「千冬ねえ、じゃあな! 弾のうちに行ってくる!」
私と入れ替わりになって一夏が駆けていく。先日、五反田食堂の弾くんを泣かせたあげく、蘭ちゃんにボコボコに叩きのめされ、泣いて帰ってきたくせにこりないやつだ。
突然、離れから、何かが崩れ落ちたような、大きな音がした。
あわてて離れの引き戸を開ける。
「おい、どうした!」
「たすけてー。ちーちゃーん。まやちゃーん」
タバネがボン太くん弐号機の下敷きになっていた。
「重いよー。動けないよー。ううう」
「真耶! てこになりそうな棒を探すんだ!」
【タバネ、お出かけする】
ゆるキャラフェスタ前日。
私とタバネは、柳韻師範の軽トラに乗って真耶の家に向かっていた。
真耶の家のほうがお台場に近く、当日は水上タクシーで移動する手はずになっていた。
「なあ、タバネ。本当にこれがボン太くん?」
私は手首を持ち上げ、ボン太くんの顔が描かれた腕輪を眼前に掲げる。
「そうだよ。ボン太くんの持ち運びが楽になったよね」
「確かにそうではあるんだが、……何というか信じられん」
タバネはボン太くんの下敷きになって窒息しかけてから、その軽量化に夢中になっていた。
「量子変換の実装が間に合ってよかったよ。最近ボン太くん太り気味だったからね!」
タバネの言うことは相変わらず難しくてよくわからなかった。ボン太くんの腕輪をつけて念じることで、もっさりした着ぐるみを呼び出すことができる。テレビの変身ヒーローみたいで格好良いと思ってしまった私をなぐってやりたい。
軽トラが止まった。
車から降りた私は、目の前の豪邸に驚いてしまった。
タバネだけはニコニコしていた。事前にインターネットのすとりーとびゅーで確認したらしい。
「おっきいよね。これならボン太くんをたくさん置けるね!」
【タバネ、泣かされる】
私こと織斑千冬は人生で初めて
柳韻師範が玄関であいさつしている。真耶のお父さんはポロシャツを身に着けており、二の腕からちらりと刺青が見えるのだ。
「お泊まりだー!」
タバネは靴を脱ぐなり、ズカズカと中に入っていった。私も後についていく。
長い廊下を進む。住み込みの書生さんが「真耶お嬢様。刀奈様がいらっしゃってます」とドスの効いた声を出した。
一夏より少し年上のチビガキが飛び出してきて真耶のすねを蹴った。
「か、
急所に入ったのだろう。真耶がその場にうずくまる。
「うわっ。悪のマッドサイエンティストだ! 正義のローキック! ついでにもう一発!」
よく見れば、幼いくせに水色の髪を染めたチビガキだ。タバネのすねに二発入れた。
「うわあああん。ちーちゃああああん。この子がいじめたああああ」
中学生が六、七歳の幼児に泣かされるのはどうかと思う。
泣き叫ぶタバネよりも痛みをこらえる真耶ちゃんのお姉さんに見える。
頼られるのは気分がよかった。タバネは勉強ができるだけの馬鹿なので、私がいないとダメなのだ。
チビガキは突然、右目を押さえ出した。
「うっ……戦闘力が……何いっ! スカウターが測定限界を超えた……ドカーン!」
一夏や弾くんと同じくアニメの再放送を見た口だろう。
私は拳を固め、ふと地元のヤンキーに「姐さんの拳は石で殴られたような痛みがすんの。マジやめて」と泣いて懇願されたことを思い出す。
ガキにはデコピンで十分だ。
「おでこが割れるように痛イイイイ! くっそおおお! ゴリラ女、ゴリラ女! やーい!」
このチビガキ……と、生意気盛りの一夏が可愛く思える。
むかっときた私はもう一発追加した。
【タバネ、ゆるキャラフェスタ・キグるミーかーにばるに参加する】
私こと織斑千冬は生まれて初めてお台場に来ていた。
以前、ボン太くんのCMを撮影したときはふもふもランドだった。電車賃がかかることもあって、東京には近寄らなかったというのもある。
「控え室はこちらでーす」
私と真耶は、タバネがタオルを張って確保した空間でボン太くんを実体化する。今まで着ぐるみに足をいれてもそもそしていたのがなくなって、とても楽だった。
ヘアバンドと制汗スプレーで汗が目に入らないように対策する。真耶は眼鏡着用なのでくもり止めスプレーが必須だ。
ボン太くんの頭パーツをよく見たら、緑色の帽子にブレードアンテナが立っていた。タバネが直前になって改造を施したのだろう。気にせずに被る。
ふも! ISコア・白騎士が「ようこそ」画面を表示した。
続いて「ふもっ!」というボン太くんのファンシーな美声が聞こえた。どうやら弐号機に搭載したISコア・暮桜が無事に起動したようだ。
ふもふもランドの制服に着替えたタバネが携帯端末を懐にしまう。
「ちーちゃん。雪子おばさんが箒ちゃんといっくんたちを連れてくるんだって」
「……ふもっ」
なぜかタバネにはボン太くん語が通じるのだ。保護者として一緒にいる柳韻師範は首をかしげている。
「ふもっふ。ふもっふ」
ゆるキャラ勢揃いだな……。
控え室にはペロにゃんやガチャパンといった有名どころがひしめき合っている。
「妖精さんがいっぱいいるねー」
どうやらタバネの頭のなかでは、中の人がいないことになっているようだ。
私は近くのゆるキャラにあいさつした。
眠そうな目をした緑色の恐竜がいる。
お目にかかれて光栄です。ガチャパン。ずっと憧れてました。一緒にがんばりましょう!
「ふもふもふもっふ、ふもー。ふもっふ!」
【ボン太くん、戦場に立つ】
東京都港区の最高気温は37℃。湿度は約70%。不快指数は90を超えている。
炎天下でのヒーローショー。私はボン太くん弐号機と一緒に参加している。着ぐるみの中は熱砂戦線もびっくりな惨状を呈していた。
「みんなー声が小さいぞー! もういちど呼んでみよー」
「くーもまーん!」
しかし、いくら呼びかけても雲マンが起き上がってこない。
私は拳を構えながら、じりじりと後退してボン太くん弐号機に話しかける。
様子がおかしくないか?
「ふもっふ……?」
「ふも……」
真耶も同意した。
ISコア同士の
外からみたらふもふも言っているだけなので会話を盗み聞きされても安心なのだ。
「ふも~~~っ!!」
私はアドリブを効かせて雲マンを助け起こす。
すぐさまサーモグラフィー画面に切り替える。雲マンの体が真っ白だ。
「ううう……み、水……ガクリ」
私はステージの裏に控えた運営に向かって首を振る。だが、ショーは中断できない。みんなの憧れ、雲マンが天に召されたなどと口がさけても言えなかった。
すると赤備えのペコにゃんがヒーロー役を引き継ぐべく、大音声でアドリブを加える。
「悪の組織め! よくも
その間にぐったりした雲マンを運び出す。
私が雲マンの肩、弐号機が両足を抱える。パワーアシスト機能のおかげでとても軽かった。
【ボン太くん、ひったくりを目撃する】
雲マンを常駐していたお医者様に引き渡してから、いったん控え室に戻ろうとしたときだ。
ハイパーセンサーが警告を発した。
「ふもっ……!」
「くそお! 完璧な奇襲だったのに!」
昨日のチビガキだ。確か「さらしきかたな」とかいうキラキラネームのお子様である。
私はボン太くんの人さし指を立てて左右に振った。
チッチッチ。
「ふもっふもっふもっ」
「バカにすんじゃねえ!」
美少年なのがもったいないくらい憎たらしいチビガキだ。
「ふも?」
どうしたことだろう。ボン太くん弐号機が頭を下げている。腰を九十度に折っている。黒服のお兄さんがいるからだろうか。
「カッカッカ。こいつはわかってるじゃねえか。裏山で拾ったポッと出のゆるキャラとは違うねえ」
「ふもぉ……」
ボン太くんパンチで鉄拳制裁してやろう。生意気なチビガキは痛い目に遭わないとわからないのだ。
「おい。ボン太くん。ペコにゃんはどこにいるんだ。案内しろよ」
横柄な態度をとるチビガキ。ボン太くんがペコにゃん人気に嫉妬し、拳を握りしめた、ちょうどその時。
ぼーこく機業のゆるキャラ。ふぁんとむくんがチビガキの護衛を殴り倒し、チビガキを脇に抱えたのだ。しかも偶然通りかかったタバネをもう片方の腕でひっつかむと、猛然と逃走を図った。
【ダイバー】
あっという間にふぁんとむくんの背中が小さくなる。
真耶! 運営と警察に知らせるんだ!
「ふもっふ! ふもっふ!」
ボン太くんの短い足を必死に動かして後を追う。よりにもよってタバネまで巻き添えを食うなんて!
歩くたびにぷにゅぷにゅっ、とファンシーな音を立てる。
「ふも~~~っ!!」
気合いを入れて叫んでみたが、ふもふもしか言わないのでいまいち緊迫感がない。それどころか、ボン太くんを見つけた老若男女が駆け寄ってくる。けれど、ふぁんとむくんには人が寄ってこなかった。うつろな目をして今にも死にそうな雰囲気を漂わせているせいだろう。
「助けて! ボン太くううううん!」
タバネが大声で叫ぶ。怖がっていない所を見ると、ヒーローショーの企画だと思っているらしい。
隣でチビガキが暴れているが、頬をはたかれて大人しくなった。
泣きべそをかくんじゃない。男の子だろ。
「ふぅも、ふぅも。ふもっふ」
タバネがPICと名付けた機能を使う。ボン太くんが空に浮き上がり、飛行機能で推力を得た。
ふぁんとむくんの中の人はみかけによらず運動能力が高い。ガチャパンばりに俊敏な動きで柵を跳び越していく。
「ふもっふ?」
何もない岸壁。待機する水上バイク。ふぁんとむくんはその方角に何度も視線を送っている。
ふぁんとむくんの行き先が分かった。おそらく人質を水上バイクに乗せるつもりなのだ。
「ふもっふ。ふも」
「たあああすけてえええええ」
タバネはまだ状況に気づいていない。
脳天気でよかった……と思いきや。ふぁんとむくんが倉庫街に入っていった。
逃走経路を完璧に把握しているのか、狭い道を脇目もふらずに走り抜けていく。私は
「ふも!」
タバネを抱えているかぎり、居場所が手に取るようにわかる。
そこで私は先回りして水上バイクを使えないようにしてしまおうと考えた。ボン太くんならひとっ飛びだ。
……見つけたぞ!
ボン太くんが砲弾のように水上バイクに突進する。
「何だ、コイツ!?」
「ふもっ……」
くっ。必殺のボン太くんパンチが避けられた!?
水上バイクのお兄さんはエンジンをふかすやいなやボン太くんをはねとばした。
目の前がグルグル回る。バシャーン、と盛大な水しぶきを立てて海に落ちた。
うわわわわわわ。ボン太くんで泳いだことなんかない! 溺れ死ねなんて嫌だ……!
だが、私の
〈ボン太くんは地球上のあらゆる場所で活躍できる世界最高のマルチパワードスーツなんだ。宇宙ステーション外の作業もへっちゃらなんだよ。すごいよね!〉
まさか……。
その瞬間、ISコア・白騎士が己の本分を発揮した。
「ふもっふ!」
【千冬、立食パーティーに招待される】
東京湾を漂流していたボン太くんは海上保安庁の巡視船に拾い上げられた。その後、警察に保護された私がチラと耳にしたかぎり、政財界の超大物・更識楯無を
私こと織斑千冬が何をしているかというと、実は更識さんのお誘いで焼き肉立食パーティーの場に来ていた。
「ワシ、元かーげーべー」
そこで私は赤ら顔のエロじじいに絡まれて困っていた。ふぁんとむくんの会社、ぼーこく機業の理事をしているそうなのだが、箒をまねて真耶の巨乳に抱きつこうとしたり、私の尻を撫でたり、あまつさえ保護者役の雪子さんをナンパしたり、とやり放題だ。
「ボン太くん、スゴイ。ボン太くん、さいこー」
エロじじいはボン太くんをとにかく持ち上げる。タバネはさっきからずっとご満悦だった。
「ワシんとこのぴーえむしーにボン太くん、欲しい」
「そうだよね! ボン太くん最高だよね! 商談はふもふもランドでしよっかー」
脳天気な声をあげるタバネとエロじじい。難しい話を始めたので、私は食欲を満たすべく真耶の元へ向かった。
肉を皿によそいながら、私は歓声につられて顔を横向ける。
「……ぷっ」
思わず笑いがこみあげてきた。
「真耶。あのチビガキが女装してるぞ。こいつは最高だ」
真耶は胸元を強調した服を着せられていた。なんと中学一年生でDカップだ。
「千冬さん。もしかして気づいてないの?」
「どうしたんだ。そんな真剣な顔して」
「あの子。刀奈ちゃん。私たちと……箒ちゃんと同じで女の子」
「真耶も冗談言うようになったんだな。クソ生意気なチビガキが女の子とか……ぷっ」
「千冬さん。後ろ、後ろ」
真耶に促されるまま後ろを振り向く。
「なんだ。チビガキじゃないか」
私は言葉を選んだ。せっかくだ。思いっきりからかってやろう。
「刀奈。すごく似合っている」
中世の騎士風にひざまづき、手のひらに口づけの振りをする。
これで怒り出すはずだ。この前、弾くんが冗談で一夏にやって、一夏と蘭ちゃんがケンカした。箒曰く、蘭ちゃんは最愛の兄を一夏に奪われると思ったそうだ。
それにチビガキ程度の力では私に勝てっこないからだ。
あれ……? 怒り出さないぞ? おっかしいな……。私は微笑しながら、チビガキの顔を見上げた。
「あ……ありがとう」
顔を真っ赤にして女の子のように話した。
うわわわわ。この後何も考えてない! 真耶はポカンとして役にたたない。タバネはエロじじいと肩を組んで「HAHAHA!」と怪しげな笑い声をあげている。
引っ込みがつかなくなって「弟が呼んでますから」と適当な理由をつけ、チビガキの元から立ち去る。
七歳児に口で負けるとは……ふがいないぞ、私。
早足で歩く間、チビガキへの敗北感で打ちひしがれていた。
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