森久保乃々は静かに暮らしたい   作:たんすP

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[異世界の迷い人]森久保乃々+

 もりくぼ、承太郎さんの迫力に圧されて大事なことを忘れていました。ここに来て、初めて日本語で会話できていたんです。そう、日本語で。

 つまり意思疎通ができているということです。

 

 ならば、私の意思も同様に伝えられるということでもあります。意見が通るとは限りませんが。……そもそも、もりくぼには話しかけることさえ課題なんですけどね。

 

 とりあえず、要求することは帰宅させてもらうことでしょうか。……あれ、でも帰るって……もりくぼはどこに行けばいいんでしょう。

 

 いえ、お家であることは間違いありませんが、その、私の家ってどこ……?

 

「どうやら自分の名前は覚えているらしいな」

 

「えっ、えっ……それって、どういう……?」

 

 自分の名前、森久保乃々。もちろん知っています。忘れるはずがありませんし、他にも忘れられない思い出が……あ、あれ?

 

「森久保乃々、君はつい先日まで原因不明の熱で倒れていた。何しろ数年もその状態だったものだから記憶に影響したらしい。幸い、命に別状はなかったがな」

 

「す、数年……?」

 

「具体的には9年と8ヶ月。その長い期間、君は床に伏していた。身体になんの異常もなく、だ」

 

 9年……承太郎さんの言葉を受けても、あまり衝撃を受けませんでした。驚きを通り越して、もはやもりくぼの感性では実感しきれないのではないかと、思います。

 

「これは、明らかに異常なことだ。普通なら、例えアスリート選手と言えど数ヶ月も寝込めばそれなりのリハビリを強いられる。全身の筋力の衰えで、日常生活もままならないからだ」

 

「……じゃ、じゃあ9年も寝ていたもりくぼは一体……?」

 

「この際はっきり言っておくが君は異常だ。ここで言うそれは『普通でない』という意味だが」

 

 そして彼は続けて「この先も君は『普通でない』事件に巻き込まれていくだろう。スタンド使いならな」と何やら預言者じみた言葉を放ちます。

 

 もりくぼには何が何やらですが、先程から気になっていたことが……

 

「その、スタンド使いっていうのは……」

 

「この悪霊のようなものが見えるだろう」

 

 すると、承太郎さんの体からスッと青い肌の人が現れて隣に移動しました。

 

「ひぃっ!」

 

 ゆ、幽霊が……! あうぅ、驚きすぎて頭ぶつけてしまいましたし、怖くて痛くてぶるくぼなんですけど……

 

「安心しろ。こいつは決して危害を加えたりはしないし、幽霊とも違う」

 

 幽霊じゃない……? た、確かに肌の色以外は普通の人みたいですし、角張った骨格や静止している様はむしろ機械のようというか……

 サイボーグ……でしたっけ、そんな印象を受けます。

 

「で、でも、今、体から出てきたように見えましたし……足も使わずにスーッと平行移動を……い、いわゆる背後霊ってやつなのでは……?」

 

「こいつは俺の精神エネルギーを形にしたもので、俺の意思で動かすことができる。……こうやって、ライターに火を点けたりな」

 

 青い人が承太郎さんのポケットからライターを取り出して、点灯します。幽霊でないかはまだ分かりませんが、承太郎さんの指示に従っているのは確かなようです。

 

「これが幽波紋(スタンド)と呼ばれるものだ。そしてスタンドは同じくスタンドを持っている者にしか視認することができない」

 

「……逆に、そのスタンドっていうのが見えたらその人はスタンドを持っているってことで……つまり……」

 

「その人物こそがスタンド使いと呼ばれる」

 

「な、なるほど……えっ、でも、もりくぼはそんな強そうなの、出せませんけど……」

 

 仮に出せたとしても、隣に知らない誰かがいつもいるってだけで……お、落ち着かないぃ……

 できるなら、やめていただきたいんですけど……

 

 すると承太郎さんが私の顔の横――肩辺りでしょうか、こちらを指差しました。

 

「スタンドの形はどれも一様でない。君の場合、それがスタンドなのだろう」

 

 言われ、肩を見ると一匹のリスがいました。こちらのことなど意も介さず、マイペースに毛づくろいをしている小動物が。

 

 小さいと言っても、サイズは大人のリスほどもあり、それなりに重量がありそうなものですが、なぜだかちっとも重くありません。

 前から不思議に思ってたことですが、それってつまり……

 

「この子、実物じゃなかったんですね……」

 

 何となく察しがつきました。もりくぼは異常らしいですが、それは9年も眠っていて無事だからで、そしてスタンドを持っているから。

 それらは決して互いに無関係ではないのでしょう。もりくぼは、元々体が丈夫な方ではないですし。

 

 スタンドの形は人それぞれだと承太郎さんは言っていました。それなら、スタンドが引き起こす異常も人によって違うかも。

 いえ、この場合、スタンドがもたらす力と言ったほうがいいでしょうか。

 

 承太郎さんなら、スタンドを自分の意思で動かす力。もりくぼは……

 

「ああっ!」

 

 突然、部屋の隅から声が聴こえました。それとほぼ同時に、いつの間に積み上げられていたダンボールが崩れます。

 な、なにごと……?

 

「やってしまいましたぁ〜。この服、やっぱり暑いし窮屈で……」

 

 中から、脱ぎかけの作業服の女性が現れます。か、肩がはだけていますけど……

 

「……」

 

 承太郎さんが彼女を見て絶句しています。驚いた様子はなく、むしろ呆れているようで……もしかして最初から気づいていたんでしょうか。

 

「ええと、まだ会話の途中みたいですけど、いいですよねっ。あなたが森久保乃々ちゃんで合ってますか?」

 

「えっ」

 

 まさかのもりくぼです。思わぬ指名に、返答が追いつかずに固まってしまいました。その、もりくぼはか弱い生き物なので、取り扱いには気をつけていただけると……

 急に声をかけられるなんて、慣れていませんので。

 

「あれ? もしかして間違えちゃいました〜? ブロンドヘアーの先をクルクルに巻いた14歳の小柄な女の子ってきいたんですけど」

 

「あ、はい、もりくぼ……ですけど……」

 

「ああ、良かったですっ。私てっきりまたドジをしてしまったかと〜。でも大丈夫みたいなので早速いきますね。アクセプトさん、お願いしますっ」

 

 彼女はそう言って、突然私の方へと駆けてきます。しかしその速度は思いの外ゆっくりで、代わりに飛び出した人影がもりくぼへと急接近し、その拳をふるいます。

 

 何かが弾けるような、それでいて重い衝撃音が、もりくぼの耳を貫きます。見ると、承太郎さんがスタンドで庇ってくれていました。

 

「やれやれ、こいつはなかなか厄介だぜ。仗助と同じくらいのパワーなんてな」

 

 ぜ、ぜんぜん何が起こったのか理解できなかったんですけど。あの女の人もスタンドを動かしたのであろうことはかろうじて分かりましたけど、その、正直ロボットみたいなものかと思っていたので……

 

 想定していたのより、ずっと速いんですけど……!

 

 恐らく、自動車並みの速度でした。そんなの人間が出していい速度じゃありません。反則じゃないですか……?

 

「えいえいえいっ!」

 

 ドッドッ、とスタンド――アクセプトさんと彼女は呼んでいました――がさらに拳を打ち込みます。

 その筋肉質な大男のようなスタンドは、筋繊維をむき出しにしてさながら理科室の人体模型のような、されどそれよりももっと異様な雰囲気を出しています。

 

 あ、あれ、不思議です。今アクセプトさんは3回たたいたはずですが、聞こえてきた音は2回、最後のは無音だったような……?

 

 承太郎さんもその違和感を感じ取ったのか、ほんの少し身を引きます。しかし、もりくぼを庇っているせいで、結局その場でアクセプトさんの豪腕を掴みとどまるしかないようでした。

 

 ほんの少し、互いに動きが止まります。どうしてでしょう、おふたりとも腕を振るおうと思えばできるのに、それをしません。

 

 もりくぼのただの勘ではありますが、女性は何かを狙っているようで、承太郎さんははじめから危害を加えるつもりがないような、そんな気がしました。

 

「私は森久保乃々ちゃんに用があるんですっ。邪魔するとこうですよっ」

 

 彼女がそう言うと、青い人の左肩が何か強い力によって弾かれ、そのまま全身を後ろへ吹き飛ばしました。

 か、体が壁に打ち付けられて、凄い音が……あぁ。

 

 怪我を負いながらも承太郎さんはゆっくりと立ち上がり、服のホコリを払い、帽子を直します。何ら問題はない、そう態度で伝えているようで……

 

 しかし次の瞬間私の目に入ってきたのは、操り人形のように垂れ下がる、その人の左腕でした。


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