森久保乃々は静かに暮らしたい 作:たんすP
おめでとォ!
「これは……ッ!」
もりくぼ、今どういう状況なんでしょうか。感覚はあまりないですが、まるで皮膚が剥がれて本のようにめくれているような……
目の前にいる漫画家の岸辺露伴さんという方のスタンドはきっとそういう能力なのでしょう。事前に記憶や知識を探ると言われはしましたが、だ、大丈夫なんですよね……?
承太郎さんはお忙しいらしく近くにいませんし、岸辺さんは驚愕の表情を浮かべていますし、不安しかありません……
「な、何かあったんですか……?」
聞くのも怖いですが、黙っているのも落ち着かないので、恐る恐る何事かと尋ねてみます。う……やっぱり知らない方が良いこともあると思うのでその……取り消して……
「いや、むしろ無いんだ。あるべきはずのものが、まるで切り取られたように無くなっている」
あぅぅ、間に合いませんでした……そしてあまり知りたくない話でした。あるはずのものが無いって、い、いったい……?
「な、何がないんでしょうか」
「記憶そのものさ。『忘れて』いるだけなら、ここに記されるはずなんだ。だがそこにあったという痕跡すらない。記憶がなければ思い出すことも探ることも出来ないな」
岸辺さんはお手上げといった様子で大仰に肩をすくめます。
「さて、必要なことは調べた。約束通り対価は払ってもらうからな」
「へっ? あ、あの、もりくぼはお金なんて持っていないですけど……」
「聞いていないのか? 僕が欲しいのは実体験に基づいたリアルな記録だ。そしてここに、最高の資料がある」
そうして悪い笑みを浮かべた岸辺さんが指差したのは、紛うことなき私でした。
「露伴先生!」
「おっと、そんなに食って掛かるなよ康一くん。ほんの軽い冗談じゃあないか」
もりくぼと岸辺さんの間に割って入った人物、広瀬康一さんはこの町に住む高校生です。初対面のもりくぼにも優しく、こんな性格なのを汲んで動物の世話をするように接してくれました。
「冗談には聞こえませんでしたよ」
「確かに、そういう気持ちがなかったわけじゃあない。だがあの人との契約もある、その場で読むだけに留めるさ」
「それならいいんですけど……もし余計なことしたら承太郎さんに言いつけますからね」
「分かっているさ。それにしても……ここ見てくれ、日付の欄だ」
問答の末、岸辺さんは鋭い視線で覗き込みます。康一さんも続いて指し示された場所を読み上げます。
「ええと、2012年9月……2012年!?」
「ああ、世間が間違っていなければ今は1999年のはずだ」
いま、奇妙な発言がありました。あの、スタンドなんていう怪現象ならほんの少し慣れましたけど、流石に生きている時間が違ったなんてことは……これは何かのドッキリ?
「基本的な情報を確認してみよう。……森久保乃々、生年月日は1998年8月27日14歳。未来から来た」
「ええっ!?」
「最後のは嘘だ」
岸辺さんの表情はからかうようではなく、康一さんの反応をまるで観察しているようでした。
そして彼の視線は再び私の紙片へと戻り、
「考え得るのは『ヘブンズ・ドアー』のような記憶に関わるスタンドがまるごと書き換えた、ってとこか。必要性の有無を問われると弱いが、ひとまずその可能性を踏まえて整理してみよう」
弛んだ紐を結いなおすように、岸辺さんは私の記憶と暦を照らし合わせます。
眠っていた時間が9年と8か月、空白の時間を挟んでさらに14年と1か月をも遡り、1975年以前がもりくぼの起源だという結論に至りました。
「24歳、露伴先生よりも上だ……」
「個人差はあるだろうが、24年分の記憶くらいは量がありそうだ。これを書き加えたとなるとかなりの手間だろうから、日付はともかく本人の記憶ととって問題ないはずだ」
え、えっと……話がとんでもない方向へ行っている気がします。もりくぼが24歳……? そんなことありえませんし、もしそうなら「無駄に歳だけとった」ってこういうことを言うんでしょうか……
「問題なのは、明らかに中学生かそこらの風貌だという所だな」
「承太郎さんから聞いた話だと9年もスタンドで体が変わらないようにしていたらしいっすよ。なんつーんですか、維持……でしたっけ」
「なら、容姿からして記憶の無い期間は1年か2年だろうな」
康一さんのご友人、髪をリーゼントに施した東方仗助さんの言葉を受けて岸辺さんはさらに思慮を重ねます。
い、いまさらになってですけど、もりくぼが知っていること全てが書かれているんですね……は、はずかしぃ……
「最近の記憶はさらに興味深い。彼女とは別に、違う意識が介入している。恐らくは彼女のスタンドが……」
ひぃぃ……もう、かんべんしてください……
その後自由になったのは2時間後でした。くたくたです……
ですが、承太郎さんからスタンドの扱いを上達させておくように言われているので、これから特訓です。具体的には「空を飛べ」と……
「森久保ォ! 今帰るのか?」
「ひぃっ! あ……億泰さん」
大きな声で名前を呼ばれ、驚きすぎて体が数十センチ跳びました。虹村億泰さんは同じく康一さんと仗助さんのご学友で、威圧感のある……いわゆる強面ですが、よく面倒を見てもらっています。
「いえ、今からちょっと用事が……」
「ほぉー、こんな時間にか? 場所教えてくれ。送ってくからよ」
「そ、そこまでしていただかなくても……そこら辺で済ませますし」
「遠慮なんかしなくていーって」
「すぐ終わりますので……」
「でもよォ、女の子が一人っつーのも心配だからよぉ」
「億泰ゥー、おめーにはデリカシーってもんが根本的に欠けてるぜ。今の会話で察しがつくだろうよ」
いつからそこにいたのか、仗助さんと苦笑した康一さんが影から顔を出します。
「会話……? あっ! もしかしてトイ――」
「バカ億泰っ!」
「あっ」
「……!」
あれ……もしかして勘違いされて……ああ、あのあの〜っ! ちちっ、ちがっ
「違いますけどぉーーっ!」
「すまねえ乃々。おれらは何も知らなかったことにして帰るからよ。その……気をつけて、な」
「そ、そうじゃなくって……!」
「森久保の顔、真っ赤になっちまった。まるで茹でたタコのよーに。これはすぐにいなくなったほうがいーかな」
「あ、あの……」
「えーと、億泰くんに悪気はなかったと思うから、責めないであげて……」
「もりくぼいぢめ、やめてくださいぃ……」
結局誤解を解くのに時間がかかってしまいました。
「スタンドの使い方ー? それならそうと言ってくれれば良かったのによ」
「聞いてくれそうになかったんですけど……」
「しかしそうなるとあまり人目につく場所は良くねーな……ある程度高さも必要、と」
仗助さんは目を閉じて腕を組み、しばらくの間思案をし、何かを思いつきました。
「いい場所を思いたぜ、乃々!」
そうして歩きだした仗助さんについていくこと数分、遠くからでもその外観が明らかになり、建物の文字が読み取れるほどに近づきました。
「カメユー、デパート……?」
「あの、仗助くん、むしろ人が多いような気がするんだけど……」
「まー、付けばわかるよ。誰にも目につかないとっておきの場所がある」
そしてデパートの中を真っ直ぐ突切り、目の前にはエレベーターが現れました。
「ちょっと周り見張っててくれ。ここばっかりはバレるとまずいからよォ」
「ははぁーん、読めたぜ仗助。そこなら確かに誰にも見られることはねーよな」
「よし、今は上の階にいるな。いくぜ……ドラァッ!」
次の瞬間には仗助さんがエレベーターの扉を「クレイジー・ダイヤモンド」で叩いて壊してしまいました。
そして気がつけばもりくぼも億泰さんに抱えられてその扉の向こうに……
きょ、今日は悲惨な目ばかりに……助けてぇ……