同級生 西住まほ   作:ノッシーゾ

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Side クラスメイト1

 西住まほという同級生は戦車道のすごい選手らしい。

 国から強化選手に選ばれているほどで、テレビに映るのも珍しくないそうだ。

 勉強だってできる。テストの順位発表のときに五位以下だったのを見たことがない。

 顔も同じ女子とは思えないほど凛々しい顔をしているし、性格だってカッコよくて、クラスメイトが困っていると嫌な顔ひとつせず手を差しのべる。

 

 だから西住まほという人は完璧な人なのだろう。

 私は以前、まほのことをそう思っていた。

 

 そんな二年のとき、黒森峰の戦車道チームが負けてしまったと聞いた。 

 実際に負けたのは一週間も前のことだったのだけど、とにかく私はその日の朝、友達から聞いた。

 彼女はその試合が十連覇のかかった大事な試合だったこと、試合中にチームの選手が事故で死にそうになったことなどを教えてくれた。

 それを聞いても、私は単に

 

(ああ、大変そうだな)

 

 と、同情しただけで、まほを心配することはなかった。

 西住まほなら、そんな問題ではビクともしないだろうと思っていた。

 話をしてくれた友達だって同じようなものだっただろう。

 その証拠に彼女の口調からは、マンガの読者が

 

『主人公は逆境から立ち上がる』

 

と確信していて、むしろ

 

『さあ、どうやって逆転してくれるんだ』

 

 と期待しているのにも似た感情を読み取ることができたから。

 

 

 

 そういう考えが揺らいだのは放課後。

 宿題を忘れてしまったことに気づいて学校に戻ったときのことだ。

 家でしばらくダラダラしていたので、完全に日が暮れていた。

 もう先生だって帰ってしまっただろうという時間だった。

 だけど、わずかな希望にすがって学校まで歩いた。

 

 意外なことに校門は閉まっていなかった。

 どこの灯りもついていなかったから不思議には思ったけれど、どうしてだろうと考えはしなかった。

 運がいいと思っただけで自分の教室に急いだ。

 教室に着くと、電気をつけた。

 そして明るくなった瞬間、私は

 

「わっ!」

 

 と尻餅をついてしまった。

 誰もいないはずの教室に人がいたからだ。

 咄嗟に、お化けか泥棒だと思った。

 逃げようと思った。

 けど腰が抜けてしまって立てない。

 

 死ぬ。

 

 本気でそう思った。

 そんなとき聞き覚えのある声が

 

「すまない……驚かせてしまったようだ」

 

 と申し訳なさそうに言ったので、すこし冷静になれた。

 恐る恐る声の方に視線を向けると、そこには学校一の有名人がいた。

 

「西住、さん?」

 

 呼びかけると、まほは申し訳なさそうに言った。

 

「すまない……誰かが入ってくるとは思ってなかったんだ」

 

 不審に思いつつ、私は言った。

 

「えっと……私は宿題を取りに来たんだけど、どうして西住さんは教室にいるの?」

「考えごとをしていたんだ」

「考えごと?」

 

 聞き返すと、まほは言い澱んだ。

 いつも受け答えがハキハキしていて、テレビカメラの前でさえ堂々としている彼女には珍しいことだ。

 それでやっと私にも事情が呑み込めた。

 

「もしかして、戦車道の大会のこと?」

 

 そう言うと、まほは目をそらした。

 あとは黙ってしまったが、答えを言っているようなものだ。

 

 どうしよう、と私は考えた。

 

 選択肢は二つ。

 まほの話を聞いてみるか、聞かずに帰るか。

 私は迷わず後者を選んだ。

 これが親しい友人同士だったら逃げるわけにもいかなかっただろうけど、このときは仲がいいわけでもなかった。

 適当に誤魔化して帰るのは簡単だったし、それが面倒がない選択肢に思えた。

 

「じゃ、じゃあ、私は帰るね!」

 

 そう言って、私は逃げた。

 宿題を持っていくのも忘れるほど慌てて逃げて、次の日、先生に怒られた。

 

 

 

 

 しばらく何事もなく過ぎた。

 私は適度に勉強して、適度に友達と遊んだし、まほは『西住まほ』だった。

 戦車道のチームは大会で負けてからOG会などへの対応で練習ができていなかったそうだが、無事に練習を再開できたとも聞いた。

 チームに入っている友達に聞くと、まほも練習に励んでいて、相変わらずカッコいいとのことだった。

 

 それを聞くと安心できた。

 あの夜はちょっと疲れていただけなのだ。

 そう思えたから。

 でも数日して、また友達から

 

「そう言えば西住さんの妹さん、転校しちゃうんだって」

 

 という話を聞いた。

 さらに聞いていると、妹さんはフラッグ車の車長という大事な役割を任されていたそうだ。

 なのに、それを放りだして仲間の救助を優先したから負けた、ということで責任を取らされたのだという。

 

(西住さんは、どう思ってるんだろう?)

 

 気になった。

 でも本人に聞いてみる勇気はなかったので、そのまま家に帰った。

 

「ああ、宿題やらなくちゃ……あれ?」

 

 夜、日が暮れてからまた宿題を忘れたことに気づいた。

 今度こそ先生も全員帰ってるだろうな、と思いながら学校に戻ったのだけど、また校門が開いていた。

 

(……西住さんだ)

 

 教室に行くと案の定、まほがいた。

 電気もつけず、自分の机に座って頭を抱えていた。

 

 迷った。

 教室に入ったら、無視して帰れるような雰囲気ではない。

 話をはじめたら確実に重い話になりそうだった。

 そんな話に巻き込まれたくなかった。

 

 でも、次の日に先生に怒られるのも嫌だった。

 逡巡しながら教室の中を覗いていると、不意にまほが立ち上がった。

 そしておもむろに机の横に移動して、何もない机の上に視線を固定した。

 

 視線だけではない。

 体全体が電池の切れた玩具のように動きを止めてしまった。

 

 虫でも見つけたのかな?

 まず、そう思った。

 それからすぐに

 

(いま出て行けば適当に「虫でもいるの?」って話からはじめられる。そうすれば重い話には発展しないはず。しそうになったとしても逃げられる!)

 

 という考えも浮かんだ。

 足を踏み出そうとした。

 でも、私の足はそこで動かなくなってしまった。

 

 

 

 いきなり、まほが机を蹴飛ばしたからだ。

 

 

 

 机が飛んで壁にぶつかり、すごい音を立てた。

 中に入っていた物が床に散乱した。

 驚いていると、今度は散乱した教科書やノートをめちゃくちゃに踏みつけはじめた。

 

 私はヘビに睨まれたカエルのように動けなくなってしまった。

 見つかるのが怖くて、でも目を逸らすこともできなくて、ただ息を殺して固まっていた。

 

 その間も、まほは気が狂ったみたいに自分の机だけでなく、周りの机も蹴っ飛ばして、引き倒して、めちゃくちゃにしていた。

 

 どれくらい私が固まっていたかは覚えていない。

 でもそんなに長い時間、あんな風に暴れられるわけがないから長い時間ではなかったはずだ。

 だというのに、まほが落ち着いたころには見ていただけの私も疲れ果ててしまった。

 まほも肩を激しく上下させているのが暗い中でもよくわかった。

 

 逃げようと、やっと思った。

 まほも落ち着いてきたようで、キョロキョロと周りを気にしはじめていた。

 このままいたら見つかってしまう。

 

 一歩だけ後退ろうとした。

 しかし、竦んでいた足は上手く動かなかった。

 何もない廊下の上で、足が滑った。

 尻餅をついた音が、やたらと大きく暗い校舎の中に響いた。

 

「誰だ!」

 

 まほの鋭い声が聞こえた。

 私は一目散に走り出した。

 脇目もふらず、まっすぐに校門まで走って校舎を出た。

 そこからもスピードを緩めず走り通して、気づくと自分の家の前にいた。

 もしかしたらまほが追いかけてきたかもしれないと思って、しばらく周囲を見回してみたが、そんな様子はなかった。

 私はほっと息を吐いて、自分の家に入って、そのままベッドに横になった。

 

 また宿題を忘れたけど、そんなことは気にする余裕もなかった。

 頭の中では、いつまでもまほが教室で暴れていた。

 

『何かしてあげないといけないんじゃない?』

 

 その映像の片隅で、誰かが言った。

 

 

 

 次の日、私は普段なら絶対に起きないような時間に起きて、学校にいく準備をしていた。

 このくらいの時間なら先生も来ていないはずだ。

 つまり、教室の様子も見られていない。

 

 校門の前まで行くと、まほがいた。

 何か覚悟を決めたような、けど爽快感は感じられない暗い顔で、じっと校門脇に立っている。

 先生を待っているんだと一目でわかった。

 先生に教室の惨状を報告するつもりなのだ。

 

 ここに来て、また迷った。

 私はたまたま教室に行っただけで何も悪くないのだ。

 逆に見たくもないのに、あんな怖い物を見せられた被害者だとも言えるはずじゃないか。

 迷っているうちに先生が来た。

 しかも悪いことに生徒指導担当の怖い――というより、生徒を憎んでいるとしか思えない――先生だった。

 

「あの、先生」

「どうした西住?」

 

 でも、まほはそんな先生が来たのに怯まず、覚悟の色を濃くして話しかけた。

 そのときやっと覚悟が決まった。

 

「実は……」

「西住さん!」

 

 私が声をかけると、驚いたようにこっちを見た。

 

「西住さん、一緒にって言ったじゃん」

 

 重ねて言うと、まほは怪訝そうな表情をした。

 こういうところで機転が利かないのは、まほの場合は欠点というより、美点だ。

 私は、まほの横に立つと捲し立てるように言った。

 

「先生、実は昨晩、西住さんは戦車道の関係で夜遅くまで学校に残ってて、そこに私が宿題を忘れて学校に取りに来て……」

 

 私がでたらめな説明をしていくと、先生の表情はどんどん呆れたように変わっていった。

 私も自分で呆れるほど、口から出まかせを吐きまくった。

 夜に宿題を取りに来たら教室にまほがいた、というところまでは本当だ。

 でも、まほをお化けだと思ったとか、まほは私を不審者だと思って取っ組み合いになって机を倒してしまったとかは完全に嘘だ。

 はじめ、先生は話を信じていないようだったけど、まほが黙り込んでいるのを見ると、それをどう解釈したのか

 

「とりあえず教室を見てみよう」

 

 という話になって、私とまほと先生の三人で教室に行くことになった。

 教室の惨状を見ると、先生は

 

「酷いな……」

 

 と呆然と言った。

 私も驚いた。

 暗い中だと見えていなかったのだが、机は脚が折れ曲がってしまって使い物にならなそうだった。

 散乱した教科書にはくっきりと足跡がついてしまっていて、とても人前に出せるものではなくなっていた。

 故意だとしたら、よほどの悪意をもっていないとできないだろう。

 ましてや品行方正で、有名人で、高校戦車道最強の名門・黒森峰女学園の隊長で、戦車道の家元西住家の長女がしたとは信じられない惨状だった。

 それよりは、暗闇の中でお互いをお化けだと勘違いした生徒二人が半狂乱になって格闘した結果こうなった、という出鱈目の方が信じられたのだろう。

 

「怪我はなかったのか?」

 

 と、先生は言った。

 

「はい、奇跡的に」

 

 という私の言葉も先生は信じたようだった。

 

「俺は教科書の予備がないか確認してくるから、お前らは机と椅子の予備を持ってこい」

 

 と言って、職員室の方に去っていった。

 

「……どうして」

 

 先生が見えなくなると、まほが言った。

 

「いいから!」

 

 私がそういうと、まほは少しためらったあと素直にうなずいて

 

「……ありがとう」

 

 と、気恥ずかしげに言った。 

 

 

 

 クラスメイト達が登校してくる時間になると、続々と机を運んでくる私とまほが彼女たちの話題をかっさらうことになった。

 

「どうしたの?」

 

 と聞いて来るクラスメイト達に、私は先生に言ったのと同じ出まかせを言った。

 私がいくら言っても、みんな疑っているようだったが、まほが

 

「その、なんというか……ビックリしたんだ」

 

 と言うと、みんな信じたようだった。

 信頼されているというのは得だ。

 ちなみに私が宿題を忘れたことは許されず、先生に怒られた。

 

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