「大洗女子学園は大会に優勝しないと廃校になる」
準決勝を二日後に控えた日だ。
どこからか、そんな噂が聞こえてきた。
噂は瞬く間に広がって学校中の話題になった。
特に、みほちゃんと一緒だった二年生だ。
噂の真相を確かめようと、まほのいるこの教室まで押しかけて来た。
「隊長! 大洗のことは本当なんですか!」
先頭に立って入ってきた子が詰問するような口調で言った。
赤星小梅さんという、私が戦車道を見学するときに話した感じでは「穏やかで大人しい子」という印象の子だった。
その大人しいはずの彼女ですら憤っている。
他の生徒はもっと興奮していた。
口々に
「みほはどうなるんですか!?」
「噂は本当なんですか!?」
と、不安を口にした。
それに対してまほは
「すまない、目下確認中だ」
と答えている。
もちろん、それで収まるわけもない。
二年生たちの中には
「隊長は、みほが大会に出ていることを隠していたんじゃないですか!?」
とまで言う子もいた。
ユリさんとメイさんをはじめとした他の三年生が間に入っても収まらなかった。
隣のクラスから高松レンさんと、二年生の代表でもある副隊長の逸見エリカちゃんがやってきて、やっと落ち着きを取り戻した。
「取り乱して、すみませんでした」
次の授業が始まる頃には、赤星さんたちは謝って帰っていった。
が、納得したわけではないようだった。
まずいと思った。
いつの間にか戦車道の履修生はみんな集まっていて、一連のやり取りを見ていた。
動揺しているのは二年生だけではない。
一年生たちも不安げな顔をしている。
三年生の中にも何か言いたげに、まほを見ている人がいた。
チームの運営とか難しいことはわからなくても、今の状況が悪いことくらいはわかる。
「茅野さん……」
一日の授業も終わりに近づいて、まほの周りも少し落ちついてきたとき。
メイさんが縋るような目で私を呼んだ。
自信はなかった。
けれど、幸いと言っていいのか。
こういう時、まほがどこで何をするのかだけは知っていた。
その夜。
私は寮に帰ってから、もう一度学校に戻ってきた。
校門が開いている。
暗い校舎を進んで行くと、一つだけ明かりがついた教室がある。
覗いてみると、やはり一人で頭を抱えていた。
一つ深呼吸して、足を踏み出した。
何を話したらいいかはわからないけど、とりあえず何でもいいから話そう。
そんな、やぶれかぶれな気持ちだった。
「なにしてるの?」
声をかけると、肩が跳ねる。
そして悪戯がバレた子供のような速さで振り返る。
まほだ。
「ユウ……」
「ここ、座るよ」
まほの隣の机に腰を下ろす。
メイさんの席だ。
彼女は今日一日ずっとここにいて、まほと下級生の間に立っていた。
まほに聞いた。
「大洗女子のことって、本当なの?」
まほは一瞬だけ視線を落としてから、平静な口調で答えた。
「おそらく本当のことだ。みほが戦車道を再開していた理由も納得できる」
「でも、いきなりこんな噂が流れてくるなんて、おかしいと思わない? 誰かが意図的に情報を流したみたいなさ。そう考えると、やっぱり適当な情報ってこともあるんじゃないの?」
まほは私の考えを「いや」と否定した。
「噂が広がる速さを考えれば優秀な諜報員のいる聖グロしか考えられない。そしてダージリンは確認すればバレるような無駄な嘘はつかない。本当のことだろう」
それを聞くと、私の胸の中で何かがぐつぐつと煮えたぎった。
「どうして、そんなことをするの?」
「私たちの動揺を誘うためだろう。実際、効果的な手だった。さすがはダージリンだ」
「そんなのって……」
「卑怯ではない。敵に弱点があるなら、そこを突くのは当然だ」
まほがそう言ったけど、収まらなかった。
収まりはしなかったけど、私がしゃべるごとにまほが辛そうな表情をするのに気付くと、それ以上は言えなかった。
誰よりも文句を言いたいはずの本人が黙って耐えている。
なのに、部外者の私が文句を言っているわけにはいかなかった。
「まほ……」
「『撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し、鉄の掟、鋼の心』それが西住流戦車道なら『どんなときにも仲間を見捨てない』のも『どんな手を使ってでも勝利をつかみ取る』のも戦車道だ。ルールに則る以上、そこに貴賤はない」
私が名前を呼ぶと、まほはニコッと笑って、そう言った。
一目で作り物だとわかるほど、ぎこちない笑顔だった。
自分が情けなくなった。
励ましにきたつもりが、逆になだめられている。
「それにダージリンより卑怯なのは私だ。昼はメイとユリがみんなを宥めてくれるのをいいことに後ろで黙っていただけだし、今もレンとエリカがみんなを集めて士気の立て直しを図っているのに、私だけこんなところに隠れている」
「そんなこと……!」
ない。
そう言おうとしたとき、まほは珍しく私の言葉を遮った。
「たしかに言い訳をすることもできる。私が行っても隊員が言いたいことを言えなくなるだけだとか、後ろで大きく構えているのが隊長の仕事だとか、いくらでも言える」
「だが、例えばダージリンなら政治的に立ち回って、こんな状況に追い込ませはしなかっただろう」
「例えばケイなら彼女自身が一言謝ることで場を収拾できただろう」
「安斎なら妹が転校するようなことにはさせなかっただろう」
「カチューシャなら多少は強引にでもみんなをまとめ上げただろう」
「ミカはよくわからないが、アイツがこんなことで追い込まれるところは想像できない。きっとうまくやるんだろう」
まほが目をつぶって、深く息を吐く。
「そう言える以上、言い訳は通用しない。私は卑怯者で、彼女たちが対応できる事態に対応できない無能だ」
何か言わなくてはいけない。
焦るのに言葉が出てこない。
ここで口を出せるほど、私はまほのことも、戦車道のこともよく知らなかった。
名前の出た人たちが、どういう人なのか半分もわからなかった。
メイさんかユリさんがこの場にいれば、と縋るような思いが湧いてきた。
だけど、まほはこの二人に弱音は吐けないのだ。
だからこそ、私が何かを言わないといけないのに言葉は出てこない。
「それだけじゃない。大洗が決勝に出てきて黒森峰と戦うことになるくらいなら、その前にプラウダに負けてしまって欲しいとも思っている。いや、いっそのこと黒森峰が聖グロに負けてしまえば私は楽になれるとさえ考えている。これが卑怯者じゃなくてなんだ?」
「……」
そんなことない、と言いたかった。
けど、まほ自身がこう言っているのに否定なんて出来るわけがなかった。
「こんな私よりも、全身全霊で勝とうとしているダージリンの方がはるかに立派だ」
まほの顔には、もう作り笑顔は浮かんでいない。
眉間にしわを寄せて、唇をきつく噛み、視線を机の上に固定している。
強く握った拳は今にも視線の先の机に振り下ろされそうだった。
あの夜のように、そうしてしまったほうが楽になれるんじゃないかと思えた。
私に当たってくれてもよかった。
なのに、いつまでたっても、まほは耐えていた。
「まほ……」
かなり時間が経ったあとで、やっと私はそれだけ言った。
まほは、それに
「すまない、また変な愚痴を聞かせてしまった」
と答えて、顔をあげて
「もう大丈夫だ。帰ろう」
と暗い顔のまま言って、立ち上がった。
私はついて行くことしかできなかった。