「流言飛語は聖グロの常套手段じゃない! 栄光ある黒森峰の生徒が惑わされてどうするの!」
チームの結束を図るため、急遽ユリが席を取ってくれた学園艦上のファミリーレストラン。
エリカが赤星たちに説教してるのを頼もしく思いながら、まほのことを考えずにはいられなかった。
練習後、まほにこの会を開くと伝えると
『……すまない』
と、暗い顔で言ってきた。
去年の大会後より、一段と暗い顔だった。
メイは『私たちがいると、まほも愚痴を言えないだろうから茅野ユウに任せておこう』と言っていた。
私も賛成したとはいえ、心配ではある。
「まほさん、大丈夫でしょうか」
隣に座っているユリが言った。
「まだ隠し事をしていたりしませんよね?」
それも心配の一つだった。
ないとは思うが、なくはない。
一回戦が終わるまで、みほのことを隠していた前科もある。
みほのことを師範から咎められていて、そのことで何か言われているのに黙っている、なんてことは十分に考えられた。
でも。
「何にしろ、私たちは明日の試合も勝って、まほを優勝させる。それだけだろ?」
「……そう、ですね」
ユリがエリカに向き直った。
「はーい、副隊長。お説教は終わりにして、今日はパーッとやりましょう!」
「ユリさん、話はまだ……」
「はいはい、じゃあみんな! 黒森峰特製ノンアルコールビールは持ってますねー!」
ユリの強引なノリに乗って、ジョッキを掲げる。
エリカのおかげか、ひとまずは明後日の試合に集中しようという空気に変わっていた。
昼どきのバラバラな感じではなくなっている。
「せーの!」
乾杯。
ユリの音頭にあわせて、ジョッキを掲げ合う。
一番、心配だった赤星も同じようにジョッキを掲げている。
他の二年生も同様だ。
一年生、三年生もユリの勢いに流されてか、笑顔を浮かべていた。
しかし、どこか虚ろな感じがするのは否めない。
「明日の試合については私が指揮を執る。よって、急なことで悪いが今日の練習も私の指揮で行うことにする」
次の日、まほは練習前の訓示で言った。
そう言いはじめるかも、というのは、みほの噂が聞こえてきたときから予想していた。
理由は三つある。
一つめは、三回戦では指揮の迅速さが求められるからだ。
二回戦までのように、エリカが指揮を執り、まほが随時修正するのでは、どうしても行動が鈍くなる。
ダージリンほどの隊長が相手となると、その隙をどう突かれるかわからない。
チームの動揺を鎮めるという意味でもそうだ。
エリカ―まほ―各車という指揮系統より、まほ―各車という単純な構造の方が有利だった。
二つめは、エリカの指揮能力がダージリンのレベルまで達していないからだ。
相性も悪い。
エリカが得意とするのは「隊員を強い言葉で奮い立たせ、勢いに乗って攻める」という猛将型とでも言うべき戦い方だ。
このタイプの通弊である、冷静さを失いやすいという弱点も濃厚にもっている。
対してダージリンは「挑発、伏兵、誘引」といった多彩な戦術で相手を自分の望む状態へ追い込む智将型だ。
こういうタイプに勝つには、相手の意図を読みきる作戦理解力と冷静さが必要になる。
エリカには悪いが、まだ我らが副隊長はこのレベルには達していない。
三つめは、敗戦の責任をエリカに負わせないためだ。
これについてはエリカかアカネあたりが聞けば、憤慨しただろう。
『隊長! 黒森峰がそんなことで負けるわけがありません!』
そんな抗議をするのが目に見えるようだった。
でも、まほが感じたのであろう敗戦の予感は、この練習中に形をもって現れた。
「……四号車、どうした?」
砲撃訓練中、まほが無線に手を当てて言った。
すべての車両が目標にむけて砲撃する中、パンターの四号車だけが砲撃しないのだ。
無線のトラブルか何かで指示が聞こえなかったのかと思われたが、返事はすぐに帰ってきた。
「す、すみません! いま……すぐ!」
何か慌てている様子だった。
「落ち着け。トラブルがあったのなら状況を報告してくれ」
このとき四号車から上がってきた報告はたぶん、まほが隊長に就任してから初めてのものだった。
「す、すみません、装填口に
戦車砲は、一度撃つたびに煤が溜まる。
だから練習が終わったあとは念入りに掃除する。
しなければ固まってしまって、いろいろと支障をきたすからだ。
戦車に乗っているなら常識のはずで、よほど他のことに気を取られていなければ忘れることはない。
まして普段時は、車両、機材の管理を徹底している黒森峰なら、なおさらだ。
しかし残念ながら、昨日は普段通りではなかった。
それにこの車両の乗員は二年生が主で、みほと仲のよかった隊員が多く乗っていた。
「……ふぅ」
まほが大きく深呼吸した。
それから、いつもより穏やかなくらいの口調で言った。
「そうか、なら装填口だけでなく、砲塔内の汚れも確認して、問題がなければ訓練に合流してくれ」
「す、すみません!」
「昨日のこともあったし謝ることはないが、以後は気をつけるように」
それからも普段なら絶対に起きないような問題は発生した。
各車両間の連絡ミスによる誤射。
明らかな整備不良による履帯の破損。
そんなことが次々に起こった。
溜まったフラストレーションが爆発したのか、隊員同士の口論すら起こった。
「レン、頼む」
練習中に口論の仲裁を頼まれて戦車から降りるなんてことも初めてだった。
この分だとユリやエリカも駆り出されることになるだろう。
「サトミ、マキ、どうしたんだ?」
「レンさん……」
強豪と言われるチームほど『隊長のために』とか『隊長と一緒に戦いたいから』とかいう理由で戦車道をやっているやつが多い。
いい隊長の下で働くのは気持ちがいいのだ。
私にもよくわかる。
そう言う感情は『この人について行けば間違いない』という依存心とも呼ぶべき感情を伴うのも、よくわかっていた。
そして黒森峰は、どの学校よりも『この人について行けば間違いない』という感情が強い学校だと言ってよかった。
なにせ、西住まほ隊長だ。
『この人について行けば間違いない』
という神話を補強するエピソードは事欠かない。
小学校のときから同級生では最強。
中学時代は負けなしのスター選手。
高校に入ってからは国際強化選手。
テレビにも出ていて、戦車道を知らない人にすら知名度がある。
それだけでも憧れるのに、実際に接すると優しいし、責任感が強くて、立ち居振る舞いにも隙がない。
カッコいい戦車女子というと、いの一番で名前が挙がる。
まだ小さいときの姿を知っている私やメイはともかく、他の隊員から見れば実感としてもそうだったのだろう。
前回大会での敗北は天候のせいということができたし、それまでは無敗で、その後も無敗だった。
何より、まほの戦車道は厳しくはあるが、自分の力を引き出してもらっているという喜びがある。
その『この人について行けば間違いない』という神話が昨日で崩れてしまった。
戦争では、どんなに大軍を有していても、主将が信頼できない人物なら絶対に負けるという。
それと同じことが起こったのだ。
こういう混乱も仕方がないのかもしれなかった。
「気が立っているのはわかるが、試合は明日なんだぞ。そんな日に口喧嘩なんかされちゃ困る」
「……すみません」
そんなことを言っているうちに、また言い争う聞こえてきた。
予想した通り、隊長車からユリが駆け向かっていく。
天下の黒森峰が見る影もない。
「では、いつも通り隊長車対副隊長チームの紅白戦を行う」
「……はい」
まほがそう言ったときには「何とかここまで漕ぎつけた」という気分だった。
隊員全員が似たような状態なのか、返事にも力がなかった。
夜戦訓練のために徹夜したときだって、ここまで疲れてはいなかったはずだ。
「さぁ、今日もチャチャっと後輩たちを片付けてやりましょう!」
ユリがつとめて明るく言ったのが、逆に虚しく響いた。
「そ、そうですね! 明日は聖グロ戦ですから景気づけの意味を込めて!」
アカネが同調したが、それも空々しい。
メイだけが普段通りに黙々とエンジンの調子を確かめているのが、今は頼もしかった。
「まほ」
振り向いて名前を呼ぶと、まほが首元の無線機に手を当てた。
「試合開始!」
手始めに包囲を狙って左右から襲ってきたパンターを撃破した。
残りはエリカのティーガーⅡと、ティーガーⅠ、待ち伏せを得意とするエレファントの三両。
今度はこちらから攻撃に出て、エリカのティーガーⅡとティーガーⅠに接触。
ティーガーⅠの方を撃破して離脱。
残りは二両。
「さすが隊長、冷静ですね」
いったん暇になったからか、アカネが囁いてきた。
うなずきを返して、私も一度砲から手を離し、休憩がてら首を回す。
緊張がほぐれたからか、大洗女子のことが脳裏をかすめた。
(もし大洗がプラウダに勝って、決勝まで進んできたらどうなるか)
可能性は低いが、ない話ではなかった。
大洗は雑多な戦車の寄せ集めとはいえ、火力については並の高校より高い戦車を持っている。
隊長のみほも黒森峰では萎縮していた感じはあるが、その発想力には小さいときから驚かされたものだった。
他のメンバーも一回戦、二回戦を見たところ、初心者とは思えないほど動けていた。
油断はならない。
対してプラウダは前回の練習試合のときに見た感じだと、少し気の緩みのようなものが見えた。
カチューシャの作戦能力。
ノンナの射撃力。
この二つは脅威だが、それも他の隊員の働きがあってこそだ。
プラウダが大会前に練習試合を組んできたのも、今思えば前回の優勝で緩んでいた隊員の気を引き締める目的があったのではないか。
(もし大洗がプラウダに勝って、決勝まで進んできたらどうなるか)
そうなったら大洗と戦うのは、もちろん私たちの黒森峰だ。
断じて聖グロではない。
だけど、そうなったとき、まほはどうなるのか。
妹がせっかく作った居場所を、まほが壊すことになる。
妹が一人でおつかいに行くことすら過剰に心配していたようなお姉ちゃんが、だ。
師範とみほの関係も気にかかる。
師範は厳しい人だ。
特に人との約束を破るような不誠実なことは大嫌いな人だ。
みほは約束を破っている。
『勘当』ということだって、考えていてもおかしくない。
だとすると、まほは妹の帰る家さえ壊すことになる。
こういう状況に追い込まれた人間が、勝ちに徹することができるのか。
(私は、まほを信じていいのか?)
ふと、そんな疑問が頭をかすめた。
その瞬間、まほが叫んだ。
「三時方向、エレファントだ!」
体が勝手に砲塔を回転させた。
頭脳も自動的に照準器のレンジから彼我の距離を計算している。
エレファントを照準に捕えた。
「レン!」
まほが私を呼んだ。
指が引き金を引こうとした。
が、その瞬間、一瞬だけ私の心を疑念が支配した。
(私は、まほを信じていいのか?)
一瞬、引き金を引くのが遅れた。
その間に轟音が鳴り響いた。
私たちのティーガーⅠが砲撃したからではない。
私たちが砲撃を食らった音だった。
しゅぽッという、間抜けな、小学校以来久しぶりの、高校に入ってから初めて聞く音が頭上でした。