試合前の挨拶を観客席から見ていて
(あれ、やっぱり大丈夫なんじゃない?)
と、思ったほど、まほの姿は平静だった。
でも、後ろに並んでいる黒森峰の隊員たち姿が目に入ると、それが希望的観測でしかないことが、ありありとわかった。
パッと見渡しただけで六人。
チラチラと視線をまほの方に向けていた。
黒森峰の隊員は試合前のあいさつのとき、ロボットのように直立してジッと前を見つめているのが常だ。
それが崩れている。
「いい試合にしよう」
「ええ、そうね。お互いに全力を尽くして、ね」
試合開始の合図とともに、両校の戦車が動き出す。
今回の戦場は砂漠地帯。
黒森峰にとっては2試合連続の砂漠地帯での試合だ。
二回戦との違いといえば随所に高低差があることくらいで、慣れのアドバンテージがなくなるほどの違いはない。
戦場は黒森峰に有利と言えた。
戦車の性能だって、黒森峰が圧倒していた。
黒森峰がティーガーやパンターなどの大戦末期の戦車を多くそろえているのに対して、聖グロはOB会との兼ね合いとかで有力な戦車をそろえられないでいる。
各隊員の能力だって、どこよりも練習している黒森峰が勝っているはずだった。
信じられないような遠くから正確に的を射抜く姿。
隊長の指示を素早く理解して行動に移す姿。
私はこの目に見ているのだ。
指揮官の能力だって、まほが勝っているはずなのだ。
(だから、負けるわけがない)
自分に言い聞かせて大スクリーンをジッと見つめた。
『聖グロは強敵だが、油断せずに戦えば必ず勝てる相手だ。気を引き締めて行こう』
でも、いつもはそれだけで勝ちを確信できるはずの声が聞こえてきても、私の胸はざわついたままだった。
その声には力がないように聞こえた。
『では、みなさん。手筈どおりに』
その後の聖グロの隊長の声の方が、はるかに力があるように聞こえた。
それほど待たずに戦闘は始まった。
戦場全体を見渡せる高地を確保しようと両校が動いて、その途中で始まった形だ。
先制したのは聖グロ。
しかし遠距離射撃だった。
まんまと自分たちから黒森峰の得意な遠距離戦という土俵に足を踏み入れたことになる。
黒森峰は早速、反撃して数台の車両を撃破した。
『オレンジペコ? 去年負けて、副隊長も転校してしまって、戦力も大幅に落ちているはずの黒森峰がどうして未だに優勝候補の筆頭とされているのか、その理由がわかる?』
『戦車の性能と隊員の練度……だけではないですね。それと西住まほ隊長の統率力、作戦力が合わさるから、でしょうか?』
『さすがね、ペコ。でも十分ではないわ。もっと単純で、強力で、根本的なアドバンテージが黒森峰にはあるのよ』
『と、いいますと?』
『わからないかしら。アッサム、教えてあげて』
『“フラッグ車を撃破できないから”。データによると“西住まほの車両は練習試合を含めて昨日まで一度も撃破されたことがない”。それも頻繁に、三対一、五対一と圧倒的に不利な状況で戦っているにも関わらず』
『なるほど、大会ルールでフラッグ戦と定められているのに、そのフラッグ車が倒せない。だから最強……』
『そういうことよ。ね? 単純でしょう?』
スクリーンには各車の大まかな動きが表示されている。
それによると、まほは先に高地の確保に成功したようだった。
これで戦術上、優位に立ったことになる。
というのも、たとえば低地で視界を遮られた状態だったら、隊長は頭の中の戦況図だけ
を頼りに指揮を執らなければならない。
けど、見晴らしのいい高地にいれば戦況が一目で状況がわかるようになる。
その分、指揮がスムーズになるのだ。
『この落ち着き様から察するに、まほさんが指揮を執っているのね』
『そのようですね、とすると』
『そろそろ別動隊が来るわね……出番よ、ローズヒップ』
それから戦況は慌ただしく動いた。
黒森峰の別動隊が聖グロの本体に襲いかかって乱戦になり、さらにそこへ聖グロが控えさせていた快速戦車のクルセイダーとクロムウェルが砂を巻き上げながら乱入。
主戦場の中央部は敵味方の区別もつかない大混乱に陥った。
まほがいる高地からも、このぶんだと戦況はわからないはずだった。
『ダージリン様、一つお伺いしてよろしいでしょうか?』
『なに? なんでも聞いてみなさい?』
『西住まほ隊長が凄いのはわかりました。でも、だったら余計にこんな作戦は取らない方がいいのでは?』
『普段ならそうね。でも今日に限っては勝機があるわ』
『みほさんのことで動揺しているから、ということでしょうか。でも試合前にお会いしましたが、とても動揺しているようには見えませんでした。隊員の方々は、そういう傾向も見受けられましたけど』
『ペコもまだまだね。いい? 覚えておきなさい。“隊員が動揺しているのに、動揺しない隊長はいないわ”。ただ、それを隠せる隊長がいるだけ』
『……すみません、誰の言葉でしょうか』
『あら、聖グロリアーナ女学園ダージリン隊長の言葉よ。知らなかった?』
『これは失礼しました』
『ふふっ。それともう一つあるわ。アッサムよ』
一番戦況がわかったのは、私たち観戦者だっただろう。
砂嵐の中でもスクリーンには各車の位置が表示され続けていたし、適時、隊長車の様子も画面に映ってきた。
だから私たちにはわかった。
砂嵐と混乱に乗じて、聖グロの隊列から隊長車チャーチルが離脱したのが。
チャーチルがまほのいる高地に向かって移動し始めたのが。
そして、まほがそれに気づいていないのが。
『アッサム様ですか?』
『ダージリン、恥ずかしい話なら気が散るのでやめていただけますか』
『いいじゃない、減るものじゃないわ。それでペコ? 高校戦車道界の砲手を上から三人あげるとすると、誰になるかしら。』
『ええと、プラウダのノンナさんは真っ先にあがりますね。あとはサンダースのナオミさん、黒森峰の高松レンさん、あと……』
『そこまででいいわ。たしかに聖グロのアッサムはその三人と比べると平均的な成績では劣りますもの』
『……ダージリン? 怒りますよ?』
『でもね、アッサムについてこんな評もあるわ。“ここ一番で絶対に外さない砲手。この点については全ての砲手の中で頭一つ抜けている”という評が、ね』
『……』
『では、なんでこういう現象が起こるのでしょう? ペコ、わかる?』
『精神的な強さから、でしょうか?』
『あら、そんなことないわよ? アッサムは中学校のときまで……』
『ダージリン!』
『ふふ、真面目に言うとね、アッサムほど相手を調べる砲手は他にいないからよ。並の砲手なら相手の車両スペックと大まかな特性くらいを覚えたくらいで満足してしまう。けど、アッサムは違うわ』
『目標の車長はどういう状況で、どう動く傾向にあるのか? どういう性格か? 戦車道に対する姿勢は? 利き手はどちら? 身長体重は? 趣味嗜好は? 操縦手との関係はどういうもの? 砲手とは? 装填手とは? 通信手とは?』
『そういうところまで調べているわ。これだけ調べてしっかりと頭に入れているから相手がどんな動きをしても無意識のうちに対応できるのね』
『特に“ここ一番の相手になる可能性の高い強敵”ほど調べている。だから“ここ一番”に出くわしたときに強い』
まほの周りに味方の戦車はいない。
自分たちの乗るティーガーIだけで孤立している。
他の戦車は高地を降りて、砂嵐の中で戦っていた。
まほの双眼鏡で戦場を覗いている表情は変わらない。
けど、状況がわからないことで少なからず焦っているようでもあった。
通信手のユリさんが味方の戦車と連絡を取ろうとしている姿が、しきりにスクリーンに映されていた。
そこへ少しずつチャーチルが近づいている。
まだ、まほは気付いていない。
『そのアッサムが一番調べていたのが西住まほ。しかも他のところと違ってアッサムがその眼で見てきた生の情報を持っている』
『見ていなさい。アッサムはあげるわよ』
『高校戦車道界、最大の大金星を』
砂嵐が収まってきて、やっと異変に気付いたようだった。
チャーチルはどこだ、と前線で戦っていた隊員に質問を飛ばしている。
距離200とスクリーンに表示されていた。
まほの目が、一瞬、鋭くなった。
やっとティーガーが動きはじめる。
『さあ、アッサム。やってあげなさい』
チャーチルが姿を現した。
砲身は真直ぐにティーガーの横っ腹に突きつけられていた。
ティーガーはまだ砲塔が回り切っていない。
まほが息を呑んだのが、はっきりとわかった。
それから諦めたように眼を閉じるのも。
『チェックメイトよ』