「……っ!」
まほが戦車から降りてきた瞬間、私は目を逸らさずにはいられなかった。
もう見ていられなかった。
どう見ても、まほは限界だった。
『隊長を務める以上、少なくともマイナスの感情を顔に出すべきじゃない』
そう言っていた表情に、あからさまな疲れが浮かんでいた。
「……」
それでも、まほは戦車から降りると聖グロの隊長車の方に向かっていく。
聖グロの隊長も気づいて戦車を降りてきた。
両校の隊長が対面する。
まず、聖グロの隊長が頭を下げたことから話ははじまった。
「まほさん、ここ数日、貴女にとっては辛かったでしょう。謝罪するわ」
「いや、効果的な作戦だった。謝ることはない」
聖グロの隊長は、ちょっと目を伏せて言った。
「……これはお詫びの印ということにして欲しいのだけど、みほさんのことは心配いりませんわ」
そこから続いた言葉は私に希望を抱かせた。
これならまほは苦しまなくて済むんじゃないか、と。
「どういうことだ?」
「大洗が廃校になったら、みほさんは聖グロリアーナ女学園が責任をとって引き取るということです。関東の聖グロなら西住流の力も及ばないわ。大洗にも近いですし、みほさんの転校先にはピッタリじゃありません?」
「……」
「みほさんだけではないわ。みほさんの乗るⅣ号戦車の乗員は全員に聖グロに転入していただきます。もちろん待遇も相応のものを用意します。学費免除、衣食住の保証、Ⅳ号のチームは本当にいいチームですから戦車だってつけましょう。今日お見せしたクロムウェルは、みほさんにピッタリだと思っているのだけど」
けど、まほは首を横に振った。
「ありがとう。だが、申し出は断らせてもらおう」
「……どうしてか、伺っても?」
「みほのことは西住家の問題だ。それにもともと、姉として私がお母様とみほの間を取り持たなければいけなかったんだ。今度こそ、その責任を果たさなければならない」
まほが背負うことじゃない。
そう言ってあげたいのに、今は声が届かない。
もどかしい思いでいると、私の代わりに聖グロの隊長が言ってくれた。
「そんなことが貴女にできるの? できなかったから、みほさんは大洗にいるのではなくて?」
まほはもう一度、首を横に振った。
「それでもだ。できなくても、やらなくてはいけない」
その言葉を最後に聖グロの隊長から背を向けた。
スクリーンに映る背中はフラフラとしていて『西住流の後継者』というには、あまりにも弱々しくて、頼りなかった。
試合のあと、私は学園艦に引き返していく黒森峰の応援団の生徒たちから分かれ、まほを探しに行った。
何も言えるものではないのはわかっていた。
けど、何か言ってあげないといけなかった。
しばらく探すと、戦車の倉庫から高松レンさんの荒々しい声が聞こえてきた。
覗いてみたら、まほと高松さんが向かい合っていた。
まほは向こうを向いていて、表情がわからない。
けど、高松さんの表情はわかった。
一杯に見開かれた目が、まほを睨みつけていた。
私は咄嗟に物陰に隠れた。
すぐに荒々しいレンさんの声が聞こえてきた。
「さっきの試合は、何だって聞いてんだよ!」
もうほとんど怒鳴り声だった。
聖グロの隊長と一騎打ちになったときの、まほの気の抜けた表情を思い出す。
あの時、どう見ても諦めていた。
指示も出している様には見えなかった。
なのにティーガーは突然旋回を止めるという、たぶん聖グロの隊長車にとって予想外の動きをして砲撃を弾いた。
乗員の役割を考えると、このときの対応を指示したのは砲手のレンさんに違いなかった。
とすると、レンさんはまほが諦めていたことに気付いていたことになる。
この怒りは、そういう怒りだった。
「……すまない」
そう言ったまほの顔は、私が見たことのない表情だった。
今にも泣きそうだった。
あの夜、闇に隠れていた表情は、もしかしたらこんな顔だったのかもしれなかった。
「謝れつってんじゃねぇんだよ! 答えろ! さっきの試合は! 何だったんだッ!」
レンさんは目を見開いて、胸倉に掴みかかった。
乱暴に体を揺すりもした。
「……本当にすまない」
まほがもう一度そう言った瞬間、レンさんは手を離した。
急にそうしたから、まほはバランスを崩してフラついた。
その顔面に拳が飛んだ。
文字通り宙を舞って、思いきりコンクリートの床に叩きつけられた。
「……もう、疲れたんだ」
仰向けに倒れたまま、まほが言った。
殴られた後とは思えないほど無感情な声だった。
「黒森峰の隊長でいるのも、西住流の後継者と言われるのも、もう疲れてしまったんだ。でも西住流の後継者でいることはやめられない。だからせめて、はやく黒森峰の隊長でなくなってしまいたかったんだ」
今度は起き上がりながら言った。
左の頬にくっきりと拳の痕がついていた。
その赤い痕を透明なものが一筋つたっていた。
「……お前が隊長じゃなくなったら他の隊員はどうなんだよ」
「考えてなかった。ただ、楽になりたかった」
まほの頬を伝うものは、どんどん量を増してきていた。
顎をつたって床にポタポタと垂れはじめた。
その顎に拳が飛んだ。
半身を起こしていたまほの体が横に回転して、床に顔が当たりそうになるところをギリギリで両手が止めた。
「お前、さてはアタシらがどんだけ頑張ってお前について来てたか、わかってねぇんだな? だから、んなふざけたことが言えんだな?」
レンさんの手が、また胸倉をつかんだ。
無理やりに立たせて体を揺すりはじめた。
「わかってるッ!!」
まほが叫んだ。
レンさんの手を振り払って、今度は逆にレンさんの胸倉をつかみ返した。
けど、まほは乱暴に相手を振り回こともなく、逆に縋りつくようにレンさんの体を引き寄せると、その胸に顔をうずめてしまった。
「わかってるんだ。お前が毎日遅くまで後輩たちを指導してたことも、メイが休みの日まで使って操縦の練習をしてることも、ユリがどれだけ頑張って二年でレギュラーになれるだけの勉強をしたかも、エリカがどれだけのプレッシャーの中で副隊長をしてくれてるか、全部わかってるんだ……だけど、もうダメなんだ」
まほの顔は見えない。
だけど、さっきまでとは比べ物にならないほど、はっきりと肩が震えていた。
「何がダメなんだ。プラウダには何度も勝ってるし、大洗に至っては押しも押されぬ弱小校じゃねえか」
「みほがいる。みほはどうなる? みほはもう十分苦しんだんだ。なのに、もし大洗が勝ち上がってきたら、私がみほを倒さないといけないのか?」
普段の凛々しい西住隊長は、どこにもいなかった。
そこにいるのは一人の妹思いのお姉ちゃんで、辛い状況に追い込まれて友達に甘える私たちの同級生だけだった。
「もう嫌なんだ。助けてくれ、レン……」
レンさんも、さっきまでのピリピリした雰囲気ではなくなっていた。
固く握られていた拳は開かれて、縋りついてくるまほの頭を撫でてていた。
「……」
かなり長い間、二人は何も言わずにそうしていた。
数日後、大洗女子がプラウダに勝ったという情報が届いた。
映像の中では、みほちゃんが仲間たちと嬉しそうに笑いあっていた。
まほも試合を見に行っていたそうだが、試合終了の宣言があった瞬間、どんな顔をしていたのだろうか。