同級生 西住まほ   作:ノッシーゾ

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Side 砲手8

 しばらくすると、また意外な奴がテロレロレーンとカンテレを弾きながらやってきた。

 

「やあ、西住さん。こんにちは」

 

 継続のミカだ。

 大洗の件で連絡しようとしたとき、各校の隊長の中で唯一連絡がつかなかったのがコイツだった。

 話を聞いてみると

 

「ミカなら二回戦が終わったあと、旅に出ちゃいました」

 

 ということだったので、電話に出てくれた生徒に用件だけ伝えておいたのだ。

 それが三日前だから大洗のことをまだ知らないはずだった。

 

 ところが、ミカはいきなり懐から何枚かの紙を取り出して、まほに渡した。

 どの紙の頭にも「島田流門下」という字が踊っていて、その下に「大洗女子学園廃校に対する抗議文書」と書かれている。

 島田流出身で社会的な地位のある名前が多い。

 西住流と敵対するはずの島田流まで大洗の廃校に反対となれば、文科省はさらに動きにくくなるはずだ。

 

「これは?」

「見ての通りだよ。こういうのは多い方がいいだろう?」

 

 意外すぎる。

 コイツに島田流門下とのつながりがあったことも意外だが、こういうことで動いてくれるのも意外だ。

 今日は本当に驚かされることばかりだ。

 

「ありがとう、ミカ」

「そういう風が吹いただけさ。礼には及ばないよ」

 

 テロレロレーンと、もう一度カンテレを弾きならしてミカは去っていった。

 その背中と、また一人新しい顔がすれ違って、こちらに近づいてきた。

 

「ごきげんよう、まほさん」

「ダージリン……」

 

 アッサムもオレンジペコという装填手の一年生もいない。

 珍しく一人で、聖グロの校章が描かれたクリアファイルを脇に挟んでやってきた。

 

「これが何か、わかりますか?」

 

 ダージリンはまほの前に立つと、挨拶もそこそこにそう言ってクリアファイルを開き、中に入っていた紙をまほの前でヒラヒラと遊ばせた。

 目を凝らしてみると、

 

 BC自由

 竪琴

 苫小牧メイプル

 ケバブハイスクール

 継続

 新潟ビゲン

 奈良グレゴール

 呉西グローナ

 ワッフル

 青師団

 マジノ

 ヴァイキング

 伯爵

 

 といった、戦車道をしているほとんど全ての高校から送られた「全生徒から大洗廃校を抗議する旨の署名を集めた」という報告書だった。

 どの書類にも、各校の代表者の署名がしっかりと記されている。

 本物だ。

 

「いつの間に、こんなものを……」

 

 まほが私も思っていたことを言った。

 本当にそうだ。

 いつから動いていたらこんなものを集めることができたのか。

 ダージリンは何でもないことのように言った。

 

「大洗の角谷さんから連絡があったのが抽選会の直後ですから、その後ということになりますね」

 

 とすると、だいたい一カ月の猶予があったことになる。

 いや、それにしても早い。

 さすがは高校戦車道において情報戦最強を誇る、聖グロのスパイ機関と言ったところか。

 

「ダージリン、本当にありがとう……!」

 

 感極まった様子でまほが立ち上がり、書類を受け取ろうと手を出した。

 が。

 それをダージリンはひらりと躱してしまった。

 

「……どういうことだ?」

 

 隣で聞いていて身構えてしまう。

 ダージリンの交渉上手は有名だ。

 そしてこの書類は、まほにとって本当に喉から手が出かねないほど欲しいものだ。

 ただでさえ交渉上手と言われるダージリンがそういう交渉材料を持っているのだから、よほどの条件を出されると考えないといけないだろう。

 

 眼を鋭くして、まほが聞く。

 その視線も優雅な笑みで避けて、ダージリンは関係なさそうなことを言いはじめた。

 

「アッサムのことなのだけれど、実は彼女、黒森峰の試合があってから『悔しくて、悔しくて、夜も眠れない』と言っているんです」

 

 まほが不審そうに目を細めて問い返す。

 

「同情するが、それがどうしたんだ?」

 

 ダージリンは答えずに続けた。

 

「だって、そうよね? アッサムはGI6の一員として、各校から署名を集めるという本来関係のない仕事を増やされたんですもの。『もし、それがなければ勝てたかも』と考えて悔しがるのは当然のことだと思いませんか?」

 

 まほが答える。

 

「まあ、そうだな」

 

 ダージリンは畳みかけるように言葉を投げてきた。

 

「本人の努力不足なら私も何も言いませんけど、こういう致し方のないことで悔しい思いをするのは可哀想だと思いません?」

 

 それで何をさせたいのか、なんとなく読めてきた。

 だが、まほはまだ理解できてないようで「ダージリンの言う通りだと思うが……」と、これにも素直に答えた。

 子供のころからこういう腹芸ができない奴なのだ。

 さらに畳みかけてくる。

 

「ということで、条件があります」

「条件、だと?」

 

 ダージリンがおもむろに制服のポケットから何かを取り出して、まほの顔の前に突き出した。

 一瞬、携帯電話かと思ったが、よく見ると違う。

 ボイスレコーダーだ。

 電源を入れたのか、ピロリロリンという音が聞こえてきた。

 

「ときに、まほさん? 今日は何年の、何月、何日で、何時くらいかしら?」

 

 不審そうな顔でダージリンを見つめながら、まほは素直に答えた。

 時計を見て確認したが正確な回答だった。

 

「それでまほさん、貴女は私たち聖グロリアーナ戦で窮地に追い込まれたわ。ここにいる高松さんが咄嗟に指示を出さなければ、私たちの砲撃はティーガーの装甲を貫通していた。そうよね?」

「……ああ、間違いない。レンがいなければ負けていたのは私たちだった」

「もしアッサムが大洗の件を放置して黒森峰の情報収集に集中していたら、貴女のティーガーが高松レンさんを中心にああいう動きもできると考慮して動いていた。そうよね?」

「……アッサムほどの砲手なら、そのくらいのことはやっただろうな」

 

 そこまで言ってやっと、まほはダージリンの意図に気付いたようだった。

 見たこともないような苦笑いが口の端に浮かんだ。

 だが、もうどうしようもない。

 書類を手に入れるには、このままダージリンの掌の上にいるしかないのはわかりきっている。

 

「もし私たち聖グロリアーナ女学院が貴女の妹を助けることに力を裂かなければ、勝っていたのは聖グロリアーナ女学院だった。西住まほがそう考えているということで、いいのね?」

「…………………………その可能性は、高かっただろうな」

 

 それを聞くと、ダージリンはグイッとボイスレコーダーを一層前に突き出して言った。

 

「感謝の言葉をいただいてよろしいかしら?」

 

 さすがに葛藤があったようだ。

 勝って驕るのとは無縁だが、勝者のプライドとはちゃんと持っているのが、まほだ。

 チラッとダージリンが持っている書類に目をやって、それからダージリンと見つめ合って、その表情がいつまでも変わらないのを確認すると、私に視線を向けてきた。

 

 私も勝ったのに頭を下げさせられるのには腹が立たないでもない。

 上手く躱すように伝えようか。

 そう思いもしたが、やめた。

 書類はどうしても手に入れなければいけないし、まほが口でダージリンに勝てるとも思えない。

 

 うなずいてやった。

 それから少し間があって、まほは言った。

 

「……参った。聖グロリアーナが黒森峰を倒すことに集中していたら、私は負けていただろう。自校の都合を顧みず、大洗女子を助けようとするその姿勢には感服した。聖グロに、とくにダージリンとアッサムには本当に感謝している。もう一度言うが、私の負けだ。本当にありがとう」

 

 まほが頭を下げたあと、ダージリンはボイスレコーダーの電源を切り

 

「ええ、どういたしまして。アッサムはじめとして、うちの生徒たちにはこの言葉をよく聞かせておくわ」

 

 こう言って書類をまほに差し出した。

 このときのダージリンの顔は、たぶん生涯忘れないだろう。

 花の咲くような、綺麗な笑顔だった。

 

 

 

 試合の時間が近くなって、そろそろ作戦会議に移動しなければという時間になったとき、まほが言った。

 

「そう言えば安斎が来ないな」

 

 実をいうと、私も気になっていた。

 サンダース、プラウダ、知波単、聖グロと聖グロが持ってきた書類に署名してくれた学校の他に、戦車道をやっている高校はアンツィオとヨーグルト学園くらいだ。

 ヨーグルトは島田流の影響が強いから西住みほを助けるようなことはしないというのはわかる。

 

 だが、アンツィオは絶対に来てくれるものと思っていた。

 隊長の安斎は、中学時代には中部地方で名を馳せた名選手だった。

 そのときから顔見知りで信用できる性格なのも知っていたからだ。

 大洗の件を電話で伝えたときも

 

『なにぃ!? 大洗が廃校!? そのために署名を集めろ? わかった! アンツィオの生徒だけじゃなく、うちに見学にくる人たちからも集めてみるからな! 待ってろ!』

 

 と言ってくれていた。

 言ってしまえば、他の学校が来てくれなくとも、アンツィオは来てくれるとさえ思っていた。

 

「アンツィオは財政難でこの大会まで試合にも出れなかったくらいだ。忙しくて署名を集められなかったってことじゃないか」

「まあ、そうかもしれないが」

 

 しかし、移動する途中でアンツィオ高校とも会った。

 といっても、一方的に私たちが顔を見ただけだから会ったというのは違うかもしれないが。

 

「……よく寝てるな」

「……そうだな」

 

 ノリと勢いとパスタのアンツィオ高校と言えば戦車道外でも有名だが、隊長の安斎まで一緒になって眠っている。

 中学のときはしっかりした奴だったのだが、アンツィオに染まってしまったのだろうか。

 まあ、でも安心した。

 

「こんなにぐっすり寝てるってことは、ちゃんと約束は守ってくれたんだな」

「そうみたいだな」

「どうする? 起こしてやるか?」

 

 私が聞くと、まほはちょっと考えて

 

「いや、寝かせおいてやろう。試合が始まるころには起きてくるだろう」

 

 たしかにここまで気持ちよさそうに寝ていると起こすのも可哀想だ。

 私たちは安斎たちとも別れて移動を再開した。

 

 まあ、何にせよ。

 20校ほどの学校が大洗の廃校に反対だという言質を取れたことになる。

 これなら絶対に止められるという確信はないまでも、文科省の大洗廃校に対して十分な抗議ができる。

 私たちが勝っても、大洗が廃校にならないかもしれない。

 “かもしれない”だけだが、それでも十分なようだった。

 

「でも、ケイや安斎、知波単は性格からそうだろうとは思うし、ミカは気まぐれだろうけど、なんでカチューシャやダージリンは協力してくれたんだろうな?」

 

 私のつぶやきに、まほが答えた。

 最近見ることがなくなっていた、あの頼もしい西住隊長の表情で。

 

「無様な試合はするなということだろう。なかなか手厳しい激励だが、もっともな意見だ」

 

 

 

 

 そんな話をしながら、まほと一緒に黒森峰が拠点としている大型テントに戻ると、なんとなく騒がしくなっているのに気付いた。

 中に入ってみると、黒森峰の隊員たちが作戦会議に使う机を遠巻きにして、中心にあるらしい何かを見つめていた。

 

「アカネ、どうしたんだ?」

「あ、隊長、レンさん。あの人です」

 

 ちょうど近くにいたので聞いてみると、アカネは小声でそう言って、みんなの視線の中心を指さした。

 

 見ると、大洗の制服を着た女が座っている。

 カチューシャほどではないが、中学生くらいには見えるほど小柄だ。

 しかし、その体に似合わず度胸は据わっているらしい。

 黒森峰隊員たちの複雑な視線もどこ吹く風で、ツインテールにした髪をゆっくりと揺らしながら茶をすすっていた。

 

「角谷さん、だな」

 

 まほが呼びかけると、角谷杏は首を動かしてまほを見て、二ッと人懐こそうな笑顔を浮かべ、長年の友人にでもするように「やぁ」と気安く片手をあげて

 

「西住ちゃんのお姉ちゃんだね。改めまして私は角谷杏。大洗の生徒会長だよ、よろしくねー」

 

 と軽い調子で言って、またニッと笑った。

 それから立ち上がってまほの手を握る。

 こういう相手の懐に飛び込んでしまうようなタイプは、私たちの周りにはいないタイプだ。

 

 こういう人間の下でなら、みほは力を発揮できそうだと思った。

 まほの表情に一瞬だけ影が浮かんだ。

 それを柔らかい笑みで打ち消すのも横目に見えた。

 

「いい試合にしよう」

 

 まほはそう言って、手を差し出した。

 

 

 

 角谷杏が帰り、試合前の最終ミーティングが終わったころには、もう試合の時間になっていた。

 

「両校隊長、副隊長、整列!」

 

 審判団の指示で、まほとエリカが黒森峰の隊列から踏み出した。

 大洗の列からも、よく見知った顔が出てくる。

 黒森峰に対する負い目があるからか、どこかオドオドとしていた。

 試合の映像を見て、ずいぶん変わったようだと思っていたが、戦車に乗っていないと頼りないのは変わっていないようだ。

 

「……」

 

 相対して、まほが何か言ったようだった。

 その瞬間、みほの表情が引き締まる。

 励ましの言葉でもかけたのかもしれない。

 

 戻ってくると、私たちに言った。

 

「ついに決勝だ、大洗の廃校のことで悩んでいる者もいるだろう。キミたちには辛い思いをさせたと思う。だが、今日、各校の隊長からこのことについて断固抗議するという声明をもらうことができた。私もみほが傷つかないように動くつもりだ。だから今は目の前の試合に集中してほしい」

 

「全員、搭乗せよ」

 

 その一言で黒森峰の列が解体されて、一斉に各自の戦車に向かって駆け出す。

 私もティーガーⅠに乗り込んだ。

 すこしして入ってきた、まほが聞いてきた。

 

「みんな迷惑をかけた。こんな隊長ですまないが、黒森峰の伝統と西住流の名にかけて、この試合は負けるわけにはいかない……協力してくれるか?」

 

 それにメイとユリとアカネが、それぞれ答えた。

 

「勝ちましょう!」

「当たり前です」

「当然」

 

 私も答える。

 

「当たり前だ、勝つぞ!」

 

 


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