同級生 西住まほ   作:ノッシーゾ

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Side 砲手1

 

 みほが転校してしまってから、まほは様子がおかしかった。

 どこが、というとはっきり説明できない。

 まほは表情を変えなかったし、仕事を黙々とこなすのも変わらなかった。

 ときおり上の空になっている、というありがちな症状も見受けられなかった。

 強いて言えば、指示に一々違和感を覚えた。

 

『私が予想していたまほの指示』と『まほが実際に出す指示』

 

 この二つが食い違う。

 いつものように

 

『この指示に従っていたら勝てる』

 

 という確信も持てなかった。

 弱小チームが相手ならいいとしても、聖グロやプラウダが相手だったら見破られてしまうのではないかと感じてしまうのだ。

 もちろん、まほのことだから意味のない指示を出したわけではないらしい。

 意図を聞けば納得できる答えが返ってきた。

 だから、これも私の思い過ごしかもしれない。

 

 他の隊員は何も違和感を感じていない様子だったこと。

 ある日を境に全くいつも通りに戻ったこと。

 これらも考え合わせると私が大げさだっただけなのかもと思えた。

 けれど、それまでのまほを見ていて私は

 

「責任を感じるあまりに変な気を起こしているんじゃないか」

 

 と思わずにいられなかったのは確かだ。

 

 

 

 

「砲塔旋回! ここで決めるぞ!」

 

 まほの号令で、遠くに飛んで行っていた思考が戻ってくる。

 敵のティーガーⅡが猛スピードで照準器の視界を横切ったのが見えた。

 それに合わせて砲塔を旋回させる。

 小学校のときから血を吐くほどやってきた動作だ。

 すぐにティーガーⅡを照準の中心に捉えた。

 

「レン!」

 

 まほが私の名を呼ぶ。

 肩に乗せられた手が

 

『撃て!』

 

 と言う。

 撃発レバーを引く。

 爆発音が車内に響いて、車体が揺れる。

 揺れが収まると、ティーガーⅡが動きを止め、煙をあげているのが見える。

 

 敵チームの主将であるエリカがキューポラから体を乗り出し、悔しそうに拳で車体を叩いた。

 

 勝った。

 まほを振り返る。

 目が合う。

 うなずく。

 まほもうなずいて、首元の無線機に手を当てた。

 

「ティーガーⅡの撃破を確認。よって副隊長チームの全車両の撃破が確認された。以上をもって今日の紅白戦および練習は終了とする。ご苦労だった」

 

 私はホッと息を吐いて、隣で同じように息を吐いていた装填手とハイタッチを交わす。

 彼女はアカネ。

 一年生の優秀な隊員で、本来であればパンターの車長枠でレギュラー争いに加わるくらいの生徒なのだが、まほの

 

「黒森峰が常勝であるためには下級生の、特に車長の教育が必須だ。そこで優秀な下級生を装填手として隊長車に乗せ、直に技術を学ばせたい」

 

 という方針のもと、隊長車の装填手になったのが彼女だ。

 下級生の中では、すでに上級生に混じって車長を務めている副隊長のエリカ、赤星に次ぐ三番手ということになるだろうか。

 

「やったな」

「レン先輩も、お見事でした」

「お前も装填のスピード、タイミング、どっちもバッチリだった」

「えへへ、ありがとうございます」

「でも、満足するなよ。お前の役目は装填するだけじゃない。むしろ、まほや私たちのことをよく見て、次の世代で車長になるのが目標だっていうのを忘れるなよ」

「はい!」

 

 次に通信手のユリに視線をむけた。

 彼女は青森県の出身で、しかも高校から戦車道をはじめたという黒森峰では異例の存在だ。

 ただセンスは抜群だし、努力も怠らない性格。

 その頭脳の明晰さと社交性でレギュラー通信手としての地位を確立すると、ついに隊長車の通信手に収まってしまった。

 

「ユリはやることなかっただろ」

「……」

「どうした?」

「……」

 

 反応がない。

 腕を組み、何か思い詰めた表情で目の前を凝視していた。

 何を言っても無駄なようだから、まほに視線を向ける。

 ちょうど話が終わったようだった。

 私はペンをマイクに見立てて握り、まほに向かって差し出した。

 

「西住まほ選手、五対一での紅白戦は今回も完勝でしたね。どうですか、今回の感想は?」

 

 私のふざけの入ったインタビューに、まほは生真面目な顔で頷いた。

 

「私の車両に関しては問題ない。アカネについてもお前が言ってくれた通りだ。心配なのはエリカだな。いつもの精彩を欠いている」

「みほのこと相当意識してたからなぁ……まあ、エリカならそのうち立て直すだろ。ガッツあるし」

「そうだといいんだが……副隊長をやってもらうにしても、少し時間を置くべきだった。」

 

 まほが暗い顔で言った。

 私は話を変えることにした。

 

「私はエリカより、お前の方が心配だったんだが、もう大丈夫なのか? みほが転校するって言いはじめてから三日前まで酷い顔してたぞ。私なんかは『責任感じて自殺でもするんじゃないか』って思ってたくらいだ」

「そんなにひどい顔だったか?」

「ああ酷かった。目の隈なんて、こんな色だった」

 

 私は自分のパンツァージャケットをつまんで見せた。

 すると、まほが自分の目の下を擦りはじめたので、笑ってしまう。

 

「安心しろ、もうないよ」

「む、そうか」

 

 どうやら本当に大丈夫なようだ。

 

「まあ、心配なら今夜にでもエリカと二人でメシでも行ってみたらどうだ? エリカなら喜んで来ると思うぞ」

「……話しにくい隊長が誘ってきたと思われないだろうか?」

「思われないよ、間違いない」

「わかった、お前が言うならそうしてみよう」

「ほいよ、お疲れさん」

「ああ、お疲れ」

 

 まほはそう言って降りていった。

 これで戦車の中にいるのは私と、装填手のアカネ、通信手のユリと、操縦手のメイの四人になった。

 私は他の三人に向かって言った。

 

「今日は予定通り、私の家でいいか?」

「……」

 

 三人が頷くのが見えた。

 

「じゃあ、決まりだな」

 

 

 

 

 こうして隊長車の四人が集まるのは、私たちが同じ戦車に乗るようになってからの定例になっていた。

 誰かの家に集まって反省会をするのだ。

 誰が言い出したのでもなく、自然にそうなったのだ。

 まほの足手纏いにならないため。

 四人とも口に出さなかったが、それが共通していたから、そうなったのだろうと私は思っている。

 

 でも、今日は話の進みが悪かった。

 原因はいつも話の進行役になるユリが何やら憮然としていたからだ。

 

「今日は元気がないな」

 

 そう言ってやると、ユリはお化けのような青白い顔を向けてきて

 

「……泥棒猫です」

 

 と言った。

 何のことかわからなかったのは私だけではなかったようで、場が白けた。

 仕方なく何のことだと聞いてやると、彼女は机に突っ伏して叫ぶように言った。

 

「まほさんが! 私のまほさんが! 泥棒猫に盗られてしまったんです!」

 

 叫ぶように言うなり、ユリは「ウワァァ!」と声をあげて泣き出した。

 

「どうしたんですか!」

 

 と驚いたアカネがなだめても、私が「どうどうどう」と背中をさすってみても、どうにもならない。

 仕方なく、私はメイに視線を向けた。

 ユリとメイとまほ。

 この三人はクラスが同じなのだ。

 その彼女がわからないとしたら、もう本当にどうしようもない。

 しかし幸い、メイは心当たりがあったようで

 

「最近、まほと茅野ユウの仲がいい」

 

 と、最近ちょっとした話題になった人物の名前を出した。

 

「まほと喧嘩して勝ったっていう茅野ユウか?」

 

 確認のために言ってみると、メイが頷いたので私は慌てて続けた。

 

「まてまて、それは誤解だったって話だろ。まほもそう言ってたし、第一まほが喧嘩なんかするわけ……」

 

 そこまで言って、私はある可能性にたどりつく。

 この噂が聞こえてきたのは、まほが立ち直った――ように私には見えた――日の翌日か、その翌々日くらいだった。

 聞いたときは、そんなことがあるわけがないと気にも留めなかった。

 けどタイミングを考えれば、むしろ喧嘩があって、それを切欠にしてふっ切れたと考えた方が自然なのではないか。

 あの時は、まほの溜めていたストレスが凄まじかったのは周知の事実だ。

 喧嘩をしないなんて思い込みに過ぎないと言われれば、そうとも言えた。

 実際にしてしまったのだとしても、まほの立場を考れば教師が隠そうとするだろう。

 まほも自分の身一つで済む不祥事なら隠すようなことはしないだろうが、学校全体に迷惑のかかりそうな大問題となれば話は別だろう。

 私の考えが暴走気味になったところで、ユリが言った。

 

「少なくとも、あの夜に何かがあったのは、間違いありません」

 

 それに黙っていたアカネが反応する。

 

「根拠があるんですか?」

「教室がメチャクチャになってたのは私がこの目で見てます。それにまほと茅野ユウの言い訳も、到底信じられるものではありません」

 

 まほと茅野ユウの言い訳というのは、互いを不審者だと思って取っ組み合ったというやつだろう。

 たしかに考えてみれば嘘くさいことこの上ない。

 話に聞く教室の惨状が事実だったとしたら、まほが足を打ち付けただけで茅野ユウは怪我もしていないというのは無理があった。

 

「そうです!」

 

 いきなりユリが顔をあげて言った。

 

「夜の校舎に二人きり、これで何も起きないはずがありません! きっとあの夜、まほは茅野ユウに甘い言葉で誘われて、間違いを犯してしまったに違いないんです!」

 

 私はチラッとユリに視線を向け

 

「ああ、最近はちょっとの休み時間にもわざわざ茅野ユウの席まで行って話をしたり、食堂にも茅野ユウを誘って……それをいいことにあの女狐ときたら、まほの食事にまで口を出しはじめたんですよ! 信じられますか!」

「うるさい、黙れ」

 

 ユリを遮った。

 話が脱線したが、この集まりの目的は訓練中の反省をして、技術を向上させることにある。

 気にならないと言ったら嘘になるし、今まで話に参加してしまっていた私が言うのもなんだが、まほは『あの夜』以降、いい方向に行っているようだ。

 なら、私たちが口を出すことではない。

 私は言った。

 

「結局、まほと茅野ユウが何も言わないなら、私たちに確かなことはわからないんだ。茅野ユウと仲良くなっただけで元気がなくなったわけでもないんだろ? だったら私たちができるのは、反省会をちゃんとやって、まほの負担を軽くすることだ。違うか?」

 

 三人は納得してくれたようだった。

 それぞれ頷いて反省会を再開することになった。

 でも

 

(本当に、何があったんだろうな?)

 

 その疑問は解決されないまま、私たちの胸に残ることになった。

 

 

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