照準から久しぶりに生のみほの顔を見たとき、いろいろな感情が胸の奥から湧き上がってきたのを感じた。
いい表情が出来るようになったんだな。
――なんで戦車道から逃げたはずのお前が私たちの前に立ってるんだ。
心配してたけど、安心したよ。
――お前のせいで、まほがどれだけ苦しんだか、わかってるのか。
いい感情が半分、悪い感情が半分。
正反対の感情は私をかき乱した。
指先のコンマ数ミリの動きが勝敗を決する砲手にとって、決していい状態ではない。
でも、どうにもならなかった。
この気持ちを全部、直接言ってやらなければ、どんなことがあっても平常心にはなれないような気さえした。
不意に、まほが私の肩に手を置いた。
それだけだったが、私の中で渦を巻いていた感情は嘘のように静まった。
(まったく、シスコンめ)
手を置かれた肩をぐるりと回すようにして振り払う。
はたから見ると邪険に扱ったように見えただろうが、これで伝わったはずだ。
その証拠に、すぐに指示が来た。
「パンツァーフォー!」
メイが戦車を動かす。
私もアカネと頷きを交わして、みほのⅣ号に向けて砲塔を旋回させた。
「撃て!」
引き金を引く。
Ⅳ号は弾の動きを知っていたように綺麗に避けると、逆に打ち返してきた。
メイがティーガーを超進地旋回させて避ける。
Ⅳ号は廃校舎の入り組んだところに入って行った。
正面から戦えば不利だと判断したのだろう。
いい判断だ。
「追う」
「頼む」
角を曲がると、Ⅳ号は次の角を曲がるところだった。
照準が間に合わない。
さらに追うが、次の角でも同じようにⅣ号は背中をチラリと見せただけで視界から消えた。
「地図によると、この次の角は待ち伏せに最適です」
「そうか」
ユリの言葉を受けて、まほが一瞬考え込んだ。
「じゃあ、レン、頼めるか?」
「はいよ。アカネ、榴弾だ」
「はい!」
装填が終わったのを待って、撃つ。
校舎を、だ。
狙い通りに校舎の一部が崩れ、大量の砂礫がバラバラと落ちて来た。
土煙もたって、視界はかなり悪くなった。
この中なら狙い撃ちは不可能に近い。
が、通るだけなら通れないことはない。
「メイ!」
「……」
視界が悪い中、フルスロットルで角を曲がる。
しかし、砂礫を突っ切って抜けると、またしてもⅣ号が次の角を曲がっている後姿を見ることになった。
「……読まれてるな」
「さすがは私の妹だな」
「嬉しそうに言ってんじぇねぇぞ」
本当に笑いごとじゃない。
今までも『動きを読まれている』という感覚は何度も持ったが、ここまで心の裏側まで見透かされているような感覚は初めてだった。
(もしかしたら今度こそ……)
頭の中に浮かんできた考えを打ち消す。
私たちは勝つのだ。
勝って、まほを二十連覇の初代隊長にする。
できなければ、まほがまた世間からバッシングを食らうことになる。
それは絶対に避けなければならない。
また角を曲がる。
今度はⅣ号の車体が半分ほどしか隠れていなかった。
「レン!」
砲塔を回し、引き金を引く。
惜しくも掠っただけに終わった。
「くそっ」
そう呟いた瞬間、Ⅳ号が再び姿を見せて砲撃してきた。
メイが再びそれをかわした。
「油断も隙もねぇな」
「私の妹だからな」
「うるせぇ」
「でも、もう広場に出ます。次からは隠れられる場所はありません」
「そこで決着になりそうですね」
ユリの言葉通りに広場に出た。
Ⅳ号と広場中央にある邪魔な柱越しに向かい合う。
さんざん粘ってくれたが、さすがのみほもこうなったら正面きって戦うしかないはずだ。
そして一騎打ちにおける、みほの必殺技も私たちは知っている。
ドリフト走行で敵戦車の後方に回り込んでからのゼロ距離砲撃。
必ずこれで来る。
まほが私の肩に手を置いた。
一つ息を吐いて、照準に目をつける。
Ⅳ号が動き出す。
予想通り、右手側に大きく回りこむ動きだ。
ここからドリフトして私たちの後方に回り込むつもりだ。
メイが進地旋回で車体を回していく。
同時に私も砲塔を回していく。
(ここだ!)
そう思った瞬間、Ⅳ号からの砲撃があった。
衝撃で照準がズレた。
「撃て!」
引き金を引くが装甲に阻まれる。
Ⅳ号がドリフト走行を始める。
砲塔の旋回を再開する。
そして、ついに。
照準がⅣ号の姿を捕えた。
(ここだ!)
まほからの指示を待つ。
その一瞬の時間は間延びして、まるで一時間も経ったように感じられた。
しかし、いつまでも「撃て!」の言葉は来なかった。
代わりに、肩に置かれた手が『撃たないでくれ!』と言っていた。
(……ああ、そうか)
そのとき、なんというか、諦めがついた。
結局、まほは黒森峰の隊長とか、西住流戦車道の後継者とかいう以前に、妹思いのお姉ちゃんなのだ。
Ⅳ号が照準器の視界を横切っていった。
手が勝手に砲塔を回す。
Ⅳ号が私たちの側面を通ったのが音でわかる。
履帯が切れているのか、ガラガラガタガタと転輪が地面のコンクリートに当たっている音がするのだ。
照準が再び捕えたときには、Ⅳ号は装甲の薄い背面につけていた。
やっとまほが「撃て!」と言った。
でも、その手は相変わらず『撃つな』と言っている。
私の指は動かない。
(まったくシスコンめ……)
砲撃音がした。
数瞬の間があってから、頭の上で間抜けな音がした。
大洗の勝ちで、私たちの負けだ。
「済まない、みんな」
まほが無線で謝った。
とりあえず一発くれてやった。
別に怒っているわけじゃないが、けじめとして一発必要だった。
「レ、レンさん!?」
アカネが驚いたような声をあげ、ユリも信じられない物を見るような目で見ていた。
「で、どうするんだ? これから世間からはバッシングの嵐、西住流の中からだって文句が来るだろ。黒森峰のOB会もそうだ」
「もちろん謝りに行く。行くが……」
「行くが、何だ?」
「ちょっと勇気がいるな」
「ハッ」
思わず笑ってしまう。
「じゃあ、一緒に謝りに行ってやるよ」
「……すまない、頼めるか?」
仕方がない奴だ。