同級生 西住まほ   作:ノッシーゾ

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Side 砲手2

 

「緊急事態です!」

 

 冬休みに入る前、ユリがメイを連れて私の教室に入ってきたのが始まりだった。

 話を聞いてみると

 

『まほが茅野ユウと冬休みに遊びに行くという約束をした。茅野ユウが何をするかわからないから私たちも追いて行こう』

 

 ユリの話はそう言うことだった。

 もちろん反対した。

 たしかにまほが誰かと一緒に遊びに行くなんて言い出したのは初めてのことだったが、まほだって高校生だ。

 遊びに行くことだってあるだろう。

 そう言おうとした。

 けど、心のどこかで

 

(まほと茅野ユウは、どうして急に仲が良くなったのか)

 

 という抑えてきた疑問が膨れ上がるのは、どうしようもなかった。

 そこにユリが

 

「行ってくれないなら私だけで行きます。一緒の戦車に乗る仲間を見捨てるんですか!」

 

 なんて言い出して、メイまで同調しだしたものだから、それ以上は反対できなかった。

 そんなこんなで私とメイはユリに連れられて、十二月末の体が震えるような寒空の下、防寒具を完全装備してまほと茅野ユウをストーキングしているのだった。

 私たちの視線の先では、まほと茅野ユウが大型のスーパーに入っていった。

 地元では、何でも売っていると評判の店だ。

 友達とスーパーというと変な感じがするが、中にはファミレスとかも入っている。

 適当に時間を潰すにはもってこいの場所だ。

 

「どうする? 私たちも中に入るか?」

「いえ、それでは気づかれてしまいます。私たちも何か食べながら外で待っていることにしましょう」

 

 ユリの指示に従って、駐車場のベンチに三人で腰を下ろした。

 ちょうどテーブルに座っているまほの横顔が見えた。

 のぞき見しているという罪悪感が刺激される。

 それから逃れるため、黙っているメイに話しかけた。

 

「なあ、前にこうやって、みほの後ろをつけたの覚えてるか?」

「……みほの初めてのおつかい?」

「そうそう」

 

 話し始めると、私の頭は小学生のころの記憶を思い出すのに精一杯になる。

 当初の目的通りに罪悪感は薄れてきた。

 

「なんですか、それ?」

「昔のことだよ、お前は知らないだろうけど」

 

 小学四年生のころだったはずだ。

 あのときも冬だった。

 まほから突然電話がかかってきて

 

「みほがおつかいに行くみたいだから、その様子を見守って欲しい」

 

 と、私とメイが駆り出されたのだ。

 みほがおつかいに行く時間はわからないということだったので、私たちは朝早くから西住邸の前で張り込むことになった。

 

「いま思うと師範は、わざと県大会の授賞式でまほがいない日にしたんだろうな。絶対みほに付いて行くから」

「……私もそう思う」

 

 当日、雪も降っていた。

 地面には霜が降り、道路のいたるところが凍結して滑りやすくなっていた。

 そんな寒空の下、私とメイは二人で雪だるまのように防寒着を着込み

 

「まほは人使いが荒い」

「お土産を買ってこなかったら同じ目にあわせてやる」

 

 なんて愚痴を言いあいながら、みほが出てくるのを待っていたのだ。

 

「あのときから、まほはシスコンだった」

「そうだよな、『みほが転んだけど、大丈夫そう』ってメール送ったら、すぐ電話かけてきて『ほんとに大丈夫なのか、血は出てないのか』って言うから『お前は表彰式に集中してろ』って怒鳴ってやったんだ」

 

 みほが出てきたのは結局、昼過ぎだった。

 私たちは寒さに耐え、おまけに空腹にも耐えながら尾行をはじめたわけだ。

 

 でも、本当に大変なのはそれからだった。

 みほが寄り道はするし、道路の真ん中で転ぶし、声をかけてきた変なおっさんについて行こうとするし、三十分おきに

 

「みほは大丈夫か?」

 

 という電話がかかってくるしで、私たちは大忙しだった。

 おつかいが終わって帰ってきたときには日が沈みかけていた。

 私たちは倒れそうになりながら、みほが西住邸に入っていくのを見届けたのだった。

 

「前から聞いてましたけど、ホントにベッタリだったんですね。私が見てる中だと、そんな印象ないですけど」

「たしか小学校六年くらいのときか。恥ずかしいからって言われてやめたんだよ」

「辛そうだった」

 

 この時も電話だった。

 世界の終わりを目の当たりにしているような声で「みほに嫌われたかもしれない」と言ってきたのは、五年以上も前なのに鮮明に覚えていた。

 

「あ、出てきました」

 

 ユリの言葉で、過去に向いていた頭が帰ってくる。

 見ると、まほと茅野ユウが店から出てくるところだった。

 二人とも入った時にはもっていなかった手提げ袋をぶら下げていた。

 

「まほなら似合うよ!」

 

 そんな言葉が茅野ユウの口から聞こえたところから考えると、まほがめずらしく服を買ったらしかった。

 

「ぷ、プレゼント……? しかも服ぅ!?」

 

 ユリが目を見開きながらそう言ったのを無視して、私たちは二人のあとを追って移動した。

 次に二人が入って行ったのは戦車道の専門店だった。

 熊本県では最も大きくて、県下の戦車女子なら誰でも一度は使ったことがあるという店だ。

 当然、私も使ったことがあるから内装もよく知っている。

 出入口が四方と上の階にもあるから、さっきのように外で待ち構えていると二人を見失う可能性があった。

 ユリに聞いた。

 

「どうするんだ?」

 

 このときにはユリも正気に戻っていた。

 

「入るしかなさそうですね。ここは見つかってしまったら白を切って偶然ということにしましょう」

「まあ、そうなるわな」

 

 といっても見つかりたくはないので近くの店で見繕ってきた帽子とマスクで変装して、店に入る。

 店内を歩くと、すぐに二人の姿を見つけるとができた。

 私たちは戸棚の陰に隠れた。

 そこはまほと茅野ユウとの会話がよく聞こえた。

 

「整備用の油、砲弾、戦車の模型……へえ、いろいろ売ってるんだね」

「戦車道に必要なものは全部あるという評判だからな」

「でも、必要な物は全部もってるんでしょ? 何か買うの?」

「戦車道関連の情報誌だ。戦車道は比較的マイナーな競技だが、コアなファンが多い。だからこういう雑誌には質の高い情報が載っているんだ」

「ふーん? やっぱり情報収集してから戦いに臨むってわけなんだね」

「そうだ。『敵を知り、己を知るは百戦危うからず』とは、古代中国の言葉だが、現代の戦車道にも当てはまる」

 

 チラッと顔を出してみると、まほは言葉通りに戦車道の情報誌に視線を落としている。

 その肩越しに茅野ユウがのぞいていた。

 近い、離れろ、泥棒猫が。

 すぐ横でユリが苛ただしげに言った。

 それは無視して、まほと茅野ユウの会話に集中する。

 

「え、なに、戦車にティーポット常備って、どういうこと?」

「聖グロはイギリスの影響が強いからな。まあ、イギリス人が戦車で戦っているときも紅茶を飲んでいるかというと……私も首をかしげるが」

「ああ、そういう変わった高校なんだね。次の記事は……え!? 『新隊長カチューシャが大粛清を断行! 七選手をシベリア送りへ!』って、どういうこと!? 学生なのに!?」

「いや……プラウダの記事は字面だけ見ると驚くかもしれないが、隠語のようなものだ。要するに学園艦の底部で作業や補習をさせられる、ということらしい」

「あ、そうなんだ、よかった……って『継続高戦車窃盗容疑、ついに裁判に発展か!?』ってなに!? これも隠語!?」

 

 意外と距離が近いんだな、と、まず思った。

 大抵の人間は、まほと距離を置いてしまう。

 別に、まほが人を遠ざけているというわけではない。

 けど、普通の人間は尊敬してしまって友達になるという発想すら湧かなくなるようなのだ。

 まほの方も積極的に友達を作ろうというタイプではないから、大抵は最初の関係で固定されることになる。

 

 そこへいくと、茅野ユウは珍しかった。

 まほと茅野ユウがクラスメイトになったのは、今年の四月だ。

 急に仲が良くなりだしたのは夏の大会後の八月。

 やはり、あの夜、何か事件があったのではないか。

 数カ月前からの疑問が、また大きくなってきた。

 それも、かなり深刻な事件でないと、ここまで親しくなることはできないのではないかと思えた。

 

「あっ、移動するみたいです」

 

 まほたちを追って、私たちも移動する。

 次はファミリーレストランだった。

 窓際に座ってくれたので、外からでも様子が十分にわかった。

 

「これなら中に入る必要はないな」

「そうですね。ちょうどいい時間ですし、お昼にしましょうか。私は監視に集中するので、お二人が先に食べてください。あとで交代しましょう」

 

 ファミレスを監視できる位置に都合よくあったベンチに座り、ユリが作ってきたという弁当を広げる。

 なかなか美味そうな弁当だ。

 メイは真っ先に箸をつけて勢いよく飲みこんだ。

 私も箸をつける。

 思った通り、なかなか美味い。

 メイと話しながら食べていると、弁当はすぐになくなった。

 私はユリに声をかけようとした。

 

「ユリ、終わっ……」

「アアアアああああああああ!!」

 

 そのユリが断末魔のような叫び声をあげはじめたのを見て、私は咄嗟にまほの姿を探した。

 すぐに見つかった。

 たぶん、他の誰が見ても何とも思わないだろう自然さで、スプーンでカレーをすくっているところだった。

 

 でも私の場合は違った。

 そのまほの表情が視界に入った瞬間、私の記憶の中の、ある特定の瞬間の映像が繰り返しフラッシュバックされだした。

 

 それは小学校の低学年のころ。

 私も戦車に乗りはじめたばかりで、砲の撃ち方さえわからなかったころ。

 まほとメイと私の三人で豆戦車に乗り、何もわからないなりに戦車に乗ることを楽しんでいたころ。

 そのくらいのときに、まほが浮かべていた笑顔の映像。

 

 まるであの時のような笑顔を茅野ユウに向けて浮かべていた。

 戦車道界のヒーロー西住まほの浮かべる愛想笑いではない。

 いつの間にか見なくなっていた、年相応の笑顔。

 あまり感情を表に出さないまほの信頼をあらわす笑顔。

 

 手の中にあった箸がポトリと落ちた。

 

 いつからまほの笑顔を見なくなっていた?

 最近、ではない。

 高等部に入るよりも前、中等部でもない。

 それこそ小学生の時だ。

 それも卒業するときには、もう見なくなっていたのではないか。

 じゃあ、なぜか。

 なぜ、笑顔を見せてくれなくなったのか。

 なぜ、私に向けてくれなくなった笑顔を、茅野ユウに向けているのか。

 答えとして一つの考えが浮かんだ。

 私は立ち上がった。

 

「帰る」

 

 もうこの場にいるのも辛くて、それだけ言って帰った。

 

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