一度、戦車に乗り、試合がはじまれば砲手の仕事は少ない。
砲塔を旋回させる。
引き金を引く。
車長の指示に従う。
それだけだ。
ただし、もっと上手くなることも仕事だと考えるようになると、試合の外での仕事が増えてくる。
反復練習を重ねて、砲の癖、射撃の感覚を体に覚え込ませることも仕事だ。
主要な戦車の構造、有名有力な選手の個性を調べて頭に叩き込んでおくことも仕事だ。
例えば今のように。
敵の戦車がソ連製重戦車IS-2。
車長がプラウダ高校のエース、ブリザードのノンナといった場合。
(IS-2の最大速度は37㎞と重戦車としてはまあまあ)
(装甲は前面が120㎜、側面90㎜、後面60㎜と防御が固い)
(ただ前面装甲のうち下部は60㎜まで薄くなってるから狙い目になる)
(砲は43口径122㎜と文句なしの大火力)
(私たちが乗っているティーガーⅠの前面装甲でも抜ける)
(しかも相手は高校戦車道界で一、二を争う砲手)
(撃つ間を与えたら、こっちが撃破される)
と、これくらいのことがパッと思い浮かんで、かつ揺れる車内で素早く砲塔を旋回させ、瞬時に砲の癖も考慮して狙いを定める。
ということができないのでは西住まほの砲手は務まらない。
「レン!」
まほが私の名前を呼ぶ。
肩に置かれた手が『撃て』と言う。
引き金を引く。
轟音がして、車体が大きく揺れる。
揺れが収まると、IS-2が煙をあげながら白旗をあげているのが見える。
チラッとまほの顔を見る。
目が合う。
その瞬間、私は何か堪らないような気分になって視線を逸らした。
「……エリカ、IS-2は撃破した。あとは作戦通りに頼む」
少し間があったあと、後ろからそういう声が聞こえた。
操縦席からメイとユリが私を見ている。
それに苦笑いで応えて、一つ息を吐いた。
『隊長、プラウダのフラッグ車を撃破しました。試合終了です』
しばらくしてエリカから練習試合の勝利を告げる報告がくる。
横で笑顔を浮かべているあかねとハイタッチを交わして戦車を降りた。
「どうだカチューシャ、お互いせっかく静岡まで来てるんだ。明日の抽選会場にはうちのヘリで一緒に……」
「敵と一緒になんて行くわけないでしょ! いい? 言っておくけど、今日はうちのニーナが絶好の機会で外したから負けただけよ?」
「すいませぇん!」
「あそこで運悪く外れてなかったら今日もプラウダが勝ってたんだからね!」
試合後の礼が終わったあと、まほとプラウダの隊長のカチューシャが話している。
カチューシャは相変わらずだな。
さっき謝ってたのは見覚えがないから一年生か。
なんて考えながら様子を見ていると、プラウダの列から長身の選手がこっちに歩いてきた。
ノンナだ。
「レンさん、お見事でした」
落ち着いた声でノンナが言う。
手をあげて軽く挨拶すると、ノンナは丁寧に頭を下げ返してくる。
「前回大会以来でしたね」
「そうだな……でも、なんで大会の抽選会もはじまろうって時期に練習試合を組んでくれたんだ? そりゃ、うちとしたら前の大会の嫌なイメージを払拭したかったんだけどさ」
「秘密です」
「私とお前の仲なんだから、教えてくれたっていいだろ?」
彼女のことは小学校のときから知っている。
北海道の出身で私たちとは日本の正反対に住んでいるわけだが、全国大会で何度か戦う機会があったのだ。
優秀な選手だけに彼女こそ黒森峰に入学するのではと思っていたのだが、今はこの通り、プラウダにいる。
たぶん黒森峰を倒すのを目標にしてプラウダを選んだのだろう、と勝手に想像していた。
「私と貴女の仲だからです。余計な情報を与えたら、それだけ不利になるのは知っていますから」
「なんだよ情報統制か。つまらないな」
「ええ、我がプラウダ高校では黒森峰に対しては特に厳重な情報統制を敷いています。今はスパイが来ているようなので、それらに対しての統制でもありますが……」
そう言いながらノンナは視線を頭上に向ける。
視線を追っていくと何台かのドローンが空中を浮遊していた。
ノンナがさらに観客席にも視線を向けた。
そちらにはティーポットの絵を高々と掲げた一団が見える。
その中の一人が私たちの視線に気づいたのか、お淑やかにニコリと笑った。
彼女のことも、よく知っている。
聖グロ隊長車の砲手で、隊を離れることのできない隊長に代わって敵校からの情報収集を担当している人物、アッサム。
はじめは変装してバレないように注意していたらしいが、まほの
「他校の偵察が来ても気にすることはない。むしろ見せつけてやればいい」
という隊員に向けていった言葉をどこかで聞いたらしい。
それ以来、こうして堂々と偵察行為に励んでいる姿を見かけるようになった。
盗聴器か何かを仕掛けているのかもしれない。
「それより大丈夫ですか?」
「ん、何がだ?」
唐突な質問に、思わず聞き返してしまう。
体調は悪くないし、心配されるような状態ではない。
でも、それからノンナが続けた言葉には肝が冷えた。
「まほさんと何かあったのでは?」
ジッと、こちらの腹の底まで見通そうとしているような目でノンナは言った。
思わず苦笑いしてしまう。
砲手とは、こういものだ。
長距離射撃をする場合、発射から弾着までコンマ数秒の時間がかかるため、敵の動きを計算に入れて撃たなければならない。
そして動きを予想するには、その車両の動きを観察し、細かい動きから情報を得なければならない。
だから良い砲手は、すべからくこういう観察眼がある。
それだけに私は何も答えられなかった。
「カチューシャは」
黙っているとノンナが言った。
「前回大会のような勝利は望んでいません。今大会こそ、完全な黒森峰に……」
「ちょっとノンナ! なんで敵と仲良さそうに話してるのよ!」
しかし、それを遮られてノンナは声の方に視線を移した。
まほとの話を終えたようだ。
カチューシャが機嫌悪そうにノシノシと足音をさせながらやってきて、ノンナの肩に乗っかった。
「申し訳ありません、カチューシャ」
「まあ、いいわ」
ノンナの肩に乗って偉そうに腕組をしたまま、カチューシャは黒森峰の隊列を見回して言った。
「あなた達は今度こそ言い訳できないほど完璧にやっつけてやるんだから! 覚悟しておきなさい! ノンナ!」
ノンナは憎まれ口を叩いた隊長に「はい」と答えると、その隊長の代わりに深々と頭を下げた。
「あっ! ちょっとノンナ! 何するのよ!」
慌てたカチューシャが思いっきりノンナにしがみつく。
その様子が面白くて、黒森峰に一瞬走りかけた緊張がほぐれた。
瞬間
『ああ、そう言えば』
と、ふと思いついた。
戦車に乗ってからの砲手の仕事と言えるものがもう一つある。
「レン、ちょっといいか?」
カチューシャたちを見送ったあと、まほに呼ばれて向き直った。
まほは私と目を合わせて、一瞬だけ気弱げに視線を外し、それからもう一度、私の目を見て言った。
「私とエリカが抽選会に行っている間、隊のことを任せていいか?」
「急だな。まほとエリカがいない間は休みだと思ってたぞ」
「すまない。言うのが遅れた」
まほが視線を落とす。
「まあ、任せろ。車長に何かあったら、代理になるのが砲手だからな」
その後、まほとエリカを残して学園艦にもどった。
私たちはこのまま熊本に帰り、残ったまほとエリカは明日の抽選会のため、ヘリで東京に移動する。
帰ってくるのは明後日の夕方だ。
だから明日と明後日の練習の指揮するのが隊長代理の仕事ということになる。
「レンさん? 帰らないんですか?」
解散を宣言したあとも残っていたものだから心配になったのだろう。
アカネが心配そうに声をかけてくれた。
それに「ちょっと用があるんだ」と返事をして、私は一人で隊長室に引き返した。
そこに用がある。
「失礼します」
無人の隊長室前で、一年生のころから染みついた挨拶をしてドアを開ける。
飾り気のない、黒森峰らしく几帳面に整理された部屋に足を踏み入れる。
入り口の向かいにある『隊長机』と呼ばれている机の、右下の引き出し。
そこにしまってある、各隊員の情報が書かれたファイルを取り出す。
「……相変わらず、すごいな」
情報量が多い。
隊員の氏名、出身地、生年月日、家族構成、趣味、好きな戦車などの基本的な情報。
加えて、各隊員ごとに戦車道をはじめた理由、人間関係、日ごろの様子、戦車道に対する姿勢、適正ポジションに対する考察。
健康状態の推移や学業成績なんていうものまで書いてある。
例えばアカネのファイルだと
『氏名:○○アカネ』
『出身地:鹿児島県出水市出身』
『生年月日:20××1022』
『家族構成:祖母、父母、兄、姉、弟。祖父との思い出話をよく話している』
『趣味:バードウォッチング、とくにツルが好きなようだ』
『好きな戦車:三号戦車』
『戦車道を始めたきっかけ:小学校のときに西住まほ選手(何度か消しゴムを使った跡がある)の試合を見て憧れた』
『人間関係:誰に対しても分け隔てなく、積極的に接する傾向にある』
『レンには特になついているようで、話をしているのをよく見かける』
『同級生では逸見エリカと仲がいい』
『副隊長の西住みほとも比較的仲がいいようだ……』
『……話を聞いている限り、戦車道外のクラスメイトとも良好な関係を築いているようだ』
『日ごろの様子:非常な勉強家であり、努力も惜しまない』
『ミーティングでも鋭い意見を言う』
『レギュラーポジションを取ることを強いモチベーションにしているようだ』
『そのせいか、練習に熱が入り過ぎて体調を崩しかねないところがある。要注意……』
『……自分の立場と期待されていることをよく理解している』
『先輩には教えを乞い、同級生とは情報を交換し、後輩には自分の技術を教える、という姿勢が感じられる』
『適正ポジション:本人は車長志望だが、他の全てのポジションでも平均以上の能力がある。……』
『……今後によっては副隊長、小隊長も任せられるか』
『健康状態:5月5日すこし痩せたか』
『8月12日ふらついていたように見えたのが気になる』
『8月13日目に隈がある。あまり無理をしないようにと声をかける』
『8月14日回復したのか、声に張りが戻っていた』
『1月4日インフルエンザで練習を休む……』
『学業成績:極めて悪い。学業も疎かにしないよう声をかけるも効果なし。ゲットー行きも已む無しか』
と、アカネの情報だけでもA4用紙十枚くらいに細かい字でびっしりと書いてある。
誰か専門の役職の人物が書いたわけでも、先輩から受け継いだものでもない。
全てまほが手書きで書き加えたものだ。
本当に頭が下がる。
私はそれらに目を通しながら明日のための名簿を作っていく。
まほがいない大会前、最後の機会に私が絶対にやらなくてはならないことがあるのだ。
「あいつ、書き過ぎだろ……もうちょっと楽してくれたら、私も楽できたってのに」
結局、深夜――というより明け方の――四時まで隊長室にいた。
授業が終わると、隊員たちは格納庫の前で、軍隊のような三列横隊をつくって隊長を待つ。
隊長は訓練をはじめる前に、その横隊の前にたって訓示を行う。
副隊長でも隊長に代わって指揮を執るときは同じことをする。
ただの隊長代理だって例外ではない。
私は通例にならって、横隊の前に立った。
みんなの視線が私に集中する。
それらの視線からは、はじめてここに立つ私が何を言いだすのかという興味がにじみ出ていた。いい傾向だ。
緊張で固くなっているのを自覚して、皆に気づかれないように小さく深呼吸して言う。
「傾注!」
これも通例にならった挨拶。
いつもなら、このあと練習の予定を説明して、最後に
『気を引き締めて行こう』
とか
『怪我には気をつけるように』
とか、手短な言葉で締め、練習がはじまる。
けど、今日はあえて趣向を変えた。
「前回大会の直後の月刊戦車道の記事、覚えてるか?」
何を言い出すんだという視線が集まってくる。
計算通りだ。
話をつづけた。
「私とまほが出会ったのは小学一年のときだ」
「たまたま同じ戦車道のチームに入って、偶然、隣に並んでたから同じ戦車に乗せられたっていうのが出会いだった」
戸惑うような感情の揺れが見えはじめる。
私語厳禁と言い渡されている隊員にはめずらしく、隣同士でささやき合っている隊員の姿も見える。
「そのときの教官が凄まじい人でな」
「『戦車なんて、ガーッと動かして、ドンドン撃ってればいいのよ!』」
「って、こちとら何もわかんねーのに戦車に乗せられてさ」
「小学生低学年の部だから大人の教官が操縦手兼指導員として乗ってくれてたとはいえ、いきなり五両参加のデスマッチ戦をはじめさせられたんだ」
ざわめきがさらに大きくなる。
もう私語を隠す様子もなく、ほとんど全員が隣同士、周囲に話し声を飛ばしている。
「砲撃の音はスゲーし、揺れて体打ちつける」
「このとき装填手やってた井手上メイとかいう奴は泣きはじめるしで、もう地獄だった」
「でも、まほってこの時から凄かったんだな」
「一人だけ落ち着いてて、井手上をなだめて、私にも指示出してくれて、指導員にまで指示出しててさ」
「指示に無我夢中で従ってたら、いつのまにか私たちだけ残ってた」
「まあ一応、人生で初めて戦車に乗って、初めて勝ったってことになるんだな」
「でも、このときは嬉しいよりも、戦車が怖くて仕方がなかった」
「もう戦車道なんてやめようと思った」
「けど、戦車から降りて、まほに言われたんだ」
「『高松さん、君のおかげで勝てた』って」
「このときは嬉しかったな。思い出しただけでも顔がニヤける」
言いながら本当にニヤけてしまったのを手で隠して、みんなの反応をうかがう。
さっきより心なしかざわめきが小さくなっている。
私の話に集中し始めている様だった。
若干一名、こちらを睨んでいるが気にしないことにする。
「でも、もっと嬉しかったのは中学に上がる前だな」
「私の実家って貧乏でさ、中学に上がったら戦車道やめるはずだったんだよ」
「特待生とかで学費免除になるならともかく、中学でまで戦車道なんてさせられないって」
「戦車道の特待生枠なんてほとんどないだろ?」
「黒森峰の中等部ならいくつかあったんだけど、残念ながら私は擦りもしてなかった」
「だから小学校のときの最後の大会のとき、戦車の中で、ぼそっと言ったんだ」
「『戦車に乗るのも、これが最後か』って」
「そのときはそれだけで終わったんだけど、大会が終わってから西住師範に呼び出された」
「行くと師範がいて、まほが横で号泣してんだよ」
「何事だと思ったね」
「で、師範に言われた」
「『あなた、戦車道をやめるって本当なの?』って」
「まほが気になってたけど、師範を無視できるわけないから『はい、お金がないので仕方がありません』って答えた」
「そう言うと、師範が言った。『お金が必要でなければ続けるのね』」
「で、私。『ええ、そうしたいですけど』」
「師範がまた言った。『私なら黒森峰中等部の特待生枠を一つ増やしてもらうこともできます。貴方を推薦することもできる』」
「これまた驚いた」
「あの曲がったことが大嫌いな師範が、政治工作、裏工作をするって言ってんだからさ」
「もう驚きすぎて、なんて言っていいかわからんかった」
「師範がまた言った。『跡取りが』って」
「『本当なら、こんなことは口に出すことすら恥ずべき事です。でも、そこに座っている西住家の跡取りが、そうしてくれないと戦車道をやめると言って聞かないので仕方なく言っています。どうしますか?』って」
「……まあ、この後どうなったのかは私がここにいるからわかるだろ」
「で、さ」
「こんなことされると、人間って……惚れちゃうんだよな」
「『ああ、俺、こいつのために生きてたんだな』って」
一つ息をついて、隊員を見回す。
もう、私語をしているやつは一人もいなかった。
どうしてこんな話をしているのか、みんな理解できたようだった。
みんなまほに対して、大なり小なり私と同じような感情を持っているのだ。
ここまで話して、理解できないはずはない。
「最初の質問に戻るぞ」
「前回大会の直後の月刊戦車道の記事、覚えてるか?」
忘れているはずがない。
その記事では、私たちの隊長が口汚く罵られていた。
曰く、栄光ある黒森峰女学園の歴史に泥を塗った無能。
曰く、自分の妹の行動すら統率しきれないのは期待外れ。
曰く、戦車道の名門たる西住家も彼女の代で終わるだろう。
まほのことをよく知らない奴と、まほの足を引っ張りたい奴が書いた、でたらめ記事だ。
けど、まほを勝たせてあげられなかった私たちには、何も言い返すことが出来なかったのだ。
悔しかった。
その感情はこの場の全員が共有しているはずだった。
「あの記事を読んでから、ずっと考えてた。どうしたら、まほの汚名を返上してやれるのかって。で、最近思いついた」
言葉を切って、隊員たちを見回す。
みんなの視線から期待を感じる。
それを確認して、口を開く。
「まほを二十連覇の初代隊長にしよう」
「九連覇で終わらせた隊長じゃなくて、二十連覇をはじめた隊長にしてやろう」
「そうすれば十連覇を逃したことなんて、みんな忘れる」
「むしろ、このときの口惜しさが二十連覇につながったんだって、勝手に綺麗な解釈してくれるようになる」
二十連覇というのはすこし吹いた。
けど、効果はあったようだ。
みんなの目に闘志が燃えはじめたのがわかる。
私はさっきより声を張った。
「そのためには、まず次の大会だ! 次の大会で圧勝すれば、黒森峰の入学希望者は増える! その次も優勝すれば、もっと増える! それを続けてれば、自然とチームは強くなるし、二十連覇も夢物語じゃなくなるはずだ!」
隊員たちが、また隣同士、近くの仲間同士で口々に話しはじめる。
でも、それは演説を始めた当初のようなものではない。
互いに励まし合い、興奮を分かち合うための会話に変わっていた。
「やろう!」
まず、声をあげたのはユリだった。
それから
「やろう!」
「やりましょう!」
と、一気に広がって、ついに全員が
「隊長を二十連覇の初代隊長に!」
と唱和しはじめた。
成功だ。
これだけ士気が上がったら、黒森峰の実力から考えて負けることはない。
すこしは役に立てたはずだ。
これなら私たちを頼ってくれるはずだ。
そう思えた。
けど。
「傾注!」
翌日の夕方。
練習がはじまる前に、まほとエリカは帰ってきた。
予定通りの時間だ。
私たちは隊長を迎えるため格納庫前に整列していた。
「留守のあいだ、ご苦労だった」
三列横隊の前に立って、まほが言った。
そのとき私は、そこから言いようのない違和感を覚えた。
強いて言うなら、前回大会の敗戦からみほが黒森峰を去ってしまったとき。
あのときに感じていた“それ”と非常によく似ていた。
「抽選の結果だが、第一回戦の相手は知波単学園。知っての通り、隊員の練度と勇敢さに定評のあるチームだ」
「それと四強のうち聖グロリアーナが同一ブロック」
「プラウダとサンダースは別ブロックだ」
「おそらく、どちらかが決勝の相手になるだろう」
表面上、何でもないように見える。
でも何となく、いつも以上に口調が固いようだった。
こころなしか早口になっているようでもある。
さらに付け加えると、隣に立っているエリカはあからさまに動揺していた。
「サンダースは別ブロック」
と言ったとき、まほの顔色を窺うように視線が動いた。
「細かい組み合わせは明日トーナメント表を作って配布する」
「それと今大会の各校への対策、作戦の立案、試合での指揮は主としてエリカにやってもらおうと思っている。エリカ、頼むぞ」
「え、あ……は、はい!」
「よし、それでは本日の練習だが、いつもどおり基礎体力訓練のあと、各車両に分かれて射撃訓練を行い、最後に三年生チーム対一、二年生チームの紅白戦を行う」
「……大会が近い。みんな気負い過ぎて怪我をしないように頼む」
「では、練習開始!」
ぴしっと声のそろった返事をして、みんなは移動を開始した。
基礎体力訓練は、まず軽いランニングからはじまる。
みんなはスタート位置に急ぐ。
そんな中、私だけ逆行して、まほに歩み寄った。
まほは私をじっと見ていた。
「なあ、何かあったのか?」
正面に立つと、まほの視線を受け止めて言った。
「何もない。おそらく何もなく終わるはずだ」
まほは無表情に答えた。
他の誰かなら何も情報を読み取れないだろうという完璧なポーカーフェイスだった。
でも、私にはわかる。
まほは何かを隠している。
エリカが動揺を隠しきれなくなるほど、重要な何かを。
「おそらくってどういうことだ?」
言葉が震えた。
たしかに隊長なら統率上の問題で隊員に隠すべき情報はあるだろう。
わかっている。
でも、それは私にも必要なことなのか。
「九割九分、なんの問題もない。問題も見つからずに終わる、ということだ」
「その一分の確率で起こる問題って何なんだ!?」
そういうことが聞きたいんじゃない。
一歩、二歩、考えるより先に体が動いた。
両手がまほの襟首をつかんでいた。
でも、まほが何かに耐えるように眉間にしわを集めているのを見ると、急に力が抜けてしまった。
「すまん……」
手を離す。
いたたまれなくて、それだけ言って踵を返した。
「……一回戦の日程がすべて終了したら言う。たぶんそのときには、問題は終わっているんだ」
背中越しにまほがそう言ったのが聞こえたが、振り返る気にはなれなかった。
大会当日、一回戦。
黒森峰は勝った。
勝って、試合後の礼も終わったあと、観客席が妙なざわめきを見せた。
どうやらスクリーンに気になる情報が表示されたようだった。
つられて私も見た。
スクリーンはサンダース隊長のケイが、副隊長の肩を慰めるようにポンポンと叩いている映像を流していた。
『サンダース大付属一回戦敗退』
テロップでそう表示されている。
そういうことか、と半分は納得した。
優勝候補の一角が一回戦で、しかも無名校に敗れたのだ。
衝撃ではあるだろう。
とはいえ、四強が格下の相手に敗れるのも珍しいことではない。
『戦車道にまぐれなし』
とは西住師範の言葉だが、実際問題として運の要素は関わってくる。
それは観客も理解しているから、これほど空気が揺れるほど騒ぐことはないはずだった。
しばらくスクリーンを見ていると、映像が切り替わる。
『大洗女子隊長、西住みほ』
テロップに新しく、そう表示された。