抽選会のときから、まほの様子がおかしいのは感じていた。
一回戦を突破してから、さらに顕著になった。
あの夜ほどではないが、それに近い物がある。
何とかしてなくてはと思って
「ねえ、まほ? 何かあったの?」
と声をかけてみても、はぐらかされてしまう。
どうしたらいいだろう。
そう思っていると、声をかけられた。
「茅野さん」
振り向くと、初めて話すクラスメイトがそこにいた。
「井手上、さん?」
彼女はうなずくと
「昼休み、屋上に来て」
とだけ言い残して行ってしまった。
井手上メイさんは、クラスでは目立たない存在だ。
物静かで喋らないし、いつもまほか本庄ユリさんと一緒にいる。
その二人はいつも戦車道の関係者に囲まれているから、ただのクラスメイトは話しかけられないのだ。
声を聞く機会といえば、授業で先生に当てられたときくらいだ。
そのときだって必要最小限のことしか喋らない。
だから彼女がどんな声だったか、咄嗟に思い出せるクラスメイトは少ないのではないだろうか。
そんな彼女だけど、戦車の操縦手として三本の指に入る実力者だというのは有名だった。
以前、月刊戦車道で
『操縦手のトップスリーを選ぶ』
という記事を見たことがある。
三枠のうち、二枠は若干の変動があったが、彼女の名前だけは全員から挙げられていた。
『運転技術は間違いなく上位』
『細かいミスがない』
『車長との意思疏通の早さはテレパシーを使っているとしか思えない』
というような賛辞がコメンテーターたちから寄せられていた。
そのテレパシーに関連して、こんな逸話を友達が教えてくれた。
ある時の月間戦車道の記事に、まほとメイさんのインタビュー記事が載った。
まほの方は中学大会の優勝インタビュー。
メイさんの方は『若き天才操縦手に聞く』と題うったインタビュー。
それぞれ別の記事だ。
ついでに言っておくと、この二つのインタビューは同じ日の同じ時間に、一方は熊本、一方は東京でされたということだ。
まず、まほの記事。
「そう言えば西住選手のパンターは特に動きが機敏ですが、やはり操縦手の井手上メイ選手の力によるものが大きいということでしょうか」
「そうです、メイは私にとって最上の操縦手だと思っています」
「最上の、ですか。では西住さんは戦車道の本場であるドイツとの国際試合にも参加しているわけですが、そのドイツ人操縦手たちよりも本条選手の方がテクニックが上だと考えているんですね」
「いえ、技巧だけで言えば、ドイツにはメイよりも高い選手もいました」
「テクニックよりも操縦手には重要なものがる、と」
「はい、彼女は私が考えていることを言葉にしなくても理解してくれます。これはどんなテクニックよりも車長としてありがたいことです」
次にメイさんの記事。
「本条選手の操縦する戦車は他と比べて格段に動きが機敏ですが、やはり車長の西住選手の力によるものもあるんですか?」
「そう思う。まほは私にとって一番の車長」
「ほう、一番のとは大きく出ましたね。とすると、井手上選手は西住選手を世界一のレベルにあるドイツリーグの車長よりも優秀な車長だと思っていらっしゃるわけですね」
「ちがう。まほより優秀な車長なら何人かいた」
「……というと?」
「まほは私が考えていることを何も言わなくても理解してくれる。これはたぶん、どんなことよりも嬉しいこと」
『これ片方、インタビューしてないだろ』
あまりに似通った内容に疑惑を込めた苦情が月刊戦車道の編集部に寄せられた。
もちろんインタビューは実際に行われていて、記事もインタビューの内容を忠実に再現したものだ。
翌月の記事で、まほとメイさんの「たしかに二人ともインタビューされた」という言葉が載ったそうだ。
昼休み、私は井手上さんの言ったとおり屋上にきた。
メイさんは私よりも先に来ていて、ベンチに座って私を見ていた。
「みほが大会に出てる」
メイさんがいきなり言ったので、私は混乱してしまった。
みほとは誰だ。
まほの妹だ。
大会と言えば、戦車道の大会だろう。
でも、みほちゃんは転校するときに戦車道をやめたはずだった。
「……み、みほちゃんって戦車やめたんじゃないんですか? そのみほちゃんが大会に出てるんですか?」
しばらくしたあと、やっとこれだけ言った。
メイさんがさらに言った。
「私もわからない。みほがいる大洗女子にも問い合わせたけど、生徒会が何も答えない。『隊長に余計な負担をかけないため』と、言ってた」
考えがまとまらない。
まほから聞いたところによると、みほちゃんが転校するにあたって、西住流戦車道の師範でもあるお母さんとの間で『もう戦車道はしない』という約束をしているはずだ。
そのお母さんに話を通していないのだとしたら、みほちゃんはお母さんとの約束を破ったことになる。
私が黙って考え込んでいると、メイさんは考えを補足してくれた。
「西住師範は、みほが戦車道を再開したことは知らないみたい」
となると、みほちゃんが話を通していないことは確定だ。
同時に、まほがそれを黙っているということでもあった。
「それって、まずいんじゃ……」
メイさんはうなずいた。
これでやっと、まほの様子がおかしかった理由がわかった気がした。
まほがみほちゃんのことを大事に思っているのは話の端々から伝わってきた。
一緒に遊びに行ったとき、小さい頃にみほちゃんと戦車に乗った思い出を話してくれたからだ。
みほちゃんが戦車道をやめると言ったことで、まほがどれだけ傷ついたのか。
それは『あの夜』のことを思い出すだけで簡単に想像できる。
『情けないが、受け入れるのに時間がかかった』
とも言っていた。
みほちゃんの行動は、お母さんだけでなく、そういう苦しみを乗り越えてきたまほを裏切ることでもあった。
わからないのはメイさんがどうしてそんな話を私にしたのかだ。
けどメイさんは、これも聞くより先に説明してくれた。
「まほは戦車道の家元の娘で、黒森峰の隊長だっていう自覚が強い。自分は周りから頼られる人間じゃないとダメだと思ってる。人には、とくに戦車道の関係者には頼っちゃいけないと思ってる。だから、茅野さんしかいない」
メイさんの言うように、まほには『カッコつけ』たがる傾向がある。
普通のように見栄からくるのではなくて、周りからさせられている『カッコつけ』だ。
それだけに頑固な、自分が追い詰められているのに誰にも頼れないほどの『カッコつけ』だった。
そこまではメイさんの言っていることは賛成だった。
ただ、最後の言葉には賛成できなかった。
「でも、私にできることなんか……」
こう言ったのは、面倒くさいことから逃げようとしたわけではなかった。
単に私の現状を説明したつもりだった。
だって、何とかしようと何度も話しかけて、どうしようもなくて途方に暮れていたところだったのだから。
私にできることなんかない。
それこそ、まほとずっと一緒にいたメイさんたちがするべきことなんじゃないの。
そう言おうとした。
けど、メイさんのすがるような目を見ると、言えなかった。
本当は部外者の私に頼りたくはなかったのだろう。
メイさんも何とかしようとして、私と同じようにどうにもできなくて、最後の手段として私を頼ってきているのだ。
「まあ……ちょっと話してみるけど」
そう言った瞬間、メイさんの顔にパッと明るくなった。
私の手を取って
「いつか、このお礼は絶対にする」
と言った。
安請負した罪悪感で、メイさんの顔を見ていられなくなる。
自信がなかった。
「ねえ、まほ? 次の相手の継続高校って、どういう学校なの?」
次の日、どう切り出していいかすらわからなかった私は、そんなふうに話をふった。
「そうだな……」
まほは唐突に振られた話題を、不自然に思う様子もなく答えてくれた。
「フィンランドの影響が強い学校で、学園艦は主に寒冷な海を航行しているようだ。戦車道に関しては、総じて操縦手の技術が抜きんでている。雪原地帯での戦いには慣れているから、そういう場所が会場になったら一層の注意がいるだろう。あと……」
「あと?」
「隊長のミカは変わった奴ではあるが、優秀だ。前に練習試合をしたときも苦戦させられたし、一回戦の作戦も見事だった。なにより車長としての能力が高い。一騎打ちになったら危ないかもしれない」
「へ、へえ、そうなんだ……」
結局、なにも言えないまま、次の試合が近づいてきた。