継続高校との第二回戦は、はじまる前から私たちに有利に展開した。
試合場所が砂漠地帯に決まったのだ。
継続の得意な雪原地帯でないだけでもありがたいのに、遮蔽物のない砂漠での戦いは黒森峰の得意とするところだ。
気温も高さも寒冷地に慣れた継続の足枷になると予想できた。
実際、試合の序盤。
継続の戦車はオバーヒートを起こして、全車十両のうち二両が戦線を離れた。
私たちはそこを突いて、さらに二両を撃破した。
中盤、継続が会場に慣れてきたこともあって反撃を食らい、二両を失った。
だが、序盤で有利な状況を作っていたこともあって、指揮を執るエリカも落ち着いていた。
隊形を乱すこともなく戦果を拡大。
継続の戦車を次々に撃破して、残るは隊長ミカのフラッグ車一両のみ、黒森峰の戦力は八両、という状況まで追い込んだ。
そして今。
黒森峰フラッグ車兼隊長車の乗員たる私たちは、高台の安全地帯で戦車から降り、エリカが指揮する黒森峰がミカの戦車を包囲していくのを見物している余裕すらあった。
どう見ても試合は終盤にさしかかっていた。
「さすがはミカ。粘るな」
私がそう言うと、まほが反応した。
「そうだな。乗員の技量も高いようだ。この状況でも包囲されないように巧く立ちまわっている」
双眼鏡をのぞいて継続のフラッグ車BT-42を見てみると、曲芸じみた動きで黒森峰の攻撃をかわしている。
それも砲弾を避けることに精一杯という様子でもなく、包囲がうすい所をスルリスルリと抜けていく。
まだ戦場全体を見渡す余裕があるのだ。
エリカの包囲が下手というわけではない。
基本に忠実で理にかなってはいる。
しかしミカを相手取ると役不足という感が否めなかった。
精神的に余裕がなくなってもいるようでもあった。
無線から聞こえる声から苛立ちが混じりだしていた。
「でも時間の問題だ。たしかに凄いが七両も抜いてこっちに来れるほど集中力が続かないだろ。なあ、メイ?」
私の問いかけにメイはうなずいた。
「そう思う。あれだけの操縦をしていれば、それこそ長くは続かないはず。オーバーヒートの懸念もある」
そんなとき
「何のつもり……!」
というエリカの怒りすら感じる声が聞こえた。
ほとんど同時に、今まで黙って無線機の調整をしていたユリが叫んだ。
「まほさん! あれ!」
ユリが指さした、ミカの車両に視線を戻す。
すると、驚くような光景が目に飛び込んできた。
ミカがキューポラから身を乗り出すどころか、キューポラに座るようにして体をさらけ出していたのだ。
いつも持ち歩いているカンテレとかいう楽器を膝のうえに乗せているのも見えた。
ミカと目が合った気がした。
ニコリと笑って、音楽家が演奏の前に聴衆に対してするように、かぶっているチューリップハットを持ち上げて軽く礼をしてきた。
うっすらと場違いな音色が響きだす。
「サッキヤルヴェン・ポルッカ……」
まほがつぶやいた。
前に試合をしたときにも聞いたことがあった。
ミカが手慰みに引いていることの多い曲だ。
なんでこんなときに演奏しだすのか。
その意図は明白だ。
「パンター一号車、二号車! BTを黙らせなさい!」
案の定、頭に血が上ってしまったらしいエリカが指示を出した。
陣形が乱れる。
たちまち二両のパンターが撃破された。
その間、ミカはキューポラに腰かけたまま、微笑みすら浮かべてカンテレを弾きならしていた。
乱れのないカンテレの音色がこう言っていた。
『西住さん、あなた以外だと私のBT-42は撃破できないよ』
もちろんそんなはずはない。
メイとも話した通り、人の集中力には限りがある。
それまで持久戦を強いれば誰でも撃破できるのは冷静になればわかることだ。
ただ、誰よりも責任感が強く、常勝黒森峰の復活という周囲からの要求と、西住流の名を背負っているまほにとって、この挑発はどんな戦術よりも効果的な誘いなのは間違いなかった。
王者黒森峰の戦術でも、西住流の説くところでも、挑んでくる相手に背中を見せるのはありえないのだから。
「まほ!」
気付くと、まほに呼びかけていた。
「相手の作戦に乗ることはない! このまま持久戦に持ち込めば勝てるんだから、そうするのが隊長の責任だろ!」
一騎打ちでも勝つ自信はある。
だけど、勝負は時の運だ。
前回大会のような急な天候の変化や、この試合で起きた継続のオーバーヒートのような予期せぬマシントラブルの可能性は、いつ、どんな時でも残されている。
実力は関係ない。
にも関わらず、負けたら隊長は責められるのだ。
去年のバッシングも酷かったが「十連覇のプレッシャーがあったのだ」という擁護があるにはあった。
でも、もし負けたら今回はそれすら望めない。
そんな危ない橋を渡って欲しくなかった。
でも、まほは私の言葉に答えずに
「レン、私のワガママに付き合ってくれないか」
と、静かに言った。
卑怯だ、と罵倒したくなった。
そんなことを言われたら何も言えなくなる。
黙っていると、まほは「ありがとう」と言って、首元の無線機に手を当てた。
「エリカ、みんなを下がらせてくれ。私が出る」
「いえ! 隊長の手を煩わせるほどでは……!」
「一度指揮を任せたエリカの顔を潰すような行為だ、悪いとは思っている。だが、ミカの挑発は西住流の後継者に対してのものだ」
「で、でも」
「すまないがワガママを聞いてくれ」
BT-42の正面にやってくると、ミカはさすがに演奏を中断して、体を車内に入れた。
頭を出しているのは相変わらずだが目つきが違っている。
本気だ、というのは伝わってきた。
私は深く息を吸って、吐き出した。
相手の情報を頭の中で整理する。
(フィンランド製の快速戦車BT-42)
(最大速度は53㎞、履帯を外すと73㎞まで上がる)
(が、砂漠で履帯なし走行はキツいだろうから考える必要はない)
(装甲は最大でも20㎜、私たちのティーガーならどこでも撃ち抜ける)
(主砲の装甲貫通力は大したことないが、HEAT弾なら100㎜の装甲が抜かれる)
(ただ、砲弾と弾薬が分離式だから装填に時間がかかる)
(車長はミカ、何をしてくるかわからんから慎重に)
(操縦手は極めて優秀、できれば停止して撃ちたいところだが、ミカを相手に止まるのは危険だ)
(行進間射撃で当てなきゃらならない)
「よし、行けるぞ」
考えがまとまって、まほに言う。
まほは無言でうなずいてメイを見た。
メイが操縦席でクラッチを入れる音がした。
ユリとアカネが「よし!」と、自分の頬を叩いて気合を入れた。
「パンツァーフォー!」
エンジン音が大きくなって、ティーガーが動き出した。
同時に相手のBT-42も動きはじめる。
私の照準が敵を捕えた。
「レン!」
引き金を引く。
その瞬間にBT-42は急停止する。
砲弾は装甲を掠めて地面に刺さった。
同時、敵が放った砲弾もティーガーの足元で爆発して、砂を巻き上げた。
爆風による、疑似的な砂嵐。
敵の姿が見えなくなる。
「メイ!」
体が大きく揺れる。
メイが敵に狙わせないように、ジグザグに走行をはじめたからだ。
少しして敵の砲撃音がした。
掠ったのか、甲高い音が車内に響いた。
「四時方向だ!」
まほの指示に従って、砲塔を旋回させる。
ティーガーが砂嵐から出た。
敵の姿が見える。
砲塔を向けたところから、そう遠くない場所にいた。
砲塔を調整し、再び照準に捕える。
「撃て!」
引き金を引く。
轟音がして、車体が大きく揺れる。
揺れが収まると、BT-42が白旗をあげているのが見える。
チラッとまほの顔を見る。
目が合う。
私は、ふぅッと息を吐いて、まほに向けて親指を立てた。
「やあ、西住さん」
試合後、黒森峰の生徒が居並ぶなかにミカが飄々とした態度で現れた。
一瞬、緊張が走るが「あんな手を使って悪かったね」と、ミカが開口一番で謝罪したからか、雰囲気が緩んだ。
まほもそれに
「いや、敵に弱点があるなら、そこを突くのは当然だ」
と応じたから、一触即発の危機は去った。
でも、どうして敵意を向けられるとわかっていて、わざわざやってきたのか。
疑いの視線を向けていると、ミカは言った。
「ときに西住さん、妹さんのことはどう考えているのかな?」
まほの表情が硬くなる。
ミカも気づいたはずだが、気にした様子もなく続けて言った。
「プラウダを当てにしているのかもしれないけれど、強く居続けるのは難しいことさ。君が一番よくわかっているんじゃないかな」
「……」
「まあ、覚悟はしておくべきだと思うよ。お節介だったかな?」
「いや、忠告ありがとう。覚悟しておこう」
まほは珍しく、相手の反応を見ることもなく、踵を返した。
「まほ……」
「試合は終わった。学園艦へ帰ろう」
ほどなくして大洗女子の情報が届く。
みほはアンツィオ高校を破って、準決勝進出を決めたらしい。