俺にとって疲労とは、そのまま力に変えることのできるエンジンのようなものだ。痛みも力に変えることはできるが、反動でダメージがくることから痛みよりも疲労を力に変えた方がいい。外傷負ってるのに内側から爆発するような痛みがくるのってめちゃくちゃ痛いから。
だから、この火災ゾーンは正直ありがたい。疲労しやすいというのは戦いやすさにつながる。
「上限解放30!」
何人かを尾白の助けを借りながら倒し、疲労がたまってきたころに個性を発動。入試の時と同じ解放幅だ。凶悪敵かと思えばチンピラレベルだし、この程度で事足りるだろう。
「んだこいつ、急に強くっ!?」
「はいごめんねー」
すれ違うやつすれ違うやつを一撃で沈めていく。個性を使うと生身の体がどれだけ普通か実感するな。もっと鍛えなければ。
「オラ!死っ」
「なない」
背後から迫ってきた敵を振り向かずに裏拳でぶっ飛ばす。上限解放は五感まで強化されるため、普段なら気づかないであろう背後の敵にも気づくことができる。そもそも後ろとられるなって話なんだけど、これだけ人数が多いんだから仕方ない。
制限時間は10分間。足りるだろうが、もしもがあるからできるだけ早めに倒そう。別にこの火災ゾーンだけで戦闘が終わるとは限らないし、余力を残しておいて損はない。俺に向けて放たれた炎を跳んで避け、そのまま跳び蹴りをくらわせて沈めた後周りを見渡すと、もうチンピラの数が3人くらいになっていた。
「おぉ、尾白強いのな」
「久知の方に集中してくれたからね。こっちもやりやすかった」
つまり俺のおかげってことか。いやいや、そんな褒めるな。
「んじゃま、パパっと」
「舐めんな!」
何か攻撃してくる前に速攻で沈める。ごめんね、チンピラさん。他の場所なら俺負けてただろうに。でも大体災害を再現してるから適当に個性発動条件満たせるか?どうだろう。
「ふぅ、終わった。強いな、久知」
「いや、初めの方に尾白がサポートしてくれたからだ。アレがなきゃ多分死んでた」
実際そうだと思う。俺は個性を発動するまでは普通の人間だから、数で押されたら普通に負ける。負ける前に個性を発動すればいいのだが、その暇もなくやられる可能性もあるし、負けかけで発動すると反動でとんでもないことになる。だから疲労で個性を発動する方が都合がいいんだ。それができたのは尾白のおかげっていうのは間違いない。
「ま、ここは二人ともすごいってことにしといて、どこにいく?」
「そうだな……とりあえず、山岳ゾーンに行ってみる?他のみんなも散らされてるだろうから、助けに行かないと」
「だな。相手との相性が最悪だった、とかもありそうだし」
俺らが相手したのはチンピラだったが、たまたまだという可能性もある。情けない話だが、あの黒いモヤと中央エリアの敵はプロに任せよう。今は確実に生き残ることを優先しなければ。
山岳エリアには案外すぐついた。上へ上へと行きつつ周囲を警戒する。
「音が聞こえない……」
「いや、そうでもない」
立ち止まって、尾白を手で制して止める。今の俺は五感も強化された状態。つまり聴覚も強化されており、遠くの音も聞くことができる。この先、敵がいる。しかも誰かが人質にとられているようだ。声的に……あぁ。
「上鳴のアホが人質にとられてる。幸いちょうど敵の背後をとってるな」
「マジか。どうする?」
「うーん……」
上限解放30では一気に距離を詰めて倒す、というのはこの距離じゃできない。人質がいなければできないことはなかっただろうが、それでも厳しいレベルだ。しかも火災ゾーンを抜けてちょっと疲労が回復してるし、30以上は出せなさそう。うーん。
「……よし、こうしよう」
「……えぇ、大丈夫?それ」
「任せろ。悪いけどちょっと引き摺られてくれ」
不安そうな顔をする尾白の足を掴み、ずるずると引き摺る。土埃が舞って尾白の体を汚し、これで『俺が尾白をブッ倒して引き摺ってきた図』の完成だ。敵の向こうにいる耳郎と八百万が目を丸くして驚いている。
「……?なんだお前」
そして当然、隠れてもいないから敵にバレる。バレても歩き続け、やがて「止まれ」と言われたところで言われた通りしっかり止まった。
「お前、なんだ?」
「雄英生です。敵志望の」
そして嘘。あと数歩だ。あと数歩で俺の間合いになる。近づける口実を得ることができれば俺の勝ち。
「雄英の内側から暴れるタイミングを待ってたんですが、ちょうどよくあなたたちがきたので、こうして手土産を持ってきました」
言うと同時に、引き摺っていた尾白を掲げる。気絶した演技をさせて申し訳ない。でもほら、ちょうど引き摺ってやられた感だしやすそうだったから、ね?
「敵連合、でしたっけ。俺も入れてくださいよ。少なくともここで倒れてるやつらよりは使えると思うんですけどね」
「……いいだろう」
よし、これであとは近づくだけだ。そうして一気に踏み込んで敵をぶっ飛ばせば、
「っ!?」
「なんて、誰が言うか。信じるわけないだろ」
「久知!」
「久知さん!」
甘かった。そりゃそうか、敵志望かどうか確実にわからないなら、とりあえず危なそうだからブッ倒しておく。正しい判断だ。でも、それは俺以外が相手だった場合の話。
個性を発動するなら、これくらいの痛みはちょうどいい。
「上限解放、40」
「なっ、に!?」
痛みは俺にとってのエンジン。重ね掛けは負担がかかるがそんなこと言っていられない。上限解放40で一気に距離を詰めて、そのまま蹴り飛ばした。投げ出された上鳴をキャッチし、華麗に着地。これで反動がこなければ最高にカッコいいのに。
「久知!全然ダメだったじゃないか!」
「結果オーライ。俺が攻撃されるか距離をつめるかどっちかならよかったんだ。上鳴を攻撃する線もあったが、人質がいなくなればやられるんだからやらないだろ」
「ヒーローの発想か?それ……」
薄汚れた尾白が起き上がって怒ってくるのを受け流す。俺自身穴だらけでクソみたいな作戦だと思っているが、そうしなきゃあの場面を見てるだけで終わってたんだ。やってできたんだからとりあえずよかった。……相澤先生が見てたらブチ切れてただろうな。
「ふぅ。とりあえず結果的には助かったからお礼言っとくけど、何アレ?一瞬本当かと思った」
「えぇ。堂に入った演技で騙されそうになりました」
「それ俺が敵っぽいってこと?」
聞くと、耳郎と八百万は俺から目を背けた。おい、こっち向けや。
「まぁいいや。騙せるくらいの演技ができてたならそれはそれでいいことだろ」
ポジティブにいこう。そんな、まさか俺が敵っぽいわけがない。きっとこいつらもノリでそういう反応をしただけだ。箱入りっぽい八百万がそういうことできるかどうか疑問だが、偏見はよくない。
「セントラルの方に戻るか。多分もう終わってるだろ」
「?なんで」
「ほら、上に穴空いてるだろ?多分オールマイトが敵をぶっ飛ばしたんだろ。……あんなことしたら死んじゃうんじゃね?」
「普通はね」
さっき見えたのは黒い怪物だったので人間かどうかも怪しいが、そんな怪物でもあんなことされたら死ぬと思う。オールマイトまさかの人殺し?
「いや、オールマイトがそんな間違いしないか。尾白、上鳴頼む」
「あぁ、いいけど」
「俺あと数分で反動くるから、そんときも頼む」
「えぇ?いいけど……」
尾白はいいやつだ。嫌そうな顔一つせず承諾してくれる。男の子的な願いを言えば耳郎か八百万に支えてもらいたいところだけど、それは申し訳ない。歩くたびに痛いっていう男を支えるのめんどくさいだろうし。
セントラル広場に向かっている途中、案の定激痛に襲われた俺は情けなくも願い通り耳郎と八百万の二人に支えられてセントラル広場へ向かうことになった。ごめんね。あとありがとうございます。