「お、気が付いたか」
目を覚ますと、そこはリカバリーガールの出張保健所。またベッドの上に戻ってきたらしい。痛む首をなんとか動かして横を見ると、相澤先生が椅子に座って俺を見ていた。見た目で言えば相澤先生の方が寝ているべきなのに俺が寝ているとは、不思議なものである。リカバリーガールがいないのは、表彰式か何かをやっているからだろうか。
「今、表彰式やってるとこだ。本来はお前も上がるはずだったが、まぁその状態じゃ、な」
「死にそうです」
「よくやったとは言わねぇぞ。むしろやりすぎだ」
これから説教が始まるのかと身構えていると、相澤先生は俺としっかり目を合わせて、
「なりたいヒーロー、見えてきたか」
「……ヒーロー、っていえるのかはわかりません」
なぜ相澤先生がそれを聞いてきたのか、なんとなくだが理解できる。本来の俺は夜嵐と戦い終わった時点で次の試合を棄権するようなやつだった。個性の関係上次戦えば今の俺のようになることがわかってるし、一人で帰れなくなるような状態になるなんて迷惑かけようなんて思わない。でも、俺は戦った。そこに相澤先生は何かしらの変化を感じ取ったんだろう。
なりたいヒーロー。なんとなくのイメージはあるが、それを実現するには経験がなさすぎる。また、まったく一般的じゃないから受け入れられるかどうかもわからない。
「俺の目指すヒーローは、力でなれるもんじゃないんです」
「敵の心も救うヒーロー、だったか?」
敵の心も救うヒーロー。市民を救うのは当然として、敵の心も救いたいというのが俺の目指すヒーロー像。だが、敵を救うとは?そもそもそれを望んでいる人はいるのか?もちろん罪は償うべきだと思ってる。それは俺の好きな子もそうだし、犯罪はいけないことだ。ただ、その子……その人の事情も聞かず、悪いことをしたから力でぶっ飛ばして監獄行き、というのはどうも納得できない。その中には、社会のせいで敵になってしまった人もいるだろうから。
「救えない敵もいると思います。元から悪事が好きで、何の理由もなく犯罪を犯す敵が。でも、そうじゃない敵もいる。それに、俺は敵になりそうな人にも手を伸ばしたい。小さい頃俺ができなかったことを」
「何度も言うが、それはお前のせいじゃないぞ」
「わかってます。ただ、俺は随分一途なみたいで」
「らしいな」
相澤先生が笑った気がした。この人全然笑わないから笑ったかどうかがわかりにくい。普段笑わない人が笑ったりするとギャップでコロリといっちゃうってことがあるから、もっと積極的に笑えばいいのに。いや、積極的に笑うとギャップがなくなるからほどほどに。
「お前の目指すヒーローは、人との触れ合いが重要になってくる。今回の無茶は褒められたものじゃないが、そういう点で見れば無駄ではなかったかもな」
「俺、いつも冷静なつもりだったんですけどね。なんかつい、意地というか」
「冷静ではないな。それを装ってるだけだろ」
その通りです。自分の感情のコントロールがあまりうまくいかないというか、抑えつけるために色々考えるというか、でもうまく装えてると思うけどなぁ。
「ま、悩め。ここまで一気に進みすぎたから立ち止まるのもいいだろう。だが、それは後だ」
相澤先生はふらつきながらも立ち上がり、いつもの気だるげな目で俺を見て、
「その恰好のままでいい、HRにこい。切島と上鳴を呼んであるから連れてきてもらえ」
「俺まともに座れないかもしれませんよ?」
「わかってる。でも出ろ」
そう言い残して、相澤先生は去っていった。あぁ、また俺支えられていかなきゃいけないのか。雄英に入ってそんなに経っていないのにここまで支えられるなんて、情けなさ過ぎて悲しくなってくる。
どうにか個性の反動が小さくならないかと思ったが、そういえば本当にギリギリ体が動かせる程度で済んでいるので、思ったより反動がきていない。成長した証拠だと勝手に納得して、切島と上鳴がきてくれるのを待ち続けた。むなしい。
「おつかれっつうことで、明日明後日は休校だ」
「そうしてくれなきゃ困る……」
あの後切島と上鳴に連れられ教室に戻った俺は、机に突っ伏しながら相澤先生の話を聞いていた。とてつもなく無礼だが背筋を伸ばせないほど消耗しているのだから仕方ない。後ろの席の緑谷も前が見えやすくなって大層助かっていることだろう。
「プロからの指名等はこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけ」
以上、解散という言葉とともにみんなが騒ぎつつ立ち上がる。明日明後日休校ってテンション上がるよな。どういう風に過ごすか、とか。俺は明日一日安静は確実なんだけど。
「こういうボロボロポジは緑谷の役目だろ……」
「僕も相当だけどね」
あはは、と人のよさそうに笑う緑谷は、相澤先生ほどではないが包帯を巻くほどの怪我をしている。見た目的には緑谷の方が重傷なのに。もしかして包帯を巻けば俺も普通に動けるようにはなるのだろうか?
「なー、緑谷。爆豪呼んでくんね?俺このままじゃ帰れねぇんだ」
「かっちゃんならもう帰っちゃったよ。帰ってなくても担いでもらうのは無理だと思うけど……」
あら、うるさくないと思ったらもう帰ってたのか。せっかく家まで送ってもらおうと思っていたのに。アイツぐらい暴言吐いてくるなら送っていってもらう申し訳なさとか罪悪感とか一切感じないし。
「爆豪はいねーけど、俺らならいるぜ?」
「しゃーねーから送ってってやるよ。いつかの飯のお返しな」
「おぉ。切島、上鳴。悪いな、何度も」
「いいっていいって。誰かがやんなきゃいけないんだし」
「そんな罰ゲームみたいな言い方……」
傷つきながら二人に肩を貸してもらう。いやぁ、個性でボロボロになったとき大体一人でどうにかしてたから人の存在のありがたさが身に染みる。これで肩を貸してくれるのがあの子だったらどれだけよかったことか。
「じゃあな緑谷。怪我早く治せよ」
「久知くんこそ」
それもそうか。まぁ俺のこれは休めば確実に治るから問題ない。休みが一日潰れるのはもったいないが、無茶の代償と考えればむしろ足りないくらいだ。
「そういやさっき話してたんだけどよ、明後日空いてるか?」
「空いてるけど、なんで?」
「クラスのやつらに声かけて体育祭の打ち上げ、みたいな?楽しそうじゃね?」
打ち上げか。確実に爆豪はこないだろうから和やかな雰囲気になることだろう。俺もできれば行きたい。
「行くわ。どうせ明日寝たきりで終わるから、明日詳細くれ。俺の暇つぶしに」
「オッケー。ちゃんと怪我治せよ?」
「治す」
肩を貸してもらいながら歩き、時々変な物を見る目で見られながら校門を抜ける。人ひとりの体重を支えるのはきついだろうに、ほんとにいいやつらだな。
「電車通学だっけ?」
「あぁ。電車賃は出すから、頼む」
「それには及ばないよ」
「おわっ、誰だ!?と思ったら綺麗なお姉さん!」
財布の中に金いくらあったかな、と考えていると、突然会話に何者かが入り込んできた。……何者か、と言ったがその正体は分かり切っている。歳の割に若々しいファッション、明るい髪、派手なメイク、かと思いきや素材の良さを生かすナチュラルメイク。身内から見ても美人だと言えるその人は
「どうも。うちの息子と仲良くしてくれてるみたいで、ありがとね」
「……息子?」
「俺の母さん」
「嘘だろ!?若っ!」
「大学生のお姉さんが逆ナンしてくれたのかと!」
「お、素直でいい子たちだね。想とは大違い」
「母さんに似たんだよ」
どうみても俺は大怪我人なのに、母さんは迷いなく足を踏み抜いてきた。
「っ!!っ!!!」
「あとは私が車で持ってくから、ここまででいいよ」
「なら車まで俺たちが連れて行くっす!」
「任せてください!」
「そう?ならお願いしようかな」
苦しむ俺を楽しそうに見降ろし、母さんは背中を向けて歩いていく。虐待だ、虐待。俺の個性のこと知ってるくせにあぁいうことしてくるなんて。あぁやって息子をいじめることが若さを保つ秘訣なのか?なら今すぐ老化してほしい。
「なぁ、久知って姉ちゃんいたりする?」
「一人っ子」
「役立たず」
「俺のせいなの?」
母さんの容姿を見て期待したのか、上鳴が俺に姉貴の存在の有無を聞いてくるが俺に兄弟姉妹はいない。一人っ子だから憧れはあるがいないものはいない。そしていないのは俺のせいじゃないのに、なぜ役立たず呼ばわりされてしまったのか。それ以前に姉貴がいたとしても上鳴に紹介することは絶対にない。いいやつだがこいつはアホだ。
「久知って母ちゃんと顔似てんのな。性別違うから多少違いはあるけど」
「まぁ俺イケメンだし」
「身長があればもっとな!」
切島に笑顔で毒を吐かれた。仕方ないじゃん。育ち盛りのときにアレを吸ってたんだから。アレを吸ってなくてもこの身長だったかもしれないけど、それはない。アレを吸っていなければ俺は今頃180センチくらいはあったはずだ。父さんも母さんも背高いし。
「よし、ついた。後ろ開けるから適当に放り込んで」
「久知、いいのか?」
「丁重に扱え」
放り込まれた。あいつら俺の扱い段々わかってきたな?
「ありがとう。えーっと」
「切島鋭児郎っす!」
「上鳴電気です!」
「切島くん、上鳴くん。今度うちに遊びにおいで。今日のお礼したいから」
「いえ、友だちっすから!でも遊びには行きます!」
「お母さんに会いに!」
車の外で上鳴が切島に殴られていた。俺も殴りたい。人の母親を変な目で見てんじゃねぇ。
母さんはまったく気にしていないのか小さく微笑むと車を発進させた。外から手を振る二人に激痛を我慢しながら手を振り返し、姿が見えなくなったところで力尽きる。
「……はぁー!」
「母さん、何あの喋り方」
「おかしくなかった!?いやー、想が友だち見せてくれたの久しぶりだから、ちょっと気ぃ張っちゃって!でもいい子だねぇ!私の事美人だって!」
さっきまでの落ち着いた様子はどこへやら。ハイテンションになった母さんが頬に手を当ててきゃっきゃ言っている。歳を考えてほしい。
「あと体育祭お疲れ!惜しかったじゃん。最後なんかぴかーってなってたけど。アレ何?」
「さぁ」
「うちの息子なのに冷めてる!」
母さんは先ほどの微笑みは何だったのかと言いたくなるくらい明るく笑い、ルームミラー越しに俺を見た。
「でも、頑張ったから今日はご褒美になんでも好きな物食べさせたげる!何がいい?」
「自力じゃ食えないんだけど」
「食べさせたげる!」
それってもしかして、あーんっていうやつでしょうかと聞くと、「父さんもやりたがってたよ!」という返事が返ってきた。どうしよう。今から引き返して誰かの家に泊まろうかな。
もちろんそんなことはできず、俺は高校一年生であるのにも関わらず両親から「あーん」攻撃を受け続けた。もう二度と反動で動けなくなるなんてことにならないよう心に誓った。