「君体育祭3位の!表彰式に出てなかった子だよね!」
「あ、そうです。すみません」
家を出てから何度声をかけられただろうか。やはり雄英体育祭の視聴率はすごいものであるらしく、一応ではあるが体育祭3位になった俺はちょっとした有名人になっていた。なんでも、俺の試合は爽快であったらしい。まさに『個性』だったと。確かに、夜嵐と爆豪との試合は見ごたえがあった、と思う。夜嵐との試合は前半逃げ回ってばかりだったが、個性の思い切りという点では爽快感はあっただろう。
ただ気に入らないのは全員が全員表彰式に出ていなかったことを言ってくることと、なぜか声をかけてくれるのが男の人ばかりだということ。女の人もかけてくれるのはかけてくれるのだが、それでも圧倒的に男の人の方が多い。俺見た目カッコいいのになぁ。まぁ一過性のものだろうから気にしないようにすればいいだけの話。
手を振ってくれる人に手を振り返しつつ、集合場所を目指す。今日は適当に昼飯を食ってそのままカラオケに行くらしい。……俺、曲は知ってるけどまともに歌ったことがないんだが、大丈夫だろうか?もしものときはどうにかして切り抜けよう。
集合場所は駅前の時計塔前。30分前についてしまったが、誰かいるだろうか。飯田は今日これないらしいし、性格的に考えると八百万か、切島か、八百万と一緒に耳郎が来ているという可能性もある。できれば切島にいてほしい。普段ならいいが、体育祭で雄英生の顔が知られた後に女の子と一緒だとあらぬ噂が立ってしまうかもしれない。それは女の子に申し訳ないし、何より万が一にでもあの子の耳に届いてしまったらどうしようかと思う。向こうは俺のことを覚えていないかもしれないが。
「……ん?」
駅を出ると時計塔はすぐ見つかって、案の定と言うべきか八百万と耳郎らしき影が見えた。ただ、その二人をガラの悪そうな連中が囲んでいる。……なんとなく、見覚えがある気がしないでもない。
「よう、久知」
「切島」
頭に浮かんできた可能性に冷や汗を流しつつどうしようかなと悩んでいると、切島が肩を叩いて声をかけてきた。いつものように明るい笑顔がないのは、やはり八百万と耳郎がガラの悪い連中に囲まれているのを見たからだろうか。いつになく真剣な顔をしている。
「有名になるっていいことばっかじゃねーのな」
「だなぁ。まぁあの二人なら有名じゃなくても声かけられそうなもんだけど」
「なら俺たちが声かけてやんね?」
「上鳴。いたのか」
「ひどくね?」
上鳴が切島と違い茶らけた笑みを浮かべて切島の隣から顔を出した。しかし、目は真剣そのものである。そりゃクラスメイトが絡まれてるんだから穏やかじゃいられないよな。
「っしゃ、いっちょ男見せるか!」
「助ける姿見ておねーさんたちが声かけてくれたらどうしよっかなー。もしそうなったらそっち行っていい?」
「それでおねーさんの方行ったら評価プラマイゼロだろ」
おねーさん的にも、あの二人的にも。女の子を助けたのにそんなことをすればあっちへふらふらこっちへふらふらするチャラいやつにしか見えない。実際そうか?
「ちょっとおにーさんたち。その子ら俺たちのツレなんだけど?」
「あ?なんだお前ら……」
こういうことには慣れているのか、上鳴が二人の前に出てガラの悪いやつらを柔らかく睨みつける。それに付随する形で俺と切島は隣に並んだ。さりげなく腕で二人を庇う切島に男を感じながら、ガラの悪いやつらの顔をよく見てみる。嫌な予感が当たっていませんようにと思いながらじっくり見ていると、
「って、想じゃねぇか!」
ガラの悪いやつに腕を引っ張られ、肩を組まれた。あー、嫌な予感が当たってしまった。そういやこっちの高校に進んだって言ってたっけ。
「体育祭見たぜ!3位だってな、3位!可愛い後輩が雄英で3位って俺ら誇らしいぜ、オイ!」
この人たちは中学の時に俺を文字通り可愛がってくれていたワルの先輩。いい人たちなのになぜワルなのかと悩ませ続けられた人たちである。
「いや、悪かったな君ら。体育祭で観た可愛い子らがいたからついちょっかい出しちまってよ」
「あぁ、いえ。紳士的でしたので」
「うん。全然気にしてないですよ」
「ならよかった!流石想のダチだな!」
今肩を組んでいる先輩とは逆の方からまた別の先輩に肩を組まれ、少し息苦しくなる。これ、周りから見たら完全にカツアゲだろ。もしくは金でヤンキーを従わせてるお坊ちゃん。むしろ中学時代は先輩たちからタバコを貰ったり奢ってもらったりしていたので、事実的には逆になってしまうのだが。
「えっと、もしかして中学時代の先輩?」
「うん、そう。なんとなく気づいてはいたけど、そうじゃなかったら危ないなと」
「いや……」
上鳴が先輩たちを見て何か言いたげにしている。まぁ、危なそうに見えるよな。
「この人たちはしつこく女を誘うような人たちじゃないから。八百万も紳士的って言ってたし」
「はい。初めは『面白いところ知ってるから、どう?』と誘われたのですが」
「ウチらが人待ってるって言ったら、じゃあそれまで声かけられないように壁になるわ、って」
「うわ、マジか!すんません!俺、勘違いして」
「いーって。俺ら周りから見たら普通にガラ悪いし。それより君、想と戦ってた子だよな?」
「はい!切島鋭児郎っす!」
基本的に先輩たちはいい人なので、先輩に好かれそうな性格をしている切島はすぐに打ち解けた。もはや俺より仲がいいのではないのだろうか。
「ま、想たちがきたならもう俺たちはお役御免だろ!行こうぜ!」
「おう。またな、想!」
「来年は1位になってくれよー」
先輩たちは引き際もすっきりしており、話が盛り上がる前にすっと俺たちから離れていった。確かに俺たちがくるまでいるという話だったが、もう少しいてもいいのに。いや、寂しいとかじゃないけど。
「人って見かけによらねーのな」
「上鳴は見かけ通りアホだけど」
「わかる」
「えっ?俺イケメンじゃん!」
イケメンだから頭がいいとは限らない。俺は頭いいけど。上鳴も雄英に入っているということは頭が悪いわけではないのだが、周りの雄英生と比べると頭が悪い方に入ってしまうし、何より個性がアレだから余計アホに見えてしまう。そのキャラが定着してしまった。
「すばらしい交友関係をお持ちですのね。今度私のお紅茶と合わせてみません?」
「何人の先輩を食おうとしちゃってんの?」
「ぶふっ」
八百万がおかしくなってしまった。どうやらこのお嬢様は俺の先輩をお紅茶とともにおいしくいただこうとしているらしい。何としても阻止しなければ。あと耳郎、笑いすぎ。
「ふふっ、実はさっき久知の先輩が『普通の発言をしてそれに合わないお嬢様発言すれば面白いんじゃね?』って言ってて」
「お気に召しませんでした?」
「俺の先輩が八百万にとんでもないこと吹き込んでる……」
「いえ。皆さんと打ち解けたいという私の相談を受けて仰ってくださったことなので。本当に素敵な方たちですわ」
「お前の先輩の信頼のされ方何なの?久知と大違いじゃん」
「誰が信頼されてないって?」
さっきの仕返しと言わんばかりに攻めてくる上鳴に青筋を立てながら睨みつける。俺が信頼されていないわけがない。信頼されない心当たりは結構あるけど。特に上鳴と耳郎からは。まぁいいやつらだしもう根に持ってないだろ。
そう思っていると耳郎が思い出したように俺の胸にプラグを当て、
「そういえばもしかして前の『ヤバそうなこと』ってあの先輩ら関係?」
「いやぁ、耳郎。今日も可愛いな。こんなに俺を惑わせて一体どうする気なんだ?」
「信頼されないのってそういうところじゃねぇか?」
無駄に爽やかな笑顔の切島に指摘され、ぐうの音も出なくなってしまった。八百万は目を輝かせてるから完璧に騙せてるのに。お前ら全員俺に都合よく騙されろよ。耳郎は俺の胸から響く爆音で耳抑えてるから聞こえてやしないだろうけど。
「まったく、隙あらば俺の秘密を覗こうとしやがって。何?俺の事好きなの?」
「は?」
「あ、ごめんなさい……」
「そんな態度だとモテねーぞ?耳郎」
「モテる態度とって寄ってくるような男なら興味ないし」
「男らしいな!」
ウチ女なんだけど……と不満そうにしている姿はまさしく女の子なのに、なぜあんなに人を刺すような雰囲気で「は?」なんて言えるのだろうか。俺にはそれが不思議でならない。思わず心臓止まっちゃうかと思ったし。今なら耳郎が心音を聞いたとしても安眠できるくらい静かな心音を届けられることだろう。
「ま、俺の秘密はどうでもいいだろ。上鳴がチア姿の耳郎の写真を持ってるってことくらいどうでもいい」
「は!?」
「久知お前なんて流れ弾を!」
「狙撃したんだよ」
「まぁ、お上手ですのね」
八百万、ズレてるズレてる。もしかしてそれも先輩から教えられたこと?あの短時間でどんだけ芸を仕込んだんだ?あの人ら。
「消せ!すぐ消せ!」
「待てって!ほら、よく撮れてんじゃん!消すのはもったいねーって!」
「仲いいなー」
「八百万はいいのか?撮られてても」
「?えぇ。少し恥ずかしいですが、思い出ですので」
後で私も頂こうかしら、と嬉しそうな八百万の純粋さになぜか心を痛めつつ、じゃれついている上鳴と耳郎を見守る。どんだけ必死なんだよ。どうせ消されても峰田が持ってるし、何よりあの峰田がスマホだけに保存しているとは思えないから完全に消すことは不可能だろう。あいつの執念を舐めてはいけない。エロに関しては本気なんだ、あいつは。
「あ、いたいた!おーい!」
「早いねぇ!って、耳郎と上鳴なにしてんのー?」
「おぉ、芦戸、葉隠!よかった、これでうやむやに」
「こいつが私らのチア姿の写真持ってるって!」
「なにー!?」
「えー!後で私に送ってから消して!」
「ならねぇ!!」
うやむやになるかと思ったのも束の間、耳郎に増援がきて上鳴はもみくちゃにされた上、写真を消されてしまった。みじめで悲しい姿である、が。
俺は上鳴にそっと近寄って、耳打ちした。
「どうせテレビで映像に残ってんだし、元気出せって」
「録画してない……」
「俺の家くるか?」
俯いていた上鳴はバッと顔を上げて、俺を見た。そんな上鳴に無言で頷いて微笑んで見せると、「そんとき久知のお母さんいる?」と言ってきたので蹴り倒しておいた。ゴミが。しばらくそのツラ見せんじゃねぇぞ。