ヒーローになると決めたあの日から。
まずは何事も基礎からだろうと、全体的な筋肉をつけ、持久力をつけることから始めた。ワルの先輩に「俺ヒーローになります」と言ったところ、「じゃあ俺らが揉んでやるよ」とトレーニングの相手をしてくれている。ワルの先輩だからヒーローになるなんて言ったらボコボコにされると思ったが、「俺たちが危なくなったら助けにきてくれよ!」と肩を組んで言ってくれた。なんであんないい人たちが悪いことしてるんだろう。
そうそう、今はそんな話をしたいのではなく、いや、したくはあるのだが。
持久力をつけるために日課のジョギングをしているときに目に入ったものについて話をしたい。誰に?って、これから行動するであろう未来の自分に話したいんだ。自分との相談っていうのはいつになっても大事なのである。特に、こういうどうすればいいんだろうという状況は。その状況が何なのかというと。
あの日、俺を助けてヒーローの道を示してくれた人が、猫を可愛がろうとしていた。しかも逃げられた。
「……」
「……」
道端でしゃがみこんだ状態のまま動かないあの人に、俺も思わず立ち止まる。ジョギングを続けてもいいのだが、恩人相手に無視はないだろう。例え恩人が無視してほしいと思っていたとしてもだ。
「……」
「……」
あの人が俺を見た。これで俺のことに気づいていなければやりやすかったのだが、やはり気づいていたらしい。それもそうだろう。俺も声をかけようとして、その後に猫を可愛がろうとして逃げられたという場面を見てしまったのだから。俺が早く話しかけていれば俺が猫を逃がしてしまったという風に言えるのに、行動の遅い自分が悔やまれる。
「……久しぶりだな」
「あ、お久しぶりです」
これは、なかったことにしたいのだろうか。というより、見なかったことにしろということだろうか。いずれにせよ触れてもいいことはなさそうなので猫の件は今忘れることにする。
あの時のカッコいい印象をずっと持ってたから、ちょっと可愛いなと思えてむしろいいと思うんだけど、本人はまったくいい気はしないだろうし。
「ジョギングか」
「はい。とりあえず基礎をつくるところから始めようかと思いまして」
「合理的だな。まずは何事も基礎からだ」
これは褒められたのだろうか。褒められてはいないにせよ俺のしていることは間違っていないということではありそうだ。
「もう志望校は決めたのか?」
「一応、雄英に」
成績的に目指せそうというか、心配なのが実技だけというか。せっかく成績がいいんだから上を目指そうと担任から言われ、ヒーロー科のことはよくわからなかったのでそれに従った形になる。まぁ、最高峰っていうくらいだから他よりはいいのだろう。
「雄英か。まぁ、頑張れよ。幸い個性と向き合う時間も約一年ある。できるだけモノにするといい」
「あ、その個性のことで相談があるんですが」
「それは俺の仕事じゃないだろ」
「ヒーローに向いていると言ってくださったのはあなたです」
あの人はめんどくさそうに頭を掻いた。見た目が見た目だからそういう仕草がめちゃくちゃ似合う。……もっときちんとすればしゅっとしてカッコいいだろうに。
「なんだ」
「最近気づいたんです。俺の個性、あまり強そうじゃないなって」
これは、先輩たちに揉まれていた時に思ったことだ。俺の個性は傷つけば傷つくほど、疲れれば疲れるほど身体能力が増す。それは筋力、持久力、五感まで。あらゆるものが強化されるのだが、これが少しまずい。ある日、先輩たち相手に調子乗って動き続けていたら、急に体がガタガタになった。つまりこれは、増した分の力が返ってきているということ。
「要するに俺の元々の力量を100とすると、身体の負担によって120、と力が増しますが、その負担が取り除かれると120-100=20。つまり20は身体の限界を超えたわけですから、そのツケが回ってくると考えたわけです」
「なるほどな。通常動けていないはずの状態で動いてしまっているから、か。だが少しおかしくないか?例えば負担が疲労だとして、持久力が120になっているなら、回復するごとに119、118、と力量が減っていき、最後には100で安定するはずだろ。まさか一気に100まで回復するわけでもあるまいし」
「常時発動ならそうですね」
俺の言葉に、あの人は納得いったように頷いた。偉そうになってしまうがこの人、一を言うと十を理解するタイプだと思う。俺もそうなれたらカッコよくていいのだが。
「なるほどな。つまり徐々に力量が上がっていくわけじゃなく、100の状態から個性を発動して初めて力量が120になるってことか」
「はい。そうしてしまうともう20のツケを払うことが確定してしまうわけです」
最近個性を認識して任意発動できるようになったが、今までは無意識に発動していた。だから疲れても平気だけど休んでからがものすごくしんどかったのかと最近になって納得したところである。俺は恐らく成績はいいがバカなタイプだ。なぜか一番ダサく見えるやつ。
「で、それがどうしたんだ」
「このツケを払わなくてもよくなる方法って思いつきます?」
「ないな。慣れろ」
やはりそうか、と冷たいなぁと思いながら自分の結論と一致したことで更に自信を強めた。いや、別にこの人の言ってることが全部正解ってわけじゃないんだけど、どうもあんな風に助けてもらって道を示されれば、そりゃ憧れもするし。
「ですよねぇ。せめて普通の状態でも戦えるようにして、負担がかかったら負担がかかっただけ力量を増すんじゃなくて、その増し方も調整できればと思うんですが」
「50の負担がかかっていたとして、20力量を増す、みたいなことか?」
「そうですそうです。何分個性を自覚したばかりなので、その辺りの調整がどうも難しく……」
「自分で考えることはいいことだ。が、躓いたなら同じ系統の個性を持つやつに相談するのがいいかもな」
はは、そうですねと返しつつ、もう全滅なんですけどと心の中で呟いた。もう少し早く個性を自覚していればこれほど悩むことはなかったのだろうが、まぁそんなもしもの話をしていても仕方がない。
「ま、ほどほどに焦れよ。知ってるとは思うが雄英の門は狭い。恐らく全国からエリートが集まってくることだろう」
言うと、あの人は立ち上がり、背を向けて手を振りながら、
「
……あぁいうクールな大人っていいよなぁ。俺みたいな年齢の男子からすれば、大人の男なんて大体よく見えるとは思うが。
いや、そんなことより。
「すみません!お名前を聞いてもよろしいですか?」
あの人の背中に声をぶつけると、立ち止まってこちらを向いてくれた。口に出して言ってはいないが、いつまでもあの人なんて呼んでいたら失礼だ。なにより、俺自身が名前を知りたい。
「あ、俺の名前は
「……
「はい!あと猫って可愛いですよね!」
睨まれた。やはり触れてほしくなかったらしい。
(筋肉痛だ)
いや、筋肉痛どころの騒ぎではない。まるで体内に地雷を埋め込まれ、それを何も恐れることなくすべて踏み抜いて行き、連鎖的に大爆発が起きているかのような爆発的痛み。とりあえずそろそろ限界を知っておくかと思って体力のギリギリまで走り込み、最大限窮地を発動させてみれば死にかけた。とんでもなく痛い。今日が休みでよかった。
うん、これはない。使ってそれが収まった後動けなくなってしまってはヒーロー失格だろう。これではどちらかといえば要救助者だ。助ける側が助けられてどうするという話である。これは速やかに強化幅の調整を身につけなければならない。
そう考えながら、部屋に飾ってある雄英の写真を痛む首を回してじっと眺めた。
こういう話がある。志望校と自分が映っている写真を撮り、それを部屋に飾るとモチベーションアップにつながり、合格しやすい、という話。自分がその学校でこうしているだろうなぁというイメージを固め、それを実現したいという意欲を高めるためそうなると俺自身は考えている。
それと似たようなもので、今のこの状態を写真に撮って「こうはなりたくないなぁ」という戒めとして部屋に飾っておこう。見る度情けない気持ちになるが、こういうのは自分に厳しくした方がいい。慣れないうちは同じこと繰り返しかねないし。
となれば、まずはスマホで写真を撮って、それから……。
「……」
体が動かないので、親がくるのをひたすら待った。数分して部屋を訪れた母親から「何してんの?」と冷たく言われたことは二度と忘れないだろう。
書きたかったので書きました。