俺はずっと好きでいる   作:とりがら016

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期末試験
気になるあの子


 そいつは、あのヒーロー殺しと手を組んだ時にさりげなく俺たちに紛れ込んでいた。なぜか本来の姿ではなく雄英体育祭に出ていたあの体をボロボロにして戦う子どもの姿で。そして開口一番「ほしい人がいるのです!協力してよ、弔くん!」と言い、先生との会話にも口をはさんで悪ノリした先生が脳無を出撃させた。

 

 出会ってから今までを見てのこいつに対する感情は、気に入らない。が、面白くもある。確かにあいつは悪くない。

 

「失敗。失敗です」

 

 そんな気に入らなくて面白いあいつ……トガヒミコは、いつも俺たちが集まっているバーのカウンターでぶーたれていた。あいつを連れ去るのを失敗したのが気に入らないのだろう。そもそも特に移動能力も持っていない脳無があいつを連れ去ることができるわけがないと先生が脳無を出撃させる前からずっと言っていたのだが、それでもあいつを連れ去ってこれると信じていたらしい。ガキか。

 

「仕方ないでしょう。アレらは完成品とは言えない粗悪品レベルのものだったのですから。それに、オールマイト級とはいかないものの十分な化け物が近くにいたわけですし」

 

「私ならもっとうまくできました」

 

 ぶーたれるトガを黒霧が宥めるが、まったく効果がない。どころか足をぶらぶらさせて余計にガキっぽい振る舞いをする始末。確かにこいつはガキっぽいがあの粗悪品脳無二体よりはいい働きをするだろう。紛れる、隠れる、隙をつく。バレないことに関しては天才だと言ってもいい。限定的にしか使えないが、戦闘力もある。

 

「今お前が考えなしに接触してもダメだろうな。もう警戒されてるだろ」

 

「その警戒を潜り抜ける自信、あります」

 

「イレイザーヘッド」

 

「……」

 

「ほらな」

 

 トガがご執心なあいつが尊敬しているであろう人物、イレイザーヘッド。俺も一度会ったこと……というより戦ったことがあるが、あいつは厄介だ。見ている間は個性を消すことができる個性。トガは人の血を摂取するとその人の姿になることできる個性だから、相性はよくない。

 

 ……バレないように近づいて殺せばいいのだろうが、それを簡単に許す相手とも思えない。プロヒーローだしな。

 

「つか、敵に引き込むっていうめんどくさいことするくらいなら、犯罪せずにあいつと一緒に平和な暮らししてりゃよかったんじゃねぇの」

 

「忘れようと思ったんです」

 

 は?と返すと、トガはなぜかあいつの姿に変身して、あいつの声で話し始めた。

 

「あんなにおいしくて、興奮して、体が熱くなる血は想くんだけでした。だから忘れようと思ったの。いいな、って思った人からチウチウして、ぐちゃぐちゃにして。でも忘れられなかった。ふふ、私と想くんを引き離した人たちが悪いんです。あのまま一緒にいられたら、私は敵にならずに想くんと一緒に幸せでいられたのに」

 

「それ、どっちにしろその想くんが死ぬだろ。で、お前は敵になるだろ」

 

 聞くと、トガは変身を解いて元の姿に戻ると、少年漫画のヒロインのように笑った。

 

「想くんが死んだら私も死にます」

 

 当然ですよね?と首を傾げながら聞いてくるトガに、「知るか」と短く返した。いかれてるとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。個性の詳細を聞くに、変身できる時間は接種した量と比例するらしいが、それなら今想くんに変身できているのはどう考えてもおかしい。本人曰く『愛がなせるワザ』らしいが。そんな重い想いを向けられて、想くんも大変だな。

 

 というかまず、そんなに想くんが好きなら殺すなよと言いたいんだが、トガの場合『好きだから殺す』んだろう。好きじゃなくても殺すのだろうが、好きだからこそ尚更殺したい。とんだ地雷女だな、こいつ。

 

「そういえば弔くん。あのえっちな映像またみせて!」

 

「お前の大好きな想くんがボロボロになってるからって、天下の雄英体育祭をえっちな映像って言うなよ」

 

「そういう目的で観ている人間も少なからずいるとは思いますが……」

 

「黒霧?」

 

 まぁ、現役の女子高生を観て興奮している輩もいないとは言い切れないが、にしたってえっちな映像呼ばわりはないだろう。現代のオリンピックとえっちな映像はイコールでつながらない。はずだ。

 

「ふふ。想くんがこっちにくるまではあれで我慢するのです」

 

「却下」

 

「なんでー!」

 

「お前、アレ観たら発情するだろ。で、誰か殺しに行くだろ。で、ここがバレるリスクが高まるだろ。俺からすればいいことがない」

 

「うー、我慢できないー!」

 

「なんなら想くんに変身したお前を、俺がボロボロにしてやろうか?」

 

「……ん、んん。我慢、します」

 

 こいつ、ちょっと悩んだな。どれだけ他人の姿をしていようと傷つくのは自分の体なのに。どんだけ想くんが好きなんだ。

 

 ……却下したが、みせなかったらみせなかったでストレスが溜まっていって、結果外に出て殺しに行きそうな気もする。やはり定期的なガス抜きは必要だろうか。

 

「一週間に一回だ」

 

「え?」

 

「一週間に一回なら許してやる」

 

「弔くん!好き!」

 

「……教育現場を見ているようですね」

 

 妙なことを言う黒霧に近くにあったグラスを投げつけるが、簡単に受け止められてしまった。

 

 くそが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狙われていると聞かされたが特に何もなく時は流れ、六月最終週。つまり、期末テストまで残り一週間を切っていた。

 

「ンー、そろそろテストかァ。いやァ、勉強あんまりできてないなァ。中間4位の爆豪くんは大丈夫なの?」

 

「は?殺す」

 

「順位チラつかせただけで殺意をチラつかせるな」

 

 言外に「俺は3位で、君は4位。つまり俺の方が賢い」って言っただけなのに。どこまで負けず嫌いなんだろうか。

 

「勉強ができないアホどもは苦労するよな」

 

「普通に嫌なやつだな!お前!」

 

「見損なったよー!」

 

「でも勉強できないできないって言うけど、雄英に入った時点でそれは通用しないから。つまり勉強できないんじゃなくてやってないだけじゃね?」

 

「刺さる……!」

 

 文句を言ってきた上鳴と芦戸を叩きのめし、勝利の笑顔。雄英に入学できた時点で頭はそこそこいいってことはわかってるんだ。それでついてこれないのはただ単にアホだからじゃなくて勉強をやっていないから。雄英はやればできるの集まりだと思っている。上鳴も普段はめちゃくちゃアホだが、やればできる。恐らく。

 

「こいつの場合、友だちいたことねぇから勉強すんのに慣れてんだろ」

 

「事実ってのは言っていい事実と悪い事実がある」

 

「ごめん久知……」

 

「私たちが勉強会開いてあげよっか?」

 

「そして同情するなお前ら。あと開いてあげよっか?ってまるで俺が勉強できないみたいに言うけど、お前らが勉強できないんだからな?」

 

 爆豪からの横やりでしめたと言わんばかりに攻め込んできた上鳴と芦戸。友だちがいなかったわけじゃないし。うん。ほら。テスト前は頼られてたし。便利屋として。あれ?友だちじゃなくね?

 

「つか、勉強教えてもらうなら俺みたいな人でなしじゃなくて八百万のがよくね?確か中間一位だろ」

 

「わ、私ですか?」

 

 教室の隅っこでおとなしくしていた八百万を指して言うと、指された本人は目を丸くして俺を見てきた。そりゃ俺みたいなゴミみてぇな性格してる肥溜め以下のドブより、綺麗な性格してる綺麗な八百万に教えてもらった方がいいに決まってるだろ。教えるのがめんどくさいとかそういんじゃないよ?

 

「お二人がよろしいのであれば、是非!」

 

「いいの!?ヤオモモ!」

 

「よっしゃ!ゲロみたいにクセェ性格のカス久知に教えてもらわなきゃなんねぇのかと思ったぜ!」

 

「おい上鳴。どうやらお前は理解できない芸術作品のような顔にされたいらしいな」

 

「ウチも久知じゃなくてヤオモモに教えてもらお」

 

「俺も久知じゃなくて八百万に教えてもらいてぇな」

 

「俺もいい?」

 

「は?そんなにいじめなくてもよくね?」

 

 上鳴と芦戸に続いて耳郎、瀬呂、尾白まで八百万のところに行ってしまった。一人くらいこっちにきても、ねぇ。というか「久知じゃなくて」っていう言葉いらなくない?人って思ったよりあっさり傷つくんだぞ。

 

「久知!勉強教えてくんね?」

 

「切島ァ!」

 

「うおっ、抱き着くなよ!」

 

 やっぱり切島はいいやつだ!顔に同情の色が深く表れていたとしてもいいやつだ!根っこから綺麗なんだろうな。俺のことをバカにしやがったクズどもとは違って。

 

「なら爆豪にもきてもらうとして」

 

「あ?俺いらねぇだろ」

 

「友だちだろ?」

 

「うっせ、カス!どこでやんだ!」

 

「典型的ツンデレかよ」

 

 爆豪も言動と態度が問題なだけで普通にいいやつなんだよな。そもそも相澤先生が除籍してないからヒーローの素質はあるんだろうし。……本当にあるのか?こいつ。殺すとか死ねとか日常的に言ってくるけど。

 

「じゃあ俺の家でやるか。母さんいるけどいいか?」

 

「久知。そういえば俺はお前のお母さんに会わなきゃいけないってことを思い出した」

 

「なぁ上鳴。そういえば俺はゲロみたいにクセェ性格のカスらしいぞ」

 

「久知!な?」

 

「今『死ね』って言ったつもりだったんだけどわかんなかった?」

 

 俺の母さんに釣られてこっちにきた上鳴を叩き返す。あいつは正真正銘のクズだ。性欲に脳を支配された獣。いくら身内からみても美人だからって人の母親に手を出すのはない。いや、本気で手を出すつもりはないんだろうけど。

 

「でも爆豪は教えるのへたそうだよな。できないってことがわからないから」

 

「あ?」

 

「あー、なんとなくわかる。『なんでできねぇんだ?』って本気で言ってきそう」

 

「できねぇ方が悪い」

 

 爆豪は大体のことならすぐに理解してしまうタイプだから、『できない』という経験がほとんどない。だからできない人がなんで躓いてるのかがわからないし、だからこそ教えるのには向いていない。俺よりひどいじゃん。

 

「じゃあ俺が教え方を教えてやろうか?」

 

「んなもん教えられなくてもわかるわ!」

 

「久知が爆豪にそれを教え始めたら、俺の勉強ができねんだけど……お?」

 

 そうやって三人で喋っていると、向こうの方から上鳴がとぼとぼと歩いてきた。見ると、少し怒ったような顔の耳郎と芦戸、困ったような顔の八百万、ひきつった笑みの瀬呂と尾白が上鳴を見ている。

 

「あの、いいでしょうか……」

 

「どうした」

 

「俺が久知のお母さんに釣られたことが知られて軽蔑されて耳郎と芦戸に跳ねのけられたので、俺も参加していいですか」

 

「芦戸」

 

「女目当てで動くなんてサイテー!」

 

「耳郎」

 

「久知のお母さんの方がいいんでしょ?上鳴にとって悪いことないじゃん」

 

 女がらみになるとこうも女の子は怖くなるのか……。八百万は別にいいのにって感じだろうが、可愛そうなのは瀬呂と尾白だな。あの立ち位置一番気まずいだろ。

 

「何も本気で言ったわけじゃないのになー?うちの母さんより耳郎とか芦戸とか八百万とかの方が断然魅力的なのに」

 

「え?それは、うーん」

 

「久知、そいつ引き取って」

 

 俺が出した助け船も空しく、俺たちの勉強会への上鳴の参加が決定した。


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