翌日、合宿二日目。5時半に集合という朝弱い人にはきついスケジュール。俺は朝が早くても6~8時間程度寝れば大丈夫な人間だからみんなよりは平気。話に入れなかったから俺は早く寝れたし。悲しい。
「おはよう諸君」
相澤先生が眠たそうにしているみんなに構わず朝の挨拶。何人かが「おぁようごぁいあす……」とふわふわしながら返している。ちなみに俺ははっきりと「おはようございます」と返した。この辺りが凡人と天才の違いである。俺は優秀な生徒。
「本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化及び"仮免"の取得」
仮免って一年からとれるもんなのか?てっきり二年くらいからだと思ってたんだけど。一年から仮免持って個性使えるようになっちゃうと、責任問題とか追いつかないような気もするし……特に爆豪みたいなやつは。
「具体的になりつつ敵の悪意に対抗するための準備だ。というわけで爆豪、これ投げてみろ」
そう言って相澤先生が爆豪に向かって投げたのは、個性把握テストのボール投げの時に使ったボール。投げた瞬間から測定が開始され、着弾すると相澤先生の手に持ってある機械に距離が表示される。確か俺は678.4mだったか。
「前回の……入学直後の記録は705.2m。どんだけ伸びてるかな」
「どうせ伸びてねぇって」
「伸ばしまくるわ!」
なんだよ伸ばしまくるって。まぁ爆豪はムカつくことに天才だから伸びてるんだろうけど。これで伸びてなかったら気まずすぎて声をかけづらい。
「んじゃ……よっこら、くたばれ!!」
爆豪らしい独特な掛け声で投げられたボールは、爆破の勢いが乗せられて空高く飛んでいった。さて、何m?
「……709.6m」
俺はそっと爆豪から目を逸らした。これは恥ずかしい。伸びてないって言って実際伸びてて、俺が悔しがるっていう流れのつもりだったのに。本当に伸びてないなんて思いもしないだろ。普通。
「約三か月間。君らは様々な経験を経て成長したが、それはあくまでも精神面や技術面。あとは多少の体力的なものがメインで、個性に関してはそこまで成長していない」
俺も個性の成長というよりは使い方を変えた、幅が増えたって感じで、個性自体はあまり成長していない。まだ反動あるし。あれがなくなれば成長感あっていいんだけど。
「だから、今日から君らの個性を伸ばす。死ぬほどきついがくれぐれも死なないように」
なぜそんなひどいことを言いながら笑えるのだろうか。絶対趣味悪いよあの人。あの見た目でネコ好きだし。
「というわけで、お前はちょくちょく俺が見る」
「嬉しいような嬉しくないような……」
相澤先生に見守られながら、昨日の疲労を利用して個性を発動する。俺の林間合宿中の目的は、個性の使用法を模索しつつ、体も鍛える。向こうの方では増強型個性のやつらが単純な肉体強化の訓練をしているのに、なぜ俺はそれプラス個性の使用法を模索しなければならないのだろうか。俺だけきつくない?
「お前ならわかっているとは思うが、正直緑谷よりひどい」
「言い方がひどくないですか?いやそうなんですけども」
体育祭の時はボロボロになっていた緑谷も、今ではそれを克服して怪我をしないようになっている。対して俺は使用法こそ増えたが、いまだに怪我はする。そういう点を見れば俺の方がひどい。
「で、恐らくだがお前は体を鍛えれば鍛えるほど反動がマシになる。そしてならせばならすほど反動も抑えられてくる。お前がUSJのときにボロボロになっていて、昨日なんとか立てるレベルで済んだのもそのせいだろう」
それは、父さんからも聞いた。父さんも個性を使えば使う程マシになっていったらしい。そう考えると俺もマシになると考えるのが道理だが、できればやりたくない。死ぬかもしれないから。
今、その死をひしひしと感じている。今から行おうとしているのは、上限解放して相澤先生に抹消してもらい、また上限解放して抹消、それの繰り返し。消されてバッキバキになるのを繰り返さなければならないのだ。正直帰りたい。
「……で、バッキバキになった後はお前の親父さんの協力の下、必殺技の訓練をしてもらう」
なんか父さんと相澤先生が仲良くなってる。どっちも尊敬してるし嬉しいけど、母さんが拗ねないだろうか。……そういえば。
「先生って母さんの個性知ってます?」
「『活性』だろう?多少の傷なら細胞を活性化させることで治してしまえる……あぁ、確かにな。なくはない」
「でしょ?」
相澤先生は頭が回るから、会話を一つ飛ばせて助かる。
俺が言いたかったのは、個性は遺伝だから母さんの要素も俺に受け継がれていてもおかしくない、ということだ。父さんの『限界突破』が変異したとも言えるが、その思考に捉われるのはよくない。なぜなら俺に『活性』の要素があるならもっと楽になるからだ。回復できるってよくない?その分強化できなくなるけど。
「注目するなら、お前が体育祭の時と期末実技の時に出した赤いエネルギーだな。アレを回復に利用できるかもしれん。例えば」
「10分の強化分のうち、5分のエネルギーを回復にあてる、とか?」
「こういうところは優秀だな」
褒めてもらえたのに褒められた気がしない。こういうところはって一言余計じゃない?
「それができればプラスマイナスゼロで、反動がなくなる……?」
「できるとは限らないがな。ま、可能性なくはない。そういうのを伸ばすための特訓だから、やってこう」
俺のあの赤いエネルギーは何かはっきりしていない。ただ単純に強化のエネルギーなのか、別のエネルギーなのか。『活性』の特性を持ったエネルギーなのか。攻撃にも回復にも使えるなら、俺は最強になれる。
「ただ、それは必殺技の後だな。確実な部分を詰めてくぞ」
じゃ、鍛錬特別メニュースタート、と言って相澤先生は離れていった。ここから5分間、俺は筋トレを行って5分後にくる相澤先生に個性を消される。それを2セットしてから3セット目に必殺技の訓練。地獄だ、地獄。
「死ぬ」
16時。俺はボロボロになっていた。結局回復できなかったし。むしろエネルギーが暴走して地面がボコボコになって俺もボコボコになった。相澤先生にもボコボコに説教された。仕方ないじゃん。使い方はっきりしてないんだから。
そしてこの状態でカレーを作れとのこと。上限解放10を繰り返していたので昨日よりはマシだが、それでもきついことに変わりはない。そりゃ緑谷よりひどいって言われるわ。
「爆豪包丁さばきうまっ」
「ほんまや!意外やわぁ」
「あ?包丁にうまいも下手もねぇだろ!」
「出た、才能マン」
「人に突き立てる方が向いてそうなのにな」
「突き立てたろかクソヤニ!」
「おい、ヤニ呼ばわりはやめろ」
アロマシガレットを見ていただけでヤニって、それはひどい。いや吸ってたけども。……バレてないよね?
「じゃあクソ」
「ただの排泄物じゃねぇか」
「カレー作ってるときにウンコの話すんじゃねぇよ!」
上鳴に悪い、と言ってから自分に与えられた作業をこなす。あまり料理をしない方なので爆豪と同じように材料を切る係だ。爆豪ほどとは言わなくとも、そこそこうまいとは思っている。というか爆豪がうますぎるんだよ。その才能ちょっと分けろ。
全員で協力したカレーが出来上がり、カレーを食べ始める。俺はタバコのせいで味覚がぐちゃぐちゃなので大体のものはうまく感じるから、カレーはどこで食べても大体同じ味だ。うん、うまい。
「俺が切ったであろう野菜が一番うまいな」
「なんかクセェなこれ。お前が切ったやつだろ」
「俺が切った野菜がわかるくらい俺のこと好きなの?」
「確かここって個性使っていいんだったな」
「飯中にそれはダメだ」
じゃあ後でぶっ殺してやらぁ、と言って爆豪は勢いよくカレーを食べ始めた。俺は今日死ぬかもしれない。……いや、疲労とダメージがたまってるからワンチャンあるか?上等だ、ぶっ殺してやる。
カレーを食べ終わった後調子に乗って喧嘩しようとしたら、相澤先生に説教された。俺は悪くないんだけど?
「さて、もう一度説明するぞ」
ブローカーの紹介で集まってきたやつらを前に、目的を再確認する。クセまみれの連中だが、敵連合に入った以上組織の目的は達成してもらわなければならない。
「まず、今回殺しは目的じゃない。雄英の地位を堕とすためと、優秀な人材の確保のためだ」
「想くんですね!」
「想くんね!」
うるさいトガとマグネを視線で黙らせる。マグネはトガの想くんトークを聞いて、「素敵!応援しちゃう!」とノリノリだった。女同士……女同士通じ合うところがあるのだろう。トガが俺にちょっかいをかけてくることが少なくなったから、正直助かる。
「二人の言った通り、久知想も確保目的だが……第一は爆豪くんだ」
言って、二枚の写真を全員に見せる。一枚は爆豪くん、一枚は想くん。もっとも、約一名は爆豪くんの写真は見えていないだろうが。
「想くんは欲しいところだが、雄英の地位を落とすには不十分。体育祭一位で、なおかつ表彰式の時に大暴れした爆豪くんをさらった方が効果的だ」
体育祭決勝、爆豪くんはエンデヴァーの息子に舐めプされて、大層お冠だった。あの粗暴な印象が放送され、その子どもが俺たちにさらわれたとなれば、雄英に大打撃を与えられるだろう。日本のメディアは責任問題が大好きだ。
「私は想くん第一です」
「わかったから黙っとけ」
「いやん!ひどいわ弔くん!恋する乙女に黙れだなんて!」
「そうだ謝れ死柄木!お前は正しい!」
うるさい三人組が集まった。トガ、マグネ、トゥワイスの三人が集まるとかなりうるさい。全員有能ではあるが……まぁ、楽しそうでいいんじゃないか?俺は諦めた。
「うーん、できれば殺しは……ナシだな。想くんの印象はいい方がいい」
「あら、結局弔くんも想くんが好きなの?」
「アイツ、いいだろ」
マグネが意外そうに俺を見てくる。どうせ、強く否定するとでも思っていたんだろう。だが、俺は好きだ。恋愛的な意味ではなく、人として。ヒーローを目指しているのが気に入らないが、トガに血を吸われた経験があるのに好きになるのはおかしい。そういうおかしさを持っている人間は、敵になれる素質がある。
なにせ、そういう異常さを肯定できる思考があるということだから。