「麗日さん!」
森を抜けると、運がいいことに麗日さんと蛙吹さんがいた。敵と交戦したんだろう、二人とも怪我をしている。
「急でごめん!僕と障子くんを浮かして、蛙吹さんにあっちの方向に投げてほしいんだ!」
「え、デクくんその怪我」
「早く!久知くんが攫われて、かっちゃんがそれを追ってる!」
「!」
僕の言葉を聞くと、麗日さんがすぐ僕と障子くんに触れてくれた。
「麗日さんにも来てほしい。ここからじゃ攫ったやつとの距離が見えないから、近づいてきたら解除して。できる?」
「やる!」
頼もしい。ただでさえ僕らを浮かさなきゃいけないのに、自分も浮かすとなると負荷がすごいはずだ。麗日さんのこういうところは本当に尊敬できる。
「行くわよ三人とも。絶対に久知ちゃんを助けてね」
「任せて!」
僕ら三人に巻き付いた舌を勢いよく振りかぶって、一閃。僕らは砲弾のように宙へと撃ちだされた。
「追いついたぞクソ仮面!」
「速いな爆豪くん」
久知を攫った木の上を跳び回ってるクソ仮面の横に並び、すかさず爆破。どんな個性か知らねぇが、空中ではこっちに分があるはずだ。クソ玉になった久知を見るに、恐らく小さくする系統の個性。物の大小が自由だとしても、空中での分は覆らねぇ。
だが、クソ仮面は俺の爆破を見たのにも関わらず俺に向かって手を伸ばしてきた。どう考えてもおかしい行動に無理やり軌道修正して、クソ仮面から距離をとる。
「チッ、触れるのが条件みてぇだな」
「おや察しがいい。もう少しだったのになぁ……ま」
クソ仮面が急降下した。それを追って急降下して着地すると、周りにクソ敵、クソ敵、クソ敵。
「察しがいい割に、ここにはくるんだな」
「お、爆豪くんもついてきてくれたのか」
「想くんだけでいいです」
「でかしたコンプレス!ヘマしやがったな!?」
「全員ぶっ殺す」
四人か。個性がどんなもんか知らねぇが、ぶっ殺しゃ関係ねぇ……いや、今はクソ仮面を優先で殺すべきだ。俺と久知が狙われてる以上、手荒なことはされねぇはず。ならうまく立ち回りつつクソ仮面をぶっ殺して、久知を連れて逃げた方がいい。
なら早速やるか、とクソ仮面に手の平を向けた時。上からデクどもが降ってきた。
「あ?」
「きたよ、かっちゃん!」
「うぷ……」
「大丈夫か、麗日」
「そいつの上からどけ!それか殺せ!触れられっとクソ玉ンなるぞ!」
クソ仮面を踏みつぶしながら呑気にべらべら喋ってるクソどもに叫ぶ。慌ててクソ仮面の上からどく三人を見て、俺は久知を取るためにクソ仮面に近づいた。
「待て爆豪!久知なら取った!」
「あ?」
「恐らく、これだろう。エンターテイナー」
言って、クソ腕が見せたのはクソ仮面が持っていたクソ玉。久知がいなくなったときにクソ仮面が見せてきたそれだ。
「チッ、なら逃げっぞ!」
攻撃してこないのは、俺に万が一があるとめんどくせぇからか。ムカつくが好都合だ。本当なら逃げたかねぇが、無駄に戦ってやられるのもアホくせぇ。クソ腕と丸顔はまだしも、ボロボロのクソデクを抱えてやり合うのは分が悪い。なんできやがったんだクソデクコラ!
全員で走ってクソ敵から逃げる。が、クソ敵が追ってこない。なぜだと振り向いて後ろを見ると、USJで見たあの黒いモヤがクソ敵どもを飲み込んでいた。
「は」
「いや、走り出すほど嬉しかったみたいなんでね。言おうかどうか迷っていたんだが……」
クソ仮面は汚ねぇ舌の上にクソ玉を乗せて、ニヤケ面で言った。
「どうだ、いいマジックショーだったろ?」
「……!!」
「くっ、行っちゃだめだかっちゃん!あのワープする敵がいる今、君が行ったら!」
デクの言葉を無視して、クソ仮面に向かって走り出す。俺も狙われてるからどうした。俺はオールマイトの勝つ姿に憧れた。完全無欠の、どんな逆境もひっくり返す無敵のヒーロー。そんなヒーローになるなら、攫われるやつを見捨ててじっとしてるわけがねぇ。
「殺して助けんだよ、黙ってろデク!」
あいつらは俺の確保も目的だ。俺が向かうとなりゃ、欲が出て逃げんの躊躇するはずだ。そこを爆破で一気、に……。
「オイ……何浮かしとんだ丸顔!!」
焦って後ろへの警戒が薄れていたからか、丸顔に浮かされてクソ腕に腕を掴まれた。
「離せ!テメェら見えねぇのか!あいつら今逃げようとしてんだぞ!」
「爆豪くん、お願い」
「ア!?」
「今、爆豪くんが行ったら」
「知るかンなこと!クソ腕、テメェも」
そこで初めて、丸顔とクソ腕とデクの顔を見た。揃いも揃って歯を食いしばって、クソ敵を睨みつけてやがる。
「ちっ、くしょおおおおおおお!!!」
「それではこれにて」
クソ敵全員が、モヤの中に沈んでいった。
二日間。二日間僕は病院で気絶と悶絶を繰り返し、高熱にうなされた。その間のことはまったく覚えていない。ただ、自分がボロボロだってことだけは理解できた。そして、あのことが事実だったってことも。
「……あ」
ベッドのそばには、お母さんの字で「起きたら食べて連絡してください」という紙と一緒に綺麗に切り分けられたリンゴが置かれていた。……またお母さんに心配かけちゃったかな。
「おー緑谷、起きたのか!」
「え?」
病室のドアの開く音が聞こえたかと思って入口の方を見ると、クラスのみんなが入ってきた。峰田くんがメロンを頭上に掲げる姿は平和そのものだけど、みんな沈んだ感情を隠しきれていない。
「A組みんなできてくれたの?」
「テメェ、喧嘩売ってんのか」
「! かっちゃん」
まず思ったのは、意外だった。かっちゃんが僕のお見舞いにきてくれるなんて、天地がひっくり返ってもありえないと思っていたのに。それほど僕とかっちゃんの仲は悪い。まともに喋ったことだってほとんどないし。
かっちゃんは僕のそばまで来ると、イライラした様子を隠そうともせずに吐き捨てるように言った。
「耳と透明はガスでまだ寝てる。で、久知は持ってかれたから17人だ」
「かっちゃ」
「俺ァ行くぞ」
「え、何を」
かっちゃんは行儀悪く轟くんを指した。あまり表情に感情が出ない轟くんにしては珍しく、気まずそうに僕から目を逸らす。
「半分野郎が俺を見て妙な反応すっから、無理やり吐かせたら、八百万が発信機作ってB組のやつの個性でクソ脳無に張り付けたってな」
「じゃあ」
「受信機を作らしゃ助けに行ける」
何を、言っているのだろうか。いや、言っていることは理解できる。脳無につけた発信機を頼りに久知くんを助けに行く、そう言っているだけだ。でも色々納得できない。
「なんで、それを僕に?」
「テメェが俺が行くってことを知ったら、這いずってでもついてくんだろ」
テメェはそういうやつだ、と忌々しそうに吐いて舌打ちを一つ。
「くるなってことだ。足手まといが増えたところで意味ねぇ」
「かっちゃん、君も狙われてたんだよ?それなのに行くって、どういう意味かわかってるの?」
「敵をぶっ殺せば済む話だろ」
「かっちゃん」
これを言ったら、多分かっちゃんは怒るだろう。自尊心の塊みたいな人だ。でも遠慮なんかしない。今回ばかりは絶対に僕が正しい。だって、
「君は、
「緑谷!」
事情を知っている障子くんが止めに入ろうと声を上げるが、その前にかっちゃんが僕の胸倉をつかんだ。みんなから止められても、かっちゃんは僕しか見ていない。怒りで周りの声なんて聞こえてないんだろう。ただ、僕だって怒ってる。友だちが攫われて冷静じゃいられないとしても、これはない。
「テメェ、デク!」
「かっちゃんだけは行っちゃだめだ。かっちゃんは狙われていて、しかも久知くんに守られたんだから」
「なんだ、俺が無様に攫われるとでも」
「実際、そうなるところだっただろ」
「──っ!」
「落ち着けよ爆豪!緑谷も!」
切島くんに羽交い絞めにされて、かっちゃんの手が僕から離れていった。止めてくれた切島くんには申し訳ないけど、僕もかっちゃんも止まらない。そんな性格してない。
「かっちゃん。君もわかってるはずだ。それは一番最悪な選択だって」
「成功すりゃ最善だろうが!テメェ、俺が言って止まるような人間じゃねぇってわかってるだろ!」
誰から見てもわかる。かっちゃんは冷静じゃない。元から考えナシのようには見えるが、実際は考えて動くタイプだ。それだけの頭脳と、こなせる能力がある。でも今回はおかしい。敵の勢力もはっきりしてないのに、戦闘許可もない言ってしまえば一般人と同じ立場で、しかも狙われてるのに敵のところに行く。そんなことしちゃいけないって、バカでもわかるはずだ。
「ここで止まんのはダメなんだよ!俺が敵をぶっ殺して、久知を助けんだ!あんま舐めた口叩いてんじゃ」
「俺が俺がって」
アァ!?と大声で僕を威嚇するかっちゃん。いつもなら怯えてしまうそれが、なぜだか今は子どもが泣いているようにしか見えなかった。
「一体、かっちゃんは誰の心配をしてるの?」
今のかっちゃんからは自分がこうあるべきだっていうある種の強迫観念のようなものが見える。僕だって、かっちゃんが目の前で友だちが攫われて黙ってられるような人間だとは思ってない。でも、今その『らしさ』は必要なのかな?
「君が、色々考えて、久知くんに守ってもらったことも自分が狙われてるってことも無視してそれでも行くって言うなら」
だるい体を奮い立たせ、ベッドから降りて立ち上がる。そのままかっちゃんを正面から見て、言った。
「僕は殴ってでも君を止めるよ、かっちゃん」
色んな感情がごちゃ混ぜになった歪な笑顔で僕を睨みつける。暴力で解決するのは好きじゃないけど、かっちゃんが相手なら仕方ない。
「待てよ!なんでそういう話になんだ!」
「一旦落ち着こうぜ!二人とも冷静になれよ!」
切島くんと上鳴くんが僕たちを止めに入る。ごめん。でも、この分からず屋は殴ってでも止めなきゃいけないんだ。
「テメェが、俺を、殴って、止める?」
「そう言ったよ」
「そこまでだ君たち!冷静でいられないのはわかる!だが、内輪で揉めている場合じゃないだろう!?」
「そうだ君たち!悔しい気持ちをぐっとこらえて、ここはプロヒーローに任せなさい!」
「……え?」
飯田くんの後に喋った人は、誰だ?何か、入り口の方から聞こえたような……。
「うーん、お見舞いに来てみれば随分とアツい展開になってるな」
「久知の親父さん!」
驚いたように叫ぶ切島くんの言うことが本当なら、この人は『根性ヒーロー:ノーリミット』!?僕のお見舞いにって、なんで。
「話は全て廊下で聞いていた。別にタイミングをつかみ損ねたわけじゃなく、感情の吐露は必要なことだからな。いや、本当に。ただ大人でプロヒーローな俺からすれば、行かせるわけにはいかないな」
「っるせぇ!俺は」
「君たちが束になってかかってきても、俺の足もとにも及ばない」
ノーリミットは何でもない風に、さらっと言ってのけた。雄英ヒーロー科一クラスが自分の足もとにも及ばないと。
「あぁちなみに告げ口のようで悪いが、相澤先生にも連絡しておいた。色々要約するとバカ野郎!だそうだ。ハッハッハ!まぁここは任せてくれ。こういうときのためのプロヒーローだ」
言って、ノーリミットは病室をぐるっと見渡してから背を向けた。そして、首だけこちらへ向けて笑顔のまま、
「行ったらぶっ飛ばすぞ」
僕らに恐怖を植え付けて、去っていった。