「……」
「……」
「……」
「……」
「おい、デク」
「何?」
「何?じゃねぇよ。ぶっ殺されてぇのか」
あの後。退院した僕は万が一に備え、お母さんに連絡してからかっちゃんの家にお邪魔していた。ノーリミットが止めに来てくれたから大丈夫だとは思うけど、あの冷静さを欠いたかっちゃんなら一人で行きかねないと思ったからだ。夕飯までごちそうになっちゃったのは申し訳ない。
「んな信用ならねぇのかよ」
「ならない」
「チッ、気色悪ぃ。ストーカーかよテメェ」
ストーカーって言われても仕方ないくらいのことはしてる自覚はある。でもどっちかっていうと監視の方が近いんじゃないかな。
「テメェと同じ空間にいるってだけでも耐えられねぇのに、俺が動く度に反応しやがって」
「僕をどうにか出し抜いて出て行こうとするのかと」
「出て行ったところで受信機がねぇだろ。もう俺には追えねぇよ」
それはそうだけど、あらかじめ八百万さんが受信機を作ってる可能性も否定できない。かっちゃんなら脅して作らせてそうだし、十分ありえる。やっぱりかっちゃんの家にきたのは間違いじゃなかった。
……素直にかっちゃんが居座るのを許してくれるとは思ってなかったけど。何かしら心境の変化があったのだろうか。かっちゃんが僕の滞在を許す心境ってなんだ?もしかしたらかっちゃん、敵の個性で洗脳されてるとか?
「こっちみんな。デクがうつる」
よかった。いつものかっちゃんだ。病院の時よりは落ち着いている。かっちゃんが落ち着いてるってイメージはないけど。
「かっちゃん。ごめんね、病院でのこと」
「あ?」
「ふざけんなって思ったとはいえ、言い過ぎだったかなって」
わざとかっちゃんの自尊心を傷つけるようなことを言ってしまった。普段なら爆破されていてもおかしくない。むしろ、あの時怪我を増やす覚悟で言っていた。だから謝らなきゃと思った。僕が思っていたよりも、かっちゃんは冷静だったのかもしれないと思って。
「……いや」
かっちゃんは苦虫を嚙み潰したような表情でぼそっと呟き、僕を見た。
「あれは」
「ちょっと二人とも!大変なことなってるよ!」
かっちゃんの言葉を遮ったのは、勢いよくドアを開けたかっちゃんのお母さん。かっちゃんのお母さんは驚いて固まる僕たちの手を力強く掴んでリビングへつれていく。一体何が?
「んだババア!」
「いいからくる!」
かっちゃんに厳しく返しながら僕に「ごめんね?」と言ってくれたので会釈をする。リビングにつくと、僕を掴んでいた手は離れ、かっちゃんはソファに向かって放り投げられた。……なるほど、かっちゃんの親だ。
「っにすんだ!」
「テレビ!」
言われるがままにテレビを観ると、そこには。
『この度──我々の不備からヒーロー科1年に被害が及んでしまった事、ヒーロー育成の場でありながら敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えたこと、謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした』
「な……」
相澤先生、ブラドキング、校長先生が雄英代表で謝罪会見を行っていた。相澤先生はメディア嫌いなのに……いや、そういう問題じゃないか。生徒が一人攫われてるなら、社会的に謝罪会見は必要だ。
『NHAです。雄英高校は今年に入って4回生徒が敵と接触していますが、今回生徒に被害が出るまで各御家庭にはどのような説明をされていたのか、また具体的にどのような対策を行ってきたのかお聞かせください』
「このゴミども、雄英の基本姿勢は知ってんだろが……」
かっちゃんの言う通り、体育祭開催のときは『あえて開催することで強気の姿勢を見せる』って説明があったはずなのに、それをまた言わせようとするってことは……悪者扱いだ。
マスコミは言ってしまえば売れればいい。だから質問相手を怒らせて、売れるような言葉を引き出せれば一番だ。そしてその印象操作は世間に濃く伝わる。……相澤先生、怒らないといいけど。
「怪しいものは入ってませんよ」
「……ありがとう、ございます?」
攫われた俺は、敵連合がアジトにしているであろうバーにいた。なぜか、拘束もされず飲み物まで出して歓迎される始末。バーカウンターの椅子に座り、右隣に被身子、左隣に死柄木が座っており、バーテンダーのようにモヤモヤの人が立っており、他の人たちは俺たちを囲むように立っている。拘束されてはいないが、逃げられない。
そして、俺たちは設置されたモニターに映っている雄英の謝罪会見を観ていた。
「俺たちじゃなくヒーロー側責めているところを観ると、申し訳なくなってくるな」
「よく言うなぁ……」
モヤモヤ……黒霧さんがくれた飲み物を一口飲み、悪態をつく。お前らが攫ったクセに申し訳ないってどの口が言ってんだよ。言いすぎると殺されそうだからあんまり言わないようにするけど。
「あ、被身子。あの先生が俺の尊敬してる人」
「へー!なら私も尊敬する!」
「おいおいトガちゃん、ヒーローを尊敬してどうすんだよ!ところでイレイザーのサイン持ってない?」
「相澤先生はそういうタイプじゃないんで、ごめんなさい」
「ほしくねぇよ!残念だぁ」
あのマスクの人面白いな。確かトゥワイスさんだっけ。俺がここについたときに死柄木が教えてくれた。くれた?いや、死柄木に教えられた。どうやら死柄木は俺が完全に敵連合に入ったものだと考えているらしい。入らねぇよボケ。
「ねぇねぇ久知くん。ヒミコちゃんとの馴れ初め聞かせてくれない?」
「被身子から聞いてないんですか?」
「だって両想いだそうじゃない?久知くんからも聞いてみたくて!」
「えー、恥ずかしいなぁ」
俺も思春期だから、好きな子の話をするのは照れ臭い。しかもこんな大勢の前で……いやそもそも今敵に囲まれてるからそんな場合じゃないんだけど。
「お前、やっぱ敵に向いてるぞ」
「なれるかもしれねぇけど向いてはない」
「一緒にやろう!想くん!」
「俺はヒーローになるの」
「えー、やろ?」
「死柄木も言ってやれ」
「俺もトガ側なんだが」
そういえばそうだった。死柄木って前ショッピングモールで会ったときの印象的に被身子の保護者的な立ち位置に見えたから、てっきり俺の味方をしてくれるのかと思った。ダメだ、被身子が隣にいるとどうしても調子が狂う。
「ま、真面目な話をするとな。爆豪くんを攫おうとしたのは雄英に打撃を与えるためだが、お前を攫ったのはお前が敵に向いてると本気で思ったからだ」
「俺は向いてないと思う」
「今、お前は俺たちを怖がっていないだろう?」
図星だった。ショッピングモールで会った時は多少怖がっていたが、今はそこまで怖くはない。それがなぜか自分ではわからない。ただ、言い当てられるほど自然体であるということは間違いない。
「ヒーローだから敵に屈しない、強気でいる……そういう理由も考えられるが、お前はそうじゃない気がするんだ。今自然体でいるのがその証拠。親近感、諦め、色々あるが……まぁ、そこまではわからんな」
「一人でベラベラやかましいなお前。話したがりか?」
「そういうことをカウンターに突っ伏しながら言えるのがそもそもおかしいって言ってんだよ」
……無意識だった。被身子が俺の髪をいじってくれるのがあまりにも心地よすぎて、突っ伏している状態が普通になってしまっていた。敵の本拠地にきてリラックスするヒーローがどこにいる?俺は本当に親近感を持ってるのか?いや、今抵抗しても無駄だからと諦めているだけのはずだ。諦めるにしても早すぎないか?
俺は、こういうときどうするやつだった?
「言ったろ。向いてるんだよ」
面白そうににたにたと笑いながら俺を見る死柄木から、なぜか目を離せない。ただ、恐怖も、緊張も、マイナスな感情はなかった。これは、なんだ。親近感じゃない。
「お前は、俺たちみたいなやつを受け入れるのに、向いてるんだ」
──なぜか、死柄木が悲しそうだと。そう感じた。
そういえば、俺は敵をも救えるヒーローになろうとしていたんだったか。その理由に被身子がいるのは間違いない。ただ、被身子だけを救うヒーローになろうとしていたのか?そうじゃない。敵にならざるを得なかった敵を、社会、環境が敵にした人を救おうとしたんだ。
敵連合の人たちは、どうなんだろう。もしかしたら俺は、根っこから悪人じゃないって感じてしまってるから怖がってないのか?
『今回攫われた久知くんはまさに文武両道と言ってもいい生徒だったと伺っています。ですが、同時に体育祭である種の危うさも見せました。ほとんど動けるような怪我ではないのにも関わらずトーナメントを戦い、最後は個性が暴走。この異常に目を付けられ狙われたとして、もし久知くんが悪の道に染まってしまったとしたら?久知くんが敵にならないと言い切れますか?』
思考を巡らせている中、ふと謝罪会見の音が耳に入った。先生を攻撃して怒らせようとするだけの、何の根拠もない暴論。相澤先生はメディア嫌いだから、それを知ってのことだろう。
でも、そうか。俺を"異常"だと捉える人がいるのか。わからなくもない。あんなボロボロな体なら、棄権した方がいいに決まってるから。
ネガティブなことを考えながら、テレビを観てみる。ここで相澤先生がキレてくれたら、それはそれで俺はありがたいかもしれない。俺を想ってのことだし。雄英側にとっては、マイナス、だろう、けど……。
『体育祭での行動は確かに。一生徒を預かる身として、許容するべきものではなかったかもしれません』
モニターの中の相澤先生が、頭を下げていた。
『ただ、アレは"異常"ではなく"成長"です。彼は、様々な事情を抱えもがいている。自ら思い、描いたヒーローへの道を歩んでいる。誰よりも人を想う心があり、救う心を持っています。皆さんに見える形がどうであれ、それは変わりません』
……相澤先生に初めて会った時、言ってくれてたな。
『彼は、ヒーローに向いている。敵になることはありえません』
『感情論に聞こえます。私は具体的な根拠を──』
「悪い、死柄木」
「……」
「俺、ヒーローになるんだ」