俺はずっと好きでいる   作:とりがら016

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神野、はじまり

「交渉決裂か。いけると思ったんだが、残念だ」

 

 死柄木が言葉とともにため息を漏らす。残念だという割にはそれほど残念そうに見えない。白々しく肩を竦める姿は、最初から俺が敵にならないと確信していたように見える。

 

「仕方ない、黒霧。もう行こう。あんまりだらだらしてるとヒーローがくる」

 

「ヒーロー……?いや、それより待てよ。俺を殺さなくていいのか?」

 

「別に殺してやってもいいんだが」

 

 俺が敵連合に入らないなら死柄木からすれば殺してもいいはず。そう思って聞いたとき、俺の腕を被身子がぎゅっと掴んだ。見ると、頬を膨らませてとても可愛らしい怒り方をしている。

 

「俺が殺すと怒られそうだ。お前みたいなやつは殺すに限るんだが」

 

「ダメです」

 

「らしい。……黒霧、ゲートだけ開けておけ」

 

 死柄木の指示通りに、黒霧がゲートを開く。そこに次々と敵連合の人たちが入っていき、死柄木もゲートに半身を沈めた。それと同時に、外が段々騒がしくなってくる。騒がしく、というより何か戦闘音のような……。

 

「……先生の言った通りだったな」

 

「は?先生?」

 

「こっちの話だ。トガ、二分だ。二分経ったらゲートは閉める」

 

 あとは好きにしろ、と言い残して、死柄木はゲートの向こうに消えていった。まさか、俺と被身子に気を遣って?いや、被身子に俺の説得を任せたとか?それとも始末を?ダメだ、わからん。でも、せっかく襲撃して得た俺をあっさり手放すのも違和感があるし、恐らく説得か殺害が目的だろう。死柄木が手を下さなかったのは、殺した後被身子がめんどくさいから。

 

 被身子なら、俺を殺すなら絶対に自分の手でって思ってるはずだから。

 

「想くん」

 

「なんだ」

 

 バーに二人きり……多分黒霧もいるが、雰囲気的には二人きり。なんとなくいやらしい感じがしてどぎまぎする。落ち着け、俺はヒーローで被身子は敵だ。それを間違えちゃいけない。

 

「ほんとうに、きてくれないの?」

 

 被身子は掴んでいた俺の腕をそっとなぞり、手を重ね合わせた。好きな女の子の体温にドキッとしつつも、煩悩を振り払って真面目に向き直る。

 

「俺は、ヒーローだから。敵連合には入れない」

 

「……そっか」

 

 悲しそうに俯いて、被身子は席を立った。手を引く被身子につられて俺も立ち上がり、まるで結婚式の新郎新婦のように向かい合う。手はつないだまま。……手汗、かいてないだろうか。

 

 俯いていた被身子はゆっくり顔をあげると、今にも泣きだしそうな笑顔で、言った。

 

「ねぇ想くん。もらってもいい?」

 

「もらっても、って」

 

 恐らく、血のことだろう。被身子の愛情表現。好きな人にキスをするように、被身子は好きな人の血を吸う。幼い頃、俺も血を吸ってもらった。あの行為には確かな愛を感じた。それを今、被身子はやってもいいかと聞いているんだろう。

 

 正直、ヒーローの身としては頷き辛い。被身子は血を吸うとその人に変身できる個性を持っており、ほいほい血を渡すのはヒーローとしてよくない。好きな子だが、敵なんだ。その線引きをしっかりしておかないと、俺はヒーローじゃなくなる。

 

「ごめん、それは」

 

「んっ」

 

「!?」

 

 できない、と言おうとした時だった。唇に伝わった柔らかい感触を認識する前に口内が蹂躙され、遅れて快感がやってくる。何をしているのか理解できず身を任せていると、ゆっくりと被身子が離れていった。被身子は俺に意識させるように自分の唇を指先でなぞり、妖しく微笑んだ。

 

「確かに、頂きました」

 

「……!?」

 

「じゃあね、想くん。今度は、絶対にこっちへきてもらうね」

 

 混乱する俺を放置して、被身子はゲートの向こう側へ消えていった。俺、一体何されたんだ?理解が追いつかない。頂かれたことは間違いない。ただ、その頂かれ方が問題で……。

 

 放心状態のままぽけーっとしていると、突如ドアが勢いよく吹き飛んだ。そういえば死柄木がヒーローがくるとか言ってたっけ、と徐々に思考を取り戻しつつドアの方を見ると、焦った様子のオールマイトがいた。相変わらず画風が違う。

 

 

「無事か!?久知少年!」

 

「あ、無事です」

 

 心は無事じゃないけど。暴力も何もなかったし、普通に元気だ。むしろ合宿の時の方が無事じゃなかった。

 

「すまない。乗り込もうとしたときに複数の脳無が現れてね……敵連合の連中は?」

 

「さっきゲートでどっか行きましたよ。オールマイトたちがくるってわかってたみたいですね」

 

「そうか……できればここで捕まえたかったが、久知少年が無事ならなによりだ」

 

 怖かったろう、と肩を叩いてくれるが、怖くなかったんです。申し訳ない。とりあえず「ありがとうございます」と返すと、オールマイトは歯を見せてにかっと笑った。流石No.1ヒーロー。人を安心させる笑顔だ。……俺も練習しようかな、笑顔。

 

「私も君と一緒にいてあげたいが、神野に行かなければならない。神野にもヒーローが向かったのだが、連絡が途絶えていてね。何かあったはず、だ……」

 

「どうしたんです?オールマイト」

 

 俺の背後を見て、オールマイトが突然固まった。敵連合はいないはずだし、俺の後ろにはモニターしかないはず、だが……。

 

「は?」

 

 モニターを観ると、オールマイトが固まった理由がわかった。ヘリからの映像だろう。上空から見下ろす神野は、荒れ地と言っていいくらいボロボロになっていた。建物が倒壊し、多くの人が倒れ。しかし、そこに立っている人間が二人いた。

 

 マスクをつけた得体の知れない男と、全身ボロボロになった根性ヒーローノーリミット。俺の、父さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は数分前にさかのぼる。

 

 警察の捜査によって久知が囚われている場所がわかっており、久知の親であるノーリミットは息子が現場にいると冷静さを保てないかもしれないという理由で、神野にあると思われるアジトの制圧に回っていた。

 

 ノーリミット以外で制圧に参加しているのはNo.4ヒーローベストジーニストを初めとして、ギャングオルカ、Mt.レディ、林間合宿時に同じプッシーキャッツのメンバーであるラグドールが攫われた虎等の実力派ヒーロー、更に警察。並の敵なら相手にならないほどの戦力を持って臨んだ制圧は、拍子抜けする結果に終わった。

 

「……何も、いない?」

 

 脳無格納庫であろうと予想して突入した廃倉庫には、脳無が一体も存在しておらず、脳無が入っていたであろう生体ポットと、意識がどこかへ飛んでいるラグドールのみが存在していた。

 

「事前に察知されていたか……だとすると、罠の可能性があるな。タイミングよく脳無を移動したとは考えづらい」

 

 ギャングオルカの言った『タイミングよく脳無を移動したとは考えづらい』というのは、その場にいる全員の意見だった。たまたま脳無を移動しようとしていた、というのはいくらなんでもタイミングがよすぎる。元々そういう計画があり、攻められることを危惧して移動させた、ということも考えられるが、それならば移動させたことを悟らせないためにダミーを置いていてもいいはずだ、というのが総意だった。脳無という怪物を作り出せるのであれば、ダミーを作り出すことなど容易なはず。わざわざ初めからもぬけの殻にする必要はない。

 

「しかし、罠だとしてもどういった罠なのか……こう言ってはなんですが、我々の戦力に太刀打ちできる罠などそうないのでは?」

 

「確かにそうですが……我々は敵の戦力の全体を詳細に把握できてません。警戒するにこしたことはないでしょう」

 

 ノーリミットの楽観的ともとれる発言に、ベストジーニストが返す。ヒーロー歴はノーリミットの方が長いが、No.4に名を連ねるだけあって現場慣れはベストジーニストの方に軍配が上がる。ノーリミットはほとんど自分の事務所を構えている区で起きた事件にしか赴かないためでもある。

 

 新人のMt.レディが向けてくる「大丈夫かな、この人」という視線をノーリミットは華麗に無視して、ベストジーニストの言う通り警戒を始めた。ノーリミットは個性の性質上体を鍛える必要があり、その感覚も鋭敏である。チンピラ程度の敵なら個性を使わずとも制圧できるほどの強さを誇るノーリミットは、廃倉庫の暗闇の先から聞こえる足音に気づいた。

 

「何かいます。皆さん、お気をつけて」

 

 ノーリミットの言葉に、その場にいる全員がノーリミットの視線の先にいる何かを警戒した。敵の戦力は未知数。すぐに対応できるように全員が構えた、が。

 

 訪れたのは、暴力だった。

 

 何が起きたか理解する前にヒーローたちは圧倒的な暴力に曝され、それは周囲の建物までをも崩壊させた。意識を保てたのは、二人だけだった。

 

「ホウ。すばらしい!流石はNo.4。瞬時に味方の繊維を操り、僕の攻撃範囲から少しでも逸れるよう引っ張った。そして……」

 

 姿を見せた得体の知れない男……死柄木を育てあげた敵連合のボスともいえるオール・フォー・ワンが、もう一人の意識を保っている人物に顔を向ける。その人物は、辛うじて意識を保っているベストジーニストとは違い、少々負傷している程度で済んでいた。

 

「ノーリミット。ランキングに上がっていないが、知っていたよ。ともすればオールマイトにも匹敵する力を持っているヒーローだとね」

 

「そいつは、光栄だな」

 

 体の正面で腕を交差させて笑みを浮かべるノーリミットは腕を下げると、倒れたヒーローたちを庇うように前に出た。

 

「ジーニストさん、倒れたヒーローたちの避難を。私は……」

 

「うん?」

 

 一瞬だった。ノーリミットが踏み込んだかと思うと、オール・フォー・ワンに肉迫し、顔面を殴りつけた。

 

「こいつの相手をする」

 

「君に私の相手が務まるかな?」


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