『玄岩』の訓練を中心に、ちょこちょこ『風虎』と『雨雀』の訓練に終始した日々は過ぎ。ヒーロー仮免許取得試験当日を迎えた。
「この試験に合格し仮免許を取得できればお前らタマゴは、晴れてセミプロへと孵化できる。頑張ってこい」
「頑張ります!見ててください相澤先生!」
「懐くな」
腕を上げて相澤先生にアピールすると、しっしっと手で払われてしまった。冷たすぎる。これから仮免試験を受けようという生徒に対する態度じゃない。だが俺は知っている。相澤先生は生徒想いだから、きっとこれは照れているだけだ。そう信じないと俺の心が持たない。
周りを見ると、そこそこ注目されている。雄英ってだけでも注目度が高いのに、雄英体育祭がテレビで放送されるから尚更だろう。あそこに士傑……、がいるからあっち見といてほしい。東の雄英、西の士傑って言われるほどの難関校なんだから。
「イレイザー!?イレイザーじゃないか!」
周りを観察しながら気持ちを落ち着かせていると、先生を呼ぶ女性の声。先生に女性の影がちらついたのは初めてだったので首が取れるくらいの勢いで声の主を探すと、笑顔が素敵な女の人がいた。
「テレビや体育祭で姿は見てたけど、直で会うのは久しぶりだな!」
親し気に話しかける女の人とは対照的に、相澤先生はめちゃくちゃ嫌そうな顔をしている。子どもが言うのもなんですけど、あんまり顔に出すのはよくないですよ。
「結婚しようぜ」
「しない」
「わぁ!!」
「やった!」
女の人の求婚にテンションが上がった俺は思わず芦戸とハイタッチ。やはり相澤先生の魅力はわかる人にはわかるらしい。いい人だもんな。見た目は小汚いけど。生徒想いでカッコいい人だ。見た目は小汚いけど。
お相手も綺麗な人だし、相澤先生が全力で嫌そうな顔をするってことは仲のいい証拠だ。ここは祝福すべきだろう。
「おめでとうございます。相澤先生」
「覚えとけよ」
「仮免試験で舞い上がってたみたいです。申し訳ございませんでした」
「ブハッ!ウケる!」
ウケてしまった。俺は相澤先生に睨まれて気が気じゃないっていうのに。調子に乗り過ぎた。仮免試験とっても相澤先生に殺されるかもしれない。いや、仮免試験とったら許してくれるか?
「私と結婚したら笑いの絶えない幸せな家庭が築けるんだぞ」
「幸せじゃないだろその家庭」
「相澤先生の笑ったとこみたいよな」
「みたい!」
相澤先生に怒られるのは嫌なので芦戸に耳打ちする。芦戸はこういう話題が好きなので、ハイテンションで乗ってくれた。そのせいでまた相澤先生に睨まれる。逃げるためにこいつです、と芦戸を指すと、相澤先生にお前だろ、と指された。芦戸の評価は下がるわ相澤先生に怒られるわ最悪である。
「なんだ、お前の高校もか」
「そうそう。おいでみんな!雄英だよ!」
そんな動物をみるみたいな言い方しなくても……爆豪は動物みたいだけど。
「おお!本物じゃないか!」
「すごいよすごいよ!テレビで見た人ばっかり!」
「1年で仮免、へー随分ハイペースだね。まぁ色々あったからね。流石雄英、やること違うなぁ」
目が笑っていない笑顔の男の人、ミーハーっぽい女の人、一人だけめちゃくちゃ喋る髪の長い男の人、喋らなかった人。どうやらこの人たちが女の人の生徒らしい。
「傑物学園2年2組。私の受け持ちだ。よろしくな」
2年……そういえばそうか。俺たちは前倒しで受けに来てるだけで、本来なら仮免は2年にとるやつだったっけ。優秀過ぎじゃない?俺たち。
「俺は真堂!今年の雄英はトラブル続きで大変だったね!」
「さわっ……はい。大変でした」
「今触るなって言いかけたぞアイツ」
「流石爆豪と並んでクソみたいな性格してるだけあるな」
「誰がクソだアホ面!」
「触るなって言いかけてないしな。失礼なこと言うなよ瀬呂」
言いかけたけど。だって初対面で手握ってくるやつなんて信用ならないし。今から敵になろうっていう人なのに。それに物間のように触れることで条件を満たす個性かもしれない。個性がわからない以上、無暗に接触するのはよくない。目が笑ってないのも怖い。
「失礼だろ久知!すみません無礼で」
「いいんだよ!恐らく僕を警戒してくれたんだろう?光栄なことさ!」
「爆豪、あの人怖い」
「ウゼェ」
「お前も怖いな」
いつの間にか俺の周りに怖い人が集まっていたようだ。相澤先生も怖いし。なんだ、俺を恐怖で殺す気か?
「コスチュームに着替えてから説明会だ。時間を無駄にするなよ」
「はい!」
相澤先生が時間を気にし始めたら即行動。雄英1-Aの常識だ。時間を気にし始める前に行動しろという話だが、そこは学生。大目に見てほしい。
相澤先生に怒られないよう、俺たちはコスチュームの着替えに向かった。
仮免試験一次は、受験者1500人での勝ち抜け演習。先着100名らしく、とてつもなく狭き門だ。合格率5割だと聞いていたが、社会で色々アレがあったので仕方ないだろう。俺も当事者っぽいところはあるし、文句はあまり言えない。
一次試験は、体の好きな場所、ただし常にさらされている場所にターゲットを取り付け、それぞれに配られる6つのボールでターゲットに当てる。ターゲットはボールが当たると発光し、3つ発光した時点で脱落となり、3つ目のターゲットを当てた人が倒した判定。二人倒した人から勝ち抜き、というルールだ。
「えーじゃあ展開後ターゲットとボールを配るんで、全員に行き渡ってから1分後にスタートとします」
「展開?」
展開という言葉に疑問を持ったのもつかの間、俺たちがいた会場の天井と壁が徐々に開いていき、現れたのは街、山、滝などの様々な地形。まず初めに思ったのが、金かかってんなぁという色気のない感想だった。
「各々得意な地形、苦手な地形があると思います。自分を活かして頑張ってください」
俺にはあまり得意な地形とかないんだけど……しいて言うなら山か。疲れやすそうだし。ただ、山、滝など自然が溢れかえっているところではそれこそ独壇場になりかねない個性の人がいそうなので、パス。梅雨ちゃんとか。
「先着で合格なら、同校で潰し合いはない。むしろ手の内を知った仲でチームアップが勝ち筋!みんな!あまり離れず一かたまりで動こう!」
「フザけろ遠足じゃねぇんだよ!」
緑谷の提案を即座に跳ねのけ、一人集団から離れる爆豪。まぁ爆豪ならそうするよな。
「爆豪は俺と切島に任せろ、緑谷」
「え、でも」
「単独行動はマズいからな」
離れていった爆豪に追いつくため切島と並んで走っていく。自然と「俺と切島に」って言っちゃったけど、よかったのだろうか。確認のために切島を見ると、にかっと歯を見せて笑ってくれた。本当にいいやつだ。
「ダチだからな!」
「ほんと好きだわ切島」
「俺は!?」
「?」
切島と二人で走っていたはずが、後ろから聞きなれた声がした。振り向くと、上鳴。なんできてんだこいつ。
「なんできたんだ?」
「なんか走ってったからついてきちゃったんだよ!」
「人数多い方が心強ェ!ありがとな!」
「見たか久知!これが人格者だ!」
「テメェから脱落させてやろうか?」
ひぃ!と叫んで俺から距離をとる上鳴。冗談だって。油断してるところを背後からポン、ってやれば楽だろうが、それで合格してヒーローを名乗れるのかという話になる。俺は名乗れないと思う。あまりにも卑劣すぎる。
しばらく走るとすぐ先に特徴的なツンツン頭。爆豪だ。走る速度を上げて爆豪と並ぶと、まず「ンできてんだテメェら!」という可愛くない罵声。
「お前なら一人でも大丈夫だろうが、一応な」
「どうせ初めは個性使えねぇから、疲労がたまりやすい俺の方にきたんだろ。大勢いるとたまりにくいからな」
「流石爆豪。察しがいい」
「ダチだからついてきたワケじゃねぇのか!?」
「やっぱ久知は久知だな」
仕方ないだろ。小刻みに個性を使えるようになったとはいえ、今は仮免試験。俺たちより一年以上長く訓練していた人たちが本気で取りに来てるんだ。そんな悠長なことをしていられない。今だってちょっとずつ個性使いながら走ってるし。既に上限解放20できるぐらいにはダメージがたまっている。非常に痛い。
爆豪を先頭に、高架道路に上がるためのはしごを上っていく。もう一次はスタートしており、遠くの方で戦闘音が聞こえてくる。みんな大丈夫だろうか。分断とかされてなきゃいいけど。俺みたいにダメージ、疲労を欲しがる個性じゃない限り集団でいた方がいいに決まってるんだから。あと上鳴も爆豪も轟もそうか。他に人がいたら範囲攻撃がしにくい。
はしごの終わりが見えてきた。出たところで待ち伏せされていたら危険なので爆豪にそれを伝えると、「わかっとるわ」と冷静な声。いつものように怒鳴ると位置を知らせるとわかっているのだろう。やっぱり変なところ冷静だ。
まぁ先頭が爆豪なら大丈夫か、と安心していると爆豪が上り終えたのと同時に、爆発音が聞こえてきた。慌てて三人ではしごを上りきると、何やら気持ち悪い肉の塊が士傑生の足下にうじゃうじゃ。
「こういうことだろ」
「……腐っても雄英生ということか」
あの肉の塊は目の細い士傑生の個性だろうか。爆豪に目配せすると、頷きが返ってくる。
「気色ワリィ肉飛ばしてきやがる。多分ソレに触れるとあぁなるんだろ」
「なるほど。切島は分が悪いな」
飛ばしてくるということは遠距離が可能ということで、どれだけ数を出せるのかもわからない。この状況で切島を前に行かせるのは危険だ。囮という手もあるが、それなら俺が前に出た方がいい。機動力なら俺の方が上だ。
まぁ、それをする必要はあんまりないんだが。
「爆豪、合わせろ」
「うっせぇ」
「我々士傑生は活動時制帽の着用を義務づけられている。なぜか?それは……」
「『
ごちゃごちゃうるさい目細士傑生に新必殺技の『針雀』を撃つ。『針雀』は『雨雀』よりも威力を抑え、なおかつエネルギーも針のように小さくした必殺技。必殺かどうか怪しいところだが、カッコいいから必殺技だ。
「人が話しているときに!」
「俺ら四人前にして喋ってっからだろうが」
「あ」
俺が『針雀』を撃ったのと同時。爆豪が空中を爆速で飛んで目細士傑生の真上まで距離を詰め、切島と上鳴が走り出す。肉の塊で『針雀』を防いでいる目細士傑生は、切島と上鳴の対処に肉の塊は使えない。
「死ねや!」
どちらにせよ、爆豪に爆破されて終わるんだけど。
「やっぱり、何かする前にぶっ倒すのが一番だな」
『針雀』をやめて、前に突き出していた腕を下げる。いやぁ、切島は『硬化』があるからともかく、上鳴は生身だから『針雀』を当てないようにするのに苦労した。爆豪だけで足りていたとは思うが、保険は必要だったし。
ただ、目細士傑生を倒してもまだ終わりじゃない。肉の塊にされていた受験生たちがもごもごと奇怪な動きで元に戻り始めている。ので、とりあえず近くにいた人をひっつかんでぶん投げ、混乱しているところにボールをターゲットにぶつけてぶっ倒しておいた。南無。
「お前本当にヒーロー?」
「油断してたあの人が悪い。それより、くるぞ」
「燃えてきた!」
「まとめてぶっ殺す」
ここにヒーローっぽくない人がもう一人いるんですけど。