「このままじゃ、ダメだって思った!」
「お、おう」
「あ゛?」
昼休み。食堂に行こうとすると、後ろの席から突然緑谷がわけのわからないことを言い出した。俺はその勢いに圧され、爆豪は眉間に皺を寄せてキレている。なんでキレてんだお前。
俺たちの反応を見て緑谷はぐっと握っていた拳を柔らかく解き、「いや、昨日のね」と続けた。
「絶対勝てるように、って作戦を立てたつもりだったのに、最初から戦い続けてたかっちゃんたちに負けちゃって、このままじゃダメだって思ったんだ。もちろん、チームワークもすごかったけど、それ以上にかっちゃんと久知くんの素の力が鮮烈だった」
「オイラは……?」
「も、もちろん峰田くんもね!?」
席を立って教室を出ようとしていた峰田は緑谷の声が聞こえたのか、少々お冠な様子で緑谷に問いかける。焦った緑谷がフォローするが、「どうせオイラはそこの化け物二人とは違いますよー」と拗ねて教室を出ていってしまった。誰が化け物だコラ。
緑谷は教室を出ていった峰田を「大丈夫かな……」と気にしつつ、また俺たちに目を向けた。
「強くならなきゃって思ったんだ。君たちを超えるくらいに」
「俺を!!? 超えるだァ!!?」
「落ち着け爆豪。もうすぐ飯だぞ」
「ンなことでイライラしてねンだよ!」
ほら、爆豪がイライラするから緑谷がビビってる。これじゃ俺たちが緑谷をいじめてるみたいじゃねぇか。俺が誰かをいじめるなんてそんなことあるはずないのに。なぜなら俺は聖人君子でそもそも生まれてこの方一度も口汚い言葉を吐いたことがない。そんな俺だからこそ爆豪と友だちでいられるってところもあるが。
「おーい、何してんだ二人とも? そうしてっと緑谷いじめてるようにしかみえねーぞ」
「誰が誰をいじめてるって!!?」
「うわっ、なんでキレてんだ!?」
俺たちに食堂へ行こうと誘いにきたのか、上鳴が俺と爆豪に声をかけてきた。緑谷をいじめてるなどと信じられないことを言う上鳴に怒った俺を、切島が「まーまー」と宥めにかかる。
「そんな怒ることじゃねぇだろ。そんで、何の話してたんだ?」
「あ、実はかっちゃんと久知くんを自主練に誘おうと思ってて」
「誰がテメェなんかに付き合うか!」
「おぉ! そういう熱い話は好きだぜ! 俺も参加していいか?」
「もちろん! 実戦形式でやりたいと思ってたから、人数は多ければ多いほど色んなパターンができて……」
「実戦?」
爆豪が実戦という言葉に反応した。爆豪の考えていることはなんとなくわかる。自主練という名目で実戦形式なら、合法的に個性をぶっ放せる上に誰かをボコボコにできてストレス発散できる、ってとこだろう。まぁストレス発散は言い過ぎだが、戦うことが好きな爆豪ならこの誘いに乗るはずだ。
「使用許可は下りてんだろな」
「えっ、うん。今日の放課後にTDLを……」
「ハッ、ぶっ殺してやらァ! 行くぞ!」
「やっぱ乗った」
爆豪は先ほどのブチギレフェイスはどこへやら。好戦的な笑みを浮かべて席を立ちあがり、大股で食堂へ向かっていった。俺も最近インターンに呼ばれないから暇してたところだ。体が鈍らないようにっていう意味でも、自主練の誘いは嬉しいところではある。
「あ、俺に負けた上鳴はくる?」
「クッソ! そんなこと言いつつお前負けかけてたじゃん!」
「おう。お前強かったしな」
「え? ん? ありがとう?」
首を傾げて頭の上に「?」を浮かべる上鳴を放置して、俺は切島と一緒に爆豪の後を追いかけた。
放課後、TDL。俺は麗日と上鳴と肩を並べて、爆豪と切島からボコボコにされている緑谷を見ていた。麗日は昼休みの会話を聞いていたらしく、「私も行く!」と緑谷に押しかけ、どもりながら緑谷がオッケーしたらしい。戦ってるときは凛々しいのに、日常生活だと途端にヘタレるよな、緑谷。
「しっかしまぁ、やっぱ二対一だとボコられるか」
「そりゃ爆豪がいるしなぁ。しかも爆豪の爆破でほとんど怯まねぇ切島が組んでりゃ最強じゃね?」
「だから仲がいいんかもねぇ」
「あ、入った」
喋っていると、爆豪の爆破が緑谷にクリーンヒット。緑谷は俺たちの目の前に吹き飛ばされてきた。受け身をとっているのは流石だと言うべきだろう。爆豪が容赦なく追撃を仕掛けにきてるのはどうかと思うが。
「爆豪、一旦ストップ」
「っ、チッ」
「お前これが自主練だって忘れたの? 随分優秀な頭脳をお持ちで」
「次はテメェを殺してやろうか!?」
「すぐ喧嘩売んなって久知!」
爆豪にはこれくらいでちょうどいいんだよ、と止めに来た切島をやんわりと躱し、膝をついていた緑谷を抱き起こす。さっき爆豪にはあぁ言ったが一応自主練ということは覚えていたらしく、目立った外傷はない。切島はともかく、爆豪がそういう手加減をちゃんとできるのが意外だった。
「まー勝てなかったなぁ」
「うっ……流石に二対一で勝てるとは思ってなかったけど、まさかここまでボコボコにされるなんて……」
「いやいや緑谷、戦えてた方だぜ? 俺なら開幕速攻でやられてただろうし」
上鳴がフォローしても、緑谷は悔しそうに唸っている。まぁわかる。緑谷は普通に自信を持っていいくらい強い。実際によーいドンで戦い始めたら俺は負けるだろう。というか、俺とよーいドンで戦って負ける相手なんてそうそういないと思う。俺は疲労もダメージも溜まっていないとただのザコだからな。
「……おいクソヤニ。なんかねぇんか」
「俺?」
「あ、そっか。久知くんってデクくんと個性似とるもんね」
麗日今の爆豪の言葉の意味わかったのか。爆豪の乱暴な言葉がわかるのは俺か緑谷くらいだと思っていたが、なかなかやる。
爆豪が言った言葉の意味は、緑谷に対して何かアドバイスはないのか、だ。爆豪が誰かにアドバイスを求めるのも珍しいのに、それが緑谷へのアドバイスともなると天変地異より珍しい。多分張り合いがないからとかそういう理由なのだろうが、それでも珍しい。誰かのためになんてわかるようにするやつじゃないのに。
「んー、そうだな……戦い方的なことは置いといて、個性について言うとすれば」
「言うとすれば?」
なぜか緑谷と同じくらい真剣に聞いている麗日の合いの手に笑ってしまいそうになりつつ続ける。
「緑谷の個性って、別にそれが上限ってわけじゃねぇんだろ?」
「うん。でも、これ以上強化しちゃうと怪我しちゃうから……」
「俺は個性使ったら絶対に怪我するぞ」
「えっと、そうじゃなくて、久知くんは個性上仕方ないけど、僕は怪我をしないよう戦うことが大事であって……」
「つまりな」
俺がそんなこともわからないバカだと思われていたのか。これでも成績いいのに。今のは俺の説明の仕方も悪かったが、そんな当たり前のこと上鳴以外誰でもわかる。
「いっそのこと、特訓するときは怪我しちまえってことだ」
「……つまり、上限を底上げするために体を慣れさせるってこと?」
「その通り。頭の回転が速いと助かるな」
「なんでそこで俺を見たの?」
無意識のうちに上鳴を見てしまっていたらしい。故意ではなかったので素直に謝ると、「いや、素直に謝れてもそれはそれで……」と文句を言ってきたので「うっせぇアホ」と罵倒しておいた。なぜか「これだ!」みたいな顔をしていたので上鳴とはしばらく距離を取ろうと思う。
「俺は体を鍛えれば鍛えるほど怪我が少なくなっていく。それと似たような感じで、緑谷も体を鍛えれば鍛えるほど耐えられる上限が上がってくんじゃねぇか? だから、今限界って自分が思ってても、それが本当に限界かどうかわかんねぇわけよ」
「そうか! 自分で自分がどれだけ鍛えられたかなんてわかりにくい。だからこそ特訓のときにどれくらい耐えられるようになったか確認することが必要だったんだ! ってなると徐々に強化していけばいいのかな。今は5%だから、6、7、8と上げていって、今耐えらえる上限を見つけて、それから実戦お願いできる!?」
「おう」
「絶好調やなぁ……」
この緑谷がぶつぶつ言うのにも慣れてきた。麗日に至っては子どもを見守るような優しい笑顔をしている。
今回は一応緑谷の特訓ということなので、緑谷をいじめ抜く形になっている。さっきは爆豪と切島が緑谷の相手をしていたが、次は俺と上鳴と麗日が緑谷を相手する。それが終わったらさっきみたいに改善点的なことを話す、みたいな感じだ。
「麗日、緑谷のクセみたいなのある?」
「くせ? うーん、デクくん戦い方ちょこちょこ変えてるし、あんまわからんかな」
「俺が放電して一発で決めりゃよくね?」
「当然緑谷もそれを警戒するだろうから、俺は上鳴を守りに行く。ただ、そうなると麗日がフリーになるんだよな」
「いや、久知も俺んとこにきたら放電くらっちゃうぞ?」
「別に、俺の個性を考えたら一石二鳥だろ」
「デクくんはどうやったら怪我せんで済むか考えてるけど、久知くんはその逆やな」
本来ならそういう無理やりダメージを受けに行くような行動はよくないんだが、緑谷相手ならダメージを受けに行かないと負ける。それくらい強いと思ってるし、実際強い。だから小細工上等怪我上等で行くべきだ。
「んん、よし! 準備できた!」
「んじゃ始めるか」
緑谷の右側に上鳴、左側に麗日、正面に俺と、5メートルほど距離を取って立つ。俺は気持ち上鳴の方に意識と足の先を向けた。
「よし、開始!」
切島の合図とともに、緑谷が動き出す。普通なら上鳴を無視できない。開幕放電されたら抵抗できずやられてしまう可能性があるからだ。だからこそ、
「無視するよな、緑谷なら!」
「っ、読まれてた!?」
麗日の方へ緑谷が走り出すことを読んでいた俺は、緑谷が麗日のところに辿り着く前に回り込むことに成功する。といっても正面衝突ギリギリだ。俺は走った勢いのまま緑谷に足をかけると同時に腕を引っ張りバランスを崩させる。が、何の強化もしていない俺は腕一本で無理な体勢の緑谷に投げ飛ばされた。でも、この一瞬があれば十分。
「くっ」
「はいおしまい!」
俺が緑谷ともつれあっている間に麗日はそこから離れ、上鳴が距離を詰めていた。そして、いくらバランスが崩れたまま腕一本で俺を投げ飛ばせる力があっても、その体勢から上鳴の放電を避けることはできない。結果、
「うわぁぁあああ!!」
「アレ大丈夫か? 手加減できてる?」
「どうやろ……流石にそこまでアホちゃうと思うけど」
麗日と合流し、上鳴の放電で焼かれる緑谷を心配する。これ自主練だから相手に負けたって思わせれば勝ちなんだけど、そこんところ理解してる? ちょっとぴりって来る程度の放電でいいのよ?
「……はっ!」
「お、意識あるみたいだ」
「大丈夫!? デクくん!」
ちゃんと手加減してたんだろう。放電が収まると、緑谷は案外平気そうな顔で立っていた。上鳴は緑谷に駆け寄る麗日を見て「そんな信用ない? 俺」と悲しそうな顔をしている。信用はしてるけど心配なものは心配なんだ。許してやってほしい。
「まさか、麗日さんを狙うのが読まれてたなんて」
「俺が緑谷ならどうするかって考えただけだ。上鳴を一撃で倒して次は俺、ってのが普通だが、それはあくまで普通だからな。それを本人がわかってないはずがないから、あえて上鳴を無視する。まず麗日を捕まえて上鳴の方に放り投げて、麗日ごと上鳴をぶっ潰すのが手っ取り早い」
「完全にバレてたんだ……うぅん、これは許容上限以前の問題か」
「ま、次は正面から戦ってくれるやつらだから安心しろよ」
俺が指した方には、凶悪な笑みを浮かべる爆豪と体をがちがちに硬化させた切島がいた。まぁあれだ。
爆豪を自主練に誘った方が悪い。