俺はずっと好きでいる   作:とりがら016

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すき

「想くんまだかな、想くんまだかな」

 

「想くん?」

 

 私の腕の中でエリちゃんが可愛らしく首を傾げる。エリちゃんと遊びたいとごね続け、若頭はついにエリちゃんと遊んでもいいという許可をくれた。許可をくれたときに「お前らのリーダーが、『トガは我慢させた方がめんどくさいぞ』と言っていたからな」と言われたのは気に食わないものの、エリちゃんと遊べるならオールオッケー。ついでにエリちゃんが逃げ出さないように見張っておかなきゃいけないみたいだけど、むしろ私がエリちゃんを連れて逃げ出して、想くんのところに行こうかななんて考えている。

 

 首を傾げるエリちゃんに優しく笑いかけると、エリちゃんはまた首を傾げた。この子は笑顔を見せない。普通じゃ考えられないほどの痛くて怖い経験をしてきたからだと思う。想くんなら、子どもはもっと子どもらしくって言うだろう。だったら私もそう思う。

 

「想くんはね、とても優しくて、とてもかぁいくて、とってもカッコいいの。私の大好きな人」

 

「大好き?」

 

「そう。大好きです」

 

 エリちゃんの小さなおててをにぎにぎしながら言うと、エリちゃんはまた首を傾げた。今の会話で首を傾げるところがあったかな? と思いながら一緒に首を傾げると、エリちゃんは私の腕の中でくるりと体を回してわたしの首の後ろに腕を回すと、また首を傾げて言った。

 

「すきって、なに?」

 

 可愛らしいことをしたエリちゃんに思わず噛みつきそうになるのと同時に、衝撃を受けた。この子は、好きを知らないんだ。あんなに幸せで、温かくなる気持ちを。若頭はこんな小さな女の子から笑顔だけじゃなくて好きっていう気持ちも奪ってるんだ。

 

「うーん、この人温かいな、って人に会ったことあります?」

 

「温かい……」

 

「好きっていうのはあれこれ難しく考えるものじゃなくて、もっと単純、簡単に、その人といると温かくなれる、そんな気持ちなの」

 

「じゃあ、ヒミコさんのこと好き、かもしれない。今まで会ったことある人と同じだけど、ヒミコさんは温かいもん」

 

「嬉しいっ! 私もエリちゃんのこと大好き!」

 

「みゅ」

 

 嬉しくなって抱きしめると、エリちゃんが潰れた声を出した。窒息させてしまってはいけないと名残惜しさを感じつつそっと離して、柔らかい髪を撫でる。くすぐったそうに目を細めるエリちゃんも最高に可愛い。

 

「んー……あっ、ヒミコさん以外に温かい人いた」

 

「え! だれだれ?」

 

「わからない。けど、ヒーローさん。私がここから逃げた時、助けようとしてくれたの」

 

「なら一緒だね」

 

「一緒?」

 

 うん、と頷いてもちもちのほっぺにそっと手を添えて、エリちゃんの顔を傾かせて目を合わせる。

 

「想くんもね、ヒーローなの。だから一緒。エリちゃんの好きな人と、私の好きな人。あ、同じ人って意味じゃないよ? ただ、優しくてカッコいいってところが一緒なの」

 

「優しくて、カッコいい……」

 

「そ」

 

 エリちゃんのほっぺをむにむにしていると、エリちゃんがむっとして私のほっぺもいじってきた。ふふ、楽しい。エリちゃんはこうして遊んでると普通の女の子なのに、こんなところに閉じ込められて、そんなのダメだと思う。だから、私はエリちゃんに一つ提案した。

 

「ね、エリちゃん。エリちゃんの好きな人に会わせてあげよっか?」

 

「え?」

 

 私のほっぺをいじる手を止めて、エリちゃんは目を丸くした。その表情に思わず笑って、エリちゃんの頭をぽんぽん撫でる。

 

「子どもはやりたいことやらなきゃダメだと思うんです。だから、私がエリちゃんを好きな人のところに連れてってあげる」

 

 だって、想くんならそうするだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久知、ちょっといいか」

 

「え? なんです?」

 

 一日の授業が終わって、さぁ寮に帰ろうとしたとき、相澤先生に呼び出された。俺が女子高生なら告白か何かかと期待するところだが、俺は残念ながら男子高生。絶対に告白じゃないし、そもそも俺が女子高生だろうと相澤先生が告白なんてするわけがない。じゃあなんで呼び出されたんだろうか。

 

 いやまぁ、俺は優等生だから学校のことじゃないはずだ。成績優秀だし。

 

「退学だ退学」

 

「俺が退学ならこのクラスの大半は退学だろ」

 

「なんでお前はそう敵を作るんだ……?」

 

 一緒に帰ろうとしていた上鳴の疑問に俺もなんでだろうなと思いながら先生についていく。歩く先生は無言だから、どうやら誰かに聞かれていいものじゃなさそうだ。

 

「入れ」

 

 まるで牢屋に入れるかのような口ぶりで入室を促され、おとなしく生徒指導室に入る。まさか本当に退学じゃないよな? と内心びくびくしながら相澤先生が座るのを待って、座ってから俺も相澤先生の対面に座った。

 

「いきなり呼び出して悪いな、という挨拶は時間の無駄だからやめておく。今日呼び出したのは敵連合についてだ」

 

「あぁ、そのことですか」

 

 なんだ、退学じゃなかったんだと安心していると、相澤先生に睨まれたので黙っておく。

 

「敵連合が絡んでるかもしれないってのは言ったな」

 

「はい」

 

「ってなると、まぁ、お前の大好きな女の子の話になるんだが……」

 

「大好きだなんて、そんな」

 

「お前、捕まえる気はあるのか?」

 

 大好きな女の子の話、と言われて照れていた俺は時間が止まったかのように体の動きを止めた。あぁ、ここでその話をするのか。俺だって捕まえるって一度思ったものの、まだふらふらしていたのに。

 

「一般論で捕まえた方がいいから捕まえる、っていうのはナシだぞ。お前自身の気持ちを聞かせろ」

 

「捕まえますよ」

 

 即答すると、相澤先生は目を閉じた。心なしか、その表情は笑って見える。さては、俺が被身子のことが好きすぎて捕まえないなんて言うとでも思っていたのだろうか。……正直、父さんの言葉を聞く前の俺だったらちょっとは悩んでいたとは思うが、俺はヒーロー。その前提を守っていれば、自ずと答えは出てくる。

 

「別に、捕まえたからと言って会えなくなるわけじゃない。そりゃ、ずっと一緒にいられないのは嫌ですけど、被身子がやったことは許されていいことじゃありませんから。ちゃんと罪を償ってもらって、その間に俺はちゃんとヒーローになって。それで、被身子を支えられたらって思ってます」

 

「……安心したよ。ちょっとでも悩んでればやっぱりお前の参加を取り消すところだった」

 

 危なかった。よくやったぞ俺。父さんがヒーローの心得を教えてくれたから、ここはよくやった父さんって言うべきか?

 

「お前はヒーローに向いている。それは、お前と初めて会ったころから変わっちゃいない」

 

「え、うれしい」

 

「職業としてのヒーローもそうだが、誰かにとってのヒーローになることに向いている」

 

「誰かにとっての、ヒーロー」

 

 つまり、どういうことだろうか。俺は考えることが得意だとは思っていたが、あまりよくわからない。

 

 相澤先生に俺の混乱が伝わったのか、相澤先生は短く息を吐いた後、「つまりだな」と切り出し、

 

「職業としてのヒーローが救えないやつでも、誰かにとってのヒーローになれるお前なら救えるかもしれないってことだ」

 

「……もしかして、背中押してくれてます?」

 

「そういうのは、気づいても言わないもんだぞ」

 

 相澤先生は、俺に被身子を救えって言ってる、んだと思う。はっきりとは口にしてはいないが、俺には伝わった。職業としてのヒーローにこだわらず、誰かにとってのヒーローに、被身子にとってのヒーローになれ、と。

 

 父さんもそうだが、俺の周りの大人は尊敬できる人が多すぎる。なんでこんなにいい人なんだろう。父さんと相澤先生には、一生頭が上がる気がしない。

 

 父さんと相澤先生は、いつだって道を示してくれる。俺の背中を押してくれる。俺を見守ってくれている。いつか立派なヒーローになって恩返しをしないと、と自然に思えた。父さんには死穢八斎會のことが終わったら、インターンで返してもいいかもしれない。父さんよりも早く事件を解決して、完璧に、迅速に。俺の個性じゃそれは難しいけど、だからこそやってみせることに意味がある。

 

「俺は緑谷とお前をいっぺんに見切れないから、お前のことはノーリミットさんに任せる。あの人と一緒なら大丈夫だろうが、万が一ということがある。目的を見失わず、しっかりノーリミットさんについていって、やれることをやれ」

 

「はい。あくまで俺は仮免持ってるだけの学生ですから」

 

「そういうこった。お前は一度敵連合にさらわれてるんだからな。そのあたりも警戒しておけよ」

 

「またさらわれたら今度こそ雄英の信用に関わりますもんね」

 

「俺が頭を下げて済む話ならいいんだが」

 

 相澤先生が頭を下げるような状況にさせちゃいけない。あの会見は俺にとって録画して何度も見返したいほど心に来るものだったが、だからこそあれを何度も繰り返しちゃいけない。俺が被身子につられて敵連合にいく、なんてことになったら大問題だろう。いや、死穢八斎會に被身子がいるって決まったわけじゃないけど。

 

 でも、もしいるとしたら被身子は俺を狙ってくれると思う。なにせ俺と被身子はりょ、両想いなんだから。……両想いだってことを考える度めちゃくちゃ嬉しいな。あれ? ほんとに両想いだよな。俺の妄想とかじゃなくて。だとしたらめちゃくちゃ痛い奴だぞ。爆豪が聞いたら爆笑した後「気色悪ぃ」って言って爆破してくるに違いない。

 

「ま、お前がそう思ってるならいいんだ。お前はある意味緑谷より問題児だからな」

 

「なに言ってんですか。緑谷も俺も超優等生でしょ」

 

 お前がそう思うんならそれでいいさ。と何か含みのある発言をする相澤先生に、俺は思わず押し黙った。


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