俺はずっと好きでいる   作:とりがら016

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久知想:オリジン

「なにぃ!? 溶けた!?」

 

 ノーリミットは飲み込まれた先でトゥワイス、マグネと遭遇し、問答無用でパンチ。それが直撃したトゥワイスとマグネはどろどろに溶け、消えてなくなってしまった。ノーリミットが遭遇したのはトゥワイスが個性で増やした分身。トゥワイスの個性を知っていたノーリミットは殺したわけじゃない、と自身を安心させ、上を見た。

 

(……入中が厄介だな。片っ端からコンクリートを壊して本体を引きずり出せばいいか?)

 

 考えて、ノーリミットは首を振った。

 

(そんなことをして地下が崩れてしまえば本末転倒だ。ここは、俺もルミリオンを追った方が……待てよ、先に想と合流するのがいいか? いや、こんなに地下を動かせるんだ。合流はまずできないと思った方がいい)

 

 決まり! とノーリミットは叫んで、力任せに床をぶち壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、うふふ。やっぱり想くんカッコイイね。ね! 想くん」

 

「いや、俺に聞かれても……」

 

 ここでそうだね! と言ったら俺はナルシストだろ。芦戸とか葉隠とかは俺のことをイケメンだなんだと言ってくれるが、俺は自分でそういうつもりはない。だって恥ずかしいし。

 

「二人きりになれたし、何する? コイバナ? キス? それとも、もっといいこと?」

 

「お願いしまっ……! いや、被身子。俺は今そんなめちゃくちゃ心惹かれるようなことしてる場合じゃないんだ」

 

「えー、残念。じゃあ想くんは何しに来たの?」

 

「エリちゃんを助けに来た。で、あわよくば被身子を捕まえに」

 

 相沢先生はあくまでエリちゃんの保護が目的だって言ってたけど、こうして目の前に現れた以上戦わないわけにはいかないだろう。戦って、勝って、捕まえて、償ってもらって、その後に俺たちを始めればいい。

 

 クサいな今の。恥ずかしい。

 

「そう言うと思ってた。想くんは、いつだってヒーローだったから」

 

「らしいな。最近俺も俺がヒーローなんだって教えてもらった」

 

「最近じゃなくて、ずっとヒーローだったよ」

 

 昔話でもしない? と言って、被身子は小さい頃の俺の姿に変身した。

 

「な、え?」

 

「私と会った頃の姿。覚えてる?」

 

「いや、覚えてるけど……」

 

 そんな、忘れるはずがない。被身子はいつだって被身子で、そんな姿が鮮烈で、被身子のことが好きになったんだから。

 

 何かしら個性はあるけど、どんな個性かがわからない。なんて診断を受けた俺に待っていたのは、無個性だ、無個性! という周りからの嘲笑だった。気にしていなかったと言えば嘘になる。俺の世代で個性が発現していない子は珍しかったし、実際個性が発現していないのは俺だけだった。

 

『うわ、出た! トガだ、きもちわりぃ!』

 

『見ろよ、死んだ鳥なんか持ってるぜ!』

 

 そして、無個性なんて馬鹿にされながらも悔しさを押し殺して毎日を生きていた、そんなある日。ヒーローごっこするけどお前無個性だから入れてやんねぇ! とわざわざ俺の家にきて宣言しにきたやつを制裁するべく公園に向かった俺の目に映ったのは、一人の女の子を囲む男の子たちの姿だった。女の子の手には血を流した鳥がいて、俺もそれを見た時すげぇ子もいるもんだなぁなんて思ったような気がする。

 

 でも、その子は首を傾げて、本当に不思議そうに言った。

 

『なんで? 小鳥さんカァイイのに』

 

 俺は子どもながらに、子どもだから周りから見てどれだけ自分がおかしいかわからないんだな、なんて思っていた。死んだ小鳥を見て可愛いなんて感想を抱く子どもなんているわけないだろうって。実際周りにいた男の子たちも「可愛くねぇよ、きもちわりぃ!」なんて言ってより攻撃的になった。やれお前は笑顔が気持ち悪い、やれお前はくさい。いつしかそれは言葉だけではなく、暴力にまで発展していた。

 

 それでも、その子は小鳥を抱えて、小鳥を可愛いと言い続けた。自分の好きを曲げなかった。思えば、俺はその輝きに惹かれたんだと思う。

 

『──親の七光りパンチ!』

 

『うわっなんだ!?』

 

『ゆうくんがやられた!』

 

『俺の父さんはヒーローだ! つまり俺もヒーローで、俺にパンチされるやつは悪者だ!』

 

 子どもらしい暴論を振りかざして、俺は女の子を庇うように立った。当然殴られて引き下がるような子たちではなく、必殺親の七光りパンチを受けてもなんのその。一瞬で俺を取り囲んだ。

 

『悪者だって! 敵っていうならそいつだろ! 笑い方気持ち悪いし、死んだ鳥をかわいいって言ってるし! どう考えたっておかしいぜ!』

 

『俺もそう思う! 死んでる小鳥は可愛くない! それはおかしい! でも笑顔は可愛かっただろ、ふざけんな! 父さんが言ってたぞ、男の子は素直になれないから、逆に素直になった方が好感度高いぜって! お前たちはこの子がかわいいけど素直になれないから気持ち悪いなんて言ってるんだ!』

 

『そうじゃねぇよ! 気持ち悪い笑い方してるそいつのことが可愛いなんて、お前どうかしてるんだな!』

 

 その時の俺は、えぇ、ほんとに可愛いのになぁ、と思って首を傾げていた。今でも俺はその子の笑顔が可愛いと思うし、なんならずっと可愛いし、最近綺麗になってきたし、ますます好きになってきた。俺は、初めて会ったその時からずっとその子のことが好きだけど。

 

 どうかしてる、と言われた俺は、一歩前に踏み出して男の子たちを威圧した。そして、その子の輝きに惹かれた俺は、大きく息を吸って、大声ではっきりと言い放った。

 

『どうかしてても、好きなものを好きといって何が悪いんだ! 俺はこの子の笑顔が好きだ、どれだけおかしいって言われても死んだ小鳥を可愛いって言えちゃえる心が好きだ! この子の輝きに比べたらお前らなんか焦げだね、焦げ! 焼肉したときに隅へ寄せられるやつ!』

 

『うっ、何言ってんだお前! こんなおかしいやつやっちゃえ!』

 

『かかってこい!』

 

 もちろん、俺は完膚なきまでに敗北した。そりゃそうだ。俺はちょっと賢いだけの子どもで、その時は無個性だって信じて疑ってなかったんだから。しかも5対1くらいだったし。見事にぼっこぼこにされた俺は、満足した男の子たちが帰るまで気絶したふりをしていた。そして帰った後、すっと上半身を起こして、子どもらしく涙ぐんで、

 

『ふっ、バカめ! 起き上がった俺に倒されたくないから逃げやがったな! つまり俺の勝ちだ!』

 

『……』

 

『あ、怪我ない? 俺は怪我あるけど』

 

『っ、ごめん、なさい』

 

 思えば、この時その子は我慢してたんだと思う。その子は血がめちゃくちゃ好きで、俺はボコボコにされて血を流してたんだから。でも、その子は我慢した。俺のために我慢できる優しい子だったんだ。

 

 俺はそんな優しいその子に、その時はまだ得意だった笑顔を披露した。

 

『女の子のために体を張るのは当然のことだ! 気にすんな! それより友だちにならねぇ? 俺多分今ので遊ぶ相手いなくなっちゃったし!』

 

 もし今の俺がその場にいたら、そんなこと言ったら気にしちゃうだろと俺の頭を叩いていたかもしれない。まぁ子どものときはデリカシーなんてあってないようなものだ。俺もその辺りは大目に見ている。

 

『……いいの?』

 

『なにが?』

 

『だって、私、おかしいし』

 

『おかしいぞ!』

 

 泣きそうな顔になったその子を見て、俺は慌てて「違う違う」と言った。

 

『おかしいけど、それでも好きって言えるのはスゲーと思う! 俺って無個性だから、誇れるもんじゃないって思ってたんだ。でも違う。無個性だからなんだ。無個性でも今こうやって君を助けられたんだから。周りがなんて言おうと関係ない。そんなカッコよさを君に教えてもらったんだ!』

 

 だから、隠さないで、胸を張って。と言うと、今度こそその子は泣いてしまった。なんで泣いたかわからなかった俺はひどく狼狽して、ポケットからぐちゃぐちゃになったハンカチを取り出し、これじゃねぇなと思って何かないか体のあちこちを探っていた。

 

『……渡我被身子』

 

『?』

 

『渡我被身子。私の、なまえ』

 

『! 俺は久知想! よろしく!』

 

 言って、俺はぐちゃぐちゃのハンカチで被身子の肌が汚れることを気にしたのに、どろどろの手で被身子と握手した。そういや、この頃の方がヒーローっぽかったっけ。

 

「それからの毎日は、とても楽しかった。二人だけだったけど、大好きな想くんと一緒で。温かかった。こんな毎日がいつまでも続くと思ってた」

 

 小さい頃の俺の姿で、俺の声で被身子は言う。何か変な感じだ。

 

「私が、我慢できなかった。大好きな想くんの血を吸ってみたい。大好きな想くんと愛し合ってみたい。みんなが好きな人とキスをするように、私は好きな人の血を啜る」

 

 俺は無意識に、首筋を撫でた。あの頃、被身子に突き破られた箇所。血を啜られたところ。あの頃の俺は、なんて思ってたっけ。

 

『ごめんね、ごめんねぇ、想くん』

 

 被身子は俺の首筋に歯を立てて、血を啜っていた。その表情は見えないけど、たぶん、笑顔だった。俺の好きな、俺が可愛いって思うあの笑顔。被身子のお父さんとお母さんは気持ち悪いなんて言うけど、俺はずっとこの笑顔が好きだった。

 

『なんで謝ってるの?』

 

『だって、だって』

 

 力が抜けていく体を必死で奮い立たせて、俺は被身子の頭を抱き寄せた。

 

『痛いけど、大丈夫。被身子は血を吸うのが好きなんだろ? だったら嬉しい。それって俺のことが好きってことじゃね?』

 

 バカじゃないのか、と思う。血を吸われて体力が落ちて死にかけてるのに嬉しいなんて。多分、この時に窮地が発動していたんだと思う。そうじゃなきゃここまで喋れるはずもないし、動けるはずもない。この時はただの子どもだったから。

 

『まぁ、でも、流石に他の人にこれやっちゃだめだぞ? 俺だけな。俺だけ。あれ、なんか目の前が──』

 

「それが、最後だった」

 

 気づけば俺は病院のベッドの上で、そこから被身子に会えることはなかった。そりゃ息子が死にかけたんだから、そんな目に遭わせた子と息子を会わせるはずがない。でも、小さい頃の俺はふざけんな、って思った。思ったし言った。けど、すぐに我慢して自分を抑圧した。賢くなってしまった。言ったところで結局、変わることなんてなかったから。

 

「私ね、想くん。あのまま想くんと一緒にいられたら、もしかしたら私は敵になってなかったんじゃないかなって思うの。想くんの血だけを吸って、いつも想くんと一緒にいて。いっぱい愛して、愛されて。でも私は敵になっちゃった。ねぇ想くん。お願い、私と一緒にきてくれない?」

 

「いやだ」

 

 断ると、被身子はわかっていたと言わんばかりに笑った。

 

「俺は被身子のことが好きだけど、おかしいことはおかしいって言うし、間違ってることは間違ってるって言う。被身子。ちゃんと償って、それから一緒にいよう。前も言ったろ。俺はずっと好きでいるって」

 

「想くん……私──」

 

 被身子が何かを言おうとしたその瞬間。被身子が立っていた床が派手に崩壊して、被身子がドロドロに溶けていった。崩壊した床から出てきたのは、敵連合のトゥワイスさん、マグ姉、マグ姉に抱かれてるエリちゃん……エリちゃん!? なんでここに?

 

「想くん!」

 

 それに、俺……じゃなくて、被身子だった。あれ、じゃあさっきの被身子はトゥワイスの……。

 

 三人は床から出てくると、一目散に俺に向かって走ってきた。まさかまた俺を攫うつもりか!? くるならきやがれ、と構えていると、その後に床から出てきたやつを見てどうやらそうじゃないということを察した。

 

 床から出てきたのは、明らかな異形。その顔で辛うじて治崎だとわかる程度のそれは、こちらを、正しくはマグ姉が抱えているエリちゃんを睨みつけて、その足をこちらに向けた。

 

「な、なんだアレ! お前ら何やってんの!?」

 

「想くん!」

 

 俺の方に向かって走ってくる被身子がどろっと溶け、中から本来の可愛い被身子が現れた。よかった。女子高生のかっこした俺を見るのはなんか妙な気分だったんだ。いや、今はそんなこと考えてる場合じゃなくて。

 

「助けて!」

 

「──おう」

 

 個性の限界がきたのか、ふらついた被身子の体をそっと支えて、こちらに向かってくる治崎を睨みつける。さて……。

 

「トゥワイスさんとマグ姉、でいいんだっけ。俺今クソ雑魚だから協力頼める?」

 

「あぁ!? なんでお前なんかと! いいよ」

 

「仕方ないわね。エリちゃん、ちょっと下がっててね。今からわるーい人をやっつけちゃうから!」

 

「……想くん?」

 

「え、あ、俺? 想くんだけど」

 

 なぜかエリちゃんに名前を呼ばれたので、思わず返事をした。正直今それどころじゃないんだけど、子どもを突っぱねるわけにもいかないし。

 

「あの、私、いいんです。このままじゃ、みんな──」

 

「あぁ!? ふざけんな! ヒーローが女の子に助けてって言われたんだ!」

 

 上限解放20。これであんなのに勝てるとは思わないが、使わないよりマシだ。

 

「そりゃ助けるさ! ま、一番は俺が助けたいからなんだけどな!」

 

「エゴだな、ヒーロー! そういうの嫌いだぜ!」

 

「想くん。トゥワイスは好きって言ったのよ」

 

 そういやなんで俺ヒーローとじゃなくて敵連合と一緒に戦ってんだろうな、なんてどうでもいいことを考えながら、トゥワイスさんとマグ姉と一緒に飛び出した。


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