「大丈夫か、ノーリミット!」
「大丈夫だ!」
治崎が動かないかどうか見張っていると、相澤先生が色んな人を引き連れてやってきた。被身子たち、エリちゃん、通形先輩、ナイトアイ、緑谷、夜嵐、ロックロック、その他大勢のヒーローと、警察の方々。大丈夫か、と言うことは、先生は知ってたってことか。
「治崎はこの通り、エリちゃんは保護……うん、保護? してる。この勝負、我々の勝利だな!」
ハッハッハ! と笑う父さんにさっき聞いたのは、『個性を使い続けると死ぬ』ということ。あの日、敵の親玉と戦った時に個性が壊れ、痛覚も壊れた。その結果、自分の限界がわからなくなり、個性の調整もほとんど効かない。この作戦は、俺を見届けるために参加したらしく、父さんはこの作戦が終わるとヒーローを引退する。
「ん、んん。エネルギーが漏れているかいないかで判断できるのはいいな」
「あ、ほら! 動くなって父さん!」
今も調整をミスったのかめちゃくちゃふらついている。……なんで今回の作戦に参加したんだっていうのは聞いていない。きっと、俺の経験のためだろうから。そして、父さんの技を俺に教えるため。無謀だとは思うし、他のヒーローもなんで止めなかったんだと思ったが、父さんが押し切ったんだ。恐らく。
「ノーリミット! ほんとっスか、あの話!」
「あの話ってのが何かはわからんが、そうだな。本当だ」
言いながら、父さんはふらついて倒れている俺の隣に倒れた。俺は数分前に制限時間が過ぎて反動をくらい、見事にぶっ倒れている。場所が場所じゃなけりゃ、青春の一シーンだったんだけどな。
「ハハ、動かん! 本当にダメらしいなぁ、俺は!」
「……ノーリミット」
「なんだ、そんな顔するな。ヒーローは笑顔が大事なんだぞ。ルミリオンを見習え」
「いーや、俺よりノーリミットを見習うべきだと思いますね!」
こんな状況で笑顔になれってのが無理な話だろう。俺のインターン先がなくなるとかそんなことじゃなくて、実の父親が、父親として、ヒーローとして色んなことを教えてくれた人が引退するなんて。死ぬわけじゃないが、とても軽く受け止められない。
「俺は嬉しいんだ。お前は今、
「俺はどうっスか、ノーリミット!」
「個性の扱いならプロヒーロー級だ。あとは考える力だな」
「っス!」
父さんは夜嵐の返事を聞いて笑うと、ゆっくり体を起こした。数人が父さんを支えようと駆け寄るが、父さんはそれを制して俺をぐっと引き上げて同じように座らせる。
「ずっと、お前たちに謝らなければと思っていた。数年前、想が可愛いばかりに引き裂いてしまったあのことを、俺は今までずっと後悔している」
父さんの目には、エリちゃんを抱いている被身子が映っていた。なんで逃げてないんだ、被身子。いや、そんなに囲まれたら逃げられないだろうけど。
「──すまなかった。俺はあの時、父親として、そしてヒーローとして失格だった。お前たちの気持ちを理解してやれていなかった」
父さんは拳を地面につけて、頭を下げた。視界の端で、治崎が確保されているのが見える。
頭を下げられた俺と被身子は、自然に顔を見合わせた。そして、どちらともなくふっと笑う。
「いいんです。確かにあの時は悲しくて、色んなことしちゃって敵になっちゃいましたけど、またこうして想くんと会えた。想くんが私を好きでいてくれた。ずっと好きでいるって言ってくれた。それだけでいいんです」
「おい、聞くなレップウ、デク!」
「うわ、ご、ごめん!」
「お手伝いしてきまス!」
興味津々に俺たちを見ていた夜嵐たちを追い払い、父さんの肩に寄りかかりながらため息を吐く。……流石に被身子は敵だから、トゥワイスさんとマグ姉と一緒に包囲されている。仕方ないか。
「そりゃあさ。俺は相澤先生にヒーローの道を示されるまで何にもなかったけどさ。ありゃ仕方ないって。俺はちゃんと被身子のあれが愛情だってわかってたけど、周りから見たら父さんの判断が正しい」
「いや、そういうことじゃなくてだな」
「それにさ」
俺は無理やり体に力を入れて、震えながら立ち上がった。覚えてないが、初めて立った時もこんな感じだったんだろうか。今にも倒れそうだ。制限時間が切れるまで『玄岩』を足に集中させていたが、まだ怪我が完全に治っていない。立つだけで死にそうだ。
でも。
「どんだけ離れてても、俺は被身子が好きなんだ。だから絶対に捕まえる。そんで罪を償わせて、それから一緒にいる。心配すんな。俺は、ちゃんとヒーローやれるよ」
「想」
「『=ピース』。平和を志すヒーローの名前だ。覚えとけ」
「……そうだったな、『=ピース』」
俺は、笑う父さんに背を向けてゆっくり歩く。エリちゃんを抱いている被身子のところへ。後ろでトゥワイスさんとマグ姉が「きゃー!」と言っているのは無視することにする。というか周りの人、この人たち確保してください。そんな雰囲気じゃないのはわかりますけど。
「被身子」
「想くん……えいっ」
「うをぁ!?」
俺がやったの思いで立ち上がり、やっとの思いで歩いて行ったっていうのに、被身子は俺に背を向けるとゆっくり体重を預けてきた。立っているだけでやっとだった俺に被身子を受け止めることはできず、そのまま地面に倒れこんでしまう。咄嗟に被身子とエリちゃんを庇うように腕を回せたのは奇跡に近い。
「あっぶねぇな! 何してんだいきなり」
「私、わからなくなったの。敵連合は好きだけどそれ以上に想くんが好きで、でも想くんはきてくれなくて。私、どうしたいんだろうって」
いい匂いがすんな、とか、柔らかいな、とか。そんな雑念を振り払って、被身子の言葉だけに集中する。表情は見えないが、なんとなく沈んでいるような感じがした。
「エリちゃんを助けたのだって、敵連合がどうとかじゃなくて私がそうしたかったから。本来なら敵であるはずのヒーローも助けちゃった。ねぇ想くん、私どうしたらいいかなぁ?」
「捕まってくれ」
「捕まるのは、ヤ」
「いや、捕まってくれって」
「ヤ。想くんと会えないもん」
「出てきたら会えるから。面会にも行くし」
「……ヒミコさん、悪い人なの? 優しいよ?」
俺たちの言い争いに割り込んだのは、被身子の腕に抱かれているエリちゃんだった。本当に不思議だ、という声色で、思わず黙ってしまう。
「私を助けてくれた。いっぱい遊んでくれた。温かかった。それでも、悪い人なの?」
「……んー、難しいな。いい人だけど、悪い人って言えばいいか?」
「んー?」
被身子越しに、エリちゃんが首を傾げるのが見えた。被身子はその様子がおかしかったのか、くすくすと笑っている。
「まぁ、捕まっちゃうくらい悪いことはしてるんだ。いい人だけど」
「え、ヒミコさん捕まっちゃうの? 一緒にいられないの?」
「え、っと」
「やだよ。私、ヒミコさんと一緒にいたい」
エリちゃんは、被身子に抱き着いた。被身子が敵だって知っている人からすれば、めちゃくちゃ危険に見えるであろうそれは、俺から見ればただ小さな女の子がお姉さんに甘えている姿にしか見えなかった。
「えっとね、エリちゃん。それは」
「俺と一緒に時々会いに行こう。そうすりゃ寂しくない。被身子が出てきたとき、こんなに成長したんだって教えてやればいいんだ」
想くん? と被身子が振り向いた。至近距離にある被身子の顔にドキッとするが、それを表情に出さず冷静に続ける。
「被身子は捕まる。それは仕方ない。だから、その後のことを考えよう。被身子が出てきたときに一緒に何をしたいか、どこに行きたいか、何を話したいか。そうやってれば寂しくない。もし寂しくても代わりに俺がいる。エリちゃん、俺じゃ不満?」
「……ん、んー。そんなことない」
「……ふふ。子どもは正直ですね」
「今そんなことないって言ったろ?」
口ではそういいつつも、エリちゃんが被身子の方がいいって思ってるのはわかってる。エリちゃんは優しい子だから、俺を傷つけないように言ってくれたんだろう。こんな環境で育ったのに、こんないい子に育つってすげぇな。俺なら確実に敵になってた気がするわ。
「私、待ってるよ。だから、ちゃんとごめんなさいしてね」
「……エリちゃん」
「ぷっ、そうだな。悪いことしたらごめんなさいしなきゃいけないよな」
「──仁くん、マグ姉」
「ん」
「なぁに?」
「私、負けてもいいですか」
被身子は、震えていた。体も、声も。
「いいぜ! 今度会った時は味方だな!」
「敵でもあり味方でもあるって意味ね。ヒミコちゃん。私、応援してるわ」
「ありがと」
小さくお礼を言って、被身子は「想くん」と俺を呼んだ。
「想くんの、勝ちです」
「……おう」
「これで私を好きじゃなくなったって言ったら、殺しちゃうかも」
「前も言ったろ。俺はずっと好きでいるって」
そういや、この会話色んな人に聞かれてるんだよなぁ。なんてのんきなことを考えていると、周りの人たちが動いた。会話が終わるのを待ってくれていたんだろう。だから会話が終わった今、トゥワイスさんとマグ姉を確保しようとしてるんだ。
「──え?」
そう思っていた時、上に黒い靄が広がっているのが見えた。そこから現れたのは、三体の脳無。
「上です! 上!」
「なっ、あれは!」
三体の脳無が下りてきて、手当たり次第に警察、ヒーローを襲う。その混乱に乗じてトゥワイスさんとマグ姉はゲートに入って帰っていった。去り際に、「じゃ、また!」と残して。こんだけヒーローと警察がいて逃げられたのって、多分俺のせいだよなぁ。
父さんは何してんのかな、と思ってみてみたら、気絶していた。こんな大変な時にのんきな人だ。起きてる俺が動けないのは被身子とエリがいるからで、いなかったとしてもこれ以上個性を使ったら体が死ぬ。
「よう」
「あれ、弔くん」
「誰?」
「……何しに来たんだ」
ヒーローと警察は大丈夫だろうか、と無理やり首を動かすと、そこに死柄木がいた。脳無がでてきたってことは狙ってやったんだろうが、死柄木がここに出てくる必要はないはず。
「あのね、弔くん。私」
「あぁ、いい。お前はクビだって言いに来たんだ。そのために博士から脳無を三体借りることになったのは、結構痛かったけどな」
ふぅ、と死柄木は黒いゲートを背に座り込んだ。嫌がらせのように俺の頬をつついてくる。一体何しようってんだ? 死柄木からは嫌な感じがまったくしない。
「正直な、お前はそろそろ捕まると思ってた。だからアジトも変えた。お前以外の全員に伝えてな」
「え、ひどいです。私も仲間なのに」
「もうそうじゃないだろ。敵とまではいかないが」
……今、言わない方がいいんだろうか。俺が死柄木の立場なら言われたくないから、黙っておいてやろう。死柄木が去ってから教えるか。
「じゃあな、トガ。……想くん」
「なんだ」
「俺のところに来る気はないか?」
「お前がこっちにこい」
「冗談言うな」
「お前もな」
死柄木は、小さく笑ってゲートの向こう側に消えていった。残ったのは、脳無とヒーローたちの戦闘音。本当に、敵連合はかき回すのが得意だ。
「なぁ被身子」
「……なに?」
捕まる、と決心した被身子だが、既にそれを死柄木に察知されて切り捨てる準備をされていたと思ってしまったのか、声に元気がない。ただ、切り捨てる準備をしていたのは多分、理由がある。
「わざわざアジトを変えたって伝えに来たのはさ。被身子が敵連合のアジトを吐かないだろうから、それで罪が重くなるのを防ぎに来たんじゃね?」
「……?」
「つまりさ。吐きやすくしてくれたんだと思うぜ」
「弔くんは優しいってこと?」
エリちゃんの言葉に、俺は「そうかもな」と笑って返した。