──色々あった。死穢八斎會の件が終わって病院に運ばれ、退院してから諸々の手続きを済ませ、考える暇もなく寮に帰ってきた。死人は死穢八斎會側から治崎に殺された人が数人で、ヒーロー、警察側は出ていない。ただ重傷者はそこそこいて、俺もその中の一人だった。でかい外傷は足のケガのみだったが、反動によるダメージが酷く、全身ボロボロだった切島と同じタイミングで完治したほどだ。
父さんは、病院でエリちゃんについている。ヒーローを引退するとメディアで報道されたがそのヒーロー性は健在のようだ。別れ際に「仕事なくなったからどうするか。そういえば、俺は教員免許を持っているんだが……」なんて怖いことを言っていたが、どうせ冗談だろう。今更雄英に父さんがきたところでやれることは……んん。戦闘に関して言えば適格なんだよな、あの人。
「ただいまーっと」
そうして、緑谷たちと寮に帰ってこれたのが今日の夜だった。みんなにもみくちゃにされた後、ソファに座って黙ってこっちを見ていた爆豪が気になったため、隣に座った。俺たちが気になってるのに入ってこれなかったんだな? 恥ずかしがり屋さんめ。
「あ? 誰が帰ってこいっつった」
「絶好調だな」
こいつはこういうやつだった。優しさに触れすぎて薄汚い性格のやつがこの世にいることを忘れてた。爆豪は座った俺を見て舌打ちすると、呟くように言った。
「ニュース、見たぞ」
「ニュース?」
「テメェの親父と、テメェがキメェほど執着してるクソ敵のことだ」
「あー」
被身子は未成年だからもちろん顔と名前は公開されていないが、なんでわかったんだろうか。そう考えていたのが透けていたのか、「見りゃわかる」とバカにするように吐き捨てた。俺そんなわかりやすいかね?
「らしくねンだよ。さっき『誰が帰ってこいっつった』って俺が言ったとき、噛みついてこなかっただろ」
「色々あって元気がないって捉え方は」
「そうやって言い訳じみたこと言うってことは、そういうことだろ」
カマかけられたってことか? それにしてはえらく確信めいた言い方だったが……爆豪は頭いいからってことで納得しておこう。隠すことでもないし。
「……お前、ブレてたりしてねぇだろうな」
「ブレる?」
「親父が引退して、目的だったクソ敵も捕まえた。もうヒーローを目指さなくていいって思ってねぇだろうなって言ってんだ」
「あ、心配してくれてんの?」
「誰がするかボケが! 骨の形変えっぞクソヤニ!」
「そんな怖すぎる言葉使わないでくれ」
骨の形変えるって、ただでさえ個性の反動で色々おかしくなる可能性があるのに。父さんが個性の使い過ぎであぁなった以上、俺もそうなる可能性がある。俺の個性はどうしたってダメージ、疲労とセットだから。
「ま、ヒーロー目指すのは変わんねぇよ。ここでやめるなんてありえねぇだろ」
「ならいい」
爆豪は立ち上がって、俺に背を向けた。それが聞きたかったのか? 嘘だろ、マジでどうしたんだ爆豪。気遣いは意外にできるタイプだったけど、こんなわかりやすい気遣いするやつじゃなかったのに。
「爆豪、ありがとな!」
「うっせ! 死ね!」
「なになに? 爆豪から何か貰ったの?」
アホの上鳴に「気遣い」と言ったら、上鳴は死ぬほど驚いていた。失礼だろお前。俺もびっくりしたけど。
ま、今日くらいは喧嘩せず素直に受け取ってもいいだろう。なんとなく、そういう気分だ。
9月が終わり、10月。エリちゃんのこと、被身子のことを気にしながら平凡な毎日を過ごしていた。世間ではMt.レディとエッジショット、シンリンカムイのチームアップが話題となり、1-Aでも将来プロになったらチームアップしよう、なんて盛り上がりを見せていた。
「麗日が私を浮かせて、私が酸の雨を降らすの! 瀬呂が私を操作して、口田と障子と耳郎が偵察ね! 名づけてチーム・レイニーデイ!」
「俺たちは!?」
「いらない」
チーム・レイニーデイの選考に漏れた上鳴と峰田がしょぼくれながら俺のところにやってきた。かわいそうに。きっと普段の行いだな。
「つっても正直上鳴と峰田はめちゃくちゃ組みたいけどな」
「えー? でも上鳴と峰田じゃん」
「まぁ頭の方はアレだけど、個性は文句なしだろ。なぁ爆豪?」
「俺一人のが強ェ」
今日も爆豪は絶好調で、首を親指で掻っ切るジェスチャーをして、そのまま親指を下に向けた。上鳴と峰田は舐めてたらマジでやられるからな。爆豪は舐めないからやられないだろうけど。
「でも普通に上鳴と俺って相性いいと思うんだよな。上鳴はポインターないと放電に指向性もたせらんねぇから人と組むのはあんまり向いてないけど、俺なら上鳴の放電はむしろ餌になるし」
「ごり押しすぎだろ」
あんまり頭がいいとは言えないが、そこそこいい気もする。上鳴がネックなのってマジで放電とやりすぎると脳がショートすることだけだからな。その二つをクリア出来たらめちゃくちゃ強い。
「防御は峰田のもぎもぎで嫌がらせして、遠距離攻撃は俺か爆豪が対処して」
「何俺を勝手に入れてんだ!」
「チーム・レイニーデイより強くね?」
「久知と爆豪が強すぎるだけだと思うんだけど……」
耳郎の嬉しい言葉に、上鳴は「俺は強くねぇの?」と鬱陶しい絡みをしていた。だから強いって。普段の行動がアホだからそう見えないだけで。
そんなやり取りをして俺たちはコスチュームに着替え、必殺技の訓練に挑んでいた。最低必殺技二つの習得、習得しているものは更なる向上。俺は『風虎』『雨雀』『針雀』『玄岩』の四つ。これから習得するべきは父さんが使っていたエネルギーを弾けさせて空中移動する技と、それを使った『天龍』。でもあれ、加減ミスると大ダメージなんだよな。『玄岩』で足を防御しながら足の裏でエネルギーを弾けさせることによって飛ぶらしいが、そもそも俺は『玄岩』を使えるようになるまで結構なダメージを蓄積しないといけない。訓練にも一苦労だ。
やはり、シンプルに体を鍛えながら必殺技の訓練をするってのが一番いいのだろうか。俺は一番それが効率良い気がする。
「おい、クソヤニ」
「ん?」
そうと決まれば、と体を苛め抜こうとしていた時、爆豪に声をかけられた。訓練中に爆豪が声をかけてくるってことは、かなりの確率でろくでもないこと。
「試させろ。お前も試せ」
「……いいけど、許可は?」
「とってる。大怪我しねぇようにだとよ」
「あぁ、心配されたんだな。お前が」
「どう考えてもテメェだろうが!」
「え、それお前が加減もできないバカだってこと?」
「テメェがザコだってことだよ!」
叫び、俺に背を向けて数歩歩いて距離を空け、俺と向かい合った。戦う前の初期位置ってやつか。距離なんて爆豪にとっては関係ないと思うのだが、一応公平性を保ってくれているつもりなんだろう。訓練が始まってしばらくしてから声をかけてくれたのがその証拠だ。きっと、俺の疲労がたまるのを待っていたんだ。
「なんぼだ」
「30だな」
爆豪が腰を落とした。上限解放がどれくらいできるか聞いてきてくれるって、本当に訓練のつもりなんだな。もしかしたら訓練にかこつけて俺の骨の形を変えようとしてるんじゃないかと思ったが、そうじゃないようだ。安心した。簡単に骨の形を変えられるつもりはなかったけど。
「行くぞ!」
爆豪が手のひらを爆破させ一瞬で俺の目の前に現れた。緑谷が言うには爆豪は最初右の大振りが多いらしいが、それは昔の話。爆豪のことだから、意識して変えていることだろう。ということは、今右腕を振っているのはブラフ、
「と見せかけて本命!」
「チッ」
俺を爆破しようとしていた爆豪の右手を腕を掴むことで止め、そのまま力任せに投げつける。組み合ってもいいことはない。どうせ爆破されて終わりだ。爆豪と戦うときは組み合わず、一撃一撃与えていけばいい。
なんて考えていたら、爆豪が俺に手のひらを向けて、その手のひらに空いた手で作ったわっかを押し当てていた。確か、あれは。
「『
貫通力が増した爆破。それが俺の体を貫こうと降り注いでくる。流石に威力は抑えているだろうが、当たれば貫かれる、位の気持ちでやらなければならない。それなら、
「『風虎』!」
前方に広げるように『風虎』を放ち、相殺する。『風虎』は一点集中のエネルギー弾も『風虎』であり、今のように波にしてエネルギーを放つのも『風虎』と呼ぶ。ただ、それだとあまりカッコ付かないから名前変えようかな? 『波虎』とか?
「次は上だ!」
「絶え間ないな!」
前からの攻撃を防いだかと思えば爆豪は俺の真上に飛んでおり、また同じ攻撃を放ってきた。爆破の雨が降り注ぐ前に、俺は必殺技を使うことはせず、回避を選ぶ。上にくることは予想できていた。『風虎』、いや『波虎』を抜けてくるとするならダメージは免れない。そして、爆豪の性格なら攻撃の手を休めることはしない。後ろに回るのは時間がかかる。それなら上しかないだろう。予想していた俺は、爆豪が攻撃を撃つよりも早く回避を選択できていた。
「おせぇ!」
回避してから、そういえば爆豪って見てから回避できたんだっけ、と『
「死っ」
「『針雀』!」
その、回避してまた俺の方にこようとした瞬間を狙って『針雀』を放つ。爆豪は一瞬、本当に一瞬固まったもののすぐ『雨雀』に向かって手のひらを向けて爆破し、『針雀』を相殺した。
「『波虎』!」
だったらと、エネルギーを波状にして放ったが、爆豪は圧縮した爆破で『波虎』に穴を空け、そこから抜け出てきた。何それ。俺のエネルギーって穴空くの?
「ぶっ飛べ!」
『波虎』を撃ったことによって硬直していた俺は、爆豪の爆破をモロに受ける。ただ、そこでぶっ飛ばず無理やり踏ん張って、爆豪の腕をがっちり掴んだ。さっき組み合ったら負けだって思っていたが、違う。もっと大胆に。そうしなきゃ勝てない相手もいる!
「捕まえた」
「チッ」
「おら、テメェがぶっ飛べ! 『風虎』!」
残っているエネルギーをすべて使って放った『風虎』は、寸でのところで爆豪に避けられた。空いた手で無理やり自分の体を捻り、その勢いを利用して俺が掴んでいた方の手を爆破させ、強引に俺の拘束から脱出して。ただ、『風虎』によって巻き起こる風圧を受けてぶっ飛びはした。
「クソ!」
「ストップ。時間切れだ。これ以上やると俺もお前もボロボロになる」
「あ? なれや!」
「ほら、訓練だから。な?」
「……チッ」
素直に引き下がってくれたのを見て安心しつつ、丸くなったなぁとびっくりする。前までの爆豪なら「知るか!」って言って殺しに来そうなのに。
去り際に「次は40んときにやるぞ!」と残して、爆豪は自分の訓練に戻っていった。