俺はずっと好きでいる   作:とりがら016

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文化祭準備期間

「よっ、エリちゃん」

 

「こんにちは、エリちゃん」

 

 病院、その一室。そこに俺と緑谷は訪れていた。エリちゃんに会いに、である。相澤先生から聞かされたのは、俺と緑谷にエリちゃんが会いたがっている、ということ。個性の都合上面会は極力避けるべきという状態だったらしいが、暴走するほどのエネルギーはないとのお医者さんの診断で面会できるようになった、ということである。もし暴走したとしても相澤先生がいるし。

 

「想くん、と……」

 

「緑谷出久、えっと、デクの方が呼びやすいかな?」

 

「デクさん」

 

 なんで俺はくんづけなんだと思ったが、被身子の影響か。なんか色々すっ飛ばして仲良くなった気がして嬉しい。というか死柄木も俺のこと想くんって呼ぶし、被身子の影響力すごすぎだろ。俺に関してのことだけ。

 

「えっと、助けてくれて、ありがとうございました」

 

「どういたしまして。ま、ヒーローだから当然だ」

 

「僕はほとんど何もできてないけど……」

 

 あはは、と頬をかく緑谷に、エリちゃんは首をふるふると横に振った。

 

「助けようとしてくれた。温かかった。だから、ありがとうございます」

 

「助けようと……あ、あの時」

 

 通形先輩とパトロールしてた時に出会った、ってやつか。あの時のことをずっと覚えてお礼を言うなんて、ほんとになんでこんないい子に育ったんだ? 反面教師ってやつ?

 

「想くん、ごめんなさい。私のせいでいっぱい怪我しちゃって、デクさんも、みんなも」

 

 エリちゃんは涙を堪えるように震えると、「でも」と続けて、

 

「極さんが言ってくれたの。『無事でいてくれてありがとう』って。『みんなエリちゃんのために戦って、エリちゃんが無事でよかったって思ってる』って」

 

「極さん?」

 

「父さんだよ」

 

「ノーリミット!?」

 

 緑谷が振り返り、病室の入り口にいる父さんを見た。父さんはサムズアップしてムカつくほどの笑顔を見せる。

 

 父さんはヒーロー引退の手続きをしながらエリちゃんと一緒にいた。暴走したところで個性が元に戻るだけであり、本来なら個性が壊れている父さんに頼むべきではないが、いざというときの戦力にもなる。エリちゃんの精神状態が安定しているように見えるのは、父さんのおかげだろう。

 

「だから、ありがとうの方が嬉しいって」

 

「あぁ、そうだな。俺も緑谷も、みんなだって『ありがとう』の方が嬉しい」

 

「うん! それでね、エリちゃん。僕たちね、エリちゃんに文化祭にきてほしいなって思ってて」

 

「ぶんかさい?」

 

 当然だが、エリちゃんは文化祭を知らないらしく首を傾げた。ほとんど楽しいことを知らないまま育ってきたんだ、無理もない。

 

「俺たちの学校でやるお祭りのこと。学校中の人がみんなに楽しんでもらえるよう出し物をしたり、食べ物を出したり。とにかく楽しいお祭りだ」

 

「どうかな? エリちゃん」

 

「楽しい……」

 

 エリちゃんは、難しそうに首を捻っている。──ここに来る前、父さんからエリちゃんについて色々聞いた。そのうちの一つが、『楽しいってこと、笑うってことを知らない』ということ。なんでも、父さんの爆笑ジョークでも笑わなかったらしい。そりゃ笑わないだろと思うが、父さんのジョークは案外子どもにはウケるかもしれないので一概にそうとは言えない。

 

 だから、楽しいお祭りって言われてもピンとこないんだろう。だったら、

 

「エリちゃん、好きなものある?」

 

「好きなもの?」

 

「なんでもいい。人でも、物でも、食べ物でも」

 

「えっと……リンゴ」

 

「それなら、リンゴアメとかでるかも!」

 

 緑谷の言葉に、エリちゃんはまた首を傾げた。

 

「リンゴをさらに甘くした食べ物だよ!」

 

「さらに……」

 

 楽しいことがわからなくても、好きなものがあるなら十分だ。好きはプラスな感情。そこからまた楽しいっていうプラスな感情につながることもなくはない。

 

「それで、どうかな?」

 

「……行きたい。お外のこと、想くんたちのこと、もっと知りたい」

 

「よし、決まりだァ!」

 

 エリちゃんの言葉に、いきなり父さんが叫んだ。病室で騒いだことによってお医者さん、相澤先生から注意されてぺこぺこ頭を下げつつ、父さんは俺たちの間に割って入り、しゃがんでエリちゃんと目線を合わせた。

 

「それなら、俺と一緒に行こう」

 

「極さんと一緒に?」

 

「あぁ。俺と一緒は嫌か?」

 

「ヤじゃない。行く」

 

「よし!」

 

 決まりだ! とはしゃぐ父さんは、この中で一番子どもに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「補習終わった!」

 

「やっとだな!」

 

「なげぇ」

 

 文化祭ちょうど一か月前のこの日。俺たちはようやくインターン分の補習を終えた。補習で話し合いに参加できなかったため、今日から本格的に参加できるということになる。

 

 補習の疲労感そのままに、寮のドアを開けた。

 

「うーっす」

 

「補習今日で穴埋まりました! 本格参加するよー!」

 

「ちょうどよかった!」

 

 今日も話し合いをしていたらしく、みんな集まっている。その中から耳郎が出てきて、こっち……正確には爆豪に向かって歩いてきた。なんだ? 今までの横暴に対する文句?

 

「爆豪、ドラムやってくんない?」

 

「あ? 誰がやるかンなもん」

 

「あぁ、やめとけ耳郎。こいつドラムめちゃくちゃ下手くそなんだよ」

 

「やってやるよ見とけ才能ゼロのゴミヤニカスが!」

 

「そこまで言わなくてもいいじゃん……」

 

 爆豪からの罵倒に傷つきつつ、耳郎にウインクしておいた。爆豪の扱いは俺に任せろ、と。しかし俺の完璧素敵カッコいいウインクを受けて、耳郎は露骨に嫌な顔をした。テメェ上等だな?

 

「ってか、うま」

 

 俺の挑発に乗ってドラムをたたき始めた爆豪は、その才能を周囲に見せつけた。昔音楽教室に通ってただけでこんなにできるなんて、やはり才能マン。耳郎も隣で「完璧……」とめちゃくちゃ驚いている。

 

「すげー!」

 

「爆豪ドラム決定だな!」

 

「……馴れ合いならやんねぇぞ、俺ァ」

 

「これ、『本気でやらねぇんだったらぶっ飛ばすぞ。殺すつもりでやンだよ!』って言ってるんだぜ」

 

「勝手に代弁してんじゃねぇ!」

 

「似てる……」

 

 俺の爆豪の物まねがそっくりだっていう地味に傷つく評価は置いといて、爆豪が言いたいことはつまりそういうことだろう。言い方は悪いけど。楽しませるんじゃなくて、本気でやるから勝手に楽しめ、みたいな。

 

「馴れ合いじゃねぇ、音で殺すんだよ! わかったか耳!」

 

「耳って……うん、ありがと!」

 

 爆豪は盛大に舌打ちして、俺を睨みつけた。なんで睨まれてんの? 俺。何も悪いことしてないんだけど。ただ爆豪を煽っただけで。

 

「ア? こんなとこにクソ個性のせいで大した演出もできねぇゴミがいんなァ?」

 

「アァ!? テメェぶっ殺すぞ! だったら上限解放60使って演出でもダンスでもなんでもやったるわ!」

 

「ったりめぇだろザコ! すぐ使えるよういじめ抜いとけ!」

 

「本気でやるってのはそういうことだろ!」

 

「……あんたらって仲いいよね」

 

『どこがだ!』

 

 ほら、と言う耳郎に、俺たちは何も言い返せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員の役割が決まって、土曜。俺は爆豪に「個性使って一つの隊だけか?」と煽られ、見事にダンス隊と演出隊に参加することとなった。まぁ俺が出すエネルギーって見ようによっちゃ綺麗に見えるし、あとは細かい調整ができるようになりゃいけるだろ。ダンスもできない動きはないってくらい順調だ。

 

「久知くんって、結構なんでもできるよね……」

 

「できると思ったらできるんだよ。自信つけろ自信」

 

 あまり動きがよくない緑谷に「久知は指導側!」と芦戸から任命された俺が教えつつ、逆立ちして腕立て伏せする。上限解放60で万が一があったら大事だ。文化祭までに練習しつつ鍛えて、父さんが使っていた空中機動技も完成させたい。あれができれば、演出にも幅ができるはず。

 

「いやぁ、精が出てるな少年少女!」

 

 そうして練習している俺たちに声をかけたのは、俺がめちゃくちゃ聞き覚えのある声。声がした方を見ると、そこには。

 

「父さんに、エリちゃん!」

 

「想くん、デクさん」

 

「エリちゃん、ノーリミット! なんでここに?」

 

 腕に力を入れて体を跳ねさせ華麗に着地し、立ち上がる。周りを見れば騒ぎを聞きつけてみんなが集まってきていた。

 

「文化祭に来る前に、一度きて慣れておこうって話でな。これから学校を回るんだが、お前たちもくるか?」

 

「っていうお誘いがあんだけど、いいか? 芦戸」

 

「じゃー休憩にしよっか!」

 

 芦戸の提案に賛成し、俺と緑谷は一度制服に着替えるため寮に戻って、エリちゃんと父さんと合流した。そのまま学校内を歩き回る。

 

「えっと、なんて呼べばいいですか?」

 

「極さん、と呼んでくれ。今の俺は引退した身だ」

 

「わかりました!」

 

 緑谷が父さんに何か聞きたくてうずうずしている。ヒーロー好きな緑谷のことだ。めちゃくちゃ聞きたいことがあるんだろうが、エリちゃんの前だから遠慮してるんだろう。

 

 父さんの隣にいたエリちゃんは今俺の隣を歩いており、自然と手をつないでいた。これも被身子のおかげだろうか。俺に対してはどこか親密なものを感じる。

 

「しかし、一か月前だというのにみんな張り切ってるなァ」

 

「雄英だしな。先輩も、もちろん一年も本気なんだろ」

 

「その通り! もちろん君たちA組より僕たちB組の方が断然すごい!」

 

 こんなとこで油売ってる君たちよりね! といつも通りウザがらみしてきたのはB組の物間。相変わらず絶好調のようで、何やら大道具を抱えたB組のやつらを置いて俺たちを攻めに来ている。俺は物間が近づいてくるのを見てしゃがんでエリちゃんと目線を合わせると、物間を指した。

 

「あれな、かわいそうな性格の人」

 

「かわいそうな人……」

 

「子どもになに教えちゃってるのかなぁ!?」

 

「真実」

 

 こいつめんどくさいんだよなぁ。B組好きなのはいいけど、そんなにA組を目の敵にしなくても。

 

「ライヴ的なことをするんだってね! 僕らは演劇さ! しかもオリジナル脚本! 僕らに負けて泣く準備をしておいた方がいいよ!」

 

「あ、久知! ノーリミット! それに緑谷!」

 

「ぶへ」

 

 物間を極力見せないようにエリちゃんの目をふさいでいると、その物間を押しのけて夜嵐がやってきた。ナイス。あいつ多分悪い奴じゃないんだろうけど言動行動がめちゃくちゃ悪い奴なんだよな。だからと言ってA組の俺が殴って止めるとまたそれで何か言われるし。

 

「で、そこにいるのはエリちゃんだ! 俺は夜嵐イナサ! 久知の親友だ!」

 

「しんゆう?」

 

「つまり一番仲がいいってことっス!」

 

「一番はヒミコさんじゃないの?」

 

「アー」

 

 そうか、エリちゃんからすると俺と一番仲がいいのは被身子ってことになるんだ。うーん、どう説明すればいいものか。

 

「そうだな、被身子は親友ってより、恋人だ」

 

「こいびと」

 

「勉強しといてくれよ。次また会う時に答え合わせだ」

 

 約束な、とエリちゃんを撫でながら言うと、エリちゃんは小さく頷いた。本当なら教えてあげたいが、俺の口から言うのは少し恥ずかしい。好きの違いもわからないだろうから、今言っても難しいだろうし。

 

「じゃあな夜嵐。頑張れよ」

 

「久知も、緑谷もな! また会いましょうノーリミット!」

 

「今の俺はノーリミットではなくただの極だ!」

 

「極さん!」

 

「おう! また会おう!」

 

 元気に手を振る夜嵐に振り返し、また歩き始める。周りは本当に慌ただしい、といった様子だ。人が動き回り、大声で話し、でも楽しそうにしている。文化祭って準備期間めちゃくちゃ楽しいんだよな。俺今回初めて本格的に参加するけど。

 

「お! やっと見つけた!」

 

「先輩!」

 

 しばらく歩いていると、前の方から通形先輩が手を振りながら走ってきた。あの人いつでも笑顔で元気いっぱいだなぁ。オールマイトみたいだ。

 

「あ、これはこれはノーリミット! ご無沙汰してます!」

 

「通形くんか。あと俺はノーリミットではなくただの極だ」

 

「極さんですね! 俺の中ではいつでもノーリミットですけど!」

 

「嬉しいこと言ってくれるなァ!」

 

 父さんが通形先輩とじゃれあっている。多分この二人相性いいよな。というより、父さんも通形先輩も人を選ぶタイプじゃないから、そりゃいいに決まってる。この二人は誰とでも仲良くなれるんだ。敵以外。

 

「緑谷くんも久知くんもこんにちは! エリちゃんも元気だった?」

 

「えっと」

 

「俺は通形ミリオ! ミリオさんって呼んでくれ!」

 

「ミリオさん」

 

「100点!」

 

 通形先輩は笑いながらサムズアップした。

 

「いや、エリちゃんが学校にきてるって聞いていても立ってもいられなくてね。ちょっと会いに来たんだ。よかったらついてきてくれないか?」

 

「どこに?」

 

「波動ねじれさんのところに!」

 

 なんでフルネーム? と聞く前に、通形先輩は歩きだしてしまった。


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