俺はずっと好きでいる   作:とりがら016

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文化祭前の日常

「非常勤講師の久知極だ! 今日から雄英内をうろうろするからよろしく!」

 

「嘘だろ」

 

 朝。ホームルームが始まった瞬間に相澤先生から「お話があります」と告げられ、教室のドアを勢いよく開けて入ってきたのは俺の父さんだった。父さんが自己紹介した瞬間クラス中から俺に視線が集まるが、そんなことが一切気にならないくらい気が動転している。

 

「いや、この時期の雄英に外部からの受け入れって駄目なんじゃないですか?」

 

「息子であるお前からそういう発言が出るのは非常に非情で大変よろしい」

 

 だが、と相澤先生は続けて、

 

「敵とのつながり、的なことを考えているならこのクラス、どころか世間で見てもノーリミット……極さんは限りなくゼロ。それに、ただ単に講師として受け入れたんじゃない」

 

「っていうと」

 

「エリちゃんを正式に雄英で受け入れることが決定した。容態が落ち着いたから個性を抑えられる俺が預かって、ただ俺もフリーなわけじゃないからエリちゃんについておいてもらうために極さんにきてもらった」

 

「俺は個性が使えないわけじゃないからな。一時的に引退はしたが、感覚を取り戻せば復帰しようとすら思っている!」

 

「やめてください極さん。アンタ一歩間違えたら死ぬんですから」

 

「ヒーローはそういうものでしょう!」

 

 極さん今はヒーローじゃないですけどね、と相澤先生に返されてなお父さんは笑っていた。なるほど、エリちゃんを雄英で預かることになって、そのために父さんがきたと。まぁ、非常勤講師って言うのは肩書で名乗っているだけだろう。この分じゃ授業を受け持つとかはしなさそうだ。

 

「あぁ、ちなみに俺は君たちの個性をすべて把握している。個性の訓練、及び肉体的なトレーニングのアドバイスは任せてくれ! 授業にもちょくちょく顔を出すからな!」

 

「久知の成長具合を考えれば極さんの手腕を疑うところはないだろう。よく見てもらえよ」

 

「はい!」

 

「ふざけんなよ……」

 

 爆豪が珍しく俺に憐れみの目を向けていた。せめて煽ってくれ。この親が学校にいて、しかも授業を見に来るっていう恐怖と羞恥を感じているこの俺を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「的、確!」

 

「なにが?」

 

 一日の授業を終え、文化祭の練習を終えて寮の共同スペース。夜も遅いから寝ようと部屋に戻ろうとすると、何やらテンションの高い上鳴に捕まってしまった。なにが? と言いつつ十中八九あれのことだろうな、と諦めながら上鳴の言葉を待っていると、肩を組んできた上鳴は俺をソファに連行した。寝させろ。

 

 ソファには耳郎、芦戸、切島がいた。テーブルの上には何やらノートを広げており、恐らくダンスの振り付けと音の合わせ、その演出の確認をやっていたのだろう。念入りで大変すばらしい。そんな中に俺を持っていくってどういうことだ?

 

「オメーの父ちゃんだよ、極さん! 俺と個性ちげーのにめっちゃ的確なアドバイスもらっちまった!」

 

「あ、それウチも。テンション高くて暑苦しそうだって思ったけど、流石プロって感じだった」

 

「入ってこなくていいんだぞ? ほら、忙しいだろうし」

 

 ソファに座った俺たちを見て「なんだ?」っていう顔をしていた三人は全員上鳴の話に興味が移ったようで、テーブルの上のノートそっちのけで身を乗り出してしまっている。テーブルの上のノートがかわいそうだろ。

 

「もう寝よっかって話してたからオッケーだよ!」

 

「じゃあ寝ろや」

 

「いけず!」

 

 口の先を尖らせてぶーぶー文句を言う芦戸にウインクしてやった。そうすると芦戸は困惑して思考を停止させ、静かになってくれる。これこそ『わけのわからない行動をしてうやむやにする作戦』!

 

「びっくりしたぁ。顔だけはいいからちょっと見惚れちゃった」

 

「正直なことはいいことだが、時に悪いこともあるんだぜ?」

 

「待て待て! 久知のいいとこは知ってるぜ!」

 

 立ち上がって拳を握りしめた俺を止めたのは聖人君子と名高い切島。切島は人懐っこい笑みを浮かべて、「一つ目!」と元気よく宣言する。

 

「努力家だ! 今日だって新しい必殺技使ってたしな!」

 

「あ、確かに! なんで俺に黙ってたんだよ!」

 

「何でお前に教えるんだよ」

 

「友だちだろー?」

 

 肩を組んでくる上鳴を押しのけながら、授業のことを思い出す。

 

 授業では必殺技の訓練があり、俺はまた爆豪に喧嘩を売られた。今日は上限解放60を使えと言われ、なんだかんだ負け続けていた俺は調子に乗って上限解放60を発動。いい機会だからと『跳馬』も披露し、あと一歩のところまで追いつめたが爆豪の見てから反応で相打ちになってしまった。あいつずるすぎだろ。俺の『跳馬』の完成度が高くないのもあるけど。

 

「つっても、あれは未完成なんだよ。演出に加わるためにもしっかり完成させねぇと」

 

「アレで飛んで、青山のレーザーにエネルギーぶつけて派手な花火! 絶対成功させてよ!」

 

「でも大丈夫なの? 久知、結構負担大きいけど」

 

「耳郎。お前って時々バカにしてくるけどめちゃくちゃ優しいよな」

 

「バカにするのはバカだからじゃん」

 

 一瞬キレかけたが優しい耳郎に免じて堪えて、「大丈夫」と返した。

 

「やるならガチだ。上限解放60だったらそんくらいやって当然だろ」

 

「男らしいのも久知のいいとこだな!」

 

「確かに! けっこー責任感あるよねぇ」

 

「嘘つきだけど」

 

 耳郎の言葉にぎくりとしつつ、誤魔化すようにせき込んだ。俺が喫煙していたことを知ってるからって、それをネタにしすぎじゃないか? 俺と秘密を共有できてるからってはしゃいでんのかよ。可愛いやつめ。……今のなし。クソ気持ちわりぃ。

 

「つか、極さんだよ極さん! 忘れてた! せっかく久知をいじれると思ってこの話持ってきたのに!」

 

「どうせそういうこったろうと思ったよ。俺寝るかんな」

 

「まーてって! 悪い話するわけじゃねぇんだから!」

 

 部屋に戻ろうとした俺を上鳴が掴み、強引にソファへ引き戻される。いや、悪い話とかいい話とかそういう問題じゃなくて、親の話されんのが恥ずかしいんだよ。思春期特有のあれだ。お前らだって嫌だろ、親の話。

 

「そうだ! 極さんめちゃくちゃツエーよな。俺個性使ってない極さんにコテンパンにされちまった」

 

「切島持ち上げられて壁に埋められてた! 見たよー!」

 

「極さんに遠慮してたとかは……なさそーだね」

 

「おう! 男らしく全力だったぜ。それで負けちまうってちょっと自信なくしちまうよな」

 

 言いながらも、暗い顔一つしていない。一層奮起したんだろう。父さんがただ負かすだけなわけがない。負かしてから、何か一言二言添えてやる気にさせるのが父さんだ。俺もインターンでそれを何回やってもらったか。……いつの間にか父さんを褒めてしまっていた。いや、尊敬してるから褒めたくないとかそういうわけじゃないけど。

 

「まぁ、父さんは生粋のインファイターだしな。元の体が強いんだよ」

 

「指導も的確だからめっちゃセンセーに向いてるよな! 個性が元に戻ればなぁ」

 

 それは本当にそう思う。神野の一件で父さんは有名になり、そして有名になったまま引退。そして俺はその父さんの息子。期待値ってやつがめちゃくちゃデカいんだ。あの引退したノーリミットの息子ってなると、当然、っていう言い方は少しおかしくなるが、ノーリミットの穴を埋めることを期待される。あの化け物の穴をだ。俺じゃなくてもプレッシャーを感じるに決まってる。爆豪みたいなアホは例外として。

 

 それに、父さんはオールマイトがいなくなった後の希望の一つだった。その希望が引退するってことは、社会にとってあまりよくない。オールマイトに任せきりだった社会を担おうとしていた一人が早速欠けてしまったんだから。

 

「父さんなら、案外すぐに戻ってくるだろ」

 

「だといいね。ウチも極さんの個性元に戻ってほしいし」

 

 やっぱり耳郎はいいやつだなぁと思って耳郎を見ると、何やら苦い顔。どうしたのかと声をかけると、耳郎は気まずそうに「いや……」と言って、

 

「極さんって指導は的確だし、わかりやすいしとっつきやすいんだけど、スパルタなんだよね……」

 

「それ! 雄英よりきつい人いるんだーって思ったもん」

 

「俺はあれくらいの方が好きだぜ! 男らしいし」

 

「切島の男らしいの基準って何なん?」

 

 上鳴の言う通り、あれは男らしいとかではなく拷問に近い。学校だからまだ抑えていたが、インターンに行っていたときはボロボロだった。父さんが本気でトレーニングさせようとするなら、食事メニューにまで口を出してくる。耳郎はスパルタと言ったが、まだまだ序の口だ。まぁ序の口でもスパルタなんだけども。

 

「でも言動とかその辺りは久知と似てないよね。極さんは暑苦しいけど、久知ってそうでもないし」

 

「ん? あー、そうかもな。別に子どもは絶対親に似るってわけでもないから不思議じゃないだろ」

 

「身長も高いし! 極さんは濃いイケメン? って感じ!」

 

「身長のことについて言うのはやめてもらおうか」

 

「まーまー気にすんなって。これから伸びるだろ。つか、伸びない方が俺は嬉しいんだけど」

 

「なんで」

 

「だって久知にはっきり勝ってるとこっつったら身長くらいだろ?」

 

 上鳴の情けない発言に、耳郎が「ダサ」とボソッと呟いた。上鳴には聞こえていなかったようで、「伸びるなー、伸びるなー」と手のひらを合わせて何やら拝んでいる。別に、勝ち負けで言うならもっと負けてるところあるんだけどな。それを言ったら調子に乗るから言わないが。

 

「ま、父さんがいれば強くなれるのは事実だ。スパルタだけど、ちょっと頑張ってついていけば結果がついてくるから」

 

「流石、極さんの一番弟子!」

 

「息子な」

 

「一番息子!」

 

「や、そういうことじゃなくて。なんだよ一番息子って」

 

 ほんとあほだな、と上鳴に言うと、「何が!?」と本気でびっくりしていた。そういうとこだぞ。


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