文化祭、当日。
「想くん」
「お、エリちゃん」
午前9時25分。緑谷がどこかに行っていて俺が代打になるんじゃないかって話しているところに、相澤先生と父さん、そしてエリちゃんがやってきた。
エリちゃんは父さんのそばから離れて小走りで俺の方にやってくると、小さな首をきょろきょろと動かした。
「デクさんは?」
「あぁ、あいつな。今気合い入れてるところでここにはいねぇんだけど、大丈夫だ。ちゃんと踊るし、ちゃんと楽しませてくれる」
しゃがんでエリちゃんと視線を合わせ、微笑んだ。緑谷の姿が見えなくて心配だったんだろう。不安げに揺れている目をいつも通りに戻すため、精一杯大丈夫だと伝える。
「それになエリちゃん。俺派手に目立つ場面あるから、楽しみにしててくれよ?」
「派手に……」
「おう。だから」
エリちゃんにそっと近づいて、耳打ちする。
「被身子に俺がすごかったって、伝えてくれよ?」
俺から言うのは恥ずかしいからさ。と付け加えると、エリちゃんは胸を張って「任せて」と小さな手で自分の胸を打つ。かわいらしい仕草に思わず笑って、ぽん、と頭に手を置いて一撫でして立ち上がった。
「相澤先生、エリちゃんお願いします。父さんも」
「あぁ。大丈夫だとは思うが、頑張れよ」
「俺が想よりエリちゃんと仲良くなっても嫉妬するなよ! ハッハッハ!」
「エリちゃん。俺とあそこのおっさん、どっちのが好き?」
「想くん」
「何……?」
本気でショックを受けている父さんを放置してエリちゃんに小さく手を振り、みんなのところに戻る。
するとなぜか、クラスのほとんどが意外そうな目で俺を見ていた。なんじゃコラ。
「いや、久知ってあんな一面あんのな。いつもクソなのに」
「クソって何だコラ。喧嘩売ってんのか?」
「ほら」
失礼をかましてきた瀬呂を睨みつけると、論破されてしまった。あぁなるほど。俺とエリちゃんのやりとり見てびっくりしてたわけね。そりゃ俺いつも罵倒するか喧嘩するかしかしてないからなぁ。
「いつもあぁしてると普通にカッコいいのにねー」
「あ? 俺はいつもカッケーだろうが」
「顔だけね?」
「待て久知! 相手は女の子だぞ!」
明らかに喧嘩を売ってきた葉隠に掴みかかろうとすると、慌てた切島に羽交い絞めにされた。なんだ顔だけってテメェ、身長もカッコいいって言え! 顔だけじゃねぇだろ俺は!
……けどまぁ、いい。俺には被身子がいるし、被身子が俺のことをカッコいいって思ってくれてたらそれだけでいいんだ。別に葉隠にカッコいいって思ってもらわなくても全然……やっぱり思ってもらいたい。ほら、男の子って女の子にモテて悪い気するやついないじゃん? 誰を好きになるとかそういうのは別にしてね?
「……葉隠って透明なのにめちゃくちゃ可愛いよな。雰囲気もいいし、ぜひその可愛らしい顔を見せてほしいもんだぜ」
「響香ちゃんが『久知が言うキザなセリフは大体その場を逃れようとしてるか、仕返しに照れさせようとしてる』って言ってたよ!」
「でも嘘じゃない」
「久知くんの性格が酷いって知ってるから、あんまり効きませーん」
一切照れた様子もなく葉隠はからから笑っている。結構キメ顔で真っすぐな言葉なつもりだったのにこれって、俺被身子いなかったら一生独身だったんじゃね?
「なぁ切島。俺ってそんなに性格悪い?」
「ん? んなことねぇぜ。久知はいいやつだって!」
眩しい笑顔を向けてくる切島から目を逸らしてしまった俺は、性格が悪いに違いない。本当にモテるのは切島みたいなやつだよな。あと普通にイケメンな轟。俺の味方は爆豪だけだ。クソみたいな性格してる顔のいいクズ。
「あと久知くんって一途だから、それ知ってるとキザなセリフ言われても微笑ましくなっちゃうんだよね」
「殺せ! シンプルに恥ずかしい!」
「お、落ち着け久知!」
そうやっていつものようにドタバタしながら。
午前9時59分。開演1分前を迎えた。
緑谷は間に合ったんだろうか。あいつのことだから絶対間に合わせるだろうが、何か変なことに巻き込まれて傷だらけってのが十分あり得る。
「もうすぐだ。外しとけよ」
「おう」
轟に言われ、体につけていた装置を外す。
サポート科に頼んで作ってもらった、筋肉に多大な負荷をかける装置。訓練で上限解放60を出していた時は傷、疲労があったからいけたが、まさか傷だらけで舞台に立つわけにはいかない。だからこそ、客にわからない範囲で負荷をかける必要があった。
「キッツ……。俺これ終わったら棒になる自信あるわ」
「頑張れよ、久知!」
「張り切りすぎてミスんなよ?」
「誰に向かって言ってやがんだ」
緊張もある。けど、今俺を励ました切島も、俺をおちょくった瀬呂も笑っている。
下に広がる客を見た。その中に、エリちゃんがいる。雄英全員音で
「いくぞゴラァァアア!!」
爆豪が叫び、スティックを振り上げる。
「雄英全員、音で
爆破とともに、ステージがライトアップされた。雄英を殺る音が、始まる。
「よろしくお願いしまァス!!」
耳郎が叫ぶ。開幕爆発、掴みはド派手に。伝染病のように、一人一人感動を伝播させていく。
「いい音してんなぁ」
「な」
ステージで輝くみんなを、ステージとは真反対。演出隊と同じ位置で眺める。
俺の出番は、始まって少し後。サビに入る少し前。なんでこんな一番目立つようなところで出番がくるのかとか、少しの文句が出てくるのはやっぱり俺がクズだからだろう。
でも、人に笑顔を届けるのがヒーローだ。それができるなら、少しの文句なんて軽く吹き飛ぶ。
「出番だ。頼むぞ」
「かましてこい!」
「爆豪が文句言えねぇくらいにな」
轟、切島、瀬呂の言葉を背に、柵の上に立った。音が少し静かになる、その時が俺の出番。
今この時から、人を傷つける力は、人を笑顔にする力に変わる。
上限解放60。体の内側から力が溢れてきて、それはやがて目に見える赤いエネルギーになる。そして、俺はその場で少し跳んで、
「な、なんだ!?」
誰が言ったかはわからないが、『跳馬』で空中に躍り出た俺を見て声を上げる。それにつられて、全員が上を見上げた。
勢いを止めず、左手で『跳馬』を使い体を回転させながら空中で踊る。赤いエネルギーが軌跡を描く。そのまま空中で跳ね続け、ステージのほぼ中央に降り立つ。
「『UA』……」
俺が空中で描いた軌跡は、『UA』という文字を形作り、それがふわりと消えたところでサビに入る。みんなが跳び上がるタイミングで『玄岩』でエネルギーを躍らせ、みんなと同じタイミングでゆっくり立ち上がりながら、右腕を高く突き上げた。
緑谷と青山が俺の隣にくる。二人と合わせて踊り、もう一つの見せ場がやってきた。
「いくぞ、緑谷、青山」
「うん!」
「ウィ☆」
一足早く跳び上がり、少し遅れて青山が緑谷に投げられ、空中に跳び上がった。
そしてそのまま回転しながら無数の小さいレーザーを放つ。それに『針雀』をぶつけ、赤と青で彩られた無数の花火が全体を明るく照らした。
できることなら、被身子にもこの光景を見てもらいたかった。全員が一体となって、一緒に盛り上がって、個性が人を笑顔にしているところを。
氷のかけ橋が出来上がり、垂直に跳び上がる。奥の方に見える轟と切島と目を合わせ、笑って頷き合った。
轟がボール程度の大きさの氷を複数生み出し、それを抱え削りながら走り回る。そして中央の方に放り投げられたそれらをすべて『波虎』で打ち砕いた。極小になった氷の粒が光に照らされ、ダイヤモンドダストとなり降り注ぐ。
客席を見ると、笑顔が見えた。本気で心から楽しんでくれている笑顔。今の俺は目がいいから、見間違えるはずもない。
「わあぁ!!」
エリちゃんが、父さんに抱え上げられ両腕を挙げて笑っている姿も。
父さんが俺を見て腕を突き上げている姿も。
相澤先生が珍しくちゃんと笑っている姿も。
俺は今まで色んなヒーローに出会ってきた。俺を救い、ヒーローへの道を示してくれた相澤先生。俺が気づかないうちにそばにいて、背中を追い続けさせてくれる父さん。共に歩き、最高のヒーローになるための道を進んでいるみんな。
そして、俺に心からの笑顔をくれた被身子。
今度は俺の番だ。俺がみんなを笑顔にさせる。俺が、最高のヒーローになる。
だから、待っていて欲しい。いつか俺が、みんなを救って笑顔にするその日まで。
「想くん! デクさん!」
公演が終わり、反動でボロボロの体を引きずって片付けをしている時。エリちゃんが駆け寄ってきて、その後ろから父さんがゆっくり歩いてきていた。
「あのね、最初はどーんっておっきな音してびっくりして」
爆豪のアレだろ。あいつだけは本気で殺す気でやってたに違いない。
「でもみんなのダンスがキラキラで」
エリちゃんが少し体を跳ねさせて、必死で伝えてくれる。その顔には笑顔があった。
「想くんがお空でびゅんびゅんってして綺麗で、デクさんがいなくなったと思ったらぐるぐるってしてピカピカってなって」
興奮した様子で、腕をバタバタさせる。泣きそうになっている緑谷を肘で小突いて、そっとしゃがんだ。
「女の人の声がワーってなって」
両腕をあげて、「ワーっ」と言うエリちゃんに思わず笑うと、エリちゃんもにっこり笑った。
「私、わああって言っちゃった!」
隣に立っている緑谷が、溢れ出た涙を拭った。
「楽しんでくれてよかった」
泣きそうな笑顔で言うと、エリちゃんは明るい笑顔で頷く。
「カッコよかったろ?」
「カッコよかった!」
純粋なエリちゃんの言葉に気分がよくなって、頭を撫でてからそっと抱き上げる。
「わ」
「よっしゃ、こっからは俺らと一緒だ! 片付け終わったら全力で楽しもうぜ!」
「片付けやるってわかってんならさっさとしろやお前ら!」
「ご、ごめん! すぐにやるよ!」
「どうせミスコンが近いからキレてんだろ峰田」
「彼女持ちのお前でも気になんだろ! 早くしろ!」
被身子以上に綺麗で可愛い女の子なんてこの世に存在しないから気にはならない。耳郎が出るってなったら写真撮りまくって一生いじりつくすネタにできたが出るはずもない。マジで被身子出ねぇかな。そうしたら俺が一瞬で校長になって殿堂入りさせるのに。
「想」
エリちゃんを抱えて片手で氷を拾い上げていると、後ろから父さんに声をかけられた。俺も手伝うぞ! ってんだろどうせ。こういうのは片付けまでが出し物だから、父さんが混ざると変な感じになるから遠慮しておこう。
だが、父さんが言ったのは、予想と全く違った言葉だった。
「立派になったなぁ」
「……誰の息子だと思ってんだよ」
「そうだな」
父さんの方を見ないようにしながら、氷を拾っていく。
エリちゃんが、俺の頭をぽんぽん、と撫でてくれた。