恋人はマリアさん   作:とりなんこつ

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第12話

ノイズ。

人類の有史以来その存在は確認されており、2032年、国際連合により特異災害と認定される。

様々な形状を持つ。群体で突如出現し、触れられた人間は確実に炭素分解されてしまう。

 

社会の教科書に載っている説明だ。

読み上げた教師は、一般人がノイズに遭遇する確率は、人生で通り魔に襲われる確率よりも低いから安心しろとも言っていた。

 

でも、逆説的に、現実に遭遇した人間がいたからこそ、教科書にはこのような記述が存在するんだ。

 

 

 

17年前のS県を縦断する高速道路の惨劇。

出現したノイズの数は十体にも満たず、ノイズの直接の被害者もちょうど十人だった。

ただ、道路の真ん中に突如ノイズが出現した結果、車同士の接触・追突事故や、ノイズに気づいて車から飛び出した人間を後続車が跳ねるなど、犠牲者や被害者の総数はその数倍にも及ぶ。

かのツヴァイウイングのライブ会場の惨劇が起こるまでは、国内ではもっとも悲惨かつ大規模な事故であると、ニュースなどでも繰り返し報道されてきた。

反面、その惨場から直線距離でおよそ200メートルほどの高台の公園で、ノイズに襲われた被害者が存在したことはあまり知られていない。

はぐれノイズというか、おそらく出現したのはたった一匹で、被害者もただ一人。

被害者の炭化した小山の中で、泣き声を上げる乳幼児が発見された。

それが僕。

 

乳幼児の産着には、小さなメモと走り書き。

辛うじて『ハルト』と読めたらしいそれが、僕の名前となった。

もしかしたら平仮名だったかも知れない。

漢字で『春人』だったかも知れないし、本当は別の名前だったかも知れないけれど、もはや確かめる術はない。

当時の警察が熱心でなかったのかどうかは分からないけれど、僕の出生元も身寄りもはっきりせず、施設へと預けられることになる。おかげで誕生日も発見されたその日という適当さだ。

 

ただ、預けられた先の施設では、僕は老経営者からそこそこの愛情を持って育てられたらしい。

らしいというのは、物心がついたときにその施設はつぶれ、別の施設へと移送されたからだ。

ちょうどその頃、ノイズが世界的に認定災害とされたのと何か関係があったのだろうか?

ともあれ、新しい施設の環境は劣悪の一言に過ぎた。

四畳間に8人くらいの未就学児童が放り込まれ、風呂は週に二回程度で毎回シャワーだ。

着替えもろくになく、掃除洗濯は当たり前にせよ、炊事にさえ子供が駆り出される。

もっとも、それが劣悪な環境であると認識したのも、当時を振り返った今だから言えること。

なにせその時は比較対象すらなかったから、辛いとも何とも思えず、現実をありのまま受け入れるしかなかった。

 

 

 

 

「…あなたも施設暮らしだったの?」

 

マリアさんが目を見開いている。

 

ええ、そうですよ。

まあ、その施設に収容されていた子は、全員が全員ノイズの被害者ってことじゃなかったですけどね。

そんで面白いのは、そんな環境でもヒエラルキーってのが発生するんですよ。

 

 

 

 

 

子供なりに身体の大小や力の強さは存在する。

それに自分の生い立ちを絡めて優劣を意識したとき。

つまりは、自分に比べて、おまえはマシだ、という劣等感。

逆に、おまえに比べりゃオレの方がマシだ、という優越感。

そんな生い立ちを持たない僕が、施設内の序列の最下位と認識されるのは、いわば当然だった。

大してない私物を隠される。意味もなく小突かれる。

親なしと陰口を叩かれ、食事すら奪われた。

施設の大人たちはそんな光景を見ても、なんら反応を示さなかった。

肝心の僕も、痛いのは嫌だな、とは思ったくらいで、積極的にどうこうしようとはしなかった。

正確には、どうこうする、もしくはしていいという選択肢すら知らなかったのだけれど。

ただ、ありのままを受け入れ続けるだけだった。

 

そんな無味乾燥な生活の中での唯一の楽しみは食事しかない。

どんな環境でも食べることは生きるために必要で、最大の娯楽だ。

ただ、繰り返すけれど、その施設はロクなもんじゃなく、食事も粗末なものばかりだった。

それでも、偶に出てくるカレーだけは美味しかった。

具も野菜ばかりで、肉なんてろくろく入っていないしゃばしゃばのカレー。

なのに、みんな目を輝かせて頬張っている。

誰も彼も笑顔だった。僕をいじめているヤツらでさえ。

 

炊事の手伝いをしながら、僕がもっと美味しいカレーを食べたいと思ったのは、いじめてくる連中を見返してやりたいって理由があったことも否定しない。

子供なりの工夫で、切った野菜を炒めてからカレーに入れてみた。

そしたら確かに旨味が増した。食べたみんなはいつにもまして笑顔になっていた。

僕にとっての大発見は子供たちにとっても朗報で、いじめっ子たちも僕に一目置くようになる。

それから僕が厨房に入り浸るようになったのは、ほとんどサボってばかりいた中年の調理人にとっても願ったり叶ったりだったんだろう。

もちろんまだ小学生にもなっていない齢だから大したことは出来なかったけれど、少なくともその時の僕は、僕にしか出来ないなにかを見つけていた。

 

 

 

 

 

「…なるほど。それがハルトの原風景なのね」

 

はい。

 

「あなたのカレーに対する拘りも、分かった気がするわ」

 

…続きも、聞いてもらえますか?

 

マリアさんの目を真っ直ぐ見つめて言った。

僕は、僕の過去を、級友たちにも語ったことはない。

でも、マリアさんには、この人には知ってもらいたいと思った。

むしろ、もっと知って欲しいとさえ思う。

 

でも、断られたら? 

胸がざわつく。

息苦しくなって胸を押さえてしまう。

 

「…ええ。ぜひ聞かせて頂戴」

 

マリアさんは頷いてくれた。

ホッとして僕は続きを話し始める。

 

 

 

 

 

 

 

その施設も、ちょうど僕が小学校に上がろうとする頃に県の監査だかが入った挙句に潰れましてね。

あとで調べたら、児童に支給される手当の大部分をピンハネしていたらしいです。

それであの環境なら、ってことで納得ですわ。

 

そんで着の身着のまま、今度はどこに連れて行かれるのかな? カレーを作れるとこがいいなあ、なんて考えていたら、現れたのが今の両親です。

初めてあって、これからうちの子になるんだよ、っていわれても当時の僕にとっては意味不明ですよ。

でもね、そのあと親父が言ってくれた台詞は、ずっと忘れられません。

 

見ず知らずの大人を前に、緊張する僕。

今日からオレたちがおまえの父さん母さんだ、って言われても益々身体を強張らせている。

まだ若かった親父が、しゃがんで僕と目線を合わせてくれた。

それから、神妙そうな表情で、重々しく言った台詞。

 

「オレがおまえに教えられないことは二つだけだ。一つは『素手でのケンカの仕方』。もう一つは『女の子の落とし方』だ」

 

直後、きょとんとする僕の前で、おふくろに盛大にはたかれていたっけなー。

 

ともかく、その言葉通り、親父はありとあらゆることを教えてくれたんです。

本人は何を生業にしていたのか今でもよく分かりませんけど、非常に多趣味な人でね。

書斎なんかゲーム、漫画、小説といったサブカルの巣窟みたいになっているし。

惜しみなく僕にそれを貸し与え、同時に楽しみ方まで教えてくれましたよ。

 

お袋ですか? お袋も親父と同じ趣味だったんじゃないかなー。

よく一緒にゲームに興じたり、一緒に意味不明な映画やコメディ映画ばっかり見てましたから。

まあ、親父と同じで特筆することがあるならば、無類の酒好きってことですかね。

毎晩毎晩、それこそ極上のスイーツを食べるみたいに、喜色満面で酒を飲んでました。

だからといって酔っぱらって寝ちゃうことはあっても、暴れることはありませんでしたよ?

朝も決まった時間に起きて、掃除洗濯もちゃんとしていたし。

 

そんな強烈すぎる個性を持つ両親の中で、僕が自己主張できるのはカレーしかないじゃないですか。

なので、もう小学生の頃から調理を一手に引き受けて、現在に至るわけですよ。

 

 

 

 

 

 

「え、えーと、良いご両親、なのよね?」

 

ええ。そして中学三年生の時、面と向かって言われました。

『おまえを引き取って育てたのは手当目当てだから』って。

 

「……ッ!」

 

そしてその後に、『オレたちは残りの人生を自分で楽しむことにする。おまえもおまえの人生を楽しめ』って。

 

「なんて人たちなのッ!?」

 

ととっ、待ってください、怒らないでくださいよ、マリアさん!

 

「どうして!? ハルトは怒ってないとでもいうの!?」

 

その…確かにノイズ被害者に対する手当は出るんですけどね、そんな高い金額でもないんですよ。

それに、家のキッチンを見てなにか気づきませんでしたか?

 

「…?」

 

キッチンに色々な調理器具や各種スパイス、パウダー。それに本もたくさんあったでしょう?

 

「ああ…。確かにあったわね」

 

あれは、全て両親が買ってくれたんですよ。当時は小学生の僕のリクエストに惜しみなく。

あれでほとんど毎日カレーを作って出してたんですけどね、両親たちから文句ひとつ聞いたことありません。いつも美味しい美味しいって食べてくれました。

 

 

―――思うに、手当目当ての発言も、僕に対して負い目を作らせたくなかったからではないのか。

むしろ本心は、おまえもおまえの人生を楽しめという言葉に集約されているのではないか―――。

 

 

まあ、親父は有言実行ってことで、前々から試したいことがあるって、僕が高校に合格するのを見届けて沖縄に行っちゃったんですけど。しばらくしてお袋が遊びに行くっていって戻ってこないのも、今更ながらようやく息子がカレーばかり作るのに辟易しちゃった結果かも知れませんね。ははは。

 

「すると、ハルトは御両親を恨んでないってこと?」

 

それはもちろん。

むしろ尊敬してますよ。

 

本当の肉親ではない。おまけに二人とも言動はエキセントリックを通り越してサイケデリックだ。

可愛がられ方や付き合い方に関しては、そこらの一般家庭との間に乖離があったかも知れない。

それでも、学校行事なども、おろそかにしない両親だった。

 

そしてなにより、あの人たちは自分の人生を謳歌していた。

僕を育てるということすら、人生として楽しんでいた。

そして僕に新しい人生を与えてくれ、その楽しみ方を教え込んでくれた。

これは生半な人に出来ることではなく、僕が両親を尊敬する所以だ。

 

今更宣言するのもおかしな話だけど、あの人たちは僕の親父でお袋だ。

もし万が一、僕が必要とされ、僕に出来ることがあれば、何を差し置いてもその助けになるつもりでいる。

 

 

更にもう一つ。

 

赤ん坊の僕を抱いていた母に対しての感情も明確にしておかねばならない。

 

ノイズは対人間生物災害とされ、一体につき人間の犠牲者は一人。

この原則に従えば、襲われた時の母は、僕を差し出して自分の身を護るという選択肢があったはず。

しかし、それを選択せず、もしかしたらその選択すら頭になく、身を呈して僕を庇ってくれた。

その結果、僕は生き残った。

記憶にもなく、直接言葉すら交わしたことのない母だけれど、このことを知って以来、僕は誕生日に必ず瞑目して感謝の言葉を捧げることを忘れていない。

ありがとう。あなたのおかげで、僕は今生きています。

 

 

話し終えて、僕は改めてマリアさんを見る。

 

…マリアさん?

 

マリアさんの大きな瞳は、今にも涙が零れそうなほど潤んでいた。

慌てて拭い、マリアさんは無理に笑おうとする。

 

「なら、ハルト。あなたは今幸せ? 幸せなのね?」

 

はい。信じられないほど幸せで、今はもっと幸せですよ。

 

僕は頷く。それからゆっくりと付け足す。

 

こうしてマリアさんが僕の前にいてくれるんですから。

 

「………」

 

マリアさんは恥ずかしげに顔を伏せてしまった。

そこでようやく僕は、ベッドの上に置かれたマリアさんの手に、自分の手を重ねてしまっていたことに気づく。

我ながらいつの間に!?

 

…ッ! すみませ…

 

慌ててどかそうとした手が、マリアさんに掴まれた。そのまま指に指を絡められる。

 

「ハルト…」

 

…はい。

 

「話してくれて、ありがとう」

 

いえ。僕こそ聞いてくれてありがとうございます。

 

「…わたしは、まだあなたに話していないことはたくさんある。もちろん話せないこともあるけれど。でも」

 

はい。

 

マリアさんが顔を近づけてくる。瞳がますます大きく見える。

 

「もし、全てを話せるときが来たら。その時は…」

 

………。

 

言葉もなく、ただ見つめ合う。

顔が更に近づいてくる。

心臓がドキドキと脈打って口から飛び出そうだ。

それでも接近は止まらず、マリアさんの甘い吐息が僕の鼻腔をくすぐったその時―――。

 

 

 

 

 

「ハルトぉ! 生きているデスかぁ!?」

 

「ラブリーエンジェル隊が現着なの!」

 

ッ!?

 

一瞬で僕はベッドに仰向けに倒れ、マリアさんは全力で身体ごと回れ右。

ドアが勢いよく開けられたのは、本当にそのコンマ何秒後だ。

 

どどどどどうしたんだ、切歌に調も? 風邪引いたから来るなってメールしただろ?

 

「どうもこうもないデスよ! それで心配してこっちからも何度かメールしたのに、茄子のプティングじゃないデスか!」

 

茄子の…なに?

 

「うん、切ちゃん。それは梨のつぶてって言いたいんだよね?」

 

「そんなのどうでもいいデース! そもそもハルトは一人暮らしデスよね? それで調とも相談して心配して」

 

「緊急物資を持って、お見舞いにきたんだよ」

 

そういって調は持っている大きな袋を掲げて見せてくる。

 

そ、そうか、ありがとう。

 

「…って、マリアが先に来ていたデスか?」

 

「え、ええ。わたしもハルトのことが心配でね」

 

マリアさんに看病してもらって、大分具合も良くなったよ。

 

援護射撃のつもりでそう言うと、なぜか切歌と調二人して頬を膨らませる。

 

「マリアばっかりズルいデース! アタシもハルトの看病をしてみたかったデス!」

 

うん、気持ちは嬉しい。でも、その持っている注射器はなにでどこから持ってきたのかな?

 

「ここでハルトを看病して恩を売る…じゃなくて、恩返しをしたかったのに」

 

調も本音ダダ漏れだけど、一応礼は言っておくよ。一応。

 

「さあさ、病人は寝るのが仕事よ。わたしたちが帰らなきゃ、ハルトもゆっくり休めないわ」

 

切歌と調はなおブーブーと言っていたけれど、マリアさんが二人の背中を押して部屋の外へと連れ出してくれる。

 

「それじゃ、わたしたちは帰るけれど、何かあったら遠慮なく連絡してね?」

 

はい、ありがとうございます。

 

「うん、よろしい。いい返事ね」

 

おやすみなさい。

 

ニッコリ笑ってマリアさんはドアを閉じる。

と思ったら、ドアから顔だけを出して言った。

 

「次のデートはわたしから誘うから。約束ね?」

 

はい。

 

耳を澄ませば玄関が開いて、それから閉じる音。

ようやく静けさが戻ってきたけれど、もうぜんぜん寂しくはなかった。

この部屋に、そしてこの手に、まだマリアさんの温もりが残っているから。

 

気づけば、だいぶ気分の悪さも落ち着いているし、悪寒もなくなっていた。

こりゃあ明後日のデートの中止は早まったかな? と思ったけれど、マリアさんが決定しちゃった以上、覆すのは難しいか。

 

ふと思い出し、スマホを見る。なんだ時間はまだ21時にもなってないのか。

うげ。切歌が言った通り、すごい数のメールやらなにやらの通信が入っていた。

ありがたいけど、アイツら加減ってものを知らないというか。

まあ、返信はしなくていいよね?

 

僕は安らかな気持ちで仰向けで目を閉じる。

眠れるかな? と思ったけど間もなく眠ってしまったらしい。

夢は見なかったけど、不思議と満ち足りた眠りだったように思う。

 

だから、この時の僕は、想像すらしていなかったんだ。

 

『次のデートの約束』が、永遠に果たされることがないことを―――。

 

 

 

 

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