恋人はマリアさん   作:とりなんこつ

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第13話

 

週明けの月曜日。

どうにか復調して、僕は学校へと登校した。

 

その日の放課後、快気祝いだと調と切歌がケーキを持ってやってきた。

僕がまだ本調子じゃないからと作っていたカレー雑炊と、持参したケーキを食べ散らかして帰っていった。

なんなんだアイツら。

 

けれど、そのあと、マリアさんも尋ねてきてくれた。

 

「切歌たちから快気祝いだと聞いたんだけど…」

 

ついさっき帰っちゃいましたよ。丁度入れ違いですね。

 

「そう。とにかくハルトが元気になってなによりだわ」

 

そういうマリアさんは、なんか元気がないように見える。

思わず僕は呼び止めていた。

 

良かったら、ご飯食べて行きませんか?

 

「でも…」

 

といっても、カレーしかないですけど。

 

そういうとマリアさんは笑ってくれた。

 

「そうね。それじゃご馳走になろうかしら」

 

マリアさんが応じてくれたので、大急ぎで明日用に仕込んでいたカレーの仕上げにかかる。

豚バラとニラを炒めたのを入れてひと煮立ちさせれば、豚ニラカレーの出来上がりだ。

 

どうぞ。

 

「ありがとう…」

 

返事をしてくれるけど、やっぱりマリアさんは元気がない。

どうやらお疲れのよう。

豚ニラでスタミナをつけてくれればいいんだけど。

 

「御馳走様。美味しかったわ」

 

良かったです。

 

後片付けをしながら、食後のチャイを啜るマリアさんを見る。

やっぱり疲れているらしく、珍しくぼーっとしているようだ。

取りあえず、そっとしておこう。

そう思った矢先、ポツリとマリアさんが言った。

 

「ねえ、次のデートなんだけど」

 

は、はいッ! もちろんクリスマス・イヴは空いてますですッ!

 

「………」

 

マリアさんが目を丸くしていた。

 

…やっちまったッ! 

頭を抱えたけど、もう遅い。

でも、仕方ないだろッ? 再来週はいよいよクリスマスなんだぜ?

恋人同士がクリスマスにデートしなくて何をするってんだ!

 

笑われるかな…?

そう思いながらそっとマリアさんの様子を伺う。

 

…あれ? 

なんだか渋い顔をしている…?

 

「その…ごめんなさい、ハルト。イヴは予定が…」

 

は、ははは。そうですか。予定があるなら仕方ないですよね!

 

答えつつ、僕の心は浴室の鏡くらいに一気に曇っている。

 

そりゃあマリアさんは有名人だ。イヴの予定くらいあるだろう。

それでなくても年末だ。色々と忙しいに決まっている。

 

そんな風に考えても、どうしても別の疑念が捨てきれない。

まさかまさか。

僕とは別の誰かと二人きりで…!?

 

「こら! 変なこと考えてないでしょうね?」

 

い、いいえ? 別に何も…。

 

「どうだか。何か半分泣きそうな顔になってたし」

 

そ、そんな、まさか。ははは。

 

自分でも分かるくらい狼狽えていると、どういうわけかマリアさん嬉しそう。

 

「…ふう。これはナイショよ? 約束できる?」

 

なんだかわかりませんけど、マリアさんとならいくらでも約束しちゃいますよ。

 

「クリスマス・イヴの夜に、ツヴァイウイングの特番が放送されるのは知っているわよね?」

 

もちろん。もう録画予約もしてますよ!

 

ツヴァイウイング結成から風鳴翼のソロ活動までの軌跡を描く、庫出し映像も含めた三時間特番だ。

先月からもう番宣もしまくっていたし、凄い楽しみだ。

 

「それでね、その中で、翼のステージライブを放送する予定になっているの」

 

ええッ!? そんなの番宣でも全然…。

 

「そう。まるっきりのサプライズ。まあ、オーディエンスを入れないでやるステージで、あの子のリハビリって意味もあるんだけどね」

 

…考えてみりゃ、あの大惨劇から、まだ一年も経ってないんだよな。

それでも活動を再開する風鳴翼には、畏敬の念を禁じ得ない。

同時に、ファンである僕にとってはこの上ない朗報だ。

 

なるほど、わかりました。これは絶対口外できない情報ですね…。

 

「それでね。わたしも一曲デュエットすることになっちゃって」

 

…マジですか!?

 

「だから、先日からダンスのレッスンとか始めたんだけど、だいぶ鈍っちゃってるみたいで…」

 

なるほど。マリアさんがお疲れな様子の理由が分かりましたよ。

 

「まったく、あの子のワガママにも困ったものね。わたしと一緒じゃなきゃステージに出るのは嫌だ! とか言っちゃって」

 

ブツブツ言いながらも、マリアさんの表情は満更でもない。

風鳴翼の復帰はもとより、マリアさんとのデュオのことも考えると、凄く興奮してきた。

うん、そういう理由なら、イヴの夜が塞がっているのも仕方ないよね?

 

「だからね、ハルト」

 

はい?

 

「25日の夜。クリスマスは空いている?」

 

も、もちろんです、はい!

 

「それじゃあ、次のデートはその日の夜で。どう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後の週末。完全に体調を回復した僕は、バイトにも復帰していた。

冬の夜風は冷たいけれど、誘導棒を振りながら心はウキウキポカポカの常夏気分。

っと、ここで油断して風邪をぶり返しちゃ洒落にならん。

襟元のマフラーをきっちりと詰めて、今日の僕は両手両足胴体にホッカイロ6枚貼り。

ついでに出かけるときに、生姜湯と葛根湯を飲んできたので風邪対策は万全よ!

 

「おーい、坊主! 休憩にしようやー」

 

はーい。

 

別のペアと交代で、風のこないビルの陰に入って休憩を取る。

いつもコーヒーを奢ってくれるのは、僕とペアを組んでいるシゲさんだ。

40代くらいで、本名は知らない。みんなシゲさんって呼んでいるので、僕もそう呼んでいた。

 

「ここんとこ随分と張り切ってるじゃねえか?」

 

はい。来週のクリスマスも近いので、色々と要り用で…。

 

「ん? 女か?」

 

…ええ。実は初めてのクリスマスデートなんです。

 

自分で言っておいて頬が熱くなるのが分かる。

しかも前日のイヴは、クラスメートたちとのクリスマス会にも誘われていた。

こんなにスケジュールが詰まったクリスマスは記憶にない。

いつの間の僕はリア充になっちゃったんだろう?

 

「そりゃ良かったな。まあ、若い時はいろんな子と付き合ってフられるのもいい経験さね」

 

不吉なこと言わないで下さいよ!

 

言い返しつつ、自分でも気持ち悪いくらいニヤけていたと思う。

 

…バイト代が入ったらプレゼントを買わなきゃ。

マリアさんに何がいいかな? やっぱりアクセサリーとかかな。

今度、切歌と調に訊いてみるか。

でも、気をつけないと、あの二人して、自分に買ってもらえると勘違いしそう…。

 

そんな風に思いを巡らせて悩むのが、こんなに楽しいなんて思わなかった。

おかげで、バイトの時間が過ぎるのも早い早い。

 

「よし、そろそろ上がるべ」

 

工事も予定より早く済んだらしい。

さっそく帰り支度を始めたシゲさんに倣って、僕も反射材のついた制服を脱いだ時だった。

 

耳をつんざく爆音が響く。

噴きつける焦げ臭い熱風に思わず腰を抜かしてしまえば、見上げた先のビルと道路が燃えていた。

 

「坊主! 大丈夫か!」

 

キーンと耳鳴りがする中で、シゲさんの声がとぎれとぎれに聞こえる。

 

大丈夫です! 

 

と怒鳴り返した自分の声すら良く聞こえない。

途端に舞い散る粉塵をモロに吸ってしまい、身体を折って咳き込んだ。

ちくしょう、なにがどうなっているんだ!?

 

不意に炎の燃える光が翳る。

 

? 

 

顔を上げ、涙で滲む視界に見えたのは、まるで宇宙人のようなフォルムをした生き物。

その表面が、液晶ディスプレイみたいに明滅している。

 

そん、な。

 

「坊主!」

 

ノイズが、なんでここに…?

 

「坊主、逃げろッ! 早くッ!」

 

シゲさんの呼ぶ声が聞こえる。

もちろん逃げなきゃいけないということは分かっている。

でも足が動かない。動いてくれない。

 

強烈なデジャヴに目の前の光景が何重にも歪む。

なんだこれ。僕はノイズを見るなんて初めてじゃないか。

…違う! 赤ん坊の僕はノイズを目の当たりにしている…!?

 

「坊主ーッ!」

 

シゲさんの絶叫が遠くなる。

 

触れられれば全てが終わる。

もう、僕を護ってくれる母もいない。

 

なのに声がでない。

動けない。

ただ記憶がひた巡る。

 

覚えていない赤子の頃。

ひたすら辛い施設の暮らし。

幸福な僕と両親。

失ったと思った恋の代わりに訪れたもの。

 

目を見開いたまま、僕は叫んでいた。

 

―――マリアさんッ!!

 

 

 

 

歌が、聞こえた。

透き通った水晶のような歌は、まるで呪文のように。

 

直後、視界に銀線が走った。

遅れて届く、空気を切り裂く澄んだ音。

 

 

目の前のノイズがほろほろと崩れていく様を、僕は茫然と見つめる。

 

崩れ去った特異災害生物の向こうに立つシルエット。

 

寒空に、白を基調としたレオタードにも似た衣装。

銀の籠手に、同じく銀の短剣を携えたその人物は。

 

…マリア、さん?

 

返事はない。

でも、間違いない。

 

マリアさん! マリアさんですよね!? どうしたんですか、そんな格好をして…ッ。

 

刹那、マリアさんの腕が翻る。

こちらに迫ってきていたノイズの一体が切り裂かれ消し飛んだ。

 

「マリア! まだ残っているデスよ!」

 

「急いでッ!」

 

切歌!? それに、調も!? 二人ともその格好は…!

 

僕の声に応えず、二人は人間技とは思えない跳躍で燃えるビルの方向へと消えた。

残ったマリアさんが僕を見ていた。

悲しげな瞳で何かを言いかけ―――結局何も言わずに身を翻す。

マリアさんの姿も、炎と煙の中に紛れて見えなくなった。

 

いつの間にか周囲を黒服のお兄さんたちに囲まれていたけれど、僕はひたすらマリアさんの消えた方向を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕と工事現場関係者の全員が、窓も真っ黒に塗られたバスへと乗せられた。

そのままどこかも分からない場所まで運ばれ、一人ずつ降ろされる。

目隠しをされて歩かされ、連れていかれた場所は、僕にとって来るのは二度目だった。

よくよく見れば、相手もあの時の中年男だったような気がする。

けれど、相手は僕を見て、少し眉を動かしただけ。

その後は、例によって淡々と説明が始まる。

 

今夜見たことを口外しないとの誓約書。

もし口外してしまった場合の罰則について。

 

そのほとんどを聞き流し、僕の脳裏では先ほどのマリアさんの姿がリフレインしている。

 

「それじゃあ、とりあえずはこれで終了です」

 

トントン、と書類をまとめる音。

どれくらい経ったのだろう? 時間の感覚はまるでない。

黒服のお兄さんたちに囲まれ、目隠しをして廊下へ連れ出される。

これも前回と同じ流れだった。

 

「ちょっと待ってもらえる?」

 

聴き慣れた声。そして一番に聞きたかった声。

 

「目隠しをとってあげて」

 

しかし、と渋るお兄さんたちに、

 

「司令の許可はとってあるわ」

 

すとんと目隠しを取られた。

長い廊下の真ん中に、腕組みをしたマリアさんがいる。

 

マリアさん!

 

なんだかボーイスカウトみたいな服装をしていた。

でも、よくよく見れば、制服っぽいのかな…?

そんなことより。

 

良かった無事だったんですね!! 

 

「さあ、こっちの部屋よ」

 

…マリアさん?

 

促されて入ったのは狭い部屋で、マリアさんと二人きり。

目線だけで椅子に座るように指示された。

…なんだかマリアさんの声も態度も、冷たくない?

 

「…これで分かったでしょう?」

 

対面に腰を降ろし、溜息をつくマリアさん。

 

何がですか?

 

「これが本当のわたしの仕事。ノイズを打ち倒し、世界を特異災害から守るのがわたしの使命…」

 

前に、世界中継で似たような格好をして戦ってましたけど、特殊映像でもプロパガンダでもなかったんですね…。

 

昔、月が落ちてくるとか大騒ぎになったけれど、よく分からないうちに終息し、よく分からないうちに有耶無耶になった印象だ。

ただ、あの時のマリアさんの優しい歌声は世界中に響き渡り、彼女を永遠の歌姫にしたことだけは憶えている。

 

「同時にわたしにとっての償いでもあるわ。…これがあなたにも話せなかったこと」

 

そうでしたか…。で、でも! こうやって知っちゃったわけだし!

 

まあ、アホみたいにまた誓約書も書かされたけど、マリアさんの秘密と引き換えなら安いものッ!

 

「そう。あなたは知らなくてもいいことを知ってしまった…」

 

…マリアさん?

 

「だから、もう終わりにしましょう」

 

!?

 

「お別れよ、ハルト。今日かぎり。これっきりでね」

 

なななにを言っているんですか! 終わりって! お別れって!

 

「あなたには本当に悪いことをしてしまったと思っている。けれど」

 

―――やめてください!! それ以上言わないでください!

お願いです。お願いしますから…!

 

「あなたに対する償いも、サービスも、もうお終い。十分に楽しめたでしょう?」

 

…ッ! そんな言い方をッ! なんでいきなりッ! だいたいマリアさんだって楽しんでいたじゃないですかッ!

 

「ええ、楽しませてもらったわ。色々と」

 

だったら…ッ!

 

「のぼせ上がらないでッ!」

 

ッ!?

 

「さっきも言ったけれど、そもそもはあなたに申し訳ないと思ったわたしの償いから始めたこと。現実に考えてごらんなさい。このわたしと、ただの高校生の男の子が対等に付き合えると思って?」

 

そ、それは…。

 

「だから、その茶番もお終い。むしろこっちが御釣りをもらいたいくらい、色々と優越感に浸れたんじゃない? まあ、良い経験に…そうね、青春の一ページとやらにでも成れていればいいのだけれど」

 

…なんでそんなこと言うんですか?

 

「ほら、拗ねない拗ねない。きれいさっぱりと行きましょうよ。ね? いい男はそこでグズグズ未練がましくしちゃダメよ」

 

で、でも、マリアさん! 25日のクリスマスデートの約束ッ! 約束は…!

 

「生憎と、わたしは24日の夜には日本を発つから」

 

え?

 

「英国で新しい任務に就くの。だから、もう二度と会うこともないでしょう」

 

驚く僕の前で、最後とばかりにマリアさんは笑った。

 

「それじゃあ、さよならね、ハルト」

 

 

 

 

 

 


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