恋人はマリアさん   作:とりなんこつ

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エピローグ

そして、再会の日は、思いがけないほど早くやってきた。

 

 

3日後―――つまりは12月28日。

 

 

…なんで買い物から帰ってきたら、マリアさんがコタツにあたっているんですかねえ。

 

「あら、お帰りなさい、ハルト」

 

どういうことか説明して貰えますか、マリアさん?

 

荷物を片付けるのもそこそこに、僕はマリアさんに詰め寄る。

 

「えーと、そのね…?」

 

苦笑いしながら目を泳がせるマリアさんに僕は溜息一つ。

 

英国におけるテロ組織の調査とその対処がマリアさんへ与えられた密命。

ところが、英国政府の現職大臣が、そのテロ組織と深いかかわりを持っていたことが発覚。

これはマリアさんの属する組織とは別の、英国内部組織の調査によって判明したもの。

そこから芋づる式にテロ組織への一斉捜査と摘発に繋がり、マリアさんが到着する頃に組織はほぼほぼ壊滅状態の電撃決着。

加えて英国内のスキャンダルということで、身内の恥を晒したくない英政府の意向もあり、マリアさんはほとんど蜻蛉帰りで帰国することになったそうな。

 

「…なんでハルトはそんなことを知っているの?」

 

マリアさんが目を丸くしている。

 

切歌と調を責めないでやって下さいね。僕が無理いってゴリ押しで情報を集めさせたんですから。

 

そう答えつつ、僕がこの情報を得たのはつい先日だったり。

 

 

 

 

 

 

 

昨日の夕方、赤シャツを着た大男が、文字通り切歌と調の襟首を掴んでぶら下げたまま訊ねてきた。

 

「ハルト、ごめんなさい…」

 

「色々と調べていたのバレちゃったデスよ…」

 

うん、そりゃ見れば分かるよ。

 

二人をそれぞれ片手にぶら下げて持ってきたゴリマッチョな人が、マリアさんたちが属する組織の一番えらい司令さんだとか。

切歌と調がコソコソ調べていたのがバレた結果、依頼元は僕であることが判明。

 

―――本来なら部外者に情報を流すのは厳罰にしなければならないが、君もあながち無関係でないからな。

 

そこから三人並んで正座させられて、こんこんと説教ですよ。

でもそのあと、まあ、惚れた女の動向は気になるよなあと司令さんは豪快に笑った。

思わず赤面する僕を前に、勝手に動き回って詮索されるくらいなら、とその司令さんが直々に教えてくれた概要が以上です。

 

帰り際、僕の全身をマジマジと眺め、ぶっとい二の腕を披露しながら「なんなら鍛錬してやろうか?」と言われたけど、丁重にお断りしました。

男の鍛錬は、カレー作って飯食って寝るッ! それだけで十分ですよ、ってね。

 

なんか妙に納得した風に頷いて帰っていった司令さんの名前は、確か風鳴弦十郎さんだったかな?

…風鳴翼と同姓だけど、なんか関係あるのなあ?

 

っと、それはともかく。

 

 

 

 

「あの、ハルト、ひょっとして怒ってるのかしら?」

 

ではマリアさん。逆にお尋ねしますが、なんで僕が怒っているのかわかります?

 

強くそう返すと、マリアさんはコタツ布団に半分顔を埋めてしまった。

 

ふう。あのですね、僕だってバカじゃないですよ? 英国まで直通で飛行機が12時間。そんでとんぼ返りで24時間。

時差や諸々があって丸二日かかったとしてもですよ? 今日、ここに来るまで、丸一日くらい余裕がありましたよね?

職場に報告とかあるにしても、帰ってきたならすぐに連絡くらい…!

 

「だって…」

 

そういうマリアさんの頬は真っ赤っか。

顔を半分埋めたまま、泣きそうな声を出す。

 

「あんな派手な愁嘆場で別れたのよ? それがもう帰ってきたなんて、さすがにわたしもちょっと恥ずかしいし…」

 

………。

 

その意見には同意だったけれど、僕は全く別のことを考えていた。

あーもう、年上なのに可愛くて困るよマリアさん!!

 

「…ごめんなさい」

 

僕の内心とは裏腹に、謝られてしまった。

 

「それと、あの子。小金井さんにも謝らなくちゃ…」

 

終業式で顔を合わせた小金井は、普段と変わらない彼女だった。

そんな小金井と斉藤の間になにがあったか知らないが、終業式後に斉藤に呼び出され、土下座する勢いで謝られた。

内容は、先日の小金井の言ったこととほぼ一緒。

悪気はなかった。小金井に頼まれて僕の気を引くために色々と画策したと言われて、小金井の時と違い一瞬殺意が沸いた。

斉藤が余計なことをしなければ、小金井と相思相愛でつきあっていたかも知れない。

一方でコイツの悪手がなければマリアさんとは付き合えなかったわけで。

小金井に謝り倒して、もし許してもらえるなら、今度こそ本当に交際を申し込むつもりだと言われても、別に僕の許可がいる話じゃないでしょ?

ってな感じで、どうにも僕はモニョるしかできなかったわけだけど。

 

 

 

無言でコタツの対面に腰を降ろす。

 

まだ怒っている? って感じでマリアさんが不安げな眼差しを向けてきたので、恭しく言った。

 

では、どんなカレーをお作りしましょうか?

 

マリアさんは一瞬きょとんとして―――それから顔を上げて、うん、うんと頷きながら笑ってくれた。

 

「それじゃ、ビーフカレーをお願い。甘めで、うんとコクのあるヤツ」

 

承りました。少々お待ちください。

 

僕は冷蔵庫の前に立つ。

材料は既に準備してあった。マリアさんがいつ帰ってきてもいいようにね。

 

材料とスパイスを炒め、抜栓した赤ワインを注ぐ。

残ったワインは、タンドリーチキンと一緒にマリアさんの前へ。

 

煮込んでいるうちにご飯も炊けた。

炊き立てのご飯に、出来立てのルウをかけて、ゆっくりと運ぶ。

静かにマリアさんの前に置いて、僕は言った。

 

…おかえりなさい、マリアさん。

 

「ありがとう、ハルト」

 

にっこり笑い、マリアさんはスプーンでカレーを頬張る。

 

「うん、美味しいわ」

 

ありがとうございます。

 

「…ねえ、ハルト」

 

食べ終えたマリアさんが、ふんわりと僕を見てきた。

 

はい?

 

「また、わたしのためにカレーを作ってくれる?」

 

僕はにっこりとする。

その答えに対する返事なんて、もうとっくに決めていた。

 

作りますよ、いつでも。…いつまでも。

 

マリアさんが大きく目を見張った。

その瞳が見る見る潤んで、溢れてくる。

ぽろぽろと頬に涙を伝わせながら、それでもマリアさんはとびきり魅力的な笑顔で答えてくれた。

 

「ありがとう。これからもお願いね、ハルト」

 

そして。

 

「ふふっ、わたしにとって、ハルトはカレーの王子さまね」

 

マリアさん、それ、凄く嬉しいけどちょっとイヤです…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋人はマリアさん 完 

 

 

 

 

 

 

 




読んでくださった皆さんのおかげをもちまして、無事完結することが出来ました。
ありがとうございました。

活動報告の方でも挨拶をさせて頂いてますので、そちらも読んで頂ければ幸いです。

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