恋人はマリアさん   作:とりなんこつ

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マム&マリアさん

 

 

五月某日。

 

僕らは都内のとある河川敷へとやってきていた。

土手を降りると結構開けた広場になっていて、バックネット付きのホームベースが設置されている。

晴れ渡った青空に日差しも暖かく、ちょっと運動したら汗ばみそうな感じの陽気だ。

 

「ごめんなさいね、せっかくの休日なのに」

 

隣を歩くマリアさんは申し訳なさそう。

今日はマリアさんの職場の親睦会。これからこの河川敷でソフトボールをするんだとか。

 

いえいえ、僕も誘って貰えて嬉しいですよ?

 

会社のレクリエーションってのは、社員が家族ぐるみで参加するそうだ。

なら夫婦で参加しても何も不思議じゃあない。

まあ、マリアさんの職場に一般企業の定義が当て嵌まるのかは謎だけどさ。

 

「そういって貰えるとわたしも助かるわ」

 

にっこりしてマリアさんは僕の腕に自分の腕を絡めてくる。

とても嬉しい反面、今の僕は荷物を抱えているので少々歩きづらい。

ソフトボールのあとはバーベキューで飲み会をするそうで、荷物はその材料の一部である。

 

「あ、マリアたちが来たデス!」

 

切歌の声。

見れば、バックネット裏には既に人が集まっていた。どうやら僕たちが最後のよう。

土手の階段を降りて荷物を置き、まずは皆に挨拶。

 

おはようございます。今日は誘って頂いてありがとうございます。

 

「うむ。よくきてくれたな」

 

ジャージ下にタンクトップから剥き出しの二の腕も逞しい大男は、風鳴弦十郎さん。

マリアさんの所属する組織の一番偉い人だけど、気さくな人だ。

実は僕たちが結婚するにあたり、仲人役をしてもらっていたり。

 

友里さん、藤尭さん、緒川さんもおはようございます。

 

この三人も、日頃からマリアさんが大変お世話になっているということで、披露宴に参加してもらっていた。

 

「二人とも、新婚生活はどう?」

 

友里さんが訊ねてくる。マリアさんと違ったタイプの美人さんで、彼女の淹れるコーヒーは絶品だとか。

 

ええ、毎日が楽しいですよ?

 

正直に僕は答える。

式を挙げたのは去年の六月末だから、結婚してまだ一年経っていない。

けれど。

 

一緒に暮らしていると、色々と可愛いところが見えてくるんです。

だから益々マリアさんのことを好きになってしまうというか…。

 

「ちょ、ちょっと、ハルトッ!」

 

ドン! とマリアさんに肩を叩かれる。

おっと、危ない危ない、うっかり口が滑るところだった。

顔を赤くして睨んでくるマリアさんに、謝罪の意味を込めて笑いかける。

大切なぬいぐるみコレクションのことは絶対に口外しないから安心して下さい、ってね。

 

「…相変わらず暑ッ苦しいデスね」

 

切歌がパタパタと手で自分を扇いでいる。その隣の調からもジト目で見られてしまった。

もっとも僕としては、二人の反応はいつも通りの想定内でノーダメージである。

 

「マリアさんたちは夫婦揃って仲良さそうで羨ましいです! ね、翼さんッ!」

 

陽気な声を張り上げたのは立花響さん。

マリアさんと同じシンフォギアとかいうものを纏える選ばれた人間で、古い付き合いの仲間だそうだ。

もちろん彼女も披露宴に参加してもらったけれど、凄い食べっぷりだった。あとで、例の文化祭のカレー事件の主犯だと教えてもらったときは、さもありなんって思ったもん。

 

「…立花、なぜそこで私に振る?」

 

渋い顔で腕組みをしているのは、あの風鳴翼だ。ツヴァイウイングの大ファンの僕にとって、こうやってお近づきになれたのはもちろん、彼女もシンフォギアを纏って戦っていたことにビックリである。

 

「え? だって、『最近マリアが綺麗になって羨ましい』って言っていたじゃないですかッ」

 

「たたた立花ッ! それはここだけの話だとッ…!」

 

うーん、悲鳴を上げて狼狽しまくる風鳴翼ってのはレアだなあ。

クイズ番組で素っ頓狂な回答をしても、ここまで顔を赤くしたことはないはず。

 

「ったく、先輩もバカのたわごとに付き合って漫才してんじゃねーよ」

 

そういった小柄な女の人は雪音クリスさん。ハーフという端麗な容姿に反し、独特かつワイルドな口調の持主だ。

彼女もシンフォギアを纏えるそうで、マリアさん曰く『わたしの親友』だそう。

ちなみに翼さんは親友じゃないんですか? と尋ねたら、『あの子も親友ではあるけれど、どっちかというと妹? もしくはわたしが保護者?』ってな感じらしいです。

 

そんなクリスさんと立花さんの間で「あはは」と控えめに笑っているのは小日向さん。

大人しく清楚な印象を受ける人で、実はあまり話したことはないんだよなー。

けれど、マリアさん曰く、『…あの子が一番色々と過激かもよ?』だって。

 

ともあれ、以上、僕も含めて12人が今日の会の参加者の全員らしい。

単純にチーム分けして6対6でゲームが成立するのか疑問に思ったけれど、きっとそこいらへんは適当なルールで緩い試合をすることになるんだろうね。

 

「さて、さっそく試合を始めるとするか!」

 

弦十郎さんがそう宣言して、各人にミットが配られる。

次いで発表されたチーム分けは、完全に僕の予想外。

 

弦十郎さん、緒川さん、友里さん、藤尭さんが司令部チームで、他のみんなはまとめて装者チームだって。

装者ってなんじゃらほい? って思ったけれど、僕も含めれば4対8だぜ?

ソフトボールって、そんな人数で成立するスポーツだっけ?

 

首を捻る僕の前で、手の中のボールを転がしながら弦十郎さんは驚くほど茶目っ気のある笑顔を浮かべる。

 

「どうだ? ここは一つ、ご褒美を賭けて試合をしてみないか?」

 

「ご褒美ってなんですか、師匠ー!」

 

「うむ、そうだな…。おまえたちが勝ったら、うちの管理する保養所へお小遣い付きで招待というのはどうだろう?」

 

「お小遣い付き、デスとぉ!?」

 

真っ先に目を輝かせる切歌がいる。

 

「…でも、私たちが負けたら…?」

 

と、こちらの質問は調だ。

 

「そうさなあ。おまえら全員、俺と三時間耐久組手というのはどうだ?」

 

僕としては、ふーん、という程度の感想しか出てこない。

けれど、それを聞いた僕以外のみんなは、全員が顔色を変えていた。

 

「…おい? どうする?」

 

「さすがに、司令さんとの特訓は遠慮したいところデスけどぉ…」

 

「でも、勝ち目がゼロとは言えないわ」

 

「ならば! 奇跡を手繰って見せます!」

 

「勝機を零すな! 掴みとれッ!」

 

…なんか良く分からない勢いで、全員一致で承諾する流れに。

 

 

「司令。オレたちが勝った場合のメリットは?」

 

藤尭さんの声。

 

「そうだな。寿司でも奢ってやるか?」

 

この台詞に、藤尭さんと友里さんは俄然やる気を掻き立てられたみたい。

 

というわけで、僕の心情をよそに、妙に真剣味を増した試合が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

先攻は装者チーム。

そして司令部チームの先発は友里さん。

キャッチャー役の藤尭さん相手に投球練習しているんだけど、フォームも球威も中々様になっている。

と思ったら、学生時代はソフトボール部に所属していたんだって。

守備は、ショートとセカンドの位置に、弦十郎さんと緒川さんがいるだけ。

相手は四人しかいないから仕方ないんだろうけど、これで試合は成立するのかな?

おまけに、ハンデとして、司令部チームはツーアウト交代でいいって何さ。

 

「それじゃ、行ってきます! アウトになっても生きて帰ってきます!」

 

トップバッターは立花さん。

結構しっかりとした構えから、友里さんの第一球を打ち返す。

カキン! と鋭い音が響き、叩きつけられた白球が三塁線上で大きく弾む。

 

「むッ!」

 

弦十郎さんがキャッチするも、立花さんは一塁へと走りこんでいる。絵に描いたような内野安打だ。

 

「やった、響ッ!」

 

小日向さんを先頭に、やんややんやと喝采が上がる。

 

「よし! 続くデスよぉッ!」

 

二番目にバッターボックスに入ったのは切歌。

なんか異様にバットを振り回す様子が堂に入っていたように見えたのは、僕の錯覚だろうか?

フルカウントまで粘った切歌は、甘めに浮いた球をジャストミート。

白球は、弦十郎さんの頭上を越えてレフトオーバーで転がっていく。

 

「ほう、切歌くんもやるなッ」

 

白球を掴んだ弦十郎さんが戻ってくる間に、ランナーは二、三塁へとそれぞれ進塁。

そして三番打者の雪音さんは、ストレートの三振だった。

 

「…あたしゃ弾は撃っても打ち返すのは苦手なんだよッ!」

 

顔を真っ赤にして意味の分からない言い訳をしていたけど、言動も仕草も可愛い人だと思う。

ともあれ、ワンアウトにしてランナーは二、三塁という絶好のチャンスで、次の打者はというと。

 

…なんで僕が四番打者なんですかねぇ…。

 

「ハルトがチーム唯一の男子なんだからね? カッコいいとこ見せてちょうだい」

 

マリアさんはそういって送り出してくれたけど、自慢じゃないが僕は運動神経はからっきしですよ?

ソフトボールなんて、高校の体育の授業でやったのが精々ですよ?

 

でも、マリアさんの前でかっこつけたいって気持ちがないわけじゃあない。

硬球の野球に比べ、ソフトボールは多少は打ちやすいはず。

せめて三振だけはしないようにしよう。

 

僕がそんな後ろ向きな覚悟を固めた時だった。

 

「友里。ピッチャー交代だ」

 

え?

 

見れば、マウンドの上に立っているのは弦十郎さん。ついで、キャッチャーも藤尭さんから緒川さんに替わっている。

 

え? え?

 

混乱する僕へ向かい、弦十郎さんは白球を構えている。

 

「よし、行くぞ、ハルトくんッ!」

 

ぶっとい腕が振りかぶられ、振り下ろされる。

 

ズドンッ! 

 

まるでバズーカ砲の発射音のような音。

半瞬遅れてやってきた衝撃波みたいなものに、思わず腰を抜かしそうになる僕。

よろめきながら緒川さんを見れば、足元に地面を抉るような長い痕がついて、ミットの中のボールもなんかシューシューいって煙が上がっているんですけど!?

 

「司令ッ!」

 

友里さんの鋭い声。

 

「ソフトボールは振りかぶって投げては駄目ですッ!」

 

突っ込むところ、そこッ!?

いやいやいやいや! 無理無理無理! こんなの打ち返すどころか…。

 

「ふむ。そいつは済まなかった。今のはボール扱いでいいぞ?」

 

だから、そういう話では…ッ!?

 

助けを求めるようにベンチを振り返れば、マリアさんたちの朗らかな声援が。

 

「ハルト、頑張って~!」

 

え? これってデフォなの? 普通なの?

よ、よーし頑張るぞー。

 

と構え直したバットの前を、弦十郎さんのウィンドミル投法の豪速球が通過。

…うん、これ、手を出したら確実に骨折するわ。

球筋は、ストライクゾーンど真ん中の絶好球。

けれど、それを打ち返せるかどうかは次元の違う話だ。

成す術なく見送った僕は、言い訳のように遅れてフルスイングをして三振。

 

すみません、マリアさん…。

 

申し訳ないというより、どうすりゃいいんだ? って気持ちいっぱいでベンチに戻れば、マリアさんは優しく労ってくれる。

 

「仕方ないわ。司令が本気を出せば、わたしたちでも太刀打ちできないんだし」

 

マリアさん…。

 

「だから、安心して見てなさい。ハルトの仇はわたしが取るから」

 

で、でも、無理しないで下さいよ!

 

「夫の汚名を(そそ)ぐのは妻の務めよ」

 

微妙に時代がかった物言いでマリアさんはバッターボックスに行ってしまったけれど、本当に大丈夫かな?

あ、さすがに弦十郎さんも女性相手には手加減を…。

 

ズバンッ! と豪速球が炸裂。

 

「ストライク、です」

 

呻くような声で宣言した緒川さんだけど、明らかに構えた位置から大きく後退していた。

…ガチじゃん! あの人、マリアさん相手にもガチじゃん!

 

だ、駄目ですよ、マリアさん、怪我しちゃいますよ…!

 

慌てる僕をちょっとだけ振り返って、マリアさんは笑った。

マウンド上の弦十郎さんの腕から解き放たれる剛球。

そして僕は、まるで水晶のような透き通った歌声を聴く。

 

え? なんかマリアさんの腕が銀色の光に包まれて…!?

 

カキーン! 

 

こちらも澄み渡るような打撃音に続き、打ち返された白球は友里さんの横をすり抜け大きくホップ。

まるで漸近線のようなあり得ない軌跡を描き、青空へと吸い込まれていく。

 

「ハルトー! ぶい!」

 

声の方を見れば、マリアさんが得意げにVサイン。

 

…これってホームラン、なの?

立花さんと切歌がホームインし、マリアさんもベースを一周してきたから、きっとホームランなのだろう。

っていうか。僕の知っているソフトボールと違う、違い過ぎない…?

なんてことを考えていたら、友里さんからクレームが上がっていた。

 

「司令の全力投球も! マリアさんのアガートラームも!! 使っては駄目でしょうッ!?」

 

「い、いや、別に俺は本気は…」

 

「本気でなくても、私たちが死んでしまいますッ!」

 

この意見に藤尭さんも賛同を示し、ピッチャーは再度友里さんへと交代。

 

ああ、良かった、僕の感覚は間違いじゃなかったんだ。

そう思っている僕の前で、六番バッターの調は三振。

 

攻守交替となって、今度は司令部チームの攻めてくる番だ。

こちらのバッテリーは、小日向さんと立花さんが組む。

 

「いい、みんな。藤尭さんと友里さんには悪いけれど、この二人からアウトカウントを稼ぐのよ?」

 

マリアさんの指示した通り、この二人は常識外の力は持ち合わせていないとか。

となると、弦十郎さんと緒川さんって何者…?

 

「師匠は師匠で緒川さんはNINJAなんだよ!」

 

立花さんがそう教えてくれたけど、今一つ以上にピンとこない僕。

なので、その後の試合経過は、僕の中の常識を保つためにばっさりと割愛して結果だけ。

 

作戦が功を奏し、僕たち装者チームは初回の三点差を守り切って勝利することが出来た。

なので、弦十郎さんの打った球が地面にめり込んで取り出せなくてランニングホームランになったのは単なる事故だろうし、翼さんがバットを振ったらボールが真っ二つになったのは不良品で。緒川さんが八人くらいいるように見えたのだって、きっと気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

じゅーじゅーとバーべキューコンロの上で肉と野菜が焼けている。

それを横目に、僕は巨大な鍋へと向かい合っていた。

 

まずは、切ってほぐした牛のバラ肉を鍋へと投入。ざっと赤い部分がなくなるまで炒めていく。

続いて剥いた大量の里芋を投入。

味が染みやすいようにこんにゃくを千切って入れて、舞茸としめじも手でほぐしながら入れる。

良く洗ったゴボウを笹切りで入れてひと煮立ち。

ある程度煮えてきたら大量に出るアクを取り、砂糖と醤油、みりんで味付けだ。

蓋をして更に煮込めば、実に甘じょっぱい良い匂いが漂い出す。

 

「ハルト、まだデスか?」

 

発砲スチロール製の丼を持ってソワソワする切歌。

 

はいはい、待ってな。もう少しで完成だから。

 

里芋に竹串を刺せば、柔らかく埋まっていく。よし、完全に煮えたな。

仕上げに長ネギを斜め切りしたものを鍋の上に大きく散らせば、これで芋煮鍋の完成だ。

 

お好みで七味をかけて食べてみてください。

 

次々と器によそいながら僕。

 

「お、お芋があふゅい! でも美味しい~!」

 

さっそく頬張った立花さんから歓声が上がる。

 

「おつゆも甘くて美味しい…」

 

調も上品そうに器から汁を啜っている。

 

「お疲れ、ハルト」

 

頬っぺたにピタッと冷たい感触。

缶ビールを持ったマリアさんが笑っていた。

 

ありがとうございます。

 

缶ビールを受け取り、遠慮なくプルトップを開けながら僕。

 

でも、なんか僕が出しゃばったみたいで…。

 

なんとなく流れもあったけれど、ほとんど一人で芋煮汁を作ってしまったことは否めない。

 

「いいのよ。アナタの料理の腕は、わたしの自慢なんだから」

 

マリアさんはそう言ってくれるけど、僕自身、大したことはないと思っているんだけどなあ。

 

「いやはや、これは大したものだな」

 

弦十郎さんが芋煮の入った器を片手にそういってくれる。もう一つの手には平皿があって、ちょうどいい感じに焼けこげのついた肉と野菜がたくさん載っていた。

 

「どんどん焼いているから遠慮せず食べてくれ」

 

はい、ありがとうございます。

 

有難く皿を受け取った僕を、なぜかじーっと弦十郎さんは見下ろしてくる。

 

…? どうかしましたか?

 

「うむ。今日のソフトボールだったが、俺の投球はどうだった?」

 

出し抜けの質問に、僕は言い淀んでしまう。

あんなの人間技じゃねえ! なんて言えれば簡単なんだろうけど、弦十郎さんの眼差しはあくまで真摯だ。だから、僕もせいぜい言葉を選ばなければならない。

 

…いや、本当、凄い剛球でしたね。僕なんか、とても打ち返せませんよ。ほとんど見えなかったし。

 

「そうか。時に、ハルトくん。君は喧嘩とか得意な方かな?」

 

これまた随分と話が飛ぶなあ。

少しだけ不審感を抱きつつ、こっちの質問には正直に答えるのにためらいはない。

 

いえ。そもそも喧嘩とかしたことないですし。

 

施設暮らしの時は専ら苛められてましたけどね。

それと、親父も、本当に喧嘩の仕方だけは教えてくれなかったんだよなあ。

 

ついでに言えば、格闘系のスポーツとかも一切したことないですよ、僕は。

 

言っておいてちょっとだけ情けない。マリアさんを護るためにも、ジムに通って身体を鍛えようかなと思っている今日この頃。

 

「なるほど。不躾なことを訊いて済まない。あとは目いっぱい楽しんでくれ」

 

はあ。

 

気の抜けた返事をする僕の前で、弦十郎さんは広い背中をこちらへと向けた。

男として岩のような筋肉を羨ましく見送っていると、マリアさんに頬を突かれる。

 

「ほら、ハルト。冷めないうちに食べて」

 

肉を箸で掴んで差し出してくれた。

 

あ、はい。

 

かぶりついて頬張って、ビールで流し込む。

 

「はい、どうぞ」

 

またぞろ差し出される箸を前に、僕は少しだけ狼狽してしまう。

 

い、いいですよ、マリアさん! 自分で食べられますから…!

 

「いいのよ、ハルトは芋煮作りで疲れたでしょう?」

 

それから唇を尖らせると、

 

「それとも、わたしから食べさせられるのは嫌なの?」

 

い、嫌なわけないじゃないですかッ。

 

「じゃ、はい。あーん」

 

あ、あーん。

 

パクリと食べて、僕は周囲が静かなことに気づく。

グツグツと鍋が煮える音がやけに耳を突く中、見回せばほとんどの人が僕らを見ていた。

 

 

「…本当、二人はラブラブですね!」

 

と、立花さん。

 

「そーゆーことは家でやれよな」

 

ビールを飲みながら、雪音さんはそっぽを向いている。

 

「くッ、なんのつもりの当てこすり…ッ」

 

そして翼さんは訳の分からないことを言っていた。

 

 

「家ではもっと凄いデスよぉ?」

 

「き、切歌ッ!」

 

これにはさすがのマリアさんも赤面して、切歌に詰め寄っている。

一人残された僕は、調のジーっといった眼差しと、友里さんたちの微笑ましいものを見るような視線に背中がむず痒くなる。

だから、ビール缶片手にちょっと退避。

土手を上って階段に腰を下ろせば、逃げる切歌を追いかけるマリアさんの姿が。

それを眺めるみんなも和気藹々としてとても微笑ましい光景。

 

僕の胸の中が温かくなって―――同時に曇ることを自覚せざるを得ない。

詳しくは聞いてないけれど、マリアさんとその仲間は、ともにとんでもない戦いを乗り越えてきたらしい。かつて、日本中にでっかい塔みたいなのが出現した事件にも関わっているとか。

 

そんな確かな絆で結ばれているマリアさんたちに対し、僕は明らかに余所者だ。

マリアさんと二人きりならともかく、あの人たちの輪に入ることは気後れしてしまう。

 

こうやって土手に退避してきたのも、きっと無意識でそう行動を選択してしまったんだろうな。

そんな風に寂しくは思っても、変にイジケているわけじゃあない。

ちょっとばかりビールを呑み過ぎた僕は、ふわふわとした気持ちのままぼんやりとする。

お酒美味しい。お酒最高。

ああ、日差しは暖かくて、川風も気持ち良い。なんだか眠く…。

 

 

 

 

 

 

ふと目を開けると、すぐ隣に見知らぬおばさんが座っていた。

まるで修道服のような格好をしている。

あれ? ここいらに教会とかあったっけ?

首を捻りつつ、僕は挨拶。

 

あの、こんにちは。

 

おばさんが、ゆっくりとこちらを見る。

彼女の片目が眼帯で覆われていることに僕は気づく。

 

「はい、ごきげんよう」

 

穏やかな優しい声だった。

 

あの、もしかして騒がしかったりしましたかね?

 

僕がそう訊ねたのは、おばさんがじっと河川敷で騒いでいるみんなを見下ろしていたから。

 

「いいえ。とても楽しそうで、安心しています」

 

台詞の少し微妙なニュアンスが気にはなったけれど、どうやら怒っている風ではないみたい。

 

あ、もしよかったら、芋煮汁とか食べません? たくさん作ったんで…。

 

そういうと、おばさんは軽く目を見張った。

 

「…いいのですか?」

 

ええ。どうぞ遠慮せずに。いま、取ってきますね。

 

そういって腰を浮かしかけた僕だけど、おばさんにじっと見つめられた。

不思議と浮かしかけた腰を下ろす僕に、おばさんは思いがけないことを言ってくる。

 

「貴方がマリアの夫なのですね」

 

へ? あ、あの、あなたはもしかしてマリアさんの知り合いなんですかッ?

 

頷かれる。

 

あ、えーと、初めまして、阿部ハルトと言います。

 

「知っていますよ、ええ」

 

微笑むおばさん。どうやら先ほどの台詞は、僕が彼女の夫であるという確認の意味で口にしたのだろう。

 

「あんなに楽しそうにはしゃぐマリアは見たことはありません」

 

そうなんですか?

 

「切歌も調も楽しそうです」

 

あの二人は年中お気楽極楽ですけどね。

 

そう答えるとおばさんはクスリとして、

 

「それもこれも、ハルトさん、貴方のおかげなんでしょうか?」

 

え…。

 

僕は言葉に詰まってしまう。

僕自身、あの三人に何か特別なことをしているつもりはない。

むしろ、僕の方が人生をより楽しくしてもらっていると思っているんだけれど…。

 

―――いや、あんまりここで自分を卑下することはないか。

マリアさんからも、自分を低く見繕うのがアナタの悪癖だって常々言われてるし。

 

だから、僕はこう答える。

 

 

マリアさんも含めてあの三人が楽しそうに見えるとしたら、いくらか僕の力が及んだ結果でしょう。

けれど、それに驕らず、もっとマリアさんを幸せにしたいと思っています。

 

 

言っておいて、なんか結婚相手の実家へ行って両親相手に了承を貰うときの台詞みたいだ、って思う。

すると、おばさんはニッコリと笑って、

 

「その言葉が聞けて安心しました。これからもマリアのことを、三人のことをよろしくお願いします」

 

僕に向かって深々と頭を下げると、立ち上がっている。

そのままゆっくりと身を翻していく姿に、僕は慌てて声をかけていた。

 

あ、すみません! あなたの名前は…?

 

どういうわけか、視界に光があふれた。

どんどん白く染まっていく世界で、修道服のおばさんはゆるゆるその中へと溶けて―――。

 

 

 

 

 

 

 

ま、待ってください!

 

「…どうしたの、ハルト?」

 

ぼんやりとしていた視界が焦点を結ぶと、目前にマリアさんの逆さまの顔のアップ。

 

あれ? えーと…。

 

後頭部の柔らかい感触はマリアさんの膝枕。

それらから推察するに、どうやら僕は眠ってしまった挙句、自分の叫び声で目を覚ましたようだ。

 

「急にビクっ! となって叫んだから驚いちゃったわ」

 

す、すみません…。

 

「いいのよ。慣れないことをして疲れたんでしょ?」

 

微笑むマリアさんに、膝枕に頭をぎゅっと押しつけられる。

その体勢のまま、左右に目だけを動かしたけれど、眼帯をしたおばさんの姿は見つけられなかった。

 

まあ、夢だから当たり前か。

しかし、妙な夢を見たもんだな。

マリアさんたちの知り合いって割りに、僕はあのおばさんなんて知らないし。

…あれ? でも、どこかで見たことがあったような気もしてきたぞ?

 

ねえ、マリアさん…。

 

夢の内容を打ち明けて、相談しようとしたときだった。

 

「ハルト! 鍋の〆はどうするのー!?」

 

「二人してイチャついてないでこっちに来るデス!」

 

調と切歌の声に、反射的に僕はガバっと身体を起こす。

河川敷とはいえ、そこは天下の往来だ。屋外で白昼堂々のバカップルムーヴはさすがに恥ずかしいぞ。

 

「…もう! あの子たちったら!」

 

恥ずかしそうに頬を膨らませるマリアさんの手を取って、土手を降りる。

ちょっと冷たい柔らかい感触が、きゅっと僕の指を握り返してきた。

目と目が合う。

笑っている彼女の青い瞳に、もっと幸せな色を浮かべてやるんだと誓う。

そう、夢の中で口にしたことは、決して嘘でも見栄でもないんだ。

だから―――。

 

「早く〆を作るデス! アタシも響さんもお腹がへりんこファイヤーなんデス!」

 

「嘘でしょ、切ちゃん。あれだけお肉も食べたのに…?」

 

「〆は別腹なんデース!」

 

どれ。取り合えずこっちの二人から幸せにしますか。

苦笑しながら僕はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに芋煮汁の〆は、持参したカレールウとうどん玉を入れてカレーうどんにした。

本場の山形県でも行われている〆で、もともとの汁の味を甘めにするのがコツかな。

屋外で、汚れてもいい服を着て豪快にすすると美味しいのです。お試しあれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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