恋人はマリアさん   作:とりなんこつ

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第2話

「よう、ハルト。なんで昨日は来なかったんだよ?」

 

…うん、ちょっと色々とあってね。

 

翌日の教室で。斉藤から声をかけられても、僕は言葉を濁すしかない。

 

―――実は昨日、家に世界一の歌姫が来たんだぜ? 

 

仮にそういったところで、誰が信じてくれるだろう?

かくいう僕もあまり記憶に自信がない。

でも、夢ではないんだ。

スマホを弄れば、しっかりと電話番号が登録してある。

 

『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』

…何度見返しても、見間違えじゃないよな? って思ってしまう。

 

だったら掛けてみればいい。

けど、掛けた途端、昨日の黒服のお兄さんたちがやってきて、「国家機密に触れたな」ってまたどっかに連れていかれるんじゃないかって不安もあった。

 

なので、僕は手の中のそれを、まるでパンドラの箱のように弄ぶ。

もしかしたら希望はあるかも知れないけれど、開けたらとんでもない災厄に見舞われるかも知れない。

自分で言っておいて、言い得て妙だと思う。

 

「阿部くん、おはよ」

 

挨拶してくる小金井は可愛い。振る舞いも普段通りで屈託もなさそうだ。

…すると、昨日、斉藤が送ってきた写メは、彼女に無断で送ってきた可能性が高いな。

我ながら、他人事のように冷静にそう分析していた。

つい先日までは、本当に恋焦がれていた小金井のはずなのに。

授業中でもその一挙手一投足を眺めていた僕なのだが、彼女に対してひどく興味を削がれていることに気づく。

 

原因は分かりきっている。

昨晩から耳の奥で何度もリフレインするクリスタルボイス。

 

『わたしがあなたの彼女になってあげる』

 

思い出すたびに甘くてフワフワした気持ちに包まれ―――いやいや現実にありえないだろ、そんなこと。

感情の落差は、そのまま僕の態度に出ていたようだ。

放課後、校舎を出て校門まで歩いていると、わざわざ走って追いかけてきた斉藤が言う。

 

「おまえ、授業中ずっとニヤニヤしたり、急に真面目な顔になったり、なんか気持ち悪いぞ?」

 

嫌味くさい斉藤の台詞と態度は、昨日の写メに対して僕が具体的なリアクションをしなくて不満なんだろう。

 

ああ、そうだっけ?

 

それでも僕が興味なさげな反応をすると、とうとう斉藤の方からぶっちゃけてきた。

 

「オレな、小金井と付き合うことになったんだ。おまえも狙ってたんだろ? 悪いな」

 

ふーん、良かったじゃん。

 

「これからデートに行くんだぜ? 良かったらお前も来るか?」

 

仮に行くと答えれば「冗談だよ、邪魔すんなよな」

行かないと答えれば「なんだよ、嫉妬してんのか?」

どっちを選択してもバカらしいので僕は沈黙を選ぶ。

 

「おいコラ、無視すんなよ」

 

斉藤に肩を小突かれるのと、僕のスマホに着信が来たのはほぼ同時。

ディスプレイを見て、僕は震える。

そんな、まさか。

怪訝そうな斉藤の視線を横に、受話ボタンを押す。

 

もしもし?

 

『あ、ハルト? いま、あなたは学校に居るのかしら?』

 

はい。もうすぐ校門を出るところです。

 

『そう。ちょうど良かった』

 

え? と問い返すまもなく通話は切れた。

そしてその半瞬後に、校門を出た僕の前に停まる一台の赤いスポーツカー。

 

「はろはろ」

 

そういって手を振るのはサングラスをかけたマリアさんだ。

 

…どうしたんですか、いきなり?

 

生徒の往来する前で名前を呼ぶわけにもいかず、僕はそう声をかけるしかない。

 

「なにって、デートのお誘いよ、もちろん?」

 

マリアさんがそういうと、横顔に口をぽかんと開けた斉藤の視線が突き刺さってくる。

他に下校しようとしていた生徒たちの視線も背中に痛いほど感じた。

 

そんな、いきなり…。

 

さすがに僕は躊躇してしまう。全然心の準備が出来ていない。

するとマリアさんは少しだけサングラスを下げ、青い瞳で僕を覗き込んで来た。

 

「で? 行くの? 行かないの?」

 

ここで断ったら、きっと一生後悔する。

根拠もなくそう思った。

頷いて僕は助手席へと回り込む。

こういう時、左ハンドルの車だと、いちいち道路側に回らなきゃいけないので、とっても乗り込むテンポが悪い。

高級そうなシートに包まれ、安全ベルトを締めたと思ったら車は急発進。

臆病な僕は、背後を振り返って級友たちの反応を見ることは出来ず、ただ前を見つめ続けた。

 

「ところで、お腹は空いてない?」

 

マリアさんの声に、そっと彼女の横顔を伺う。

本当に整った顔立ちの人だ。

そんなさんざんテレビで見知っている人が、すぐ目前にいるこの現実。

 

…やばい、信じられないくらい胸がドキドキする。

 

「聞いている、ハルト?」

 

あ、は、はいッ! お腹なら大分空いてます!

 

「なら、少し早いけど、夕飯に行きましょうか」

 

そういってマリアさんはステアリングを切る。

先月復旧したばかりの東名高速にのって、凄いアクセルワークで見る見る車を加速させていく。

僕はただそのハンドルさばきと横顔に見惚れていた。気づけば、あっという間に横浜近くまで来てしまっていた。

 

あの、どこまで行くんですか?

 

「今日は、そうね。鎌倉パスタが食べたい気分かしら?」

 

いいながら、マリアさんは高速道路を朝比奈インターチェンジで降りた。

『この先鎌倉市内』との看板の矢印に従い、市内中心まで進むと、いかにもイタリアンレストランっぽい感じの外観の店が見えてくる。

マリアさんは実に手慣れた感じで駐車場へ車を滑り込ませた。

エンジンを止め、車を降りると、指先でキーをクルクルと回しながら笑顔。

 

「この店は、以前に翼と来たことがあるんだけど、結構美味しいわよ?」

 

翼って…あの風鳴翼ですか!?

 

他に誰がいるのよ?って目で見返された。

まあ、一緒にデュエットもしてたから、そりゃそうだよな。

それよか、あの風鳴翼も食事をした店で、今からマリアさんと一緒に食事を摂る。

…エモい。エモ過ぎて死にそうだ。

開店直後らしい店内は閑散としていた。

マリアさんと二人、窓際の席へと案内される。

差し向かいで椅子に座って、なんだかデートみたいだ。

って、間違いなくデートだよな、これ?

 

「わたしは、このミニコースにするけど、あなたは?」

 

僕は、カレーがあれば…。

 

「一応、ここはパスタ屋なんだけどね?」

 

あ、マリアさんと同じものでお願いします。

 

頷いて、マリアさんは店員に僕の分も一緒にオーダーしてくれた。

あとは手持無沙汰て僕が俯いていると、怪訝そうなマリアさんの視線を感じる。

 

「あなた、昨日もカレーを食べようとしていたみたいだけど、そんなにカレーが好きなわけ?」

 

はいッ! 大好きですッ!

 

躊躇なく答えたつもりが、まるで片思いのあの子へ告白するみたいなヘンテコに裏がった声になってしまう。

 

やべえ、何やってんだ、僕。

マリアさんも目を丸くしているじゃないか。

すると、マリアさんはクスクスと笑い出した。

 

「ひょっとして、緊張してる?」

 

あったり前じゃないですか!

 

自分でも素っ頓狂な声が出たのが分かる。

 

―――マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

わずか三か月でヒットチャートを席巻した世界の歌姫。

武装組織フィーネを呼称し、全世界へ宣戦布告するもそれは擬態で、その正体は国連直属のスペシャルエージェント。

実態はアンダーカバーとしてフィーネへと潜入し、その野望を挫いて世界を救った。

~僕的wiki調べより。

 

ノイズを侍らせたライブ中継は、当時の僕も見ていたけど、すごい衝撃的でした。

あと、なんか世界中継で歌いながら戦ってましたけど、あれも凄かったです。

 

僕がそういうと、マリアさんは何だか微妙すぎる表情。

 

「ま、まあ、アレはね。色々と昔のことでね…」

 

御冷の氷を手に持ったカップの中でくるくる回して言葉を濁す姿に、僕はピンとくる。

 

…ああ、そうか。いわゆるそれも国家機密ってやつですね。

 

そんな彼女の胸元には、昨日僕が拾って上げたペンダントがぶら下がっていた。

なんとなく因縁めいたものを感じて、僕は話題を変えることにする。

 

そういえば、翼さんは元気なんですか?

 

かくいう僕はツヴァイウイングのファンだった。

マリアさんと風鳴翼のユニットもいいけれど、聞き味はやっぱり全然違う。

 

「あの子なら元気よ。そのうち、またライブでもするんじゃない?」

 

へえ…。良かったです。

 

去年の年末のライブ会場の大惨劇は、天羽奏の時の規模を超えていた。

抽選漏れで僕はあの場へ行けなかったのは、運が悪くて運が良かったのか。

風鳴翼もショックだったようで、あれから何の活動情報も下りてきてない。

けど、このまま引退とかじゃないのはファンの僕にとっては朗報だ。

 

マリアさんも、またデュエットしたり?

 

「うーん…」

 

長い人差し指をアゴにつけて、マリアさんは考えこんでいる。

 

「わたし的にも色々と唄ったりはしたいんだけどね…」

 

なにやら込み入った事情がおありの様子。

 

「とりあえず、今はまだ充電中かな」

 

そういってふっと笑う様子に、僕も一つ納得する。

マリアさんの来歴を見る限り、それこそ分刻みでスケジュールが詰まってそうなものだ。

それがこんなのんびり僕なんかとデートできるってことは、つまりはそういうことなのだろう。

 

「お待たせしました」

 

丁度料理が運ばれてきた。

前菜のサラダ、スープから、メインは鎌倉パスタのボロネーゼ。オプションでフォカッチャもついてきていた。

男である僕でも結構なボリュームだと思うけれど、マリアさんは平然とした顔で平らげていく。

食べながらの話題は主に音楽のこと。あの曲が良かったとか他愛もないことだけどね。

デザートのシャーベットも食べ終えて席を立つ。

慌てて僕が財布を取りだそうとすると、マリアさんは颯爽とカードで支払った。

 

「ここはお姉さんに任せておきなさい」

 

にっこりとされ、素直にありがとうございますと礼を言う。

車に乗り込むと、エンジンキーを回しながらマリアさんが上機嫌で言った。

 

「やっぱり、本場の鎌倉パスタは美味しいわね」

 

…え?

 

「? どうかした?」

 

あの…鎌倉パスタって、別に鎌倉発祥ってわけじゃないんですよ? 箸でも食べられるパスタってことで、店の内装を和風にしたコンセプトとして、鎌倉って単語がついただけで…。

 

「し、知ってるわよ、もちろん!? い、今のはね、この店がその鎌倉パスタの分店って意味でいったの!」

 

思いきり内装はイタリアンだったような気がするんですけど…。

すみません、マリアさんがそういうならそうなんでしょうね。失礼しました。

マリアさんがそんなこと知らないワケないですもんね。

 

「う、うん。分かればよろしい」

 

そういって、車は猛烈なホイルスピン。 

都内へ戻るのかと思ったら、市内を少し走らせて車は停まった。

停まった先は、良く見るチェーンのカラオケ店だった。

 

「さっき色々と話したから、唄いたい気分なんだけど、どう?」

 

そんなの断れるわけないじゃないですか!

 

さすがに会員証は僕が作り、部屋を借りて、たっぷり3時間。

いやもう本当、夢のような時間でしたよ。

 

「ほら、ハルト、聞いてばかりいないで一緒にデュエットしましょう!」

 

カラオケの個室で、世界一の歌を独占して聞ける幸福。

耳が冗談抜きでトロケそうだ。

おまけに僕のリクエストにも次々と応えてくるマリアさんに、贅沢すぎて死にそうになる。

…この映像をライブ配信したら、どれだけバズるだろう? なんて考えたのは、一瞬だけだぞ? 本当だぞ?

 

そんな至福の時間も過ぎ去り、帰りの車の中。

 

いや~凄かったです。そして喉が痛い…。

 

「あれくらいで? だらしないわねえ」

 

あれだけ唄ったのにマリアさんは平然としている。さすがトップアーティスト。鍛え方が違うのだろう。

 

…今日は、本当に楽しかったです。

 

都内へ入ったところで、僕は礼を言った。

 

こんな高校生に付き合ってくれて、ありがとうございました…。

 

―――マリアさんと一緒に美味しいもの食べて、かぶりつきで唄まで聞かせてもらったドライブデート。

こんなの一生の思い出ですよ。友達にも自慢できますよ。いや、コッカキミツとかでしていいのか分からないけど。

だから、ありがとうございました。

昨日の埋め合わせだったら、もう十分過ぎます。

これこそが、僕の青春の1ページとして永遠に輝き続けるでしょう―――。

 

そんな風に言葉に出来ない感慨もたっぷりと詰めて、僕は礼を言った。

そのつもりだった。

 

「ええ。わたしも楽しかったわ」

 

マリアさんもそう返してくれた。社交辞令でも嬉しい。

 

「それで―――」

 

はい?

 

「次のデートは、ハルトが企画してちょうだいね」

 

………はい? え、その、あの。

 

「どうしたの?」

 

次って、あるんですか?

 

「次も何も、わたしとあなたは恋人同士よね?」

 

実に不思議そうにマリアさんは僕を見返してくる。

悪戯っぽい表情なのに、その眼差しはとっても色っぽくて。

 

頭の中が熱くなる。胸はまたドキドキとしてきた。

でも―――背中に冷たい汗が滲んできたのは何故なんだぜ?

 

 

 

 

 

 


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