恋人はマリアさん   作:とりなんこつ

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第7話

 

みなさん、こんにちは。ハルトです。

 

さすがに下着専門店の前で揉めるのは色々とヤバいので、テーブルのある喫茶コーナーへ河岸を変えました。

 

 

ハルトです。

 

マリアさんも小金井も、何もしゃべってくれません。

 

 

ハルトです。

 

ホットコーヒーを買ってきたはずなんですが、冷え切ってアイスコーヒーになりそうです。

 

 

ハルトです。

ハルトです。

ハルトです…。

 

とまあ、軽いギャグでも挟まないと僕の胃がキリキリする状況が続いています。

 

僕の前のテーブルの左右それぞれに、マリアさんと小金井。

みんなの前に買ってきたコーヒーが置いてあるんだけど、誰も手をつけようとしません。

 

マリアさんは軽く腕を組んで目を閉じていて、小金井は俯いたまま。

お互いの沈黙が、とにかく辛いです。

僕も本当に居心地が悪くて仕方がないのですよ!

 

…ええい、このままじゃあ埒が開かない。

仕方ない。日常的な会話で水を向けて、この微妙すぎる沈黙を打破しよう。

 

「あのさ、小金井? その私服、可愛いじゃないか」

 

今日、マリアさんの試着に散々付き合った結果、僕は一つ学習していた。

 

女性は着用している衣類を褒めてあげると、こうかはばつぐんだ!

 

小金井が顔を上げた。少しだけ嬉しそうに表情が緩んでいる気がする。

 

しかし次の瞬間。

 

ガンっ!

 

ひっ!?

 

「あら、ごめんなさい。テーブルに足をぶつけちゃったわ」

 

長い脚を組み替えながらマリアさん。

びっくりした小金井は慌ててまた顔を伏せてしまい、マリアさんは僕を睨んでくる。

ちょ、ちょっとなんですか!? 何か悪いことしましたか、僕?

 

「…あの、阿部くん」

 

意を決したような声で上目使いの小金井が尋ねてきた。

 

「その女の人は…」

 

ああ、紹介するよ、この人は、

 

「初めまして。マリア・カデンツァヴナ・イヴよ。よろしく」

 

僕の紹介を待たず、マリアさんは凄い笑顔で手を差し出していた。これって営業スマイルっていうのかな?

 

「は、初めまして、小金井すみれです…」

 

迫力に気圧されたのか、それとも礼儀にもとると思ったのか。

素直に小金井も手を差し出して、マリアさんとがっちり握手。

 

「わたしの名前は聞いたことあるでしょ?」

 

マリアさんは笑顔のまま、堂々と自己PR。

 

「え、ええ、もちろん。有名人ですから。世界一の歌姫、ですよね? CDも何枚か持っています」

 

「あら。ありがとう」

 

さっきまでの沈黙の時間は去り、なんかファンとの交流みたいな温かい雰囲気になっていた。

良くわからないけど、良かった。

小金井も肩の力が抜けてきてるし、こりゃ僕の出る幕はないかな。

すっかり冷めちゃったけど、コーヒーでも飲むか…。

 

「で、今はハルトの彼女をさせてもらっているわ」

 

ぶふぉうッ!?

な、なに言っているんですか、マリアさん!!

 

「あら? 違ったかしら?」

 

そりゃ…違いませんけれど。

 

頬が熱い。

面向かって、しかも他人を前に言われると、想像以上に恥ずかしい。

そして小金井はというと、目を見張っていた。

それから。

 

「…嘘つき」

 

睨まれた。

 

「阿部くんの嘘つき」

 

い、いきなり何をそんな、嘘つきって…。

 

「前、私が、彼女さんがマリア・カデンツァヴナ・イヴに似てない? って訊いたら、他人の空似だっていってたじゃないッ!」

 

ああ、あれは、あの場でバラすわけにはいかなかったというか…。

 

「阿部くんの嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきッ!」

 

…小金井?

 

「…本物なんかじゃ、勝ち目なんてないじゃない…ッ!」

 

おいッ、何いってんだよ? 

ちょっと待てって小金井…!

 

僕の制止も聞かず、小金井は立ち上がって走って行く。

 

タンっ!

 

と紙コップがテーブルに叩き付けられる音。

その方向を見れば、コーヒーを飲み干したらしいマリアさんも立ち上がっていた。

 

「クラスメートなんでしょう? わたしは邪魔する気はないから」

 

え? どういう意味です?

 

僕の声を聞き流し、小金井と正反対の方へスタスタと歩いていってしまうマリアさん。

 

…なにがどうなっているかわかんないけど、困ったな。

追いかけて話をしなきゃ。

もちろん、僕が追う相手は―――。

 

 

 

 

マリアさん!

 

追いすがり、声をかけると、マリアさんは目を見開いている。

 

「なんでついてきたのよ?」

 

え? そりゃついてくるに決まっているでしょ? デートの途中なんだし。

 

「あの子は追いかけなくていいの!?」

 

あ、安心してください。今日の件は月曜日にでも学校で、しっかりと小金井に釘をさしておきますから。

 

「…そういうことを言っているんじゃないんだけどね」

 

マリアさんは何故か溜息をついている。

 

あの、マリアさん?

 

「ハルトは、あの子の目を見ていなかったの?」

 

そりゃ見ましたけど…?

 

「あれはね、あなたに恋している目よ」

 

はは、いやいや、そんなまさか。

 

「真面目に聞きなさい。わたしも女だから分かるけどね、あれは正真正銘の恋する乙女のもの。そして―――」

 

マリアさんはジロリと僕を見て、

 

「ずばり、あの子がハルトの好きだった子なんでしょう!?」

 

そ、そりゃそうでしたけど。

 

「やっぱりね。だったら行きなさい。追いかけるべきよ」

 

なんでそんなこというんですか?

 

「本来なら、あなたに相応しいのはあの子の方。年上のわたしなんかより、ずっとお似合いよね」

 

ハッと鼻で笑うマリアさんに、僕は違和感を覚えた。

ここに来て、いきなり低い自己評価を口にしているのはもちろん、その口調。その態度。

唇を尖らせて、頬も少し膨らんで見えるのは、まさか。

 

あの、もしかして、マリアさん。…拗ねてません?

 

「そ、そんなわけないでしょッ!?」

 

乱暴に腕を組んでそっぽを向くマリアさん。

 

いつの間にか、僕たちの周囲に人が集まり始めていた。

そりゃあ、あのマリアさんと黒服の僕が大きな声でやりとりしているんだから、当たり前か。

 

「…ほら。早く行きなさいってば」

 

そっぽを向いたままマリアさん。ちょっとだけ見えたほっぺたは少し赤い。

 

だから行きませんよ。

 

「いい加減、聞き分けなさいな、ハルト」

 

あくまで優しい口調を作ってくるマリアさんに、僕は逆に問い掛ける。

 

…マリアさんは、僕に行ってもらいたいんですか?

 

「…え、ええ。そうよ。さっきも言ったけど、あの子の方があなたにお似合いで…」

 

でも、小金井は、僕の彼女じゃありません。

 

「………」

 

僕の彼女はマリアさんでしょ? 自分でそういっていたじゃないですか。

 

「そ、それは…」

 

違うんですか?

 

ここでマリアさんに、「彼女だなんてのは嘘だから」と言われるのは覚悟していた。

そもそもマリアさんが僕の彼女をしてくれているのは、いわば償いの結果だと思っている。

どだい、平凡な高校生の僕が、世界的なスーパースターの彼女と、彼氏彼女という関係になれるなんて不可能に決まっている。初めてのデートの時だって、きっとお情けであんなにサービスしてくれたのに違いない。

―――そう思っていたんだ。

 

でも、今は。

マリアさんが否定してくれなかったら、僕は―――。

 

僕は、マリアさんが彼女じゃなきゃ、嫌です…。

 

「もしかして、ハルト、泣いている…?」

 

な、泣いてませんよ。だいたいサングラス越しじゃ分からないでしょ?

 

「なら、そういうことにしておくわ」

 

マリアさんはふわっと笑って―――でも、顔を曇らせてしまう。

 

「だけど、あの子のことは…」

 

えーとですね、仮にマリアさんの言うとおり、小金井が僕を好きだったとしても、それはもうどうしようもないんですってば。

 

「どういう意味なの?」

 

素で問い返してくるマリアさんに、僕は天を仰ぎたくなる。

二度と思い返したくない醜態が頭をよぎった。でも、誤解を解くためには仕方ないか。覚悟を決めて記憶を辿る。

 

ペンダントを落としたマリアさんが、初めて僕の家に来て謝ったときのこと、覚えてます?

 

「え、ええ…」

 

マリアさんは気まずそうな表情になったけど、僕はもっと気まずいぞ!

 

…あの時、僕はマリアさんの前で、おかげでデートがぽしゃったと、さんざんっぱら泣き叫んで暴れましたよね?

 

「そ、そうだったかしら? そんなみっともない風じゃなかったと思うけど」

 

うん、フォローのつもりだろうけど、逆に気遣いが辛いです。

 

とにかく、僕はその時に確かに叫んだはずですよ。『好きだった子もクラスメートの野郎にとられた』って。

 

「………」

 

はい、これが証拠です。

 

僕はスマホの写真を表示する。本当に二度と見たくはなかったけれど、斉藤と小金井のツーショット。

 

んで、こっちの男の斉藤ってヤツが、いま小金井とつきあっている彼氏です。

さすがに、彼氏持ちの子からアプローチされても。

 

一気にそう説明して、ぐったりとしてしまう僕。

 

一方、マリアさんは、なぜかぴしゃんと両頬を叩いていた。

 

「そうね、そうだったわね」

 

思い出してもらえたなら良かったです。

 

「もう大丈夫。おかげでピンシャンよ」

 

何が大丈夫なのかもピンシャンの意味もは分かりませんけど。

 

…しかし、マリアさんもヤキモチを焼くんですね…って、あいたッ!?

 

指先で鼻を弾かれる。

 

「誰が何を焼く、ですって?」

 

すみません。気のせいですよね。

 

「ならよろしい」

 

笑うマリアさんは、全くいつものマリアさんだった。

僕も笑いかえしてみた。

 

なんか今日はいつもと違うマリアさんの一面が見られた気がしますよ。

 

ぐいっと頭を掴まれた。顔が近い。

 

「それも気のせいよ。忘れなさい」

 

は、はい。

 

それはともかく。

あの出会いの日の醜態のついでに、思い出したことがある。

 

唇を噛んでマリアさんの表情を伺った。

…今なら、お願い出来るんじゃないかな?

 

あの、マリアさん…。

 

「なに?」

 

い、いえ。

 

一旦僕は口を閉じる。

僕らの周囲にはまだ人が群がったままだ。さすがにこんな雰囲気で、気合を入れた話はしたくない。

 

…あの、すみません。ちょっと10分くらい待ってもらえます?

 

そう言い置いて、メンズコーナーへ猛ダッシュ。

適当にスラックスと上着を見繕い、黒服から着替えた。

会計を済ませれば少々お高めの支払いになってしまったが、なに構うものか。

 

お待たせしました。…あれ? 荷物は? 

 

「邪魔になるから、全部宅配してもらうことにしたわ」

 

だったら最初からそうしてくださいよ…。

 

軽く脱力して、その実すっかり身軽になった僕らは、未だマリアさんに集まってくる視線を振り切るようにビルの外へ出た。すぐ前の交差点を渡り、その先の公園へ誘う。

辺りは日が落ちて薄暗く、ちょっと肌寒い。すっかり夜は秋模様だ。

 

「どうしたの、急に着替えちゃって?」

 

私服姿になった僕に、マリアさんは不思議そう。

歩きながら僕はマリアさんへ借りていたサングラスを返す。

 

お願いごとをする時は、きちんとした格好をしなければと思って…。

 

「お願いごと?」

 

次のデートは、また僕が企画していいんですよね?

 

「ええ、もちろん」

 

来週の土日はちょっとバイトの用事が入っていて、再来週の土日は、僕の学校の文化祭なんですよ。

 

「…そう。なら、次は三週先まで無理ってことかしら?」

 

いいえ、違います。

 

「あら? なら平日にとか?」

 

それも違います。

 

「…?」

 

マリアさんが形の良い眉根を寄せた。

僕は足を止め、まっすぐマリアさんを見つめる。

 

再来週の文化祭。

 

「ええ、それは聞いたけど」

 

マリアさんと一緒に文化祭を回りたいんです。

 

「…え?」

 

僕、高校に入って彼女が出来たら、一緒に文化祭を回るのが夢だったんですよ。

 

よく漫画やドラマなどに見られるシチュエーションで、高校生活の青春イベントとしては定番中の定番だ。

我ながらベタだと思うけれど、だからこそ憧れてきた。

 

「そ、それって同じ高校生の彼女と一緒にするものじゃないの?」

 

今の僕の彼女はマリアさんじゃないですか。

 

「………」

 

駄目ですか?

 

「う、ううん、基本OKよ全然OKよ! でも…」

 

でも?

 

なんだろう。何が引っかかっているのかな?

マリアさんは何故かモジモジとしている。それから、何かを決めたように、小声でそっと耳打ちしてきた。

 

「…あのね、さすがに一緒に制服を着て回るのはちょっと…」

 

いやいやそこまで学生サイドに合わせなくてもいいですからッ! 普段着でいいですからッ!

 

「あら、そうなの?」

 

…セーラー服姿のマリアさんを想像してしまった。

ちょっとだけ見てみたい気がする。ちょっとだけ。

 

「それと…」

 

はい?

 

「学園祭ってことは、クラスメートたちにも見られるはずよね?」

 

ええ。そういうことになりますね。

 

「ハルトはわたしを彼女ってみんなに紹介したいの?」

 

マリアさんが良ければ、もちろん。むしろ自慢しちゃっていいですか?

 

「そうなんだ…」

 

くるりとマリアさんは僕に背を向けた。

表情は窺えない。

 

あれ? もしかしてまた機嫌を損ねちゃった?

 

だけど、振り返ってきた顔は、いつものクールで大人な顔で。

 

「うん。確かに約束したわ」

 

はい。よろしくお願いします。

 

「さて、すっかりお腹が空いちゃったわね。何か夕飯を食べに行きましょうか」

 

なんだかマリアさんの機嫌は良さそう。まあ、でなければ僕の提案なんて受け入れてくれるわけはないか。

 

「今日は荷物を持って疲れたでしょう? ご馳走するから、近くにどこかお奨めのお店はある?」

 

喜んで僕はもう一度提案してみた。

 

はい! ここから少し行った先にレストランがありましてね! そこでは常時20種類のカレーとナンが食べ放題で

 

「却下」

 

…あるぇー?

 

 

 

 

 

 

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