恋人はマリアさん   作:とりなんこつ

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第8話

パンパン! と散発的な花火が上がる。

 

今日は、僕の通う高校の文化祭の二日目。待ちに待った一般開放の日だ。

さっそくチラホラと人が校門をくぐって入って来ている。近隣の高校の制服姿も結構多いな。

 

さあて、マリアさんはどこかな~っと…。

 

探してて、緊張してきた。

心臓がバクバクいっている。

これから、夢に見た文化祭デートを、あのマリアさんと一緒にするんだよな? 

 

腕時計を見る。待ち合わせの時間の10分前なんだけど、まだマリアさんの姿は見当たらない。

あれほど目立つ人だから、入れ違いになるはずなんてないし…。

 

…まさか、前みたいにスポーツーカーとかで学校の前に横づけしてきたりして?

やりそうだな。やられちゃ困るけど、そういう派手な方がマリアさんには相応しい気がする。

 

「ハルト」

 

ちょいちょいと肩を突かれた。

 

ッ!? …って、マリアさん!?

 

振り向いて、僕は口をあんぐりと開けてしまう。

 

そこにいるのは確かにマリアさんだった。

同時に、僕の知っているいつものマリアさんじゃない。

 

「少しイメチェンってわけでもないけれど、ちょっとお召かしかな?」

 

小首を傾げて笑うマリアさんがいる。

普段はちょこんと左右につのが生えたみたいな独特なロングヘアー。その長い髪が編まれて、背中で大きなポニーテールになっている。

ピンクと白のストライプ柄の眼鏡も、とってもいいアクセントになっていた。

 

「…ハルト?」

 

あ、はい、素敵ですよ。

 

…素で見蕩れてしまった。

 

「うふ、ありがと」

 

マウンテンパーカーに、白のゆったりとしたパンツは先日のデートで買ったもので見覚えがある。

凄く腰が高く見えて、見栄えが良いんだ。

 

本当に、本当に美人だなあ。こんな素敵な人が僕の彼女だなんて。

…うう、頬が熱い。

 

 

それじゃ、行きましょうか。

 

「うん」

 

マリアさんと連れだってデコられた校門をくぐる。

目を見張る生徒たちの視線を感じた。けれど、よくよく観察してみると、別にマリアさんに目を見張っているんじゃなくて、マリアさんを連れて歩いている僕に目を見張っているように思う。

 

ぎゅっと学生服の袖を掴んでくるマリアさんがいる。

 

どうしました?

 

「ええっと、わたし、高校の文化祭とか初めてで…」

 

そうなんですか? 

 

頷くマリアさんにちょっと驚く。まあ、マリアさんは外国人で、向こうには日本風の学祭はないとか。

 

やっぱり、アーティストのレッスンとかで、学校に行く時間もなかったんじゃないですか?

 

「え、ええ。そんな感じかしら。…それよりハルト。あれは何?」

 

マリアさんの視線の先には屋台の数々。

 

ああ、あれは屋台ですね。生徒たちが色々自主的に運営してるんですよ。

 

「屋台なのは分かるけど、あの赤い丸いのは、何?」

 

あれはリンゴ飴ですね。

 

「リンゴ…アップルのことね。それの飴??」

 

食べてみます?

 

僕は財布を取りだす。

 

あ、ここはもちろんカードは使えませんから、僕の奢りで。

 

リンゴ飴の屋台をやっているのは隣のクラスで、ちょうど顔見知りが店員をしていた。

 

リンゴ飴二つね。

 

「お、おう。…って阿部ちゃんよ、隣の美人なお姉さんは…」

 

うん、僕の彼女。

 

「はあい」

 

驚く店員に、マリアさんはヒラヒラと片手を振って見せている。

 

ところで、マリアさんを彼女だって自慢したいとは言ったけれど、何も声高に言いふらして回って注目されたいわけじゃない。

変に目立つだけの調子こいた嫌味野郎にはなりたくないからね。

尋ねられたら紹介する程度のスタンスで丁度良いと思っている。

 

はい、どうぞ。

 

買ったリンゴ飴を手渡してあげた。

 

「ありがと。…へえ、飴で小さなリンゴがコーティングされているってわけね」

 

はい。リンゴは小玉で酸っぱいヤツですけど、飴の甘さと合わさるとちょうど良い按配になるって寸法です。

 

「ふうん。面白いわね」

 

リンゴ飴を齧りながら、他の屋台も冷やかして歩く。

定番の焼きそば、タコ焼き、お好み焼きはソースの匂いも香ばしい。

他にも綿あめ、かき氷、チュロス、クレープなどの屋台も出ていて、どれもなかなか本格的。

 

というのも、うちの学校は、出店とかの企画に、クラス単位、グループ単位で予算を出してくれる。

売上は、予算の金額に満たなければ全て没収。

逆に予算以上の売り上げは、そのクラスやグループの収益と認めてくれる。

だから精々打ち上げを盛大にしようと、皆して発奮しているわけ。

 

「へえ…」

 

僕の説明を聞き終えたマリアさんが感心している。

まあ、どこの学校の文化祭もそうだかは知らないけどさ。

 

「それでハルトのクラスは何をしているわけ?」

 

ふふふ、当ててみてください。

 

「…カレー店じゃないの?」

 

あれ!? なんで分かったんですか!? 凄いですね、マリアさん!

 

「それ、本気で褒めてる…?」

 

え? 当たり前じゃないですか。

 

「………」

 

マリアさんのジト目が気になったけど、僕のクラスがカレー店をしているのは事実だ。

しかもただのカレー店じゃない。メイドカレー店だ!

 

…いや、本当はメイド喫茶をするってクラスで決定してたんだよ? なんか最近一周回って流行っているとかで。

そんで毎日遅くまで教室の内装作業とかしてさ。残って作業している連中に、大変だろうな腹減ったろうなー、って僕が自作のカレーを差し入れてやった。

そしたら、なんだか知らないうちに、メインのカレーをメイドさんが売るという新機軸店へと変化しちゃっていたわけ。

 

翌日には、僕は売り物のカレーの制作監督および総合プロデューサーに任命されてた。

経緯が良く分からないけれど、カレーを任された以上、きっちりこなしてやろうじゃないか。

なので、昨日も夜遅くまで残ってカレーを寸胴鍋三つ分も煮込んでいたので、少し寝不足だったり。

 

「ところで、どんなカレーを工夫しているの?」

 

あまり凝ったものを作れば予算の範囲内を逸脱し、安く済ませようと手抜きをしてしまえば売れなくなる。

マリアさんは、そんな商売の原理原則を指摘しているのだろう。

 

まあ、ちゃんとした牛肉とか豚肉じゃあ高くつきますからね。牛スジ肉を使いました。

 

正肉に比べるとスジ肉は大分安く、そして固い。

けれどじっくりと煮込めば、トロッとした歯触りと極上のコクを産み出す素材になる。

家庭科室のコンロを三つ占拠した寸胴鍋でじっくり煮込んだ牛スジカレーは、僕が調合したスパイスを入れて、しつこくないコクと旨味で満たされた逸品です。

 

「へえ。美味しそうじゃない」

 

あとで食べに行きましょう、と約束して、実はクラスの売り物はこれだけじゃないんだよなー。

僕らのクラスは予算をやりくりし、正門前の通りに屋台をもう一つ展開していたりする。

 

あ、そろそろ準備出来た?

 

向かえば、クラスメートたちがワタワタと準備している。他のクラスの屋台はもう稼働しているのに、わざと遅らせているのにはワケがある。

 

よし、それじゃあ、始めちゃって。

 

僕のOKに、じゅわわーっとフライパンで焼ける音に、香ばしい匂いが立ち昇る。

こちらの屋台での売り物は、男爵イモを細切りにし、パルメザンチーズと小麦粉をまぶしてオリーブオイルで焼き上げるガレットだ。

けど、僕がプロデュースする以上、ただのガレットなわきゃあない。

カレースパイスも混ぜて焼き上げれば、ふふふ、その破壊力たるや。

 

「あら、いい匂い」

 

ざわめく通行人に、僕はほくそ笑む。

屋台の食べ物は濃い味と匂いが鉄則なんですよねー。

ましてやその匂いがカレーとあっては、食欲中枢にとってのテロ行為に等しいと思う。

 

「…すごいわね」

 

たちまち出来た長い行列に、マリアさんが目を丸くしている。

 

こっちのカレーの匂いを嗅いだ人は、校舎内では牛スジカレーの匂いを嗅ぐことになる。

逆に校舎内の牛スジカレーの匂いを嗅いでしまった人は、帰り道でもガレットのカレーの匂いに食欲中枢を刺激されるはず。

この相乗効果を狙いつつ、広域でカレー欲を刺激するこのシステムこそ、まさに隙を生じぬ二段構えというやつよ!

 

「でも、他のクラスとかもカレーを作ってたりしないのかしら?」

 

ははは、予算内で僕の作ったカレーを上回るものを、出来るものなら作ってみろってんですよ!

 

「…ハルトって、もしかしたら凄い商才があるんじゃない?」

 

御冗談を。僕はただの一介のカレー好きですから、そんなそんな。

 

「あなたって、自己評価が高いのか低いのか…」

 

そんな風に話をしていると、ガレット店のクラスメートからも声を掛けられた。

 

「あの、阿部君。その人は…?」

 

うん、僕の彼女さん。

 

「こんにちは」

 

マリアさんも挨拶を返してくれている。

 

「彼女さん…マリア・カデンツァヴナ・イヴに似てるって言われません?」

 

「ばっか、こんなとこに本物が来るかよ」

 

クラスメートたちは勝手に盛り上がって勝手に結論を出してくれるのは助かる。

まあ、本物が『自分は本物です』って口にするのも変な話だよね。

 

それじゃあ、マリアさん。校舎の中へ行ってみましょうか。

 

僕は大元のカレーを作ったということで、店番や店員といった交代業務はナシだ。

存分にマリアさんと文化祭を回れるのは、結果としてラッキーかも。

 

「ええ、行きましょうか」

 

背後で「…いま、マリアさんって呼んでたよね?」という級友たちが話し合う声が聞こえたけど気にしない。

 

校舎内の各教室では、実に色々なイベントが設置されていた。

一応文化祭だから、文系の部活の発表物とかを展示する部屋もあるわけで。

 

「へえ…」

 

美術部の絵が展示している美術教室で、マリアさんは興味深げ。

 

「日本の高校生は、みんなこんなに絵が上手いの?」

 

ははは、それは美術部の生徒たちの作品だからですよ。一般の生徒たちはそこまで上手くありません。

 

「ハルトの描いた絵はないの?」

 

僕は美術部じゃないし、展示されるほど上手くないです。けど、前の美術の選択授業でみんなとデッサンしたヤツ、そこらのへんの壁に貼りっぱなしだったから、どこかにあるかも。

 

「見てみたいんだけど」

 

なら…。

 

受付の美術部員に訊いたら、展示室風に改装するときに壁にあったものは外してまとめてました、ってあっさり渡してもらえた。

何枚かのデッサン画の束から、自分のものを見つける。

 

本当、上手くないですけどね…。

 

謙遜はしてみせたけど、このデッサン画は自分でもなかなか良く描けたと思ってるんだぜ?

 

「…翼の描いたものに似ているわね」

 

翼って、あの風鳴翼だよな?

マリアさんのコメントはそれだけ。

…褒められているんだよね、一応?

 

それから科学部の公開実験を見学し、書道部の実演を眺めた。

一応、お化け屋敷も行きたかったんだけど、なんだかトラブルがあったとかで敬遠する。

ちょっと残念だな。

 

「ハルト、ここは?」

 

行く手を指さしマリアさんの声。

見れば仰々しい看板に薔薇の造花が茎ごと巻きつけてあった。

パンフレットを漁る。この三年生の教室は確か…。

 

ああ、占いの館ってヤツですね。

 

「日本の高校生は占星術も出来るの?」

 

まさか。素人の真似事ですって。そんなプロフェッショナルみたいなこと、出来る高校生なんて早々いるわきゃないですよ。

 

「…わたしのすごく身近に、プロ顔負けの高校生が一人いるけどね?」

 

へえ? 誰ですか? 今度紹介して下さい。

 

そう答えると、なんだかマリアさんから呆れ顔をされてしまった。

誰だろう? マリアさん関係だから、調や切歌の知り合いなのかな…。

 

それはともかく「入ってみましょう」とのマリアさんの提案にドアを開ける。

案の定、薄暗く照明をしぼった部屋になっていて、案内の人から個別ブースみたいなところへ連れて行かれる。

そこには、いわゆる魔法使い風のとんがり帽子を被った女生徒が居た。

口元にフェイスベールをして占い師風の彼女の前には、小さな座布団みたいな上に乗せた水晶玉がある。雰囲気はバツグンだね。

 

「どうぞこちらから選んでください」

 

渡されたメニューは、『相性占い』と『必勝祈願』の二つだけだった。

…なかなか斬新というか潔いというか。

 

「それじゃあ、相性占いでお願いします」

 

マリアさんの透き通った声に、占い師は重々しく頷く。

 

「では、お二人の名前を聞かせて下さい」

 

あ、僕は阿部ハルトです。

 

「わたしは、マリア・カデンツァヴナ・イヴ」

 

「はい、阿部ハルトくんに、マリア・カデン……はい? すみません、もう一度お願いできますか?」

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴよ」

 

占い師は「ま、まさかね…?」と目を見張っている。

マリアさんがにっこりとすると、何やらブツブツいっていたけど、背筋を伸ばして水晶玉に手をかざし始めた。

 

「えーと、二人の相性は、基本良いみたいです。彼氏さんの方は、彼女さんのことをもっとよく知ってあげて、彼女さんの方は、自分の気持ちにもっと素直になると益々仲が深まるかと」

 

…すごい当たり障りのない内容。

僕の感想はこれだけなんだけど。

 

「…なかなか含蓄のある占いだったわね」

 

占いの館を出て、うんうんと頷くマリアさんがいる。

 

そうかなあ、どのカップルにも当て嵌まる、いわばテンプレなアドバイスだと思うんですけど。

つーか、ぶっちゃけ、誰にでも同じこと言っているんじゃないですかね?

 

「ハルトって、夢がないのね」

 

ぷん、とマリアさんに横を向かれてしまった。

 

いや、あんな根拠も何もなさそうな占いに夢とか言われても。

そう思ったけど口には出さず、つかつかと歩いて行ってしまうマリアさんに追いすがる。

 

ちょっと待って下さいよ。マリアさん…?

 

いきなり腕を掴まれて、廊下の横に引っ張り込まれた。

 

な、なにを?

 

「しっ」

 

黙っていると、廊下を曲がっていきなり二つの影が飛び込んできた。

そんで僕らと正面衝突。

 

「うわあぁッとッと、デース!」

 

「きゃッ」

 

待ち構えていた僕らは踏ん張れたので、廊下に尻もちをついてしまった二人を見下ろす。

 

…なにやってんのさ、切歌。それに調も。

 

「くッ、潜入美人捜査官メガネが一瞬で見破られるなんて!」

 

え? その眼鏡、変装のつもりでかけてんの? 

 

「ご、ごほん」

 

あれ? マリアさん? …もしかしてそれも?

 

「こ、この眼鏡はファッションよ?」

 

ア、ハイ。

 

「それより、二人とも、なんでこそこそ尾行するみたいな真似を?」

 

腕を組んだままマリアさんがじーっと二人を見おろしている。

 

「ごめんなさい。マリアがどんなデートしているか、興味があって」

 

「調ぇ!?」

 

ぶっちゃけた調に切歌がワタワタしている。

 

出歯亀は感心しないなあ。

 

僕も苦言を呈すと、調は上目使いで言った。

 

「だって、マリアって、ハルトとの前に、誰も男の人と付き合ったことないでしょ?」

 

「そ、そんなわけないでしょう!? 故郷の村では、わたしに惚れてなかった男の子はいなかったくらいよ? 実際に求婚もされたしッ!」

 

胸を張っていうマリアさんに、

 

「それってマリアが小学生に上がる前くらいの年齢の話デスよね?」

 

ジト目の切歌が追撃。

 

「シ、シンガーとしてデビューする前なんかね、たくさんの男たちに囲まれて、毎晩遅くまで帰らせてもらえなかったものよ!」

 

「それも、歌やダンスのお稽古で毎日が午前さまってだけだよね?」

 

「帰ってきたら、シャワーも浴びずにバタンQだったデス!」

 

「………」

 

マリアさんが固まっちゃっている。

えーと。

 

…今の話、本当なんですか?

 

そう訊ねたのと、僕のスマホの通信アプリが着信のメロディを奏でたのは同時だった。

少しだけ迷って、スマホの受話ボタンを押す。

 

はい、もしもし?

 

「…阿部くん? 助けてッ!」

 

それは思いもよらぬ、小金井すみれからのエマージェンシーコール。

 

お、おい! どうしたんだ? 何があったんだ!?

 

震える小金井の声に、背後の物音もざわついていた。

受話器越しにも伝わってくるただならぬ気配に耳を澄ます。

 

「阿部くんの…」

 

うん。

 

「阿部くんの作ったカレーが、もう半分も残ってないのッ!」

 

…はい?

 

 

 

 

 

 

 


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