流刑鎮守府異常なし   作:あとん

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ついに20話!
皆さん、お付き合いいただき本当にありがとうございます!
ここまで続けてこれたのは読んで下さった皆様のおかげです。本当に感謝です!
これからもよろしくお願いいたします!



さらば司令官

『さあ、今週の新婚さんいらっしゃいは、何と! 海軍の軍人さんと艦娘さんです! それではどうぞ!』

 

 司会の噺家の軽快なトークと共に音楽が鳴り、舞台袖から男女が一組現れた。

 男の方は純白の軍服に身を包んだ、精悍な顔つきの青年。女の方は艦娘で、俺もゲームではよく知っている女性だった。

 

「わぁ、飛鷹さんだ」

 

 俺の横に座っている清霜が言った。面識はないはずだが、他の艦娘の知識は生まれた時から持っているらしい。

 

「綺麗……まさしく一人前のレディーだわ」

 

 暁が溜息を漏らす。テレビ出演のためか、飛鷹は上品なドレスに身を包み、化粧もバッチリだ。

 

「いいなぁ。綺麗だなぁ……あれ、どうしたの司令官? 何で泣いてるの?」

 

「……だってよう」

 

 そしてそんな晴れ姿の二人が映る画面を見ながら、俺はポロポロと涙を流していた。

 現在、俺は執務室にあるソファーに腰を降ろし、暁と清霜と一緒にテレビを見ている。

 今日は日曜日。そして日曜日には絶対に見なければならないテレビ番組が三つある。

 笑点。ニチアサ。そして新婚さんいらっしゃい、である。

 この三つの番組だけは何歳になってもふらっと見てしまう、不思議な魅力があるのだ。

 今日は非番なので缶ビール片手にソファーへどっかりと座り、新婚さんいらっしゃいを見る。至福の休日だ。いつもなら……

 

「何で、余所の提督はケッコンできて、俺は出来ないんだ……」

 

 今日の新婚さんは同業者。しかもおっぱいの大きい艦娘を嫁にするという、俺の長年の夢を体現している男だったのだ。そりゃ悔しくて泣くさ。

 

「何、司令官。ケッコンしたいの?」

 

 不意に俺のベッドで漫画を読んでいた皐月が顔を上げた。

 余談であるが彼女が休みの日は、俺のベッドが皐月専用の漫画読み場として実効支配されている。

 

「まぁ、司令官も結婚適齢期だし、気持ちも分かるがねえ」

 

 向かいのソファーに座ってお茶を啜っていた谷風も口を開く。

 

「俺だって男だ。艦娘と結婚したいって思う時くらいあるさ」

 

 俺がガックリ肩を落とすと、その背中を暁がバンバン叩いた。

 

「し、司令官! レディーがいるじゃない!」

 

「そうだよ司令官! 暁お姉様と清霜がいざとなったらお世話してあげる!」

 

 幼女に将来の心配をされる28歳。何だか死にたくなるくらい惨めだな……

 

「もお、しょうがないなぁ。司令官は。どうしてもケッコンしたいってんなら、ボクが考えたげてもいいよ」

 

「自分の上官が生涯未婚なんて恥ずかしいからねぇ。仕方ねえから谷風さんが泥を被ってやらぁ」

 

「あ、あの。もしよろしければ五月雨が……」

 

 皐月と谷風が悪ノリし、さらに何故か谷風の隣でテレビを見ていた五月雨まで、顔を真っ赤にしてそう言うのだ。

 そうか……俺は五月雨にまで気を遣われるほど結婚できない男として見られているのか……

 

「暁、清霜。そして五月雨。気遣いありがとう。でも大丈夫だ。俺は駆逐艦に求婚するほど落ちぶれちゃいないさ」

 

「じゃあボクはオッケーてことかな?」

 

「谷風さんも遂に嫁入りかい」

 

「お前らちょっと表に出ろ」

 

 ケラケラ笑う悪童二人に腹が立つものの、俺に結婚相手がいないのは事実なのでこれ以上反論出来なかった。

 

「というかさ、こんなに可愛いボク達がいるのに、その態度は無いんじゃない? ボクたちだって艦娘だよ?」

 

「……確かにお前たちは可愛い。可愛いけど、どうしても足りないモノがある。それはおっぱ……ぐぶっ!?」

 

「制裁です」

 

 突然現れた不知火の右ストレートが俺を襲った。

 

「ちっ、なんだまた胸の話かい。提督も懲りないねえ」

 

「司令官さいてー。レディーの敵よ」

 

「司令官……」

 

 呆れたように言う谷風に怒る暁。清霜に至っては、憐みの視線を向けてくる。

 何が悪いってんだ。男がおっきいおっぱいを求めるのは当たり前じゃないか。

 

「うっちの鎮守府は無法地帯……駆逐ばかりの我が編成……好みを喋れば、ぶん殴られて……」

 

「はいはい。うちの司令官は日本一」

 

「唐変木さも、日本一ってな」

 

 皐月と谷風が合いの手を入れてくる。

 

「畜生! 司令官はな……司令官はな……司令官なんだぞ!」

 

「まっじめにいっきちゃばぁかをみる~」

 

 清霜が楽しげにそう言った時、長月が部屋に入ってきた。

 

「おお、長月! いい所に来てくれた! 皆が俺をいじめるんだ!」

 

 そう言う俺に長月は何かを差し出した。

 

「ちょうどよかった。私も司令官に用があってな。この本の事について聞きたいんだが」

 

 それは『艦隊の運用の基本』という分厚い本だった。海軍が提督に贈る参考書みたいなもんだ。

 ……だがそれはあくまで外のカバーだけであって……

 

「お、おま、なぜそれを……」

 

「さっき掃除をしていたら出てきたんだ。しかし実に素晴らしい本だな」

 

 俺の体からみるみる血の気が引いていく。

 なぜって? それはその本の中身だ。

 

「へえ、フルヌード写真集かぁ……かわいいね」

 

「全く、情けねえなこりゃ」

 

「お姉様、何が書いてあるの?」

 

「清霜は見ちゃダメ! 目が腐るわ!」

 

 本の中身を皆が確認し、辛辣な評価を下している間に俺はこっそりと部屋を抜け出そう――

 

「逃がしませんよ、司令官」

 

 ――として不知火に捕まった。

 

「……不知火」

 

「はい」

 

「助けてくれ」

 

「駄目です。お仕置きです」

 

 そのままずるずると引きずられていく。

 さすが艦娘。力も強ーい。

 

「さ、五月雨っ! 助けてくれっ!」

 

 俺は悲しそうに佇む五月雨の姿を見つけ、両手を伸ばす。

 しかし彼女は涙を浮かべながら、胸元で十字を切った。

 そのまま皐月と谷風と長月が俺の周りを囲み、部屋から引っ張り出された所で黒い布みたいなのを被らされた。

 そこで俺の記憶は途絶えた……

 

 …

 ……

 ………

 

「全く失礼しちゃうわ、司令官ったら!」

 

 夜。流刑鎮守府の駆逐艦たちが全員、寝室に集まっていた。

 全員が寝間着に身を包み、ベッドの上で思い思いの姿勢でくつろいでいる。

 所謂、パジャマパーティーというもので、定期的に彼女たち間で開かれていた。

 話題はもっぱら司令官のことである。

 

「ホントだよ! 馬鹿の一つ憶えでおっぱいおっぱいってさ!」

 

「谷風さん達というものがありながらねぇ!」

 

「仮にも一鎮守府の指揮官があれでは、どうしようもないわね」

 

 昼間に起こった騒ぎの事で、皆不平不満をぶちまけている。

 特に不知火は辛辣であった。

 

「まあたっぷり絞り上げたことだし、暫くは大丈夫だろう」

 

「あ、あははは……」

 

 しみじみという長月と苦笑する五月雨。 

 いつものようなガールズトークを皆が繰り広げていた時だった。

 

「ねえ、暁お姉様」

 

 清霜が何気なく言った。

 

「皆って、司令官のこと好きなの? それとも嫌いなの?」

 

 純粋に小首をコテンと傾げて尋ねたのだ。

 

「え……」

 

 それに対して暁は一瞬、面食らったような顔をしたがやがて顔を少し朱く染める。

 

「ど、どうしてそんなこと聞くの?」

 

 目をパチクリさせながらそう返した暁に、清霜は当たり前のように聞いてくる。

 

「だって、皆司令官のこと好きに見えるけど、よく叩いたり蹴ったりするし」

 

「それはね、清霜。司令官が浮気者だからよ」

 

「そうそう! ボク達というものがありながら、いつも他の女に目移りするから、いけないんだよ」

 

「こんな美少女達が雁首揃えて待ってるのに、口説き文句一つ言えやしねぇ。全く、無粋なもんさ」

 

 清霜の質問に答えた暁に、皐月と谷風が同調する。嫉妬に近い感情が彼女らにはあったのだ。

 

「だが司令官もあと少しで30……さすがに私たちのような幼い容姿の女性に興奮していたら、それはそれで問題だろう」

 

 長月がフォローする。

 確かにこの流刑鎮守府に所属する艦娘は皆、容姿が幼い。提督と並べば、何も知らない第三者が見ると親子に見えるだろう。

 

「それは普通の人間の話でしょう? 艦娘と提督の間なら違和感は無いわ」

 

 不知火が口を挟んだ。

 他の鎮守府には駆逐艦とケッコンカッコカリをした提督など大勢いて、自分達くらい幼い艦娘を嫁にしたという提督もいるのだという。

 

「暁だって、司令官に酷いことをしたくないわ。でも、司令官ったら、お馬鹿さんなんだもん」

 

「確かにちょっとくらいは私たちを女の子と見て欲しいですね」

 

 普段あまり提督の批判をしない五月雨も何か思うことがあったのか、そう言った。

 

「まあ、確かに司令官は私達を異性というより妹とか娘のように見ている節があるしな……」

 

 長月がうーんと唸った。

 

「長丁場になりそうなので、何か飲み物とってくるね」

 

 五月雨がそう言って立ち上がった。

 

「ボク、ビール!」

 

「冷を頼むよ」

 

「この時間からお酒は辞めなさい。お茶でいいでしょう」

 

 アルコールを要求する皐月と谷風を不知火が止めると、五月雨は困ったように笑って部屋を後にした。

 艦娘たちの寝室は二階にあり、台所は一階にある。五月雨は室内用のスリッパを履くと、建物の中央にある階段に向かって進んで行く。昇降口まで辿り着いた時だった。執務室に灯りが点いている。さらに何やら話し声が聞こえてくるのだ。

 提督がお酒でも飲んでいるのかな? 五月雨がそう思った時だった。

 漏れてきた声が聞こえてしまったのだ。

 

 ――本土に……行きます! 行かせてください!

 

「えっ!?」

 

 驚いて飛び出た言葉を咄嗟に両手で押さえた。

 

(本土に……提督が……でも何で)

 

 思わず聞き耳を立ててしまう。

 

 ――はい、ではまた後日……よっしゃ! ついに外に出れる!

 

 そこまで聞いた時、五月雨は踵を返して皆がいる部屋へと駈け込んでいった。

 思った以上に早く帰ってきた五月雨に皆は驚いたが、よく見ると目尻に涙が浮かんでいる。

 

「ど、どうした五月雨!」

 

「何かあったの!?」

 

 その尋常じゃない雰囲気に長月と皐月が尋ねたのと同時に、五月雨の両目から涙が零れ落ちた。

 

「て、提督が……提督が出ていっちゃうよぉぉぉぉ……」

 

 場が混乱した。そして暫く経って。

 

「……成程、そう言う事か」

 

 皆で五月雨を宥め、ようやく落ち着かせた五月雨から事情を聞いた長月が、重い息を吐いて言った。

 

「そ、そんな……司令官出てっちゃうの?」

 

「そんなの嫌だよぉ……」

 

 暁と清霜が涙を浮かべながら言う。

 

「落ち着け、二人とも。まだ司令官が出ていくと決まったわけじゃない」

 

「そうそう! それにいつもの五月雨のドジかもしれないし」

 

「聞き間違いの可能性が高いよな」

 

 一方、他の艦娘たちは比較的落ち着いている。

 五月雨が基本的にそそっかしいので、聞き間違え或いは意味を間違えたのではないかと解釈したのである。

 

「でも、でもぉ……」

 

 ぐずる五月雨に不知火が溜息をつくと立ち上がった。

 

「なら不知火が司令官に直に聞いて来ましょう。それが一番早いわ」

 

「よっ! さすが不知火!」

 

「鉄の女! 冷血サイボーグ!」

 

「二人とも、後で覚えていなさい」

 

 皐月と谷風にガンを飛ばすと、不知火は部屋を後にした。

 

 …

 ……

 …………

 

「夜分に申し訳ありません司令官……」

 

 そう言いながら執務室に入ってきたのは、寝間着姿の不知火だった。

 こんな時間に珍しい事もあるものだ、と思ったが彼女は俺の手元に目線を写し、体を強張らせた。

 

「どうした、不知火。何かあったか?」

 

「いえ、その……司令、それは……」

 

「ああ、これか」

 

 俺はちょうど持っていた旅行鞄を床に置いた。

 

「色々あってこの鎮守府を出ることになるから、準備してたんだ。まあ詳しい事はまた明日、皆に話すよ」

 

「っ……ど、どこへ行かれるのですか?」

 

「本土だよ。呉鎮守府に行く」

 

「……異動ですか?」

 

「いどう? ああ、まあ大移動になるな」

 

「…………」

 

 不知火は大きく目を見開くと、そのまま顔を下に向けた。

 

「ど、どうした不知火」

 

「い、いえ……なんでもありません。失礼致します」

 

 不知火にしては珍しい弱々しい声で彼女は出ていった。

 どうしたんだろう……まあ、いいか。

 それよりも早く準備をしないといけない。

 本土の呉鎮守府で全ての提督が一堂に会しする年に一度の大会議が行われるのだ。

 俺は提督になりたてで初めてだから、ちゃんと準備しないとな。

 

 …

 ……

 …………

 

「ど、どうだった不知火?」

 

 一人意気消沈して戻ってきた不知火に皐月が尋ねた。

 だが不知火はそれをスルーするとそのままベッドへ倒れ込んだ。

 

「大丈夫か、不知火! 何があった!?」

 

「いつものおめぇらしくねぇぞ!」

 

 不知火のあまりの憔悴っぷりに、長月と谷風が駆け寄った。

 

「し、司令官が……」

 

「司令官がどうした?」

 

「……司令官が、出ていってしまいます……」

 

「な、何!?」

 

 さすがの長月も絶句した。

 

「ど、どういうことだ?」

 

「……不知火が執務室に入ったら、司令は荷造りをしていたの。何でそんなことをしているのか聞いたら、この鎮守府を出て本土に行くと……」

 

「そ、そんな……」

 

 不知火の話を聞いた皆の顔がみるみる青ざめていく。

 

「う、嘘よ! 司令官がいなくなるなんて、ありえないもん!」

 

「そうだよ! あの馬鹿でスケベでドジで大酒呑みの司令官に、栄転の話なんてあるわけないじゃん!」

 

 暁と皐月が立ち上がってそう言うも、不知火はベッドに突っ伏したまま首を横に振った。

 

「はっきりと本人が異動を明言したわ。あの人は変な嘘をつくような人ではないし……」

 

「うう……提督……」

 

 五月雨が再び泣き出した。

 

「ええい、皆落ち着け! どんな理由かは知らないが本土ということは栄転だ!」

 

 湿っぽくなった場に喝をいれるように、長月が言った。

 

「上官の出世だ。ここは皆で喜ぼうじゃないか。私たちの司令官が上に働きを認められたんだ……」

 

 まるで自分自身に言い聞かせるように長月は力強く言う。

 

「長月の言う通りだぜぇい! 提督の門出を、皆で笑って送り出してやろうじゃねえか……」

 

 谷風もそれに同調した。

 

「確かにここで落ち込んでいていても駄目だよね……よーし! 流刑鎮守府流のおもてなしで、司令官には笑顔で出発してもらおう!」

 

 皐月が立ち直り、皆を鼓舞していく。

 少女たちがそれぞれ胸に思いを秘めながら、その日の夜は更けていった。

 

 …

 ……

 …………

 

「……なあ」

 

「何? 司令官?」

 

「いや、その……離れてくれないか?」

 

「やだ」

 

 心なしか暁は不機嫌そうに言った。

 現在、俺は執務室の机でデスクワークをしているのだが、何故だか暁が膝に座って離れようとしないのだ。

 最初は可愛いなぁと思っていたが、さすがにずっと上にいるのはきつい。足は痺れてくるし、作業もしにくいのだ。

 

「清霜もさっきからくっついてるし……」

 

 足元へと視線を向けると、そこには俺の足にもたれ掛かっている清霜の姿があった。

 

「司令官、嫌?」

 

 不安げに首を傾げる彼女に、何だか罪悪感を覚えてしまう。

 

「いや、別に嫌じゃないけど……お前達、遠征はいいのか?」

 

「今日は中止にしたんです」

 

 横に待機していた五月雨が口を挟んだ。

 

「中止って……俺はそんな話、聞いていないぞ」

 

 仮にもこの鎮守府の最高指揮官である俺に何も伺わずに、そんなことを決めるのは如何なものだろうか……

 

「いいじゃん。遠征なんていつでも行けるんだし」

 

 いつの間にか皐月も執務室に入ってきた。

 そのまま皐月は俺の元までやってきて、後ろから肩に手を回して抱きつくような恰好をとる。

 少女特有の柔らかい体と温かみが身体を通して伝わってくる。相手が皐月といえど、女の子には変わらないのでちょっとドキドキした。

 

「皐月、どうしたんだ今日は……いや、お前だけじゃなく皆……」

 

「たまには司令官に甘えたくなるときだってあるさ。艦娘だもの」

 

 みつを。みたいなトーンで言われてもな……

 

「提督、コーヒーをお持ちしました」

 

「おお、サンキュー五月雨」

 

 いつの間にか五月雨は、湯気の立ち昇るマグカップが乗ったお盆を持っていた。

 

「今日はこぼさないようにって……あ、ああああっ!?」

 

 そしていつものように躓いた。もはや恒例行事である。この後、熱々のコーヒーが俺の体に降り注いで悶絶するまでがデフォであるのだが。

 

「はっ!」

 

 突然横から現れた不知火が見事にそれをキャッチした。

 

「ご無事ですか、司令官?」

 

「お、おお……ありがとう不知火」

 

「いえ。五月雨。気を付けなさい」

 

「うう、今日はドジしないようにしようと思ったのに……」

 

 不知火に注意され五月雨は涙目でそう言った。

 

「さ、どうぞ司令官」

 

「あ、ああ。すまないな」

 

 澄ました顔でコーヒーを渡してくる不知火。何だか変な気分だな……

 

「なあ不知火。今日は皆、おかしくないか?」

 

「はて、何のことでしょうか」

 

 不知火はいつもの無表情で首を傾げているが、何だか釈然としない。

 そんなモヤモヤした時だった。

 

「提督ーっ! おめでとーっ!!」

 

 突然、勢いよくドアが開いて谷風が元気よく入ってきた。その手にはなぜか花束が握られている。

 

「な、どうした!? いきなり何だ!?」

 

「昇進祝いだ」

 

 続いて長月が入ってくる。両手には綺麗に梱包された日本酒があった。

 

「しょ、昇進? 何のことだ?」

 

「またまた~とぼけちゃって。本土に栄転するんだろう?」

 

 谷風が笑いながら腕をぐりぐり押し付けてくるが、全く憶えのない話だった。

 

「申し訳ありません、司令官。昨日、五月雨が偶然聞いてしまったんです」

 

 五月雨が頭をペコリと下げた。

 

「聞いたって、何を……」

 

「司令官が本土へ異動になるというお話です……」

 

「は?」

 

 何だそれ。全然知らない話だぞ。

 

「不知火に言ってくれたではありませんか。本部へ異動する、と……」

 

「待て待て待て! 何の話……」

 

 そこで俺は思い出した。海軍の会議に出席するために、本土の呉鎮守府まで行くという事を。

 

「司令官がいなくなっちゃうのは寂しいけど……出世だもんね! ボク達皆で応援するよ!」

 

「そうさ! めでたいこった」

 

「うう、司令官……おめでとう……」

 

「泣かないで暁お姉様……」

 

「ま、まて。落ち着けお前達」

 

 何やら知らないうちに凄い話になっている。

 どうやら昨日俺が不知火に説明したことが歪んで解釈されているらしい。

 

「謙遜するな司令官。我が鎮守府から栄転する者が出たんだ。艦娘としても誇らしい」

 

「ち、違うんだ、長月」

 

「司令官。この青空の下で不知火は何時までも貴方のご活躍を祈っております」

 

「何を言っているんだ不知火」

 

「五月雨も頑張ります。寂しくても頑張ります。だから……たまには私たちの事も思い出して下さいね……」

 

 そこまで言って五月雨がガチ泣きを始め、釣られて暁も泣きだした。

 

「司令官、短い間だったけどすっごく楽しかったよ……ボク達も頑張るから、司令官も頑張ってね」

 

「谷風さんの提督はあんただけだよ。達者でね」

 

 何か俺を皆で追い出そうとしてないか?

 

「しれいーかんレディーのこと、わすれないでね……」

 

 そう言った直後、暁は大泣きを始め五月雨に優しく抱きしめられていた。

 

「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け、皆! 俺は出ていかない! 出ていかないぞ!」

 

 誤解を解く説明に、30分以上費やした。

 

 …

 ……

 ………

 

「全く、とんだ大騒動だったよ」

 

「まあ、結果オーライだがな」

 

 ようやく全ての誤解を解き、皆が落ち着いてから皐月と長月がぐったりして言った。

 

「うう、皆、ごめんね……五月雨がまた、失敗しちゃって」

 

「いえ、貴方だけでは無いわ。不知火も何てミスを……これも全て落ち度……」

 

「まあまあ! 提督も出ていかなないって分かったし、水に流して喜ぼうじゃないかい!」

 

 肩を落として反省する五月雨と不知火の肩を、谷風が景気よく叩く。彼女なりの励ましなのかもしれない。

 

「司令官、ぎゅー」

 

「清霜も! ぎゅうっ!」

 

 すっかり機嫌の直った暁・清霜ペアが両側から抱きついてくる。

 しかし皆がこんなに悲しんでくれるなんて、俺も何だかんだでこの鎮守府に受け入れられていたんだな……何だか目頭が熱くなってくる。

 

「まあ、何はともあれこれにて一件落着だね!」

 

「ああ、そうだな。すまんな、誤解を生むような事を言って」

 

「いいって。ところで、出張はいつから行くの?」

 

「週末からだ。本土まで距離はあるから、一週間くらいは留守にするぞ」

 

「一週間かぁ、長いなぁ……」

 

 皐月がしみじみと言った。

 

「まあ、帰ってくるならいいよ」

 

「そうか、ありがとな。留守は頼むぞ」

 

 俺がそう言って頭を撫でると、皐月は気持ちよさそうに目を細めた。

 

「しかし、広島か。遠いとこまで行くもんだねえ」

 

「大丈夫、司令官。迷子にならない?」

 

 谷風の言葉で心配したのか、暁が聞いてくる。

 

「大丈夫。現地までは船と飛行機を乗り継いでいくし、本土に行けば後は簡単さ」

 

「でも司令官一人では些か心許ないぞ」

 

 長月も心配してくれるようだ。

 

「そうそう! 司令官ったら割と方向音痴の気があるしね!」

 

「帰ってこられるの?」

 

 さっきまで辛気臭かった皐月と清霜が笑いながら言ってきた。うんうん。やっぱりこれ位明るいほうがいいな。

 

「大丈夫さ。他の海軍の人もいるしな」

 

 そこまで言って俺は彼女たちに言わなきゃいけない事を思い出した。

 

「そう言えば皆には留守を任せることになるんだが」

 

「おっ、何だい提督。谷風さん達に頼みごとかい?」

 

「五月雨たちでよければ何でも仰って下さい」

 

「頼みごとっていうか、何というか」

 

「何だよ司令官、はっきり言ってよ~」

 

 ケラケラ笑いながら皐月が言った後に俺は口を開いた。

 

「本土に行く時に秘書兼ボディーガードとして艦娘を一人、連れて行くことになったんだが……」

 

 ――ガタっ!!

 

 無言で皐月、谷風、長月、そして不知火が立ち上がった。

 

「ど、どうしたお前達」

 

「いや、司令官を一人にするのは心配だからね。このボクが司令官を守ってあげるよ」

 

「皐月、お前では無理だ。ここは長月が同行しよう。司令官もちゃらんぽらんな皐月よりしっかり者の私の方がいいだろう」

 

「何それ! どういう意味!?」

 

「そう言う意味だ。どうだ、司令官?」

 

「長月よう、そんな仏頂面で旅に出ても面白くないぜ。ここはこの谷風さんに任しときな」

 

「寝言は寝て言いなさい。司令官、この不知火。粉骨砕身の覚悟で貴方をお守りいたします」

 

「お、お前らちょっと落ち着け」

 

 余程本土に行きたいのか、本気で口論する皆を慌てて止める。

 

「お姉様、本土に行くの?」

 

「ええ。清霜にはいっぱいお土産を買ってくるからね」

 

 暁はもう行く気満々だし。

 

「あ、あの提督。五月雨は……五月雨は……」

 

 五月雨は上目遣いで俺を見てくるし。

 

「あの……皆さん? 俺はね、もう連れて行くやつを決めてる――」

 

「演習で決着つけようか」

 

「流刑鎮守府トーナメント開催だな」

 

「不知火、手加減は出来ませんよ」

 

「腕が鳴るねえ……」

 

「お姉様! ここは流刑鎮守府のザ・マシンガンズと呼ばれる清霜たちが!」

 

「ええ、レディーと戦艦の黄金コンビを見せてあげるわ!」

 

「暁ちゃんと清霜ちゃんは二人で一人なんだね……」

 

 苦笑する五月雨以外、皆ヤル気満々である。

 何とか俺の異動誤解騒動は終わったものの、また色々場が荒れそうだった。

 

「本土行き……無事に済むだろうか」

 

 俺は一人、不安に溜息をつくのだった。

流刑鎮守府の艦娘たちが改二になるか否か

  • 改二になったほうがいい
  • このままでいい
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