「ソースだよっ!」
「醤油でいっ!」
朝の食堂で皐月と谷風の大声が響いていた。
本来なら和気あいあいとした朝食に時間のはずなのだが、皐月と谷風が何故かテーブルを境に対峙していた。
ちなみに昨日の夜、俺は長月としっぽり晩酌をしてそのまま床に入ったので、ちょっと二日酔い気味だ。頭にガンガン二人の声が響く。
「どうしたんだ、朝から・・・・・・」
俺が欠伸混じりに尋ねると五月雨が苦笑しながら答えてくれた。
「目玉焼きに何を駆けるかで二人が喧嘩になっちゃって・・・・・・」
「そんな・・・・・・どうでもいいこと・・・・・・」
『どうでもいい!?』
皐月と谷風が声を合わせて振りむいた。
「だってさ、本人が好きなモノを食べればいいじゃないか」
俺は至極真っ当な事を言ったつもりなのだが、当人達は納得できないようだった。
「はぁー、分かってないな司令官は。古来よりキノコタケノコ戦争。うすしお・コンソメ闘争みたいに『食』には絶対譲れない戦いがあるんだよ!」
皐月はやれやれといった感じでそう言った。
「飯ってのはよぉ・・・・・・自分自身の魂なんだよ。分かるだろう、提督」
谷風がそう言うもどっちも喰えばいいじゃんという俺のスタンスだと、共感は得られない。
「ちなみに司令官はどっちなの?」
横にいた暁が服の袖を引っ張って聞いてきた。
「俺は・・・・・・塩胡椒だな」
「ええ・・・・・・塩胡椒?」
「地味だねぃ」
皐月と谷風はそう言うが、俺は塩胡椒が好きなのだ。
というか完全な主観なのだが、歳を取ってから味の濃いモノよりあっさりしたモノが舌に合うのだ。
ポテチなら若い頃はコンソメだったが今ではうすしおばかりだし、焼き鳥もたれより塩を好むようになった。
・・・・・・オッサンと化しているだけかもしれないが。
「そういう暁は何が好きなんだ?」
「ふっふーん! レディーは断然、ソースよ!」
「ええっ!?」
そこで驚きの声を上げたのは清霜だった。
「お姉様はソースなの!? 清霜は醤油だよ!?」
「え、そうなの・・・・・・」
突然、仲の良い義姉妹に入った亀裂。
二人ともが戸惑う中、同志を見つけた悪童たちがそれを見逃すはずも無かった。
「さっすが暁! よくわかってるね! やっぱり大人のレディーはトレンディーにソースだよね!」
「日本人なら醤油が一番! 清霜は大和撫子の鑑だぜ!」
皐月が暁の、谷風が清霜の肩を組んでそんなことを言い出し、幼い二人は大いに困惑しているみたいだった。
「わ、私は素材そのままが好きなのですが・・・・・・」
「不知火はマヨネーズをかけるわ」
「へん! ちょっと邪道どもは黙ってなよ!」
「かーっ! 伝統の分からない奴だねぇ!」
何故か個人の味覚を全否定され、五月雨はショックを受けたように固まり、不知火は若干キレていた。
「まぁまぁ、落ち着けお前ら。折角長月が作ってくれた朝飯だ。、まずはさっさと食べようぜ」
昨日俺と一緒に夜遅くまで晩酌に付き合ってくれたのに、早起きしてちゃんと朝ご飯を作ってくれる長月は本当に凄いと思う。
それは二人も分かっていたのかバツが悪い顔をしながらも、黙って席に着いた。
なんとも気まずい雰囲気だったが、なんとかその場は何も起こらなかった。
しかし――
「沈んじゃえーっ!」
「やっちまうよ!」
皐月と谷風の対立はますますヒートアップしていき、演習でも私怨丸出しで撃ち合う。
遠征では資源を取り合って場を混乱させ、鎮守府にいてもピリピリする始末。
たかが目玉焼きで、とは思うが当人達は大真面目なので達が悪い。
「こういう時、普通はお互いがお互いの味を食べ合ってどっちも美味しいで、トントンなんだが」
「そんな日本昔話的な終わり方をあの二人がするわけ無いだろう」
長月の言うとおりだった。
現在、場所は昼の執務室。
部屋にいるのは俺と長月と不知火、そして五月雨。
今回の戦争に全く関与していない者たちだ。
一方皐月は暁を、谷風は清霜を取り込み、争いはより一層激しくなる気配を見せていた。
まあ取り込むと言っても強引に派閥に入れられただけなので、暁と清霜は可哀そうではあるが……
「どうしましょうか。不知火が二人とも処理しましょうか」
「いや、強引な手は良くない。しかしどうするか・・・・・・」
いきなり強硬手段を取ろうとした不知火に釘を刺す。本当にやりかねないからな……
うんうんと皆で唸って何とか思案する。
本来なら仲の良い二人なのだから、切欠さえあれば簡単に仲直りすると思うのだが。
「そもそももう目玉焼きのソースか醤油かなんて、関係ないと思うぞ。単なる意地の入り合いだからな」
長月の言う通りだった。
あの二人は元々意固地になることがあるから、喧嘩の原因すら曖昧になりただいがみ合っているだけなのだ。
「よし……酒だな」
酒を飲んで仲直り。古来より、喧嘩の仲裁はこれに限る。
「却下だな」
「ただ司令がお酒を飲みたいだけでしょう」
長月と不知火に即、否定されてしまった。五月雨すら苦笑していた。
「いい案だと思ったんだがなぁ」
「うーむ……というか今まで二人が喧嘩したことってなかったのか?」
「そりゃあるさ。長い付き合いだからな」
しみじみと長月が言った。
「私たちは皆、同じ釜の飯を食った同期だ。清霜以外はな。だから喧嘩した事など、一度や二度じゃない」
「特に皐月と谷風はだらしないので、よく不知火や長月と口論になりましたね」
不知火も心なしか嬉しそうに言う。
「それを見た暁がオロオロして、五月雨が頑張って止めようとしてドジをするまでがセットだ」
「うう……そうだけど……」
長月の言葉に五月雨が不満そうにそう言うも、皆の言う光景がありありと想像できるから可笑しいものだ。
そういえば俺もここに来てから一年以上は経つ。
自分で言うのも何だが、皆とは打ち解けた方だと思う。
「でも、皆でずっと一緒っていうのも珍しいよね。誰かが転属ってことも無いし」
「僻地ゆえに忘れられているのかもな。司令官が来ただけでもありがたい」
「そ、そうか……」
そう言ってもらえるのは、素直にうれしい。
だがこんなことを言われると、どうしても思い出してしまうのだ。
自分が元は違う世界から来た住人であることを。
それを皆に告白したら、はたして今までの関係のままでいられるだろうか。胸が少し痛んだ。
まあ、信じて貰えないかもしれないけど。
そんな和やかな話が続いていた時だった。
「た、大変だ大変だ!」
「一大事でぃっ!」
大声を上げながら皐月と谷風が並んで執務室に入ってきた。
「なんだ、仲直りしたのか」
仲良く二人でやってきた皐月と谷風に俺は苦笑したが、ただならぬ雰囲気を感じ取って、
「一体どうしたんだ」
と尋ねた。
「じ、実はさっき本部から電報が届いたんだ……」
皐月は震える声と手で紙を一枚渡してきた。
何だろうと俺は受け取って、その紙に刻まれた文字を見た。
――大規模作戦で討ち漏らした深海棲艦の一体・空母ヲ級が流刑鎮守府方面に逃亡。至急、迎撃の用意をされたし。
思わず持っていた電報を床に落とした。
この流刑鎮守府には今までほとんど敵襲などなかった。
たまに近海まで迷い込んでくる駆逐イ級ぐらいのもので、それも半年に一回といった頻度だった。
「……ど、どうするのさ、司令官!」
皐月が叫んだ。俺は大きく深呼吸すると、早鐘を打つように高鳴る心臓を必死で宥めながら言った。
「至急、皆を集めてくれ」
流刑鎮守府の艦娘たちが改二になるか否か
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改二になったほうがいい
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このままでいい